第141話 人材確保は茨の道
話も終わり、エヴリラも再起動したので、今日はこれでおしまい。
玄関ホールまで見送ろうと立ち上がったら、座ったままの彼女が真剣な顔で向き直った。
「……色々ぶっちゃけたから、恥を忍んでお願いしたい事があります」
「とりあえず、聞きましょうか」
「夏休みが終わるまで、ここで居候させてください!!」
はあ?
「理由は?」
「うちの事は話したでしょう? クソオヤジや兄弟は、昨日の結婚式に参加した後、夜のうちに領地に帰ったし。私も一緒にって言われたんだけど、あのまま帰ったら家でこき使われるだけだから」
「それで?」
「その、つい、学院で出来た友達のところに、夏の間ずっと滞在させてもらうって、言っちゃった……」
「あなた、友達いたっけ?」
「現実を突きつけないでえええええ!」
いや、だって。でも、それで居候かあ。
「メイドの仕事でも何でもする! だから、お願い!!」
まあ確かに。前言撤回した上お金かけて実家に帰ったりしたら、卒業を前に娼館に売り飛ばされかねないね。
んー。ここに置いていくのは、使用人達の迷惑になりそうだからちょっとなあ。かといって、ペイロンに連れていくのも……ん?
「ここじゃないけど、残りの休暇中働く気があるなら、それなりの場所を紹介するよ?」
「本当に!? あ、でも働いてもあのクソオヤジに金が入るかと思うと……」
「契約は、あなたとするんだから、賃金はあなたに払うに決まってるわよ」
「へ?」
「成人、してるでしょ? なら、雇用契約は結べるわ」
「あ!」
忘れてたな。この国では、成人していれば保護者の同意なしに雇用契約を結べる。それを知らないで、親に搾取され続ける人もいるんだけどねえ。
まさに、今私の目の前に。
「そっか……私、成人したから自分で雇用契約を結べるんだ……」
「そういう事。どうする?」
「やる! やります!!」
「わかった。じゃあ、荷物を持って、明日の朝八時、我が家に来て」
「荷物なんてないから、今からでもいいわ」
え? 着替えとか、どうするつもり?
「賃金出るんでしょ? なら、それを使って現地で買うわ」
デュバルに商店って、あったっけ?
ジルベイラに聞いたところ、制服扱いで一式貸与する事になりました。
『下着はさすがに買い取りになりますけど』
「それでいいよ。給料から天引きにすればいいから。悪いね、大変な時に」
『いいえ、実際、今は雑用係でも人材が欲しいんです。なので、助かりますわ』
「学院で勉強はしているから、こき使っていいよ。報酬をちゃんと払えば、文句言わないだろうし」
『わかりました。お待ちしております』
これでよし。
翌日、用意して置いた移動陣で一気にデュバル領へ。エヴリラがもの凄く緊張している。
「そんなに肩に力を入れなくても」
「入れたくもなるわよ……夕べから、私の常識とか価値観が音を立てて崩れているんだから」
夕べは使用人達が張り切って晩餐の支度をしていたので、こちらもそれなりにしてみた。
二人で、イヴニングドレスを着用してアクセサリーもしっかり付けただけなんだけど。
「大丈夫だよ、染みとかついてなかったし」
「当たり前でしょ! 最高級の蜘蛛絹のドレスとか、汚して弁償なんてなった日には、目も当てられないわよ……しかも、真珠も黒真珠? どんだけ高いんだっての……」
ドレスの布地は自分が飼ってる蜘蛛のアルが作った糸から織ったし、真珠も自力で鬼ツノガイから採取したからそこまで高くないんだけどなー。
「しかも移動陣? これ、使い切りでもの凄く高いって聞いたわよ?」
「ああ、これは自前のものだから、実質タダかな?」
「タダああ!?」
あ、驚き過ぎてショートしちゃった。奇抜な行動をするくらい、肝が太いくせになー。
まーいっか。呆然としている間に、移動しちゃえ。
移動陣がある部屋に到着すると、そこには既にジルベイラがいた。
「お帰りなさいませ、レラ様」
「ただいま。で、彼女が言っていた人。エヴリラ・リッピ・セニアン。よろしくね」
「セニアン……確か、男爵家でしたね。あまり、いい噂は聞きませんが……」
さすがジルベイラ。エヴリラの実家の情報も持っていたか。
「その悪い噂の実家に帰りたくないんだって」
「なるほど。わかりました。夏一杯、という事でよろしいんですよね?」
「うん、よろしく。エヴリラ! そろそろ正気に戻って!」
「は! あれ? ここはどこ?」
私は誰って言い出したら、頭をはたくところだった。
「エヴリラ、こちらがジルベイラ。夏のアルバイト先の上司だから、失礼のないようにね」
「あ、エヴリラ・リッピ・セニアンです。よろしくお願いします」
「ジルベイラ・ゲーアンです。こちらこそ、よろしく」
顔合わせはスムーズにいったから、もう大丈夫だよね。
「じゃあ、後はよろしく」
「え!?」
「お気を付けて」
エヴリラ一人があわあわしてたけど、ジルベイラの笑顔に見送られて、今度はペイロンに移動でーす。
待ってろよ、魔の森!
ペイロンに戻って、一応シーラ様達にもエヴリラの事を報告しておく。
偽苺だって言ったら、コーニーが渋い顔をした。チェリは驚いていたね。
「あの子をデュバルに送ったの? レラの気が知れないわ」
「いやあ、話してみたら、奇行には一応の理由があったからさ……」
「理由って、卒業までに結婚相手を見つけるって話? 女子なら珍しい話じゃないわよ?」
「卒業までに相手が見つからなかったら、娼館に売られるのも珍しくないの?」
「それは……珍しいけど……」
だよねー。今回、エヴリラを受け入れる理由の大半はそこだ。残りは自力で助けを求めたところと、ほんの少し転生者だからってところもある。
私以外にも、面白い魔導具を考えつく可能性があるかもだしー。あまり期待はしていないけれど。
「そのエヴリラという娘、引き取るつもりと考えていいのね?」
「はい。聞いた限りでは、デュバルに対抗出来る程の実家でもないですし」
「逆に、娘を介して伯爵家に取り入ろうとするかもしれないわよ?」
「ジルベイラに頑張ってもらいましょう」
鬱陶しいおっさん共をシャットアウトするのは、彼女に丸投げだ。その分、ジルベイラの仕事を分散出来るよう、いい人材をもっと送らなきゃね。
考えたんだけど、他にも実家に問題を抱えている学院生女子、いないかなあ。
女子限定なのは、男子なら最悪騎士団に行く手段があるから。女子は結婚か修道院くらいしか、逃げ場がないんだよね。
本当は、その辺りも改善したいんだけど、これは一領主が出来る事じゃないから。国のあり方から変えなきゃダメだと思う。
そんな重い話、脳筋には無理ですって。
「レラ? 何を考えてるのかしら?」
「え?」
それはあれこれ。でも言えない。そっぽを向いたら、コーニーに詰め寄られた。
「後出しされるくらいなら、今のうちに言ってしまいなさい!」
「コーニーが酷い!」
「酷いのはレラの方よ! 嫌っていた子を引き取るなんて!」
嫌ってた? ……もしや、偽苺の事かな?
「エヴリラの事なら、嫌ってはいなかったよ。おバカな子だなあとは思ってたけど」
「……そうなの?」
「うん。ダーニルもミスメロンも、嫌っては……いたかもしれないけれど、まずバカだなあって思いが先に来てた」
コーニーが複雑そうな顔でこっちを見ている。嘘は言っていないからね?
ダーニルもミスメロンも、表だってあれこれ動いてくれるから、対処が凄く楽だったもの。
ある意味、エヴリラもシズナニル嬢、キーセア嬢もわかりやすくて助かるね。
多分、私にとって厄介な敵って、いわゆるフレネミータイプの人だよ。悪意に気付きにくいってのもあるけれど、その心のあり方が無理。
「面と向かって敵対してくる人は、扱いが楽で本当に助かる」
「レラってば……」
「社交界では、全ての敵がわかりやすい人ばかりとは限りませんよ?」
わかっています、シーラ様。
「だから、私は社交界が苦手なんですよ」
堂々宣言したら、笑われてしまった。いや本当、苦手なんですけどね。
「それで? 話は戻るけれど、何を企んでいたの?」
「企むだなんてそんな、酷いですよシーラ様」
「いいから仰い」
有無をも言わさずって感じだ。そんなに変な事、考えてなかったんだけどなー。
「……シズナニル嬢やキーセア嬢、それに今回のエヴリラの件から、他にも実家に問題を抱えている優秀な女子学生、いないかなーって思って」
「女子限定なの?」
「うん。だって、男子なら他に救済手段があるでしょ? 騎士団とか」
コーニーも、そこが気になったんだね。なので、考えていた事を説明してみた。
「女子って、結婚相手を親が見つける、もしくは卒業までに自分で見つけないと、その後の人生詰むじゃないですか。うんと優秀なら、王宮に女官として入るって道もありますけど」
「女官は伝手が重要だし、第一既婚者の方が有利だものね」
そうなんですか? シーラ様。知らなかったわー。
「その辺りを考えると、女子は結婚出来ないと大変って事になりますよね? 自立の手段が男子より圧倒的に少ない」
「続けて」
「女子の自立を促すとかまでは、考えてません。それは国がやるべきであって、個人の手にはあまります。でも、近場にいる困った女子を助ける手段が、少しはあればいいなあと」
「困っている学院の女子を、全員領地で引き受けるつもり?」
「そこまでは。最低限の学力は欲しいですし。ただ、デュバル領って今でも人手不足だし、このままだとジルベイラが本気で倒れそうです」
私の言葉に、シーラ様が何やら考え込んでいる。
確かに、学院の女子は貴族のお嬢さんばかりだから、本来なら自立なんて考える必要はないと思う。
ただ、身近にそうではない例が三つも現れると、実はこれらは氷山の一角で、親によって不幸な道を辿るのが確定してしまっている子が他にもいるかもしれない。
この国って、親の権限が強いから、子供の権利なんて吹けば飛ぶような軽さなんだよね。基本的人権もないし。
「結婚こそが幸福の唯一の道、と思っている人はそれでいいと思うんです。でも、そうじゃない女子まで一緒くたに考えるのはちょっと」
「……コーニー、あなたの学年に優秀で実家に問題を抱えてそうな女子はいて?」
シーラ様にいきなり聞かれて、コーニーが慌ててる。
「ええ? えーと……多分、いないと思うわ。成績優秀者に入るような女子は私以外いないし、家庭に問題があるような人もいないと思う」
「既に卒業している女子は……さすがにわからないわね」
「ええ」
「なら、レラは頑張って自分の学年と下級生の中から、これはと思う人材を探しなさい」
「えええ?」
いいんですか? シーラ様。
「相手の親に関しては、調べられるだけ調べる事。それと、親との交渉も自分でする事になりますよ」
「う……」
大変苦手な分野です、はい。
でも、いい人材を見つける為だ。頑張ろう。
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