第137話 末路
さすがに馬車で行ったら時間がかかるので、スワニール館の移動陣を使わせてもらいたい。
という訳で、シーラ様にお願い!
「シーラ様! スワニール館の移動陣を使わせてください!」
「今からデュバル領へ? 何しに行くの?」
「ニエールを連れ出しに。あと、失礼な奴のツラを拝みに」
「失礼な奴?」
首を傾げるシーラ様に、研究所での一件を放した。
「……分室に繋げたのよね? あそこには今、新人職員が多かったはず。まったく、ジルベイラはちゃんと教育をしていないのかしら」
「あー、彼女にはあれこれ頼みっぱなしなので、忙しすぎて大変なんだと思います。人材も足りていないし」
「それをどうにかするのが彼女の仕事です。いいわ、移動陣の使用を許可します」
「ありがとうございまーす」
やったー。これでニエールを連れ戻せるぞー。
浮かれる私に、シーラ様が凄みのある笑顔で一言。
「ジルベイラに、私がしっかりしろと言っていたと、伝えてちょうだい」
……ジルベイラ、イキロ。
ヴァーチュダー城からスワニール館へ。声を掛けたらユーインも一緒に行くってさ。管理人にシーラ様の手紙を見せたら、すぐに移動陣の部屋へ案内してくれた。そこから、デュバルの領主館へ。
「ん? ちょっと、綺麗になってる?」
領主館に到着したら、以前見た時より綺麗になってた。壁紙とか、床とか。改修してるのかな?
そういえば、実父はここにいるんだっけ。あれ? 実兄もここだっけ?
部屋を出ると、ちょうど廊下の向こうから人がきた。廊下も、床や壁が綺麗になってるね。
「あ、お帰りなさいませ、レラ様」
彼女はジルベイラがペイロンの役所から引き抜いてきた一人、ツニだ。一応、ペイロンに仕える騎士爵家の娘で、貴族学院にも通った経験があるんだって。小柄でふわふわの茶髪の彼女は、ちょっとリスみたいで可愛い。
今はここで事務方として働いてもらっている。
「急でごめんね。研究所の分室? に行きたいんだけど」
「伺っています。ニエール様ですよね。少々お待ちを」
どうやら、シーラ様から連絡を入れてくれたらしい。そういえば、気が急いてその辺りがすっぽ抜けてたわ。帰ったらお礼を言っておかないと。
そして多分、軽いお説教が来るんだな……自業自得なので、覚悟しておきます。
「馬車をお使いになりますか? それとも自前の移動手段で?」
こんな事を尋ねられる領主って、私くらいだろうね。
「馬車をお願い」
「すぐに用意して参ります」
私一人で道を知っていれば、スクーターもどきを使ってもいいんだけど、ユーインもいるし道も知らないから。ここは無難にいこう。
領主館の周囲も、大分変わった。建造途中だった建物が完成しているし、館の裏側にも、大きな建物を建ててる最中だ。
「ツニ、あれは?」
「ああ、役所になる予定です。今、デュバルではあちこちで色々なものを建ててますよ」
建築ラッシュという訳か。今まで手を入れてこなかったツケだね。後でジルベイラの方に、資金は足りているか確認しておこうっと。
領主館を出て、西へ向かう。道路も、綺麗に舗装されていた。
「分室って、こっちにあるんだ?」
「ええ。西は開拓も進んでいませんから、今なら使い放題なんです!」
使い放題とは。土地の事かな?
あそこで今開発しているのは、山岳鉄道の為の機関車。一応、初期の案として蒸気機関を提案しておいたけれど、あのニエールの事だから、しっかり魔改造していると思う。今から期待しておこう。
前にジルベイラと通信した時、試験運転が間近だって言っていたから、大分形にはなってるんだろう。
そういや、ツラを拝む予定のあの失礼な奴、研究所の職員だよなあ?
「ツニ、今、分室って何人いるの? 役所関連の人間って、常駐している?」
「ニエール様を筆頭に、研究員が五人、事務方が六人、警備が十人程。計二十一人ですね。役所職員は常駐していません。ただ、専用の通信機は置いてあります。分室にある通信機って、ペイロンの研究所と役所、それとジルベイラ様がお持ちの携帯通信機のみと繋がってるって聞いてますよ」
割と少数でやってるんだね。開発してるものがものだもんなあ。情報漏洩しないよう気を付けると、そのくらいになるのかも。
通信機が繋がる相手が三つだけなのも、その一環かな。もっとも、普通の通信機でも繋げられる相手は十程度だけど。
これ以上増やすには、中継機が必要なんじゃないかな。その辺りは、これからの研究所の頑張りに期待しておこう。私じゃ無理。
分室は、領主館から西へ馬車で三十分ほどのところにあった。角張った、何とも機能的な建物。モダニズム建築だっけか?
……ここだけ時代と場所、間違えてませんかね?
玄関には受付。でも、空っぽだ。呼び出し用のベルなどもない。
「あら? おかしいわね。誰もいないなんて……誰かー? いないのー?」
ツニが声を掛けると、奥から女性が一人出て来た。きっちりなでつけた金髪の、神経質そうな顔立ちをした人。
「ツニさん、どうかしましたか?」
「どうかじゃありませんよ、ネミアナ。どうして誰も受付にいないんですか? 不用心です」
「それは、その……ここに来る方はあまりいらっしゃらないので」
「理由になっていません。前にも注意を受けましたよね? もう少し、気を付けてください」
ツニの方が、立場が上なのかな? 着ている制服を見る限り、多分このネミアナって人は、研究所職員らしいけど。
それにしても、前にも注意を受けたって……改善されていないって事? 後でジルベイラに聞いてみようっと。
「ところで、御用向きはなんでしょう? ツニさん」
私達の事はガン無視か。いい度胸だね。ツニが案内してきた時点で、どういう客かは理解しないと。
「ああ、そうそう、ニエール様はいらっしゃいますか?」
「ええ、いらっしゃいますが……それが?」
おい。随分態度悪いなこの女。背中から、ツニのイラつきが伝わってくるよう。
「来客です。取り次ぎを」
「出来ません」
「はあ?」
ツニの声が低い。怒りを理性で押さえ込もうとしているな。でも、相手は平然とした様子だ。
「ニエール様は、今とても大事な時なんです。外部の人に関わっている暇などありません!」
「ちょ! 何を言ってるの! あなたにそんな事を言う権限はありません。いいから、取り次ぎをしなさい!」
「お断りします」
どうなってんの? これ。てか、やっぱり目の前の神経質そうな女……ネミアナが、あのガチャ切りの犯人か!
「ねえ、ツニ」
「はい? ああ、お見苦しいところを見せてしまい、申し訳――」
「これ、誰?」
私の一言に、ツニが固まった。ネミアナの方は、驚いたのは一瞬、すぐに顔を真っ赤にさせている。
恥ずかしさからではなく、怒りからだね。
「ツニさん! 誰ですか? この無礼な小娘は!」
「ちょ! ネミアナ!!」
一歩前に出てきた相手に対し、ツニが慌てて押し戻す。私の前には、するりとユーインが出て来てかばうように立った。
「まさか、この子がニエール様への客とか言うんじゃないでしょうね? 冗談じゃありませんよ! こんな無礼者、ニエール様に会わせる訳にはいきません!!」
「もう! 黙りなさいネミアナ!!」
ツニが絶叫。そりゃ焦るよね。それとユーイン、剣に手を掛けるのはやめましょう。
一触即発。そんな空気の中、奥の方からのんびりした声が聞こえた。
「あれー? レラじゃない? どうしてここにいるの?」
ニエールだ。いつもの白衣姿ではなく、ラフな格好をしている。って事は、研究中でも実験中でもなかったな。
ちらりとネミアナの方を見ると、驚愕の表情を浮かべている。そりゃそうだよねー。会わせないとか言っていた相手が、ニエールと親しげに話してるんだから。
「よっす、ニエール。今忙しかった?」
「そんな事ないよー。今はここまでの報告書をまとめているところだから」
やっぱり。でも報告書かー。それまたニエールが苦手な代物を……ああ、だからここに出て来たんだな。
研究に関わるものだったら、引き剥がそうとしても動かないもんね、ニエールは。でも、こちらにとっては都合がいい。
「そりゃ良かった。ちょっと、ペイロンまで来てくんない?」
「ペイロン……あ! もしかして、飛行機に何かあったの!? 行く行くすぐ行く今すぐ!」
「落ち着け。それとあんた、また寝てないね?」
「あ」
「食らえ! 催眠光線!!」
「しま……」
ふっふっふ、油断したな? おかげで催眠光線がよく利いたけど。
いつものように、魔法でしっかり受け止めたので、ニエールは床に頭をぶつける事はなかった。
「ったくもー。今度は何日寝ていないんだ? これ」
報告書を書く前に寝とけっての。やっぱり、専属のお世話係をつけた方がいいのかも。
「そんな……どうして……」
ネミアナは、まだわなわなと震えている。目の前の光景が信じられないみたい。
「ツニ、とりあえず、ジルベイラを呼んでくれる?」
「え? ああ、ジルベイラ様でしたら、もうじきいらっしゃるかと」
「そうなの?」
「レラ様がいらっしゃるとシーラ様からお報せをいただきましたので、その時点でジルベイラ様には報告してあります」
シーラ様、さすがです。あれこれ手回し感謝します。それとツニ、ホウレンソウがしっかり出来ていて有能だ。
「レラ様!」
お、噂をすればジルベイラが到着したみたい。なかなかいいタイミングだね。
「久しぶり、ジルベイラ。通信では話してたけど、顔を合わせるのは一年ぶりくらい?」
「そうですね。今日は、彼女に?」
ジルベイラの視線は、空中に浮いて寝ているニエールに向いていた。
「まあね。それと、ちょっと顔を見たくて」
「顔……ですか?」
「うん、そこの、ネミアナとかいう人の」
「え?」
三人の声が揃った。そりゃ不思議に思うよねー。なので、ペイロンでの通信ガチャ切り事件から、ついさっきの押し問答までを説明した。
ジルベイラ、驚きから真顔になり、今は表情がなくなっている。美人の無表情って、怖いよね……
あ、もう一人表情なくしてる人がいる。ユーイン、だから剣からは手を放しましょう。
ジルベイラは、ネミアナに向き直る。
「ネミアナ、本当の事ですか?」
「え……あの……」
相手は震えてうまく話せない。大体、さっきの内容を聞いて「その通りです」なんて、言えないよね。自分の過失分が多くて。
「ツニ、あなたは?」
「ここに来てからの事は、レラ様の発言が正しい事を証明します」
ありがとうツニ。私の中で君の評価が更に上がったよ。
ジルベイラは二人の顔を見比べて、深い溜息を吐いた。
「ネミアナ、確認します。何故、研究所からの通信を勝手に切ったのですか?」
「そ……それは……」
「相手が誰であろうと、ペイロンの研究所からの通信を、勝手に切る権限は、あなたにありません。そうですね?」
「ですが、ジルベイラ様!!」
「何度も言いましたが、この分室はあなたの私物ではありませんし、ニエールさんはあなたのものではありません」
「……」
このネミアナっていう女は、分室とニエールに思い入れが強いのかな? 誰にも関わらせたくない……とか?
やべ、それ何てストーカー。
「これまでに何度もその事を説明したのですが、あなたには理解出来なかったようですね……残念だわ、ネミアナ」
「待ってください! ジルベイラ様!!」
「あなたを、今日付で解雇します。紹介状は出しません。理由はわかりますね?」
「わかりません!! どうしてですか!? ちょと通信を取り次がなかった程度の事で」
「それが大問題なのです。緊急の用件だった場合、あなたが取り次がなかったせいで大事故が発生したかもしれません。あなたに、責任が取れますか?」
「……ですが、事故は発生していません」
「ある意味発生しています。それも理解出来ていないのね……」
私がここに直接来てるからね。ジルベイラも理解したんだろう。本来なら、通信でニエールを呼び出すだけで済んだ事だもの。
とはいえ、デュバルは私の領地だから、いつ来てもいいんだけどさ。今は夏。学院が休みのこの時期は、森に入れる貴重な時期でもある訳だ。
元々素材屋をやっていたジルベイラなら、その事を嫌というほど知っている。だから「ある意味事故発生」。
溜息を吐くジルベイラと、混乱するネミアナ。まあ、通信をガチャ切りした時点で、私の事をわかっていないのは知っていた。
でもさ、デュバル領にいるんなら、領主の名前くらい覚えておこうよ。特にこの分室は私とも関わりが深いんだから。
知らなくとも、せめてペイロンの研究所からの通信は取り次ごうや。ジルベイラの言う通り、大事故に繋がる危険性もあるんだから。
「解雇は覆りません。職員寮の荷物を早急にまとめなさい」
ジルベイラの裁可が下った。彼女の今の肩書きは、領主代行。この領における、あらゆる事を決める権限がある。
本来その権限を持っているのは私なんだけど、全て丸投げ中でーす。
もっとも、そのおかげでネミアナは命拾いしたんだけど。わかってるかな?
「お願いです!! 辞めたくありません! ここにこのまま置いてください!」
わかっていなかったらしい。彼女の立場で、それは言ってはいけない事なのに。
「ネミアナ・クーナ・シュタンド。それ以上口にすると、侮辱罪を適用する事になりますよ」
「え?」
「そうなると、罪はあなただけでなくあなたの家族にも及ぶ可能性があります。いいんですね?」
「そんな……私はジルベイラ様を侮辱した事など――」
「私ではありません。こちらの方です」
「は?」
ネミアナは驚いた顔で私を見ている。そりゃあれだけの態度を取った相手だもんね。小娘……だっけ? 覚えてるからな。
そして、知らなかったでは済まされないのが、大人の世界の怖いところだ。
「こちらのタフェリナ・ローレル・レラ・デュバル様は、このデュバル領の領主、デュバル女伯爵でいらっしゃいます」
「え……?」
「あなたが勝手に切った通信をしてきたのは、こちらの方です。そのせいで、わざわざこの分室まで足を運んでいただく事になりました。ネミアナ。あなたは、女伯爵様の貴重な時間を無駄に使わせた張本人なんですよ」
ネミアナは、驚きに目を見開いた後、声もなくその場にへたり込んだ。彼女、名前から察するに、下位貴族の出身なんだと思う。
そのネミアナが、伯爵の地位にいる私に暴言を吐いた。そりゃ立派に侮辱罪が適用されますよ。
この間のおっさん共のような、こじつけ……じゃなくて、適用ギリギリとは違うわな。
その後、へたり込んで動けなくなったネミアナは、警備担当の男性二人に抱えられて、分室から出て行った。
「ツニ、彼女の荷物、適当にまとめてくれる?」
「わかりました」
「レラ様、お見苦しいところをお見せしてしまい、申し訳ございません」
「いいよ。ジルベイラが綺麗に収めてくれたから。それにしても、彼女って……」
「……ニエールさんに、かなりの執着があったようです」
「やっぱりー」
研究所でも、ニエールに心酔する職員はいたけど、あれ程じゃあなかったな。いる所には、いるんだねえ。
ジルベイラによると、似たような事が前にも何度かあり、その度に注意をしていたそうだ。
でも、ニエール至上主義のネミアナは聞き入れず、既に処分対象に入っていたんだって。
「もっと早く、解雇しておくべきでした」
「その辺りは全部任せているから、いいようにして」
「レラ様ったら」
笑うジルベイラの顔には、疲労の色が濃い。それも原因は私だよなー。でも、有能な彼女はもう手放せない。
私に出来るのは、人材を送るくらいか。……あ。
「そうだ。新しい人材、二人確保出来そうだよ」
「まあ、王都で見つけられたんですか?」
「う……ん、というか、学院の同学年」
「え?」
目を丸くするジルベイラに、シズナニル嬢とキーセア嬢の事を説明する。二人が父親に殴られていた辺りで、ジルベイラも顔をしかめていた。
ペイロン生まれペイロン育ちの彼女も、暴力がどういうものか、知っているからね。
まして父親から娘への暴力なんて、許せるものじゃない。
「では、彼女達二人の卒業を待って、こちらで雇うと?」
「そのつもり」
二人の意向も確認しないとだけど、下手に王都で仕事をするより、離れたところの方が気分的にいいんじゃないかなー。
それに、王都だと王都邸の使用人って事になりそうだし。それなら、ジルベイラの下で働いた方がやりがいがあると思う。
側付の侍女は、もうルチルスさんが決定しているしね。
「学院の成績も……今はちょっと落ちてるけど、すぐに挽回するでしょ」
「卒業は二年後ですか。楽しみですね」
「そうだね。あ、ニエールはちょっと借りていくね」
この分室の責任者はニエールみたいだけど、管理しているのはジルベイラだから。やっぱり、彼女に仕事が集中しすぎかなあ。
「わかりました。機関車の試験運転は、いつ頃になさいますか? ニエールさんが楽しみにしていましたよ」
「それもあったかー。うーん、とりあえず、ペイロンに戻って、飛行機の進捗具合で決める」
「わかりました。では、ペイロンへの帰還の手続きをいたしますね」
「よろしくー」
やっぱりジルベイラは仕事が早くていいね。有能な人はこれだから好き。
「あ、そうだ」
「どうかなさいましたか?」
「うん、ジルベイラに、シーラ様からの伝言」
「まあ、私に?」
「しっかりしろ、だってさ」
「え」
あ、ジルベイラが固まっちゃった。おーい、しっかりしてー。
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