第283話 ちょっとやる気になってきた
バウムクーヘンは大変美味しゅうございました。シャーティ、いい腕だ。
「バターの香りがいいわあ」
「これ、バニラも入ってない?」
「バニラがあるって事? ああ、でも南の小王国群ならありそう」
「意外と使えるな、小王国群」
「何か偉そう」
侯爵になるんだから、偉そうでもいいんじゃね?
ともかく、これで陶器の人形が出来上がってくれば、引き出物は完璧。あ、記念の品か。
バウムクーヘンは、最終的に外側にアイシングをかけて仕上げて貰うように指示。これでよし。
砂糖がお手頃価格で買えるのも、タンクス伯爵家のおかげだね。ありがとう、タンクス伯爵。でもレズヌンフォの港の使用料を高く設定している事は許さんぞ。
なので、フロトマーロに港を建設するのだ。
意気込んでいたのに、周囲の皆から却下を食らった。
「せめて結婚式が終わってからにしなさい!」
リラが正論でぶん殴ってくる。
「目の前には、陞爵の儀があるのですよ? 自重なさってください」
はい、すみません、ルミラ夫人。
「レラ様、現実を見ましょうね」
領地にいるはずのジルベイラまで王都に来て言う事じゃないと思うんだ。つか、現実はあんたも見なきゃダメだろうが!
また目の下真っ黒にして。ソファに誘導して催眠光線で寝かしつけておきました。
新都の建設やら温泉街の建設やらが重なったから、またジルベイラが無茶をしていたらしい。
完成が遅れても、ジルベイラが倒れるよりはましなんだって、いい加減理解して。
街が出来上がるのが遅れても誰も死なないけれど、ジルベイラの睡眠時間が減ると、死に直結するんだから。
「こんな状態のジルベイラさ……んを、これ以上仕事で苦しめたくないでしょう? だから、フロトマーロの事は棚上げで!」
またしても、リラが正論で殴ってきた。前まではジルベイラに「様」付けだったけれど、リラは伯爵令嬢になったので、それではいかんとジルベイラ本人に言われて呼び方を直している最中。おかげでちょっとぎこちない。
結局、三人に見張られる形で、陞爵の儀の仕度をする羽目に。どうしてこうなった……
記念品のうち、陶器の人形はデザイン案がいくつか上がってきている。陶器の研究も進み、頑丈さがアップしたそうだ。
「いや、本当に陶器で何作るつもりよ……」
リラが何かを諦めたように聞いてきた。いや、君、これの計画を立てた時から側で見てるじゃない。知ってるでしょ?
「え? 人形だけど?」
「人形の形をした鈍器でも作る気?」
えー? だって、折角作るんだから、落として割っちゃったーとか言われたくないじゃない? その為の頑丈さなんだけど……ダメ?
「ダメとは言わないけれど、何か違う……」
そーかなー? 頑丈なのはいい事だと思うけど。
これでうまくいったら、ビスクドールを作るのもありじゃね? いや、ビスクじゃないけどさ。
今の子供向けの人形って、動物のぬいぐるみが主流だからね。着せ替え人形とかないらしいのよ。それはそれで、女の子には物足りないのではないかと。
出したら売れないかなー?
「あんた、また余計な事を考えてるでしょ?」
「何故わかる!?」
「わからいでか! 今は目の前の事に集中しろって言ってんでしょ!」
へーい。ただいまやっているのは、陞爵に関する祝賀パーティーの招待状書き。
中身は印刷でもいいんだけど、招待状に入れるサインは自筆でないとダメだってさ。
今回は急に決まったパーティーなので、宛名は代筆者を頼んでいる。最近、貴族の間でもこういった代筆者を使う事が広まっているらしいよ。
うちは、そのうちカリグラフィーにも対応出来る印刷機でも作るかね。流麗な宛名は、読むのが大変かもしれないけれど、見ている分には綺麗だから。
「って訳で、新型の印刷機はどうだろう?」
「それは後で。今はサインに集中」
「はい……」
リラが厳しい。彼女の監視があるからって、ルミラ夫人もジルベイラも安心して自分の仕事に戻っているくらい。
信頼感があるのはいいけれど、この現状には不満です。早く色々と作りたい……
陶器の改良は、順調に進んだ。ドレスの仕立ての方が間に合わないくらい。いや、マダムが意地でも間に合わせるって息巻いていたけれど。
「こちらです」
カストル本人が持ってきた陶器は、真っ白い地に自然な色合いで絵が付けられた皿だ。
絵柄は可愛らしいころっとした花で、色は淡いピンク。一緒に描かれている鮮やかな緑の茎や葉が、いいアクセントになっている。
「おお」
「あと、こちらが人形の試作品です」
差し出されたのは、まだ着色されていない白地のままの陶器の人形。モチーフは、うちの紋章が入った盾を抱えるクマ。
そう、白い熊である。ただ、シロクマではない。見た目のモデルはゴン助だ。
あの子は現在、デュバル領の熊牧場で悠々自適に過ごしているそうな。熊牧場って、他にもクマ、いるんかい!? ってツッコミを入れたいところ。
実は、いるんです。しかも雌。ゴン助のお嫁さんに、ってポルックスがどこぞから連れてきたらしい。どこから連れてきたかは内緒だって。
知りたい。ものすっごく知りたい。でも、聞いても教えてくれないんだよなあ。普段ちゃらんぽらんなくせに。
『主が酷い』
正当な評価です。
それはともかく、今回配る記念品は、そんな訳でクマが紋章を抱えるデザインにした。
だって、デザインを募集したらどいつもこいつも私をモデルにするんだもん! そんな恥ずかしい真似、出来るかい!
そして出来上がってきたクマですが、これ、もうこのままでも良くね?
「彩色しなくてもいい気がしてきた」
「う、うーん……でも、やっぱり色は付けた方がいいのでは?」
「そうかなあ?」
これでもいいと思うんだよねえ。紋章は浮き彫りにしてもらったから、白地のままでも判別可能だし。
クマもデフォルメせずにリアルな感じで仕上げてもらったから、なかなかの迫力だ。
「もういっそ、彩色したバージョンと白地のままのバージョンの二つ作って配っちゃえば?」
「それだ!」
そうだよ、記念品は一つとは限らないじゃん! まあ、色がついているかついていないかの差で、同じものをもらった相手がどう思うかは謎だけど。
「では、これはこのまま生産に回していいですか?」
「うん、お願い」
何せ陞爵の儀は年末、祝賀パーティーも年末だ。年も押し迫った時期にそんなのやるなよ迷惑だなと思わないでもないけれど、こればかりは仕方ない。
決めたの、王宮だからね。
陶器では、配る以外にも制作してもらいたいものがある。
「今我が家にある食器、全部新しい陶器にしたいんだ」
「では、一式揃えるという事でよろしいですか?」
「うん」
白地のままでもいいし、絵付けをしてもいい。あ、いくつかシリーズを作って、普段使いと来客用とで分けるのも手か。
あと、領主館と王都邸では揃えるシリーズを変えよう。おお、何かやる気出てきた。
鼻息荒くしていたら、リラが冷静に提案してきた。
「……とりあえず、祝賀パーティーに間に合うように、新しい陶器で食器を何組か作らせましょう。いい宣伝になるわ。それと、グラスじゃなくて陶器のゴブレットで飲み物は提供しましょう。頑丈な陶器なら、ガラスより割れなくていいわ。ゴブレットはなるべく薄手で、食器もあまり重くならないように。軽くて丈夫は、十分売り文句になるから。カトラリーは今ある銀のままでいいでしょう」
陞爵の儀の祝賀パーティーは、王都邸を使う。何故だか、陞爵に関してのパーティーは自宅を使うってのが慣習らしい。
まあ、陞爵自体あんまりない事だっていうからね。割と古い慣習なんでしょう。
なので、今回の祝賀パーティーもこの王都邸でやる。だから食器やカトラリー、グラスなんかもうちで用意しないとならないんだよね。
王都邸は広くても、さすがに大人数をいっぺんには呼べない。なので、招待客も厳選される訳だ。
派閥でも、序列が上位の家しか招待しない。しかも、当主夫妻のみ。当主が独身の場合は、当人が選んだパートナーのみ。子息令嬢は呼ばないのも、慣習だってさ。
招待しなかった家は、来年の舞踏会シーズンか、その後の狩猟祭でご報告ってところかな。別に派閥の人間全員に報告しなきゃいけないって訳でもないけど。
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