第280話 楽しい事はいい事だ
狩猟祭が終わると、夏が終わったと感じる。毎年の恒例行事だからなー。
で、私は今、伯爵のところに来ている。
「ザインとシービスを?」
「そうなんです。毎年の事とはいえ、狩猟祭って使用人達も大変でしょう? 特にそれぞれ男性女性を統括する二人の苦労は計り知れません。なので、我が領の温泉で癒やしてはどうかと」
「ううむ。確かに、これから先は大した行事もないし、二人が休んでも支障はないか」
「ですよね!? それに、二人の目線から、温泉街の宿を見てほしいんです。長年貴族をもてなしてきた側として」
いわゆるモニターかな? 有能執事達が頑張ってくれてるから、最後の仕上げとして、現場を知る人間に確認してほしいんだよねえ。
「なるほど。それが目当てだな?」
「えへへ」
いや、一番の目当ては二人を労う事ですよ。伯爵、そういう読みは外す人なんだから、言わなければいいのに。とりあえず、指摘はせずに誤魔化しておくけどさ。
伯爵からの許可も無事取ったので、ザインじいちゃんとシービスは、私達と一緒にデュバル領へ。
「本当によろしいのでしょうか? 私共がお嬢様と一緒にだなんて」
「いいのよ。言ったでしょ? シービス達の目から、客人を迎える設備が整っているかどうか見てほしいって。これも立派に仕事です」
「そうでしたね……なら、いいのかしら……」
「ほら、ザインじいちゃんも一緒だし」
「そう……そうですね。わかりました。私のような者でお役に立つのでしたら、如何様にもお使いくださいませ」
「ありがとう」
しっかり温泉で癒やされて、長年の疲れを取るといいよ。ザインじいちゃんもね。
私達と一緒にデュバル領へ来るのは、ザインじいちゃんとシービスだけではない。リナ様ご夫婦と、兄夫婦も一緒だ。
あちらは二家族一緒の馬車で移動。リナ様とお義姉様はお友達だしね。
そう、二人は友達で、現在デュバル領には二人の友達が四人もいる。ちょっとしたプチ同窓会でも開いてもらおうと思ってるんだ。
研修が終わって忙しくしているようだから、来客中だけでも「接客」という名目で、四人には楽しんでもらいたい。
こうでもしないと、六人で顔を合わせる事なんてそうないからね。
お姉様達はともかく、四人には恐縮されちゃったけれど、ここはモニターになってもらうという建前があるからね。宿の使用感を確かめてもらう為と押し切りました。
私の馬車には、リラとシービス、ザインじいちゃんが乗っている。デュバル製のこの馬車が、一番揺れないから。
ユーインとヴィル様は、騎乗で馬車の脇を併走している。うちの馬車の後ろが兄夫婦とリナ様夫婦が乗った馬車。その後ろから、二家族分の荷物が乗せられている荷馬車が続く。
ザインじいちゃんとシービスの荷物は少ないから、この馬車の荷物置き場に置いてある。私達のは、研究所の移動陣から分室に送っちゃった。
そこからしばらく滞在する温泉街の宿へ移送する手筈になっている。いやあ、便利便利。
ツイーニア嬢達四人と一緒に、ニエール、ジルベイラ、セブニア夫人、それにルミラ夫人も温泉街へ向かうように手配済みだ。
さすがに王都邸や領主館で働いている使用人全てを連れていく事は出来ないので、この人選。
でも、温泉街といえば昔は会社の社員旅行とかで使われたっていうから、そのうちそういう事も考えよう。福利厚生は大事だと思うんだ。
幸い、王都の隣にあるユルヴィル領からデュバル新都までの鉄道は出来上がったし、もうじき試験運転も終わる。
あれを使えば、大人数でも数時間で王都とデュバルを行き来出来るようになるから。
一般用の車両も、ちゃんと増やしておかないとなー。今試験運転で使ってる車両、貴族向けの高級車両だから。
馬車で移動する事半日。これだもん。もっと早い移動手段、欲しくなるよね。
移動陣は楽だけど、お金がかかるし魔力もかかる。正直、我が家くらいでないと気軽に使えない。
だからこそ、誰でも気軽に利用出来る鉄道を! ……まあ、最初の運賃はバカ高くなるだろうから、一般の人が使えるようになるのはまだ先の事だとは思うけど。
そしてその頃になったら、車が主流になっていて鉄道は廃れているかもしれないねー。
でもいいのだ。どこからも借金なんてしていないし、全額うち……というか私の持ち出しなんだから。領の赤字にはならない。
まー、鉄道で赤字が出るのなら、他のもので補填するまでよ。その為にも、色々と仕掛けていかないとねー。
温泉街はデュバル領の北、山裾に広がる新都の西側にある。ちょうど山が少し突き出ている向こう側に作ったので、新都からは見えない位置だ。
山裾に作ったから、高低差も利用している。高台にあるのはお値段も何もかもお高い宿。下にあるのはそれなりのお値段の宿。
今回招待した宿は、この高台の方。メインターゲットは富裕な貴族なので、彼等彼女等のお眼鏡に適うかどうかを、ザインじいちゃんやシービスに見てもらいたいのだよ。まあ、建前だけど。
あと、高級宿故プライバシーやデザイン性にも配慮しております。目の肥えた女性陣にも楽しんでもらえるかと。
そういう意味でも、お義姉様達の素直な感想をお待ちしております。ちゃんと最初にそういう主旨でお招きするよって伝えてあるしね。
……お兄様とリナ様の旦那様がはじき出される形ですが、その分男性二人でも楽しめるよう手は打ってあるよー。変な意味でなくてなー。
温泉宿では、それぞれで部屋……というか、棟が分かれているので、意識しなければ顔を合わせる事がない。
ちなみに、私とリラで同室、ユーインとヴィル様で同室にしてみた。ヴィル様から抗議の視線が飛んできたけれど、まだ結婚前故お互いの同室者をトレードは出来ませんよ。てか許しません。
ザインじいちゃんとシービスは、一人ずつの棟だ。離れが点在する宿なので、一人で一軒家を使うようなもの。
これもサービスの向上の為だ。二人とも、しっかり視察してくれたまえ。
そういえば、お兄様とリナ様の旦那様も同じ棟に入れている。こっちは奥方が女子会中なので、仕方ないね。諦めて。
何かクレームが来るかと思いきや、泊まった翌日の朝に散歩で行き会ったら、何と二人して意気投合していた。
「いやあ、王都に戻ったら早速ユルヴィル領へ行かなくては」
「ぜひいらしてください。デュバルとの路線は開通間近ですから、今なら倉庫の場所も選び放題ですよ」
ああ、お仕事の話で盛り上がったのね。それに、今日は二人で温泉街のアクティビティを試してみるそうだ。
この温泉街に来たら、無料で楽しめるアクティビティをいくつか作っている。まずは貴族男性には嗜みの一つ、乗馬だ。
山の中に乗馬コースを作っていて、景色を楽しみながら乗馬を楽しめる設計となっております。
また、コースは起伏に富んでいるので、乗馬の腕試しにも丁度いいかもしれませんね。
また、敷地奥には天然の湖もありますので、そちらでカヤックなどはどうでしょう? ちゃんと人形によるレクチャーもありますし、安全には配慮しております。
万が一湖に落ちたりカヤックがひっくり返っても、貸与する結界発生装置付きブレスレットで濡れる事はありません。もちろん、溺れる事も。
カヤックそのものに元の姿勢に戻る術式を付与していますから、すぐに状態を戻せます。ご心配なく。
また、湖の上をワイヤー一本で渡るジップラインもございます。カヤックとは別のルートを通るので、安全性に問題はございません。
さらに、山の中には起伏を生かしたアドベンチャーパーク……フィールドアスレチックもご用意。普段の運動不足にお悩みのあなた、初心者コースから始めてみるのはいかがでしょうか?
そして、紳士の遊びといえばこれ。ゴルフです。小高い山にコースを作りましたので、こちらも自然の地形を生かしてお楽しみいただけるかと思います。
実はねー。うちのご先祖様とそのお友達、前世でゴルフを嗜んでいたらしいよ。取引先とコースを回ったりしていたんだって。接待ゴルフって奴?
んで、ルールその他を知っていたから、その情報をカストル達にも与えたらしいのよ。おかげでこの世界にもゴルフが爆誕しました。
クラブやボール、その他の道具にコースや練習場を作ってみたよ。これでいつでも始められます。
いやあ、いっぺんにあれこれ作ってみたけれど、何か抜けはないかな?
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