第140話 物語の世界
王太子夫妻の結婚祝賀パーティーの翌日の午後、王都デュバル邸に来客があった。
「……お邪魔します」
「ようこそ」
偽苺である。もう髪の色が違うのでそう呼ぶのもどうかとは思ったけど、そういえばまだ名乗られてないのよね。なので、そのまま。
このせいで、ペイロンに帰る日数が一日ずれたけど! ユーインを説き伏せるのが大変だったけど!
何故大変だったかと言えば、自分も残ると言い出したから。そこを「女子だけの秘密の話があるから」と言い切った。嘘は言っていない。
何せ、転生者同士の秘密の話だからね。誰にも聞かせる訳にはいかないよ、こんなの。さすがのユーインも、聞いたら私の頭を心配しかねない。
今日があるのは、昨日偽苺と約束したから。あのままあそこで話す訳にもいかないもん。内容が内容だし。
それに、あのまま長い事ホールから離れたままだと、色々な意味でヤバかったから。
案の定、長すぎるお花摘みから戻ったら、ユーインやシーラ様達から何かあったんじゃないかって心配されたよ。
心当たりがあれこれあるので、何も言えないのが悲しい。でも、トラブルを招いた覚えはなく、向こうから来るんだけど。
ペイロン行きを一日遅らせたのも驚かれたし、体調を心配されたんだよねー。日頃の行いがあるから、何も言えない……
何とか学院の同級生の悩み相談に乗る、と説明して事なきを得た。これも、嘘じゃない。悩みかどうかは、置いておくけど。
偽苺を応接間に通し、メイドにお茶を出してもらう。気のせいか、皆が妙に張り切ってるんだよな。
滅多に帰ってこない主が帰ってきただけでなく、客まで来たからか。ごめん、もっとこの邸を使うように努力します……
メイド達が下がった応接室で、先手必勝とばかりに切り出してみた。
「で? 昨日の話の続きだけど。あなたは、ここがその何とか言う作品の世界だと言う訳?」
「『転生先はとある乙女ゲームの世界でした』よ。多分……だけど」
「多分?」
曖昧だなあ。ちょっとイラッとしたのが表に出たのか、偽苺が慌てだした。
「いや、だって端々が違うから。変だなあとは思うんだけど、でも共通項がここまで多いと偶然では片付けられないし。あ! 共通項は国の名前とか、出てくる貴族の名前とかなの。普通、作り物と一致するなんて、ないよね?」
いや、知らんがな。でも、確かに変だ。どういう事なんだろう。
考え込んでいたら、偽苺がポツポツと話し始めた。
「私、物心が付く頃には前世の記憶があったの。おかげで勉強は大分楽だったけど。段々国や地方の名前を知る度に、ここがあの話の世界に思えてきて……」
「で、髪を染めた?」
偽苺は頷く。どうやら、件の作品のヒロインは、ストロベリーブロンドだったらしい。
思わず呆れた目で見ていたら、偽苺が慌てだした。
「だって! うちの家名はヒロインのものなのよ!?」
「あなたの名前も、そうなの?」
「う……」
違うんだな。そりゃそうだ。もし偽苺がヒロインポジで転生していたのなら、髪を染める必要はない。生まれつきストロベリーブロンドのはずだもん。
色変わりをした私が言う事じゃないけどねー。
それにしても、国や家、地方の名前が一致してるとなると、あながち嘘や間違いとも言い難い。
「その作品には、暦は出てこないの?」
西暦でも何でも、暦が一致していれば、さらに信憑性が増す……と思うんだけど。
私の問いに、偽苺は顔を暗くする。
「それが……年がずれてるのよ……他にも色々。でも、端々は一致していて……どうなってんのよ、本当に」
偽苺が言うには、四十年近く後の記述だったそうな。それ、もう別物じゃね?
そこで、ふと閃いた。物語……かゲームかは知らないけれど、始まる前の世界に来てるとは考えられないかな。
「本当に国や家、地方の名前は一致してる? 似たような名前ではなく?」
「一致してるわ。そこは間違いないわよ」
「なら、一つの可能性として、本当にここはその作品の世界だけれど、物語が始まる時間より前の時間軸である……って事は、考えられない?」
「はあ!?」
驚くほどの事かな? 年数がずれてるなら、まずそこを疑うべきだと思うよ?
「あなたの家、兄か弟がいる?」
「両方いるけど……」
「なら、兄弟の子供……だとちょっと無理か。孫辺りの世代がヒロインかもよ」
「ええええええええ!?」
偽苺、大ショックらしい。
「折角あの世界に転生したと思ったのにぃ……スタートより大分前、しかもヒロインの大叔母だなんてええええええ。そういや甥がいるわよあいつがヒロインの父親なのおおおおおおおお!?」
あーあ、頭抱えちゃった。
「さっきの話も、あくまでそうかも? ってだけだからね? どちらかというと、作品世界とはまったく違う世界の可能性の方が高いと思うよ?」
「確かに……おかしいと思ったのよ。同じ年にいるのは王太子のはずだし、第二王子は年下のはずなんだもん」
王太子は昨日結婚したし、第二王子は去年卒業してる年上だ。てか、言ってる割りに、三男坊を見に来てたよね?
あれか? 王族なら何でもいいのか?
「……何よ、その目は」
「あなた、王太子狙いだったの?」
「う! ……ラノベの挿絵では、一番好みだったのよ」
「うちのクラスに第三王子を見に来てたよね? あれは?」
「……その、挿絵のイメージに、あの王子がよく似ていたの!」
それでまとわりついていたのか。
「その他にも色々と――」
「悪かったわよごめんなさい! 必死だったんだってば!」
「屋根裏部屋にこだわったのも、必死さ故?」
「そうよ! ……ヒロインは親に虐待されていて、父親が寮監に指示したせいで、部屋は物置の屋根裏部屋になるのよ。それが切っ掛けで、王太子に同情されるってエピソードがあるの」
なるほどー。てか、親が屋根裏部屋を宛がうって、まんまうちじゃないか。
「……何笑ってるのよ?」
「ああ、ごめん。別にあなたを笑った訳じゃないの」
「じゃあ――」
「親が屋根裏部屋を宛がうって、まんま私の状況だったから」
「はあ? あんたも、親に虐待されてたの?」
「んー、虐待……ネグレクト?」
「十分虐待じゃない」
育児放棄ではあるけれど、送った先がペイロンだったのは、実父に感謝してるよ。おかげで、私は今の私になれたんだから。
てか、「も」って何だ、「も」って。もしや、偽苺も虐待されていたの? そういや彼女、学院には編入してきたんだっけ。
国内の貴族は、漏れなく貴族学院に通う。そう考えると、彼女の背景がちょっと気になるね。
リネカ・ホグターのような場合もあるけれど。もしや、偽苺も庶子パターンか?
偽苺こと、エヴリラが聞きたがったので、実父とダーニル、ついでに前寮監の事を話した。
「じゃあ、妾の娘を正妻の娘と入れ替えようとしたって事?」
「そうらしいよ」
「何でそんなに平然としていられるのよ……信じらんない」
そうは言われても。実父が「父親」って認識が薄いからね。
「私は家を出される三歳の頃にいきなり前世を思い出したからね。実の家族を家族と思えないまま、疎遠になったのよ」
「ああ、そういう……」
納得してもらったところで、今度はそちらが話す番だよ。
「さて、流れでこっちの話はしたんだから、そっちの話も聞かせてもらおうかな」
「……大して楽しい話じゃないわよ?」
「いいから。ついでに、作品の話も聞かせてちょうだい」
「よくある転生ものを扱ったラノベよ。ヒロインは転生者で、作中では前世自分がプレイしてた乙女ゲームのヒロインに転生するの」
ゲームじゃなくて、ラノベだったのか。でも、ラノベの中ではゲームに転生……ややこしいな。
とりあえず、ラノベの話は置いておいて、エヴリラの話を先に聞きましょうか。
彼女によると、生まれは地方の少領男爵家だそうな。兄弟は先程も出たけど兄と弟。
「家が貧乏でねえ。父が能なしだから、まあ順当かな。ただ、あのクソオヤジ、女には学は必要ないとか抜かして、私を学院に入れようとしなかったのよ!」
あー、そういうタイプかー。この国にも、男尊女卑の考えを持つ男、少なくないんだよねえ。
「なのに、私が自力で勉強した結果を搾取しやがって!」
「搾取?」
「読み書き計算が出来て、一応男爵家の娘、この肩書きから商家に奉公に出たのよ。給金は全部、クソオヤジの懐に入るようにしてね!」
それは、人身売買に近いのでは? でも、今口にするとエヴリラの勢いを削ぎそうだから、黙っておく。
「私が稼いだ金で兄は悠々学院を卒業し、弟も入学準備が出来たわ。兄に至っては、結婚までして子供も生まれたし。あ、さっきも言ったけど、甥がいるの。ヒロインは、あの甥っ子の娘か……」
「いや、まだここがラノベの世界と決まった訳じゃないし」
「ああ、そうよね……。本文では、親世代の事もちらっと出て来たけれど、ヒロインに大叔母がいるなんて描写、どこにもなかったし」
それにしても、よく覚えているもんだなあ、本の内容なんて。ついこぼしたら、ハマっていて何度も読み返した結果だってさ。
「それで、商家に出されていたあなたが、どうして学院に入る事になったの?」
「私を奉公に出した事が、バレたからよ。しかも、国から来た査察団にね」
貴族の娘を、しかも成人前に奉公に出すなんて、普通じゃない。もちろん、それを受け入れた商家も。
という訳で、先に商家が潰されたそうな。国家権力怖え。
商家が潰されたのなら、エヴリラの実家の男爵家も潰されそうなものだけれど、あまりにも小物過ぎたので見逃されたらしいよ。それもどうなんだ。
「うちと唯一取引があった商家が潰されたから、代わりの商家を探したんだけれど、さすがに私を雇ってくれるところは見つからなかったの。それで、仕方なく学院に入れたって訳」
一度でも商家を潰した男爵家は、色々と信頼が落ちたらしい。そんな危ない家の娘では、成人していたとして関わりたくないと思われたそうだ。
で、エヴリラ言うところのクソオヤジが考えたのは、娘をそれなりの家に嫁がせる事。
「ここで嫁入り先を見つけないと、私は一生あの家に食い潰されるのよ!」
今度は娼館に売り飛ばされるそうだ。いや、娘をいきなり娼館送りにするって、どんだけクズなのよ。
ろくな付き合いもしていないから、嫁入り先を世話してくれる人もいないんだって。だから、学院で結婚相手を見つけるのに必死だったらしい。
「で、どうせなら王太子を狙ってやるぜ、と?」
「……そういう訳じゃないけど、同じ結婚するなら好みの外見の男性の方がいいじゃない?」
外見だけかねえ? とはいえ、王太子はとっくに卒業済みで、いたのは三男坊こと第三王子な訳だけど。
それをちらっと言ったら、エヴリラに鼻で笑われた。
「最高じゃない。臣籍降下したって公爵か侯爵は間違いないだろうし、何よりあの外見だもの。これを逃す手はないわ!」
「その前に、王族なら結婚は王宮が決めるものよ」
「ガーン……」
マジで声に出す奴がいたよ。ちなみに、王太子も第二王子も、相手は王宮が決めてるからね? 二人とも政略結婚だよ。
まあ、王太子の方は紹介されたその場で今の妃殿下に一目惚れしたって話だけど。
それはともかく、三男坊に関しては、先は決まってるからねえ。
「他に手近なところで相手を探したら?」
「う……それが、髪染めたりなんだりで、悪評が広まっちゃって……」
「相手が見つからない訳か」
「髪も、クソオヤジに戻さなかったら坊主にするって言われたから仕方なく戻したのよ……。酷くない!? 娘の髪を何だと思ってるのよ!!」
いや、知らんがな。
エヴリラの背景は何となくわかった。家にも学院にも居場所がないのは、ちょっと厳しいねえ。自業自得とはいえ。
何となく同情気味なのは、彼女が人を傷つけようとして行動していなかったからかな。
ダーニルとかミスメロンの場合、傷つける事自体を楽しんでいたような面があるから。
あの二人と比べると、エヴリラはまだ可愛げがあるように見えるんだよねえ。不思議だわ。
その彼女は、今私の前で例のラノベのストーリーを嬉々として語っている。
「で、ヒロインが屋根裏部屋に入れられるのよ。長く使われていなかったし、物置部屋だから酷い有様でね。ネズミや虫まで出るのよ」
「ああ、その辺りは最初に一掃したわ」
「……いたんだ。で、その事を理由に学院で他の女子達にからかわれているところに、王太子が通りがかって出会いを果たす訳」
「ベタだなあ」
「いいじゃない。王道よ王道。王太子と知り合った事で、寮監の不正が表沙汰になり、普通の部屋に入れるようになるの。そこで、生涯の友にも出会うのよ」
「へー」
私の場合、学院長が裁可を下していたな。あっという間に前寮監はクビになってました。
「王太子を通じて他の攻略対象とも知り合ってね。でも、途中で同じ転生者に邪魔をされて、窮地に追いやられたりするの。その子のビジュアルが、あんたと一緒にいた子にそっくりなのよ。髪の色は違うけど。そこはほら、染められるし」
「ほう」
どうやら、チェリの事を悪役令嬢と呼んだのは、そこら辺に起因しているようだ。
その転生者は王家の血を引く公爵家の令嬢で、王太子が好きな訳ではなく、王妃を狙って王太子を攻略しようとしたらしい。それには、ヒロインが邪魔。
その為、あらゆる手を使ってヒロインの命を狙ってきたんだって。それ、本当に学院での話? えらいヘビーだな。
「で、最終的にはその敵である転生者の悪事を暴き、ヒロインが王太子と結ばれてハッピーエンドになるのよ」
「で、あなたは自分がそのヒロインだと思い込んだ訳だ」
「ぐ……だから、それは」
「ある意味、現実逃避だよね。話を聞いた限りじゃ、確かに逃避したくもなるわ」
エヴリラが驚いている。そんなに驚くような事、言ったかな……
「……私、あなたが先に屋根裏部屋を押さえてるから、てっきり転生者で敵なんだとばかり思ってた」
おいおい。大体、敵の転生者である悪役令嬢とかは、チェリの方が似ているんでしょう? それに。
「私、その何とかいうラノベ、存在すら知らないよ?」
「そうなの!? ああ、でも、ああいうのって、知らない人はとことん知らないもんね」
一応、前世ではその辺りも読んでたはずなんだけど、記憶にないんだよね。好みじゃなかったのかな……
ともかく、そのラノベの内容は大体わかった。
「やっぱり、この世界とは違うと思うよ」
「マジかああああああああ」
「少なくとも、時間軸は確実にずれてるね。さっきも言ったけど、王太子殿下は既に卒業されていて、昨日ご結婚されたばかり。第二王子殿下は、来年ご結婚されるわ。それと」
「それと?」
「その、悪役令嬢の家名、存在しない公爵家よ」
「へ?」
家の名前とか、覚えるのが苦手な私でも、ちょっと前に聞いたばかりの事くらいは覚えている。
王家の血を引く公爵家は、数が少ない。ローアタワー、コアド、それにメディッド。
コアド公爵家の説明の際、ついでだから覚えておきなさいと言われたのが、最後のメディッド公爵家。
現当主は先代国王の甥に当たり、現国王の従兄弟。跡継ぎもしっかりいて、断絶の危険性も少ない家だ。
ラノベに出てくる悪役令嬢の実家の名は、パストル公爵家。その名の王家の血を引く公爵家は、存在しない。
ただ、先程エヴリラが言った言葉が引っかかる。悪役令嬢は、チェリの見た目そのままのイメージだとか。ただし、髪の色が違うけれど。
「これも仮説に過ぎないけれど、そのラノベの世界、誕生しないかもしれないわ」
「はあ?」
「悪役令嬢の実家である、パストル公爵家。今は存在しないけれど、本来ならこの後興された家だったのかも」
「意味がわかんない」
「でしょうね。第三王子には、政略結婚の話があったのよ。その相手が、あなたが私と一緒にいるところを見た、ハニーチェル嬢」
「んん?」
「でも、第三王子はこの政略結婚を断ってしまった」
「はい!? 出来るの? 断るなんて」
その辺りは理解出来るんだ……なのに、いきなり結婚相手に第三王子を狙うとは。
頭がいいのか悪いのか、判断に困る。それはともかく。
「出来ちゃったのよ。で、チェリ……ハニーチェル嬢は、別の男性と婚約したの。これが何を意味するか、わかる?」
「……結婚するべき二人が結婚しなかったから、悪役令嬢も生まれないって事?」
「その通り。それどころか、物語がスタートするかどうかすら、怪しいんじゃない?」
エヴリラってば、目を見開いて固まっちゃった。
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