第136話 面倒ごとがたくさん

 今度こそ森に入れる! しかも一泊! と思っていたのに……研究所から、呼び出しくらった。


「ちわーす」

「あ! 待ってましたよ!!」


 おおっと、入り口に複数人、職員がいたんだけど、全員私待ち?


「……何かあったの?」

「何かじゃありませんよ! 忘れたんですか!?」

「熊のオルゴール」


 あ。


「タイプライターでしたっけ? 名前」


 う。


「こっちは飛行機ですよ!」


 えええええ。それが今、いっぺんに来てるのー?


「他にも、人形の件やあれこれ、レラさんがいないと始まらないんですよ!」


 え、待って。熊のぬいぐるみ以外に、人形関係で何か頼んでたっけ?


「こっちは壁にぶち当たって、どうにも抜け出せないんです」


 君、確か飛行機担当だよね? あれに関しては私よりニエールだよー。


「こちらは機構は何とかなりそうなんですが、これでいいのか確認してほしいんです」

「え? もう出来たの? 早ー」


 やはり研究所職員。いい意味で変態揃いだ。




 簡単そうなタイプライターから。


「おお、本当に文字が打ててる」

「普通に文字を打つ事は出来るようになりました」

「じゃあ、次は紙送りとか、書き出し場所の変更なんかだね」


 あ、インクリボンも量産を考えておかないと。それを言ったら、別部署で既に開発中だってさ。ナイス!


 紙送りに関しては、こういう動きをしてほしい、というのをその場で実際にやって見せて、作成のヒントにしてもらった。


 次は熊だっけ? あ、所長じゃなくて、ぬいぐるみのほう。


「実は、裏で上流階級の方々から注文が殺到してまして……」


 マジか! そういや、学院の先生も欲しがってたもんなあ。情報は生徒や先生からその家族に漏れたらしい。守秘義務とは……


 で、そういうのを作りそうなのはここだろうって事で、注文が来たんだって。皆様、わかってらっしゃる。


 で、こちらも量産体制に入る話かと思いきや。


「注文主から、我が家だけの熊のオルゴールが欲しいと……」


 オンリーワンかよ! そこまで我が儘に付き合う余裕ないよね? んー……あ。


「足の裏に、番号を入れてね、それ他の熊と重ならないようにする」


 シリアルナンバーって奴ですね。で、今回注文が来てる分は、今日で締め切って総数を出し、ナンバリングしていく。


 前世でも、シリアルナンバー入りって、ちょっと特別感あったもんね。要は、そういう事でしょ?


 ざっと提案したら、食いついた。


「なるほど! それでいきましょう!」

「あと、一旦最初の分が売り切れたら、次はぬいぐるみ用の服とか小物類を作る工房を探して、自分だけのコーディネイトを、って薦めてみて」

「え? 熊に服を着せるんですか?」

「うん。ほら、ここの熊も服は着てるでしょ?」

「ぶは! な、なるほど。その工房は……」

「さすがにそこまでは……シーラ様かコーニーにでも相談して」

「ええ……侯爵夫人とコーネシアお嬢様ですか?」

「何? 不満?」

「いやだって、畏れ多くて」


 君の目の前にいるのは、一応女伯爵なのだが?




 これで二件終了。後は……


「お、来たな」

「あ、熊」

「熊じゃねえ! まったく……ちょいと、こっち来いや」


 んー? 何か、面倒臭そうな予感がするんだが。


 手招きされるまま、熊に近寄る。


「例の人形な。王宮に目え付けられたぞ」

「へ?」


 人形って、学院祭で使ったあれだよね? 何で、王宮が?


「まさか、王妃様が欲しいとか言ってるんじゃ……」

「馬鹿野郎! 軍部が欲しがってんだよ!」

「ぐんぶ?」


 群舞……郡部……じゃなくて、軍部!?


 軍部って事は、騎士団ではなくて陸軍か……オーゼリアにも海はあるけれど、海軍はない。正確にはないんじゃなくて、陸軍の下部組織だったはず。


 まだ空を飛ぶ技術が確立されていないので、空軍は当然ないし。


 で、その陸軍があの人形を欲しがってる?


「何で……」

「去年今年と、色々動かせるところを見せちまっただろう? 歩兵として使いたいって連絡が来てんだよ」

「マジか……」


 気がつかなかった。だって、オーゼリアはもう長い事、どことも戦争はしていないから。


 これが日本人の平和ボケって奴? 考えが及ばなかったわ……


「……この国は、どこかと戦争でもやらかすつもりなの?」

「わかんねえ。だが、王宮はあの人形を欲しがってる。最低でも三千」

「三千!?」


 多くない? オーゼリアは魔法技術が発達しているから、攻撃にも魔法士を多用する。歩兵は、数で押す時だけに使うって聞いたな。


 いや、戦争となったら、数は大事だけど。それを、人形で?


「今すぐどうこうはねえって言うが、いつどうなるかはわからねえ。特に、南だ」

「……小王国群?」


 小さな国が乱立する南は、常にどこかで戦争をしている。元はそれぞれの部族が国を興したんだけれど、分裂したり内乱起こしたり隣同士で争ったり、そんな事を繰り返している場所だ。


 小王国群を扱った言葉に、昨日の地図と今日の地図は全く違う、なんてものまである程。


「王宮としちゃあ、南への備えとして人形を使いたいんだとよ」

「あの辺りって……」

「ゾクバル侯爵のシマだな」

「領地だよ」


 シマって何だシマって。ヤクザじゃないんだから。


 ゾクバル侯爵家は、筋金入りの王家派閥だ。序列も二位と高い。だからこそ、面倒な小王国群を相手に睨みを利かせられる場所を治めている。


 逆に言うと、それだけ王家からの信任が厚い証拠でもある。裏切られたら大変な場所だからね。


 それは、ペイロンにも言える事なんだけど。


「……人形の話って、王宮からなんだよね? ゾクバル侯爵家からじゃなく」

「おう。侯爵閣下だと、ああいったものはお嫌いになるんじゃないかねえ」


 ぜひとも嫌っていてくれ。折角作ったものが、戦争の道具にされるなんて冗談じゃないよ。


「ねえ熊」

「熊ゆーな。何だよ」

「うちから南に戦争を仕掛ける……なんて事、ないよね?」

「……」

「即答してよ!」

「俺は、研究所の所長だからな。政治向きはとんとわからん」


 おのれえええ、熊めえええ。こんな時ばっかり逃げおって。


「ともかく、人形を王宮に納品する話はなしで!」

「いいのか?」

「私に聞いてきたって事は、そういう事でしょう!?」


 私に判断が委ねられた。そうでなければ、伯爵かサンド様が直接熊に話を持ってくるはず。そうしたら、熊は断れない。


 だから、「熊から私」に話を持ってこさせた。それが誰の判断なのかは知らないけれど、決めていいって言うのなら、決めてやる。


 人形は、絶対に戦争に使わない。人形だけでなく、私が権利を持っている技術全てだ。


 この先の事はわからないけれど、現時点ではノー。それでいい。




 嫌なものを飲み込んだように、胃の辺りが重く感じる。溜息一つ。これで最後だ。


「ちわーす」

「あ、レラさん。待ってましたよおおおお。もう、熊に先越されてどうしようかと」

「ははは、ごめんね、あの熊が」


 って、熊はここの所長じゃん、私が謝る必要、なくない?


 飛行機の問題は、一定高度から上に上がらない事だってさ。


「それはやっぱり、私じゃなくてニエールに聞くべきじゃない?」

「でも、ニエールさん、デュバル領に行きっぱなしで……」

「よし、呼び出そう!」

「ええ!?」


 何でそんなに驚くのさ。飛行機に関われるって聞いたら、ニエールは飛んで帰ってくるよ。いや、さすがに空は飛べないか。


 研究所の通信機を借りて、デュバルの研究所分室を呼び出す。


「ヘイヨー! ニエールいるー?」

『……どちら様ですか?』


 う……凄い低いテンション。研究所職員には珍しいな。ここの連中って、変にノリがいいから。


「ペイロンの研究所からレラが通信してまーす」

『ニエール主任は忙しいので、またにしてください』


 切れた。何だこれ?


 後ろにいた職員を振り返ると、彼等は一様に首を横に振ってる。


「もしかして、今の人のせい?」


 今度は一斉に頷いた。つまり、通信機を使っても、今の奴に阻まれて、ニエールまで話を通してくれないって訳か。


 よし、このままデュバルへ行ってその顔、拝んでやる!

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