第139話 結婚式
王都は晴天なり。本日は、王太子殿下とシェーナヴァロア嬢の結婚式です。
王都のルスト大聖堂には、多くの貴族が参列してる。私もその一人。
高い天井、荘厳なたたずまい。ルスト大聖堂は、国内でも最高権威の聖堂だ。
いやー、初めて来たわ。
参列している人達の装いは、見ていて楽しい。男性はお決まりのモーニングコートだけど、女性はきらびやかだ。
どうでもいいけど、モーニングだのホワイトタイだのブラックタイだのを持ち込んだのも、転生者だよな?
昔の絵画にはカボチャパンツに近いものがあったから、耐えられなかったんだろう……
本日の私達の装いはと言えば、シーラ様が藍色の日中用のドレス、コーニーが深い緑のドレス。この辺りは定番だ。
私はいつもより濃い青のドレス。シーラ様のものよりは明るいけど、普段よりは濃い目。
アクセサリーは三人揃えていて、帽子に羽根飾り、ネックレス、ブレスレットは真珠。ドレスと同じ色の手袋に、同じ布のバッグと靴。
小物は色を違えてくる人もいるけれど、私達三人は揃えてみた。近い場所に座っているから、それなりインパクトがあるらしい。ちらちらと視線を感じるよ。
女性の視線のいくつかは、ヴィル様やロクス様、ユーインに対してだな。一部、サンド様への視線も見受けられる。いや、年齢的に。
ユーインはフェゾガン家の人間としてではなく、私の婚約者として出席しているので、この席順。ここから見える場所に、彼の父親もいるよ。
ヴィル様はまだしも、他は決まった相手がいるんだけどなあ。社交界では、不倫でもいいって人達がまだ多いらしい。やだ、爛れてる。
席に着いてからしばらく。ようやく式が始まるらしい。中央に開けられた通路を、入り口から楽隊が歩いてきて、指定の位置で止まり、ラッパを吹き鳴らす。
それに合わせて、新郎新婦のご入場だ。
王太子は白の式服に白の手袋。コートは白というよりオフホワイトっていった方がいいかな。
シェーナヴァロア嬢は、白のウエディングドレス。もはや何も言うまい。モーニングがあるんだから、ウエディングドレスもあるだろうよ。
ふんわりとふくらませたスカートには、銀糸で刺繍が施してある。袖口に連なるレースは軽やかに揺れていた。
布地もレースも、ペイロン産の最高級蜘蛛絹だな。後ろに長く引くヴェールもそう。
そのヴェールを止めているのは、代々王太子妃が被るとされている宝冠。王妃様のそれよりは小ぶりだけれど、多くのダイヤで飾られたそれはなかなか重そうだわ。
ゆっくりと聖堂の中央を行く二人を、参列者がじっと見守る。やがて祭壇に到着し、ルスト大聖堂を預かる大僧正が式を執り行った。
聖堂なのに僧正とはこれ如何に。まあ、キリスト教の聖堂じゃないしね、ここ。
一神教ではあるけれど、神像もあるくらい偶像崇拝が許されている宗教なんだ。祭壇にもあるよ。でっかい神像が。
この神様、男であり女である、完全体なんだって。人はこの完全体である神から派生した不完全体で、だからこそ男は女を、女は男と夫婦になり完全体を目指す、とかなんとかいう話。
その割には、聖職者は結婚不可だそうだけど。神に仕える者は、等しく神と婚姻したと見なし、人との結婚は出来ない、だったかな。
式は祭壇で二人が結婚するよって神様に報告して、その後確かに夫婦となるね? と互いに意思表示をし、誓いを立てた後、聖典にある言葉で祝福を受け、終わり、退場。
内容としては、王族の結婚でも庶民の結婚でもあまり変わらないそうだ。ただ、かけるお金と列席者の数が違うけどね。
目の前で、王太子とシェーナヴァロア嬢がそれぞれ誓いの言葉を口にし、決して誓いを違えない証として、口づけをして終わり。
これも、転生者関わったよね!? どこまで食い込むんだ前世の知識。
荘厳な中に終わった式の後は、時間を置いて王宮での結婚祝賀パーティーが行われる。
式が午前中、パーティーは夕方から。大抵の貴族は王都邸に戻って一休みして、着替えて王宮へ向かうんだって。
私達もそうでーす。ちなみに、ユーインと二人でアスプザット邸でお世話になってます……
部屋着に着替え、居間でくつろいでいたら、同じく部屋着に着替えたシーラ様が入ってきて視線があった。あ、苦笑いされてる。
「徐々にデュバルの方を使うようにね」
「申し訳ございません……」
「あちらの者達が、拗ねてしまうわよ?」
シーラ様の仰る通りです、はい。つい、気楽でこっちに来ちゃうんだよなあ。
「今回はいいわ。でも、来年のルメス殿下の時は、ちゃんと向こうを使いなさいね?」
「来年?」
「今年は王太子殿下、来年は第二王子のルメス殿下がご結婚なさいます」
ああ、そっか。もう一人王子様、いたっけね。三男坊? 二年後には隣国に無事旅立たれる事を願います。
「ルメス殿下は、確か王妃陛下のご実家に入られると聞きました」
「ええそうです。レラ、あなたもユーイン様を見習って、きちんと情報を集めるようにね」
「はーい。で、王妃様のご実家って?」
あ、シーラ様が呆れてる。いやだって、王族関連の名前って、覚えづらいんですよ……
「コアド公爵家ですよ。ローアタワー家同様、王家の血が流れている公爵家です」
「王妃様以外、お子がいなかったんですか?」
……何故皆黙る。シーラ様もサンド様もヴィル様もコーニーも、ユーインまで! ロクス様とチェリは、二人で過ごすから、この場にはいない。
じーっとサンド様を見ていたら、咳払いをされた。
「その、王妃陛下には弟が一人いてね。彼が跡を継ぐはずだったんだが……」
「何か、あったんですか?」
また黙る。気になるー。もやもやしていたら、ヴィル様がぼそっと教えてくれた。
「……落馬の事故で、亡くなったんだ」
「そうなんですか? でも、そうしたらどうして皆いきなり黙るんです?」
「その亡くなり方が、あまりにもあまりだったからよ」
「どういう事? コーニー」
「お友達と遠乗りに出ていらした先で、ふざけた乗り方をしようとしたそうなの。で、そのまま落馬」
「……バカ?」
誰も否定もしなければ肯定もしない。でも、聞く限り、バカだよね?
「コアド公子フランボン卿は、その……かなり明るい方というか……」
「一言で言えば、お調子者だったそうだ」
ユーインがぼかしたのを、ヴィル様がズバッと言っちゃった。なるほど。やぱりバカだったんだな。
で、そのフランボン卿とやらが亡くなったので、お鉢が第二王子に回ってきた、と。
「第二王子は臣籍降下しても、新しく家を興すんじゃないんですね」
「新たな侯爵家は用意されていたのだけれど……ねえ?」
シーラ様が、庭の方に視線を送る。今そちらには、チェリとロクス様がいるはずだ。
つまり、その新しく用意していた家は、三男坊用だった訳か。無駄になっちゃったねえ。
夕方からの結婚祝賀パーティーは、盛大だった。さすが王太子の結婚。
二人も衣装を替えてお出ましだ。王太子の方はホワイトタイ、シェーナヴァロア嬢……じゃない、もう王太子妃殿下か。
妃殿下の方は、淡いローズピンクのドレス。軽い素材を幾重にも重ねた、今流行のスタイルのドレスだ。
ちなみに、コーニーと私も同じスタイルのドレス。さすがにデザインは違うけどね。
共布でたっぷりのフリルを付けているけれど、布が薄くて軽いから全然重くない。ちょっとターンしたら、きっと裾がふわりと持ち上がるよこれ。
そういや、この後ダンスもあるんだった。その時、ちょっといつもより大きめにターンしてみようかなー。
「レラ、よからぬ事を考えていないか?」
ユーイン、何故そう思ったのか、三十字以内で答えなさい。
まあさあ、裾がふわりとしたら、ちょーっと足が見えちゃうかもしれなけれど、その程度どうって事ないって。ペイロンではつなぎで過ごす事も多いんだから。
そろそろ、この国でも女性が足を出してもいいって事に、ならないかなあ? 一部の乗馬服では既に解禁みたいなものなんだからさー。あれ、足にフィットするから、腰から膝辺りにかけてのラインがばっちり見えるんだよね。
足首あたりはブーツを履くから見えないけど。
主役二人には、早々に祝福の言葉を述べにいった。お二人とも、とても幸せそうでいいねえ。
ちらっと視界の端に映った三男坊は、幸薄そうな顔をしていたけど。君の場合は自業自得だ。
でも、おかげでロクス様にはとても素敵な奥様が見つかったので、そこは感謝しておこう。
今度顔を合わせたら、その事を伝えようかな。どんな顔するだろう。楽しみー。
ちょっとホールから出て、お花摘みへ。王宮のトイレは古いから嫌いなんだよなあ。それでもギリギリ水洗だから、何とか我慢する。
手を洗って外に出たら、どっかで見たような顔が目の前に。
「待ってたわよ!」
「……どちら様?」
「はあ!? 私よ私! この顔を見忘れたとでも!?」
いや、そう言われても……確かにどっかで見たような気が……あ!
「偽苺!」
「何ですって!?」
「髪の色が違うから、誰だかわからなかったよ。それ、地毛? そっちの方がいいじゃない、艶やかな栗色で」
「私は嫌いなのよ! 特徴なさすぎて周囲に埋もれるわ! 何よ、自分は綺麗なホワイトブロンドだからって。私も個性的な色が良かったのに!」
端から見たら、そう見えるのかー。私にとっては、白髪に見えかねないから嫌いなんだけど。
そういや、私も元は偽苺みたいな栗色の髪だったはずなんだよね。それはともかく。
「待っていたって言っていたけど、私の事かしら?」
「そうよ! ……単刀直入に聞くけど、あんたも転生者よね?」
「……」
まさか、ここでそれを突っ込んでくるとは。どう対応したものか。
「しらばっくれてもダメよ! 何よあの学院祭での出し物! 赤ずきんが義賊とか、噴き出すのを押さえるのに苦労したんだから」
「……どうしよう、偽苺がまっとうな事を言ってる」
まあ、元を知っていたら笑うよな、あれ。そういや、偽苺の存在、忘れてたわ。
「だから! 何なのよその偽苺って!」
「だって、ピンクに髪を染めてるから。ストロベリーブロンドの偽物だなあって思ったから、偽苺」
「説明されると納得出来るから嫌だわ」
するんだ、納得。
「それで? 話はそれだけ?」
「そんな訳ないじゃない。ちょっと、来て」
「何故?」
「話があるからに決まってるでしょ?」
「だから、何故?」
「へ?」
こういうところは鈍いんだなあ。
「あなたと私はクラスも違うし接点が何もない。なのに、話があるから来てって言われて、はいそうですかとついていくと思う?」
「え……いや、だからそれは同じ転生者――」
「もし、同じ転生者だったとして、あなたの話を聞く義務、私にはないわよ?」
おお、偽苺が困ってる。まさかこう返されるとは思ってなかったのかな?
でも、縁のない相手についていくほどバカじゃないよ。……色々やらかしている自覚はあるけどさ。
言い負かされたからか、偽苺は私を連れていく事を諦めたらしい。
「……あんた、この話の事、どれくらい知ってる?」
「この話って?」
「この世界よ! 『転生先はとある乙女ゲームの世界でした』の」
「……はい?」
何それ?
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