第134話 万死に値する!

 寮に寄ってから正門に向かうと、コーニーが待っていた。


「お待たせー」

「廊下で、騒ぎがあったんですって?」


 コーニーったら、地獄耳ー。


「誰に聞いたの?」

「将来のレラの侍女さんよ」

「ルチルスさん?」

「寮の廊下で行き合ってね。話を聞いたのよ」


 なんと。普通の部屋にいると、そういう事もあるんだねえ。てかルチルスさん、コーニーに言わなくてもいいのに。


「シイニール殿下が、助けてくださったんですって?」

「迷惑かけたお返しだってさ」

「あら、自覚はあったのね」


 同じ事考えてるー。ちょっと笑っちゃうわ。


「笑い事じゃないわよ。その突っかかってきた女子、どうするつもり?」

「どうするって?」

「貴族家当主のあなたに、ただの思い込みで突っかかってきたのよ? 放っておける訳、ないでしょう?」

「えー? でも、学内の話だよ?」

「それでもよ。きっと、お母様も同じ事を仰るわ」


 そうかなー。案外、些末な事は放っておけって言うかもよ?




「学院では、愉快な事があったそうね?」


 アスプザット邸に到着した途端、シーラ様から言われましたー。


「さすがお母様、お耳の速い事」


 地獄耳は、シーラ様からの遺伝なのねコーニー。


 玄関ホールでこれですから。とりあえず場所を変えてという事で、奥のサンルームに来た。


 夏場はここ、ガラスを全部開けて開放しちゃうんだ。部屋と庭の境がなくなって、ちょっと面白い感じになる。


 そこで、改めて話が出た。


「それで? どうするつもり?」

「いやあ、どうすると言われましても……」

「あの二人の事情は知らなくていいの?」


 う……本当に鋭いな、シーラ様。隣のコーニーはよくわかっていないらしい。


「……ルチルスさんの時とは、違います」

「そうね。あなたのお友達ではないし、何より、自分であなたに助けを求めていない。そういう意味では、勉強会を依頼した子達の方が、余程あなたに近い存在よね」


 本当、学院の事なのによくご存知で。


 ペイロンでは基本、自分で行動せよと教えられる。助けを請うのも、その行動の一つ。だから、何でも一人で出来なくてもいいけれど、出来ない時にはちゃんと周囲に助けを求めなさいって言われるんだ。


 あの二人は、学院での成績を求めている以上、実家に問題があるんだと思う。


 多分、いい成績を取って王宮にでも入らない限り、望まない結婚を強いられるとか、嫌な奉公先に出されるとか。


 それ自体は本人達にはどうしようもない事なのかもしれないけれど、成績を落としたくなかったら、途中からでも勉強会に参加すれば良かったんだ。


 自ら動かないどころか、こちらに難癖つけてくる子達の為に、動く気にはなれないなあ。


「お母様、今日レラに絡んだ子達の事、ご存知なの?」

「私が調べた訳ではないのだけれどね」


 お? って事は、誰かが調べてシーラ様に教えた?


 あ、何か嫌な予感。


「大体、今日の事も私はその方からの手紙で知ったのよ」

「その方?」

「王宮にいらっしゃる、この国で最も身分が高い女性です」


 はい、王妃様が情報源と確定しましたー。でも、何で王妃様が今日起こった出来事を知ってるんだろう。


「わかっていないって顔ね、レラ」

「へへへ」

「廊下での一件、助けてくれたのはどなただったかしら?」

「三男……第三王子ですね。殿下から、王妃様へ話がいったんですか?」

「いいえ。殿下の側近候補の一人、マゾエント伯爵家の次男、グイフ卿が王妃様に手紙を書き、王妃様から私に連絡が来たの」


 そういえばあの場にいたね、三男坊の側近候補も。確か、このグイフ卿ってのが、ヤシェリナ嬢の婚約者だったはず。


 伯爵家の次男坊だけど、ヤシェリナ嬢が跡取り娘だから、婿に入るってヤシェリナ嬢が言ってたっけ。逆玉だな。


 ん? でも、あの騒動があったのはついさっき。王妃様、問題行動を起こした彼女達の事、いつ調べたの? まさか、この短時間で?


「……相手の家の事情は、実は下位貴族の間では有名なのだそうよ」

「そうなんですか?」


 だから、王妃様も知っていた? でも、下位貴族の家の事まで、把握しておくもの?


「一応、彼女達の家の事情、聞いておく?」


 うーん、どうしたもんか。知っちゃうと、つい同情してしまうかもしれない。でも、それは相手に失礼って面もある。


 だからいって、ここで聞かないってのはなあ。情報は大事だ。


「……聞いちゃったら、知らんふり出来なさそうなんですけど」

「努力なさい」

「はい……」


 シーラ様、相変わらず厳しい。


 そうして聞いた彼女達の家の事情は、まあ想定内のクズさだった。家が貧乏なのは仕方ない部分もあるけれど、それは彼女達の父親のせいだとか。


 ギャンブルにはまってるんだと。しかも二人は学院生時代からの付き合いで、ギャンブルも仲良く始めてはまったらしい。


 で、その借金が相当あるんだそうな。それを返済出来なければ、娘を金貸しの妾に出すと約束しているんだって。


 正妻でなく、妾とか。しかも、自分が金を借りてる金貸しに。


 そんなクズ親達が借金を増やしてまで娘を学院に入れたのは、箔付けの為らしい。


 でも、彼女達はそこに一縷の望みを見いだした。それが、優秀な成績を取って、王宮に女官として仕官する事。


 正直、女官への道もコネが幅を利かせている。でも、仕方ないんだよね。なにせ王宮、身元の怪しい者は入れられないんだから。


 その狭き門の女官への道を約束してくれるのが、学院での優秀な成績。目の前に開きかけた門が、私のせいで閉じようとしているから焦ったんだろうね。




 夏の長期休暇はペイロンに行きっぱなしになるんだけど、今年は出発が遅くなる。


 王都で、チェリとロクス様の婚約披露パーティーがあるのだ。しかも、王宮で。


 本来、チェリは三男坊との政略結婚の為にこの国に来た人。でも、三男坊がふらっふらしていた為、縁談そのものが立ち消えた。


 とはいえ、そこは政略。結婚ダメになりましたーとチェリを帰国させる訳にもいかない。


 あれこれ調整した結果、学院卒業後三男坊本人を隣国に婿に出す事で、チェリがオーゼリア国内で結婚相手を探すというところに落ち着いた。


 本当なら王族筋の人と縁組みさせるところなんだけど、残念ながら三男坊以外に年回りがいい相手がいない。


 なので、王家の血筋でなくとも、そこそこ高位の貴族ならよし、という事になった。


 で、チェリのお眼鏡にかなったのが、ロクス様だったと。いやあ、ここまで来るのに、すったもんだありましたなあ。特に三男坊関係で。


 そういう意味でも私、彼に迷惑かけられまくりじゃね?


 王宮の天界の間で、婚約披露は行われる。ここ、デビューの時に来たねえ。


 本日の装いは、シーラ様が紺のドレス。深い色の紺から裾にかけて薄くなっていくグラデーション。


 その上から、薄いローブをもう一枚羽織る形で、そっちは白。そこに自然の草花をあちこちに刺繍で散らしている。


 コーニーは瞳の色を映した若草色のドレス。こういう色が、彼女には一番似合うと思うんだ。


 スタンダードな形のドレスだけど、柔らかい素材を使ってギャザーとフリルをこれでもかと入れている。


 なので、くるりと回るとスカートがふんわりと広がる仕組み。シンプルなのに可愛い仕上がりだ。


 私のは、深海の青。そこに白のバロックパールをビーズのように縫い付けている。バロックなので、縫い付ける場所もランダムに散らしてみた。


 マダム・トワモエルに提案した時は首を傾げられたけど、試しに小さい布で作って貰ったら、目の色が変わってたっけね……


 パールのランダム配置に会わせるように、フリルも大胆に外している。直線でなく曲線、そしてランダム。


 こういうあたりのセンスが、マダムはさすがだよねー。


 アクセサリーは、今回三人とも手持ちのもので済ませた。本日の主役はチェリですから。


 しかも、私達はお相手であるロクス様の身内だ。目立ちすぎず、かといって質素になりすぎないように。大変難しいラインを要求されていますよ。


「さすがに凄い人だな」

「興味津々って人が、大半なんでしょうね」


 ヴィル様とコーニーがそんな事を言い合っている。チェリと三男坊の事は、誰もが知っているけれど、表だって口にはしない事だから。


 お披露目自体はとっても簡単。主役の二人が壇上に上がって「この二人が婚約しました!」って司会に紹介される。で、終わり。


 後は各自お祝いの言葉を伝えに行って、そのままパーティーを楽しんでいってねーというもの。


 広間の奥、置かれた椅子に座るチェリとロクス様を遠目に眺めながら、ユーインと一緒に会場を眺める。


 チェリはちょっと緊張気味かな。でも、ペールピンクのドレスがよく似合ってる。フリルは多めだけれど、全体的に縦長のシルエットだからかうるさく感じない。布地も軽いものだしね。


 ロクス様は余裕の笑みだ。こちらはスタンダードな黒かと思いきや、実は濃い青。光が当たると青みがまして、綺麗な礼服だ。


 会場には、見知った同学年の子達の顔が見える。デビュー済みの子が多いから、親と一緒に来てるんだろう。


 今回のお披露目、主催が国王夫妻だからね……この国における、チェリの親代わりって事らしい。


 実の叔父が駐在大使として来てるのにねえ。


「さすがに、シイニール殿下は参加していないんだな……」

「そりゃそうでしょ。本日は自室でお留守番だって」


 のこのこ顔を出したら、ぶっ飛ばしてやる。左手の拳をぐっと握り込んでみた。右手には軽い果実酒が入ったグラスを持ってるから。


「おお、こちらにおいででしたか!」


 いきなり、背後からそんな声が聞こえた。何だ? 振り返ると、見た事のないおっさんが、見覚えのある女子を連れてこちらにやってくる。


 あれ、廊下で私に突っかかってきた二人じゃない。確か、ダザニガ男爵家のシズナニル嬢と、デイド男爵家のキーセア嬢。


 俯く彼女達の顔に、違和感を感じた。……化粧で誤魔化してるけど、あれ、殴られている。


 じゃあ、殴ったのは……


「これはデュバル女伯爵、我が家の娘がとんだ粗相をしでかしたそうで」

「こうして謝罪に参った次第」


 グラスを持つ手に力が入る。ダメだ、怒りでコントロールを失いそう。


「レラ、落ち着いて」


 ユーインがグラスを持つ手を握りしめた。今にも暴発しそうだった魔力が、不意に凪ぐ。


 おっさん二人はこちらの様子に気付く事もなく、何やら保身めいた事を口にするばかり。


 挙げ句の果てには、とんでもない事を言い出した。


「学院在学中は、我が家の娘をお好きにお使いください。何、下働き程度の事は出来ますから」

「うちのも、こき使ってやってください。まったく、女のくせに勉強ばかりして、挙げ句に伯爵を怒らせてしまうんですから、困ったもんです」


 この二人、私を前に自分達が何を言っているか、わかってるのかな。わかっていないんだろうな。


 おっさん達の後ろに佇む二人は、質素と言うより粗末と言った方がいいドレスを着てる。多分、古着だなあれ。しかも、あまり質の良くないやつだ。


 ひるがえっておっさん共を見ると、それなりの仕立ての礼服だ。


 浅ましい。そんな言葉が頭に浮かんだ。


「めでたい席で話す事ではないだろう?」


 ユーインも、おっさん共の言い分が気に入らないみたい。さっきからこの二人、娘が悪いとしか言ってないもんな。


「で、ではどこか別の場所で……」


 こんなおっさん共と、これ以上顔を合わせていたくない。


 ちらりと、後ろにいる女子二人を見る。表情には、諦めの色が濃かった。


 多分、殴られるのはいつもの事なんだろう。そして、それで色々な事を諦めてきたんだ。


 私が思う以上に、彼女達の環境は酷かったらしい。


 本当は、自分で動く人以外を助けるのは好きじゃないけれど、今の彼女達は助けを求める事すら出来ないでいる。


 卑屈な笑みを浮かべるおっさん共を通り越し、女子二人の前に立った。


「助けてほしい?」

「え?」

「今の環境を変えたいのなら、助けてって言いなさい。貴族ではなくなるけれど、生活は保証出来ると思うわよ?」

「そ……な、なん……」


 言葉にならない。そんな感じだ。二人とも長女で、下にまだ幼い弟妹がいる。きっと、その子達の為にも、色々と我慢のし通しだったんだろう。


「助けてほしいの? ほしくないの?」


 再度の私の問いに、とうとう二人は泣き出した。


「たすけて……ください……」

「おねがい……します……」


 よし、これで契約成立。口頭でも、契約って成立するって言うよね? 違ったっけ? まーいーや。


 今度は呆けた顔をしているおっさん共に向き直る。顔には笑顔。ただし、熊曰く凄みがあるのでやめろと言われた笑顔だ。


「さて、この二人が女伯爵である私に対して無礼を働いたと、父親であるあなた方は認めたわね?」


 おい、おっさん共、何で腰が引けてるんだ?


「そ、それはもう」

「ですから、本人達をいくらでも――」

「なら、その責は親であるあなた方に負ってもらいます」

「へ?」


 こういうところだけ、声を揃えるんだね。後ろから、女子二人が息を呑む音が聞こえたような気がした。


「当然でしょう? 子の責任は親が取るもの。ならば、今回の無礼も、あなた方に負って貰います。これからしかるべき場所へ報告に行かなくてはならないから、これで失礼。あ、あなた方は一緒にいらっしゃい」


 さーて、シーラ様を探そうかな。多分、チェリ達の近くにいるはず。


 背を向けてその場を離れようとした私に、おっさん共が縋った。


「お、お待ちを!」

「わ、我々は何も――」

「ああ、そうそう」


 一度切って、ゆっくりと振り返る。


「彼女達の身柄は、申し出通り私がいただくわ。文句はあるかしら?」

「え……」

「ないようね。ではごきげんよう」


 広間の奥へ向かって足を進めたら、人の波が割れていくんだけど。何? これ。


 隣にはユーイン。すぐ後ろにはシズナニル嬢とキーセア嬢。何だか、ちょっと偉そうじゃない?




 四人で会場を移動し、シーラ様の元に辿り着いた。おおっと、隣には王妃様がいらっしゃいますよ。


「シーラ様」

「あら、やっぱりやったのね」


 やっぱりって。


「ほほほ、ここで二人で話していたのよ。ダザニガ男爵家とデイド男爵家でしょう? 大丈夫、ちゃんと潰すから」


 王妃様……後ろの二人から息を呑む音が聞こえた気がするよ……


「ええと、その辺りも含めて、ちょっとご相談が……」

「そうね。とりあえず、二人の身柄がこちらにあるのなら、急ぐ必要はないのではなくて?」


 ……シーラ様がこう言うって事は、現時点で一番危ないのは彼女達だって事か。


 まあ、娘を妾に出すとか約束するくらいだもんなあ。妹達はまだ十歳にもならないみたいだし。


「正直いうと、私達が動くまでもなく、本人のだらしなさが原因で没落するのよねえ」

「相当な借金額ですもの。しかも、ギャンブルで作った借金」

「救いようがないわね」


 仰る通りです。


「まあ、細かい事は後にして、今は若い二人を祝福しましょう」

「そうですね。チェリ、ロクス様、改めて、婚約おめでとうございます」

「ありがとう、レラ」

「まさか、兄上より先に婚約が整うとは思わなかったよ」

「やかましい」


 ヴィル様、本当の事を言われたからって、ロクス様を責めないの。チェリが笑っているようだから、いいけれど。

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