第138話 久々の
無事ニエールをペイロンに連れ帰りました。あ、ジルベイラは領主館に到着するまで、ずっと固まったままだったよ。
シーラ様の影響力、凄い。
ニエールは眠らせたまま研究所へ。まだ午前中。このまま森へ行こうかなー?
「あ!」
「どうかしたか?」
いきなり大声を出したからか、隣のユーインが不思議そうな顔でこちらを見ている。
「いや、伯爵に、森で一泊する許可、もらわないと」
「森で、一泊?」
あ、眉間に皺が寄ってる。やっぱり、ユーインも森での宿泊は反対なのかな。
「一人でか?」
「うん」
「危険はないのか?」
「大丈夫でしょ。防御用の結界はしっかり張るし」
「魔物ではなく、余所の男達の事だ」
そっち? ユーインはおかしなところを心配するね。
「平気だよ。私に手を出したりしたら、一族郎党その場で切り捨てられるから。伯爵がしっかり通達を出してる。それに、私の防御壁を越えられる人、今まで一人もいなかったし」
何せ、氾濫の時の大きな鳥を押さえたの、私だし。ユーインも目の前で見ていたでしょう?
それを言っても、まだ渋い顔をしている。
「余所から来ている、通りすがりのような連中もいるだろう?」
「ああいう人達は、奥まで行かない……というか、行けないんだよ」
能力不足で。まー、大抵森を甘く見てるから、初心者講座で心をバッキバキに折られるというね!
「なので、一泊が必要な深度まで行けるのは、慣れている人だけ。そして、そういう人達には伯爵の威光が行き届いているの」
森を知っていれば知っている程、コーニーや私には手を出そうとはしない。後が怖いし、成功率がもの凄く低いから。
大体、魔物を狩る女が、対人戦が出来ない訳ないじゃない。直接息の根を止めはしないけれど、動けなくして森の中に置いてくるくらいはするよ?
その結果、二度と森から出てこられなくなっても、まあ自己責任って事で。
そう説明しても、ユーインの渋い顔は戻らない。
「そんなに心配なら、一緒に来る?」
「え!?」
……そこ、驚くところ? 何故か渋面から真っ赤になっていくし。あ。
「もちろん、寝る場所は別だよ!?」
「あ、ああ……わかってはいるんだが……」
ちょっとやめてよ。こっちまで顔が熱くなってくるじゃない……
研究所からの呼び出しの件と、ついでに分室での一件を伯爵にご報告。一緒に、森での宿泊許可をもらおう。
「という訳です」
ヴァーチュダー城の伯爵の執務室で、報告終わり。シーラ様も同席しているのは、分室の件があるからかな。
ジルベイラは無実です。あんなの、コントロール不能ですよ。ジルベイラ本人が言うように早めにクビにすべきだったんだろうけど、デュバルは人手不足だからなあ。
その辺りも含めて、説明してみた。
「なるほどな……分室の職員も、もう少し調べた方がいいか」
「どちらかというと、彼女が異質だったんじゃないかしら?」
「だが、似たようなのに入り込まれると、厄介だぞ?」
「事務方でしょう? しばらくは、役所の職員が兼任という形にすればいいんじゃないかしら?」
「あそこはただでさえ仕事が多いから」
えーと、色々ごめんなさい。仕事の多さは、今まで放置していた祖父と実父のせい。
「ペイロンから、もう少し人員をもらえませんか?」
「無茶を言うな。ただでさえジルベイラを持って行かれて、こっちもかなりの痛手だぞ」
だよねー。ペイロンは基本脳筋の巣窟。事務仕事が出来る頭を持った人って、少ないんだよなー。
その中でも、ジルベイラがこれはと思った人材をデュバルにもってっちゃったから。ペイロンも、事務方はいくらでも欲しい状態だってさ。
その割には、未だに頭脳派を軽視するところが治らないよね。あからさまに差別はしないけれど、分家の序列には現れてる。
「うちより、アスプザットの方が多いんじゃないか?」
「身分にこだわらなければ、それなりには。ただ、やはりうちの領主館や王都邸で働きたいって人が多くて」
アスプザット家、大人気です。まあ、領主の館や王都邸って、どこも花形職業だからね。何せ賃金が他より段違いだそうだから。
「信用がおける人なら、身分は問いません。ただ、ジルベイラの面接を突破するのは、結構大変かも」
「彼女の求める人材となると、商家からもらい受けるしかないわね」
基本、庶民は通う学校がないので、学がない人が殆ど。お金があって余裕のある商家なんかは、家庭教師を雇うんだって。
「叙爵も見据えている商会なら、雇い人の子供にも教育を付けるから。そういった人材を狙うのも手よ」
「でも、それって商会が育てた人材を、横取りするって事ですよね? いいのかな……」
商会が子供に教育を付けるのは、何も慈善事業じゃない。将来、商会で働かせる為の、言わば先行投資だ。
なので、成績がいい子には、高度な勉強をさせる商会も、最近では出て来てるんだとか。ただし、その前に雇用契約を結ぶそうだけど。
教育をした結果、余所の商会に行かれたらたまったもんじゃないもんね。
職業選択の自由がないように思えるけれど、この国には最初からそんな自由はない。
だから、子供側でも将来の就職先の確約が取れるのは嬉しい事なんだとか。
「だから、それなりにお金はかかるわよ?」
使えるまでに育てた経費を払わないと、商家としても手放せないもんなー。
「最終的にはそれですよねー」
人材集めは金がかかる。一応、シズナニル嬢とキーセア嬢を考えているけれど、彼女達だってデュバルに行くのを望むとは限らない。
それに、最短でも学院卒業後の話だから、あと二年はかかるしね。
あー、どっかにいい人材、落ちていないかなー? ……あ。
「伯爵、研究所の呼び出し案件、一応全部片付きました。森での一泊の許可ください」
「諦めてなかったのか……」
「当たり前ですよ! 去年は一回も入れなかったんですよ!? 入りっぱなしになっていいって言われていたのに!」
シーラ様、視線を逸らしましたね? 私、忘れてませんから。
夏の間中、森に入っていいって言われたから、大変なお披露目もクリアしたのにいいいいいい!
「去年は調査調査でした」
「そ、そうだな」
「あの調査、依頼主は伯爵でしたよね?」
「そうだな」
「去年の分の恨みも込めて、一泊と言わず森にずっといていい許可ください」
「それはダメ」
「ちぇー」
今の流れなら、「うん」と言うところでしょうに。
「今月末には王都で王太子殿下の婚礼があるだろうが。それにすぐにお前の誕生日がくるし、狩猟祭も控えているぞ?」
「そういえばそうだった……」
一応当主なので、行事ごとは欠かせない。ここで「面倒だからやだー」って言うと、戻りかけている評判がまた落ちる。
祖父と実父が落とした評判を、地道に戻しているのに。我が儘言ったらそこで全てが水の泡だ。それは避けたい。
どうでもいいけれど、今月頭にチェリとロクス様の婚約披露があって、同じ月に王太子の婚礼がある。
本来、一貴族の婚約披露なんてそう大々的にやるものじゃないんだけど、チェリの場合事情が事情だからね。
で、王太子の婚礼は国の行事。おめでたい事だからいいんだろうけれど、重なると大変だ。衣装とか装飾品とか。女は金がかかるからね。
「そういえば、私の誕生日、デュバル領でやらなくていいんですか?」
「あそこはまだ客を迎えられる状態じゃないだろう」
「そうね。それに、そんな事をしたら、本気でジルベイラが壊れるわよ?」
それはダメだ。
「じゃあ、やっぱり今年もここで?」
「それが無難ね」
しょーがないかー。実際、準備は全て整えてもらうしな。
本当なら、そこから全部自分でやらないといけない訳だし。五年生からは、そうした茶会やパーティーの開き方なんかも、マナーの授業で入ってくるんだって。コーニーが言っていた。
ちょっと、新学年が憂鬱ですよ。
何とか伯爵から一泊のみの宿泊許可をもぎ取り、つなぎに着替えてから研究所へ。そこで簡易宿泊所をもぎ取り、森へ向かう。
「簡易宿泊所とは?」
ユーインが眉間に皺を寄せている。言葉から受ける品とは違うものを受け取ったから、混乱してるのかも。
「さっき受け取ったもので、展開すると四角い小屋のようなものになるの」
部屋のみ抜き出したようなものだ。ワンルームで、簡易キッチンとバストイレ付き。森以外でも、野外での宿泊にどうぞ。
とはいえ、こっちだとキャンプを楽しむって感覚はないからなー。どちらかというと、野宿は宿に泊まれない貧乏人がする事って認識。
鉄道がデュバル領と王都を繋ぐ事になったら、グランピングでも提案してみようかな。自然回帰、とかいって。
もっとも、全てお膳立てされたものに、自然も何もないけどな。それでも、街中では感じられないものがあるかもー。
森の前にある広場には、人がほとんどいない。この時間帯だと、まだ戻ってくる人もいないもんね。
これから森に入ろうって人も、少ないけど。今は私達だけかな?
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ」
変わった森、どんなところになってるかなあ?
入り口付近から、変化は顕著だった。
「こんなに変わるんだ……」
氾濫前までは、この付近は蜘蛛が多かったんだ。私のアルもこの辺りでゲットした思い出。
今目の前にいるのは、サル型の魔物。でも、小さい。手のひらサイズだよ。何か、可愛い。
でも、顔は可愛くないね。歯をむき出しにして襲ってくる。
「もうちょっと可愛げがあれば、ペットとして飼ってもいいのに。愛玩動物ならぬ、愛玩魔物?」
「……レラは、時折変わった事を言う」
言うほどの事かな? 首を傾げたら、頭ぽんされた。ちょっと誤魔化された気分。
入り口付近のサルは、数が多いのが面倒だけれど、強さ的にはそんなでもない。
とはいえ、これも慣れていない人間だとあっという間にかみ傷だらけにされるんだろうな。
「結界って、大事よね」
「おかげで傷一つない。ありがとう、レラ」
「どういたしまして」
慣れればユーインも自前で結界を張れると思うんだけど、どうも彼はこういったものは苦手らしい。
そのうち、魔導具として結界発生装置でも作ってもらおうかな。常時張っておけるやつ。
にしても、深度一でこれだと、本当にこの先は慣れた森とは違うと思った方がいいかも。
本日は深度四で一泊。本当なら、深度五の奥まで行きたかったけど、さすがに今の森ではちょっと厳しい。
いやあ、出るわ出るわ見た事もない魔物だらけ。特に虫系が多かったのは、私に対する嫌がらせか?
虫は嫌いだし、ろくな素材もないので見つけ次第焼却処分です。ちゃんと結界を張って延焼しないようにしておいた。
深度四に入って、やっと見慣れた魔物が出て来たくらい。あ、鬼ツノガイはまだ見つけてないや。養殖の為にも、いくつか生きたまま捕らえないとね。それは明日の課題だな。
今日はもう遅いので、とっとと場所を確保して簡易宿泊所を展開させた。
「これが、簡易宿泊所……」
「そう! 研究所が誇る、知恵と努力の結晶です!」
本当、研究員には感謝です。まさか寮の部屋に入れるバストイレのアイデアから、こんなものが出来上がるとは。
キューブ状のそれには、ドアが一つ。中に入ると小さい上がり框があって、その奥に板張りの部屋。一番奥には簡易キッチン。
中にもドアがあり、その向こうにバストイレと洗面所。ドアの対面にある壁には、収納型のベッド。引き出すタイプで、寝具も備え付けだ。
これ、もうちょっと大きくしたら飯場とかに使えそうだわ。山岳鉄道の工事が始まったら、使えるように交渉してみようかな。
「あ、ユーインの分もあるから、隣に展開するね」
「あ、ああ」
簡易宿泊所は、収納魔法を応用していて、持ち運びに便利な小型化もされている。具体的には、薄い小型のキャリーケース程度だ。
あのサイズに、このキューブが入るんだから凄い。展開は簡単で、場所を確保した後、その場に置いてスイッチを入れればいいだけ。
あっという間にキューブ型の簡易宿泊所がそこに。
「出来たよー。あ、そこで靴は脱いでね。この簡易宿泊所、土足厳禁だから。そこを引っ張るとベッドが出てくるよ。飲み物や食べ物は森に入る前に渡した収納バッグに入れてあるから。この後外から防御用の結界を張っておくね。明日の朝には解除するから。じゃあ、ちょっと早いけど、お休み!」
何か言いたそうなユーインを置いて、とっとと出て来てしまいました。
いやあ、あのままずるずるとあの場にいるのもなんだしさ。でも、夕飯くらい一緒に取れば良かったかなー?
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