第281話 仕度をしなきゃ
温泉宿は、大変好評でした。
「来年もまた来たいな」
「狩猟祭の後は、毎年訪れたいわ」
リナ様にもお義姉様にも気に入っていただけた様子。
「これはいけますわ!」
「とても気持ちよかった……」
「素敵でした。身も心も綺麗に洗い流された気分です」
「ここ、避暑地としても使えるのではありませんか?」
研修を終えた四人からも、いい感想がきた。ふっふっふ、そうでしょうそうでしょう。
「素晴らしい宿ですね。これでしたら、旦那様もお気に召すかと」
「ええ、本当に。アスプザットの方々も、気に入られるのではないでしょうか」
うん、ザインじいちゃんとシービスにとっては、まずそこがクリア出来ないとダメなのは知ってた。
「あのごるふ……というのは、なかなか奥が深いね」
「あどべんちゃーぱーく……は、最後まで行くのが難しかったよ」
リナ様の旦那様、シャウマー伯爵ジーロス卿とお兄様も、大分楽しんでもらえたようだね。良かった良かった。
そして、何やら仲良くなった様子。一緒に事業の話とかしてるよ。これも、まあいい事なんだろうね。
建設途中の温泉街で癒やされた後は、領地整備のお仕事です。
「その前に、年末の陞爵の儀のお支度ですよ」
ジルベイラが怖い。
「仕度って言っても――」
「ドレスやアクセサリーの準備から、王都邸での祝賀パーティーまで、色々とありますよ。それに、記念品の製作もありますから」
「記念品?」
「祝賀パーティーにお招きする方々に配る品です。大抵は宝飾品ですね」
そんなの作るのおおおお?
ジルベイラによれば、陞爵なんてそうあるもんじゃないから、大々的にお祝いをするんだって。結婚披露宴か。
あ、そういえば結婚式の仕度もあるじゃん。ああ、面倒……
「さしあたって、レラ様がやるべき事は、ドレスのデザインを決めて、アクセサリーを決めて、記念品を何にするかと決める事ですね。その他はこちらで手配します」
「随分あるじゃん」
「これでも、大分絞っているんですよ?」
ジルベイラの笑顔が冷たい。セブニア夫人と、まだ王都邸に戻っていないルミラ夫人も笑顔で頷いているから、逃げられないようだ。
それにしても、記念品か……披露宴でもらって嬉しくない引き出物ナンバーワンといえば、新郎新婦の似顔絵や写真入りの皿とかだって聞くね。
うーん……
「裏に日付とうちの家名を入れた陶器……とかどうかな?」
「陶器ですか? 記念品としては、あまり聞きませんね」
やっぱり金細工や銀細工の方が多いらしい。
「陶器で人形を作って、その裏……というか、足下に日付と名前と作った工房の名前を入れるとか」
「陶器の人形……ですか?」
ジルベイラ達には、ピンとこないみたい。リラはわかってるね。
「そういえば、こっちで陶器の人形って見かけないわね……あっても不思議はないのに」
「ないんだ?」
「少なくとも、私が奉公していた商家周辺では見なかったわ。あんたこそ、どこか他の家で見た覚えはないの?」
「……そういえば、ないね」
陶器の人形とか、普通にありそうなのに。食器はあるんだよね。誰も作らなかったか、作っても売れなかったか。
「ないなら作っちゃえ。ついでに、魔物素材を入れて割れにくく出来ないかなあ?」
「出来ますよ」
うお! カストル、いつの間に!?
いや、最初から後ろに控えてましたね。ここ最近は、念話で話す事が多かったから。
「出来るんだ?」
「ええ、特定の魔物の骨を焼いた粉を混ぜます。ただ……」
「ただ?」
「地がかなり白くなりますが」
「よし! それ採用!」
白い地なんて、最高じゃない! その昔、ヨーロッパでは白磁が作れなくて試行錯誤したっていうし。結果、マイセン窯が出来た訳ですが。
それを考えれば、地が白いってのはいい事だよ。
カストル主導で、早速陶器の試作品が作られる事に決定。うまく行ったら、これもうちの主力商品に出来ないかなー?
割れにくい皿とか、いいと思うんだけど。
「ご当主様!! 新しい陶器を作ると聞きましたが!!」
どこから聞きつけたのか、ヤールシオールが旧領主館の執務室に飛び込んできた。あ、ジルベイラのこめかみに青筋が。
「ヤールシオールさん? 執務室に入る時のマナーを、お忘れかしら?」
「ああ、申し訳ございません、ジルベイラさん。つい、気が急いてしまって」
ちなみに、ジルベイラはペイロンの分家であるゲーアン男爵家の出身で、ヤールシオールは子爵家出身。
実家の爵位で言えばヤールシオールの方が上だけれど、うちに就職する際に実家の籍からは抜けているので、二人とも身分の上では平等。
かつ、ジルベイラはうちの事務方トップだから、立場的にはジルベイラが上。
でも、やっぱりたたき込まれた貴族の習慣はなかなか抜けないから、お互いにこんな言葉遣いになる訳だ。
にしてもヤールシオール、その話をどこで聞きつけたのかな?
「あら、ポルックスさんが面白おかしく教えてくださいましたわ」
奴か。まあ、家内の事を家内の人間に話しただけだから、問題ないと見ていいや。
これが家の外に話していたら大問題だけど。ポルックスはその辺り、ちゃらんぽらんに見えてしっかり線引きしているからなー。
『何気に主が酷い』
人に念話を飛ばしている暇があったら、カストルの手伝いでもしてらっしゃい。
『はーい』
素直なのはいい事だ。
「それで、新しい陶器を作るという話は、本当ですの!?」
「うん、本当。今カストルに頼んで試作品を作ってもらってるよ」
「うちの商会で、扱ってよろしいのですよね!?」
「……それは、来年以降かなー?」
まずは、年末の陞爵の儀を終えて、祝賀関連を全てクリアしないとね。記念品の目玉にする予定だから。
そう、記念品は陶器の人形だけじゃないですよ。焼き菓子も付ける予定。こっちではまだ見た事のない、バウムクーヘン。
あれ、たまにもの凄く食べたくなるお菓子だよね。あれに関しては、スイーツの店をやっているシャーティに話を通して、試作品を作ってもらってる最中。
これまた、カストルがレシピを知っていた。本当、どうなってるんだ? うちの有能執事ズって。
陞爵の儀のドレスって、式典用だけあって様式ががっちり決められている。襟の高さから裾の長さ、袖にいたるまで型があって、そこから外れちゃいけないんだって。
「なら、デザインなんてする意味なくない?」
「その決められた型の中でも、個性を出すのが貴族女性だそうよ」
リラと二人、山のように出されたデザイン画に埋もれながら呟く。毎度のごとく、マダム・トワモエルに発注したデザインだ。
この中から気に入ったデザインでドレスを仕立ててもらう。年末まで時間がないから、大分急いで仕立ててもらう事になるけれど。
その分、特急料金は割り増しで支払う事になってる。それでも、スケジュールが二年先まで埋まっているマダムの貴重な時間を割いて作ってもらうんだから、こっちもいい加減に選ぶ訳にはいかないよね。
とはいえ、どれもこれも同じに見えてくるから怖い。
型そのものは変えられないから、裾や袖口、襟なんかの刺繍や全体の色などで変化を出す以外にないらしい。
「あ、でもリボンとかは付けてもいいみたいよ?」
「付けたとしても、細いのか目立たないようなデザインのがいいなあ」
「色はこっち?」
「薄いのより、濃い方がいいと思う」
何せ髪の色が薄いからね。けっして髪が薄い訳ではない。薄いのは色だ色。
ドレスが決まれば、次はアクセサリー。とはいっても、これはもう決まっている。
「せっかくギンゼールにダイヤ鉱山を貰ったんだから、ダイヤでしょう」
「だね。にしても、大きいなあ……」
そう、もう石はある。ドレスに合わせるティアラの中央には、かなり大きなダイヤが光り輝く予定。
なんでも、もらった鉱山で出た一番大きなダイヤらしい。これ、ヤボック公爵の城から接収されたものだってさ。
で、ヤボック公爵の鉱山は私のものになったから、過去に遡ってこれもどうぞってもらっちゃった。
元は公爵の胸飾りに使われていたって品。それをちょっとカットを変えて、私のティアラにする訳だ。
ティアラには、他にも大小いくつものダイヤをあしらう予定。凄いなあ。前世だと、こういうのは美術館か博物館でしかお目に掛かった事ないよ。
まさか、自分の頭に飾る日が来ようとは。
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