第282話 求める基準とは
八月中……といっても、狩猟祭の後二週間程度だけど、領地で溜まった仕事を終えて、九月になってすぐ王都に戻ってきた。
ちなみに、ジルベイラは領地に置いてきてる。もともと、レネート対策に王都へ連れてきていたからね。
彼は現在、新領地であるトレスヴィラジで頑張っているから、しばらく旧領地には戻ってこない。しっかり仕事をしてくれているので、安心だ。
トレスヴィラジの鉄道建設には、技師と資材と人形を送り込んだので、そのうち完成するでしょう。
それと、山の中に作る水の採取場とボトリングの為の工場も作らないとなあ。そっちはフロトマーロに港を造ってからだから、まだ先か。
とりあえず、私は目の前の陞爵の儀を無事終えないと。気分も新たに気合いを入れていると、リラに突っ込まれた。
「その後すぐ、結婚式も待ち構えているって、忘れないようにね」
へーい。
そういえば、研修を終えた同学年女子三人は、うまくやっているんだろうか。
ルチルスさん以外は家族と一緒に暮らしているので、温泉に招待するにも家族向けの宿の方がいいかなと思ってる。
その時は、ルチルスさんの家族も招待しようかな。父親は気弱なダメ親父だけど、お母様は出来る女、って感じだし、他の子にもいい影響を与えてくれるかも。
……この流れでいくと、リラの家族はってなりそうなんだけどなあ。
「ねえ、リラ」
「何?」
「リラの家の父親と兄と弟がダメダメなのはわかってるけど、お母さんはどうなの?」
「母? ……母、ねえ」
あ、これ、母親もダメっぽい。
「悪い人じゃないんでしょうけど、父に依存するタイプの人だから、あの家から引き剥がすのは無理だと思うわ。私も、母と暮らせるかって聞かれたらNOって断言出来るわよ」
「そうなんだ……」
まあ、私自身実母は既に亡く、実父とも疎遠だからね。家族問題でどうこう言う気はないわ。
相手から何かアクションを起こしてこない限り、放っておこう。セニアン男爵家は、ただいま没落の一途を辿っていて、こちらに干渉してくる余裕もないようだし。
そんな話題を出した事がフラグだったのか、とある報せがリラの元に舞い込んだ。
「母が亡くなったって……」
寂しそうなのか、感情がないのか、ちょっと何とも言いにくい顔で、リラが報告してきた。
どうも、半年くらい前から体調を崩していたらしい。でも、そんな報せはリラの元には来ていなかった。つまりは、そういう事。
リラに泣きついて、研究所での回復魔法を使えば、延命出来たかもしれない。でも、それには高額の料金がかかる。
リラの実家は、妻で母親である人に、そこまでの金をかけたくなかったんだ。もしくは、かけられなかったか。両方かな。
「葬儀は?」
「ごく内輪だけでやったって。墓も、共同墓地だってさ」
仮にも男爵家の夫人が亡くなったのに、それか……。セニアン家は、本当にもうお金がないらしい。
「兄の嫁も、離縁して逃げたって。弟も、このままだと学院に居続けられないみたい。父から、援助を頼むって書き添えてあったわ」
「……するの? 援助」
「しない。今まで散々私にぶら下がってきたんだから、男共だけでどうにかすればいいのよ」
実家に対する感情がそれなら、私からは何も言うまい。
リラには十分な給金を支払っているから、どうにかすれば弟一人くらい学院に通わせられるかもしれない。
でも、通わせたところで、本人に資質がなければ就職先も厳しいからなあ。リラから聞いた分と、カストル達が調べた限りでは、弟にそこまでの能力はなさそうだし、やる気も薄そうだ。
「後……」
「何?」
リラが、何やら言いにくそうにしている。まだ何か、父親から手紙で頼まれたんだろうか?
「言いにくい事?」
「……クソ親父が、兄と弟の就職先を世話しろって」
「はあ?」
どんだけ図太いんだ、リラの親父は。
「あわよくば、デュバルで雇ってほしいみたい」
「却下で」
即答ですよ。何言ってんだまったく。うちの王都邸の周辺で騒いだ事、まだ忘れてないぞ。
墓参りをするなら、別途有休を出すと言ったけれど、リラは行く気はないみたい。埋葬されている共同墓地がセニアン男爵の領地だという事と、今行ったら兄や弟に捕まりかねないからって事らしい。
「カストルかポルックスを護衛に付けるよ?」
「いや、それは思いっきりオーバーキルだから。そこまでしてもらうつもりはないし、母に対しても、そこまでの思い入れはないんだ……」
オーバーキルって。別にリラの父親と兄、弟を始末する為に付ける訳じゃないよ?
……本当だよ?
王都での仕事も、領地でのものとそう変わらない。相変わらず書類に追われ、決断を迫られ、社交にかり出される。
いや、最後はおかしいだろう。まだ社交シーズンじゃないってのに。
「何言ってんの。舞踏会シーズンじゃないだけで、それ以外の社交は普通にあります」
「うええええええええ」
「泣き言言わない! もうじき陞爵して侯爵になるんだから、付き合いは大事!」
リラが厳しい。
秋に行われる社交行事は軽いものが多く、ごく親しい家からのお茶会の招待や園遊会が殆ど。
夜の催し物も、観劇や晩餐会がせいぜいで、舞踏会や夜会は年が明けてから行うのがオーゼリアの常識。
つまり、今招待されているのは軽い催し物ばかり。でもね、招待主が王妃様だったりラビゼイ侯爵夫人だったりゾクバル侯爵夫人だったりビルブローザ侯爵夫人だったりするのは何故かな?
「そりゃあ、王家派閥でめざましい活躍をしている家があれば、派閥の序列上位の家としては親しく付き合っておきたいでしょう? ビルブローザの場合は……先代がペイロンに対してやらかしたからねえ」
「うちはペイロンではありませんが?」
「親しい家で本家に親しいでしょう? だからじゃない? 貴族派としても、王家派と事を構えるのはまずいって理解したでしょうし」
確かにね。派閥間で争うよりも、お互いの考えを尊重して歩み寄った方がいいとは私も思う。
でも、それで私が巻き込まれるのは勘弁してほしいわ。派閥の為に何かした覚えはないもん。
「そうは言うけど、あの温泉街、これから付き合いに使えるんじゃない?」
「えー?」
「前世でも、そういうの聞いた事ない? 大体、ゴルフ作った以上、接待に使われる可能性は高いと思うんだけど」
「あれって、日本だけじゃないの?」
「さあ? それはともかく、コースだと人に聞かれたくない話をするのに好都合ってところはあると思うわよ」
あー、確かに。でも、そんなところで陰謀を企まれても困るんですが。
「いざとなったら、カストル達にヤバい客を弾いてもらえば? あの双子なら出来るでしょ」
「なるほど」
その手があったか。ついでに、盗聴器でも仕掛けてもらって、各家の秘密を探るって手もあるかもね。
陶器の試作品が出来上がったので、送ってもらった。
「おお! 本当に白い」
「釉薬なしでこれ? 綺麗ねえ」
白い陶器は、つやつやで確かに綺麗だ。試作という事で、まずは飾りのない皿を作ってもらってる。
これ、縁に飾りか模様を入れたら、そのまま売れるんじゃね?
「丈夫さも確認しておいてほしいってあるね」
品物は、カストルからの手紙と一緒に届けられている。
「丈夫さ……立って持ってる高さから落としてみるとか?」
「それくらいなら普通じゃない。ここは一つ、石の上に叩き付けてみるとか」
「皿をそんな扱いする人、いるの?」
「いるかもしれないじゃん!」
何事も、想定外な事ってのは起こるもんだよ。
という訳で、庭に出て皿の耐久度を調べてみる事にする。
まずは花壇を囲んでいるレンガに向かって、皿を思いっきり振り下ろしてみた。がちんと音はしたけれど、皿に欠けはない。
「おお、優秀」
「いや、これレンガが欠けてるんだけど!?」
あ、本当だ。って事は、頑張れば皿でレンガが割れる?
「……お皿殺人事件とか」
「思考が飛びすぎ。確かにこの皿で殴ったら、人も殺せるかもしれないけれど」
厚みはないけれど、この硬さだからねえ。
その他にも色々と試してみた。結果、金槌で思い切り叩いたら皿が割れたわ。特に真ん中を狙うと割れやすいみたい。
この結果を踏まえて、改良してもらおう。
「いや、皿にどこまでの硬さを求めるのよ」
「皿じゃなくて、最終的には人形にする予定だよ。陶器で人形を作って、色を付ければ引き出物としてよくない?」
「引き出物って……結婚式じゃないんだから」
似たようなもんだよ。陞爵の祝賀パーティーで配る記念品なんだから。
「引き菓子の方も、うまくいってるみたいだしね」
「だから、結婚式は来年でしょうが」
似たようなもんだからいいんだよ。
シャーティの店に頼んでおいたバウムクーヘンは、試作品がいくつか出来たというので、明日届けてくれるらしい。試食が楽しみだ。
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