第135話 いつでも後が大変だよね

 チェリとロクス様の婚約披露パーティーは、概ね無事終了した。あのおっさん共の事がなければなあ。


 ちなみに、あの後おっさん共は捕縛されました。罪状はというと。


「上位貴族に対する侮辱罪?」


 あれで? あの程度で侮辱罪なんて、問えるんだ? 驚く私に、教えてくれるシーラ様はちょっと苦笑いだ。


「まあ、これは上位貴族がそう感じたら罰する事が出来るという、かなり古い法だから」


 なんという。上位貴族の「お気持ち」だけで、下位貴族や庶民を罰する事が出来るんだ……


 ただ、これには落とし穴もあるそう。やられた側の上位貴族の親告罪な為、乱発すると親告した側が社交界からつまはじきに会うんだって。


「今回は周囲の人達の証言もあるし、何より相手が評判の悪い男爵家ですからね」

「評判の悪さは、うちもどっこいなのでは……」

「とんでもない。真逆よ」

「へ?」

「デュバル家は先代、先々代で落とした評判を、レラが上げている最中なの。それに対して向こうの二家は、先代までは問題なかったのに、今代になって一挙に評判を落としまくってるわ」


 どうやら、おっさん共の父親は少領ながら手堅くやっていたようだ。なのに、あの二人が当主になった途端、ギャンブルにのめり込んで借金を作り始めた、と。


「ギャンブルはあくまで遊び。借金を作ってまでのめり込むのは、品位がないと言われるそうよ」

「ギャンブルはギャンブルでしょうに」

「まあ、そうね。殿方の言い分は、私達女にはわかりにくいわ」


 ははは、シーラ様もそう思うんだ。




 おっさん共が牢屋に入れられている間に、他の家族を呼び寄せちゃえ、という事で、動いてもらいました。


 動いたのは、なんとルチルスさんのお家。


「いきなり伯爵家や侯爵家の馬車がきたら、家の人が驚いちゃうわよ」

「でも、悪いわね、こんな事に巻き込んで」

「大丈夫。お母様も、受けた恩を少しは返せるわって、喜んでいたわ」


 恩に着せた覚えはないけれど、ルチルスさん親子にとってはそうではないらしい。まあ、彼女とはこの先も雇い主と侍女として関わるらしいから、ここは相手の申し出をありがたく受けておこう。


 それにしても、どの家も父親には面倒掛けられるよね……私もそうだわ。


 何だかなあと思っていたら、ルチルスさんがくすりと笑う。


「どうしたの?」

「あ、いえ……ううん、私、少し意外だったのかも」

「何が?」

「ローレルさんが、あの二人を助けた事」


 ああ。特に付き合いもないし、何なら廊下で突っかかられたからね。


 私も、最初は放っておくつもりだった。少なくとも、あの顔を見るまでは手を差し伸べる気は、なかったと思う。


「……彼女達、父親に殴られていたの」

「ええ!?」

「化粧で誤魔化していたけどね。それを見たら、ちょっと……」


 ルチルスさんも驚いている。彼女の家でも、父親に手を挙げられる事はなかったようだ。まあ、出来のいい母親の前では、出来なかったかもね。


 前世の事は、大分記憶が薄れているけれど、いくつか強烈に覚えている事がある。


 学生時代、親に虐待されている女子がいた。顔に痣を作ると周囲に知れてしまうので、いつも見えない場所を殴られていたらしい。


 体育の授業で着替える際にも、周りに見えないよう大分気を遣っていた。親をかばう為ではなく、更なる暴力への恐怖の為に。


 就職してから、結婚したという友達に旦那からDVを受けていた子がいた。殴られているのに「大丈夫だよ」とテンション高く笑っていたっけ。


 結局、彼女の親兄弟が助け出し、その後離婚になったと聞いた。


 私自身、通勤の帰り道に男に殴られた事がある。理由は電車で腕が当たったからという、どうしようもないもの。


 警察に通報はしたけれど、犯人は捕まらないまま。痛いし悔しい思いをした。


 だからか、理不尽に暴力をふるう連中が嫌いだ。特に、女性に暴力をふるう男が。だから、あの二人の事も、見過ごせなかったんだ。


 ペイロンは脳筋の里だけれど、あの地の男達は女性に決して暴力をふるわない。


 彼等の力は、家族や仲間を守る為にこそ使われる。魔物を狩るのも、その一つだ。


 筋骨隆々のおっちゃん達が、おかみさん達に頭が上がらない図はしまらないものの、見ていて温かい気持ちになる。


 暴力に悩まされる人全てを救う事なんて出来ないけれど、せめて手の届く範囲で、助けを求めた人達くらいは、出来る事をしたい。




 ダザニガ男爵とデイド男爵の両家族は、一旦王都に滞在してもらう事になった。


「じゃあ、デュバルの王都邸を使うんですか?」

「いいえ。それだと勘違いされる可能性があるから、普通の貸家を用意するわ」


 勘違い……そのままお客様として、王都邸に住み続けられると思い込むって事かな。


「レラ、相手の事がわからない場合、それなりの対策をしておくものよ?」

「わかりました」


 むやみに相手を疑うのはよくないけれど、保険はかけておくべきってところだね。貸家の賃料や王都での生活費はこっち持ちだ、文句は言わせない。


 それに、王都までの交通費だってそうだ。ルチルスさんの家が馬車を出してくれるけれど、それだってタダじゃない。


「シーラ様、ルチルスさんの家に、お礼の品を贈りたいんだけど……」

「それはこちらでやっておくわ。その辺り、ルチルス嬢にはこれから覚えてもらわなくてはね」


 特別な相手への贈り物は主人が考えるけれど、今回のようなお礼なら、侍女や家政婦などが代行するんだって。


 ちなみに、アスプザットでは家政婦が一手に引き受けている。この国の家政婦って、日本的なあれではなく、女性使用人のトップの位置にいる人の事。


 女主人に代わって使用人……主に女性を束ね、家内の仕事を代行するのが仕事らしい。


 対して側付侍女っていうのは、主の秘書的存在。ルチルスさんがなるのは、こっちだそうな。


 人によっては、家政婦が側付侍女を兼任するところもあるとか。アスプザットは、これだね。


 ルチルスさん、頑張れ。




 チェリとロクス様の婚約披露や、おっさん共の捕縛、侮辱罪の親告、加えて両男爵家の家族の移送。


 こんなのがどどっと来た為、ペイロンに行くのが遅れに遅れた。


「私の休みが……」

「仕方ないわね」


 ううう、コーニーが言うように仕方ない事ばかりなので、文句も言えない。特に両男爵家に関しては、私が首を突っ込まなければ起きなかった面倒だから。


 かといって、あのまま見過ごしたら寝覚めが悪いのはわかりきってる。


 シズナニル嬢とキーセア嬢は、家族が住む王都の貸家に移動した。そこで、家族が到着するのを待つという。


 あの後、二人とは少し話し合った。改めて、学院の廊下での件も謝罪されたよ。


 どうやら、成績が落ち始めた事を父親達にチクチク言われていたらしい。脅しなんだろうけれど、いっそ学院を退学してそのまま妾に、なんて事も言われていたそうだ。そりゃストレスで爆発もするわ。


 一緒にペイロンへ連れていき、そこからデュバル領に移動させる事も考えたんだけど、それにはシーラ様から待ったがかかっている。


 どうせなら、学院だけは卒業させてはどうか。優秀というのなら、箔を付けておいた方がいい。


 その為に、捕縛している二人の父親の断罪を、数年先延ばしにしてはどうか。どうせ牢の中だから、何も出来はしない。


 ちなみに、金貸しが父親の書いた覚え書きか何かで二人の身柄を拘束しようとしても、出来ないってさ。


 内容が人身売買に当たるので、騒ぐと逆に金貸しが罪に問われるらしい。おっさん共を、あの場で捕縛しておいてもらって本当に良かった。




 ペイロンは、相変わらず王都よりも涼しい。


「まあ、こちらはこういう建物なのですね」

「スワニール館とは、大分違うだろう? でも、夏の殆どはこの城で過ごすんだ」

「楽しみです!」


 今回のペイロン、チェリも一緒です。ロクス様の婚約者だからねー。もちろん、ユーインもいるよ。


 そして、二人の部屋は奥に用意された。正式な立場を得ると、こういう違いも出てくるのかー。


「さーて! 森に行くぞー!!」

「レラったら……もう夕方よ?」

「大丈夫! 成人したから森での一泊も許可されるはず!」


 そうなのだ。成人した年に氾濫、その翌年は調査調査で森に入れず。森での一泊はお預け状態のままでした。森に入りっぱなしでいいって、言われたのに……


 でも! 今年は違う!


「既に成人しているし、何の問題も起きていない」

「残念ながら、却下だ」

「伯爵!?」


 チェリとロクス様の婚約披露には、伯爵も顔を出していたので久しぶりって訳じゃないんだけど、その後の騒動を長く感じたからか久しぶりに感じるー。


 って、そこじゃない。


「何でダメなんですか!?」

「今すぐはって事だ。レラ、研究所から呼び出し来てるぞ」

「呼び出し?」


 何だよもー。

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