第133話 騒動……未満?

 準備は着々と進み、とうとう迎えた学院祭。総合魔法の出し物は、違う意味で絶賛された。


「人形に演じさせるとは!」

「顔がなくても、あんなに細やかな感情表現が出来るなんて」

「あの繊細な動き。高度な魔法制御によるものだろうか……」


 話の内容ではなく、人形の演技のみが評価された模様。ちぇー。


 ちなみに、今回の話を書いた関係で、あれこれ前世の童話を熊に話したら、いっそ研究所から子供向けの本として出版しないかという話になった。


「本……ねえ」

「今回の話は子供向けじゃねえけどよ。他の話ならいいんじゃねえか?」

「じゃあ、絵を多めで、文章を簡易にして出そうか」


 その流れで、「赤ずきん」と「七匹の子ヤギ」の話も聞かせたら、熊に呆れられた。


「最初からそっちを上演しておけば良かったんじゃねえか?」

「だって、そのままだと面白くないかと思って……」

「結果、どうだったよ?」

「人形は大絶賛だったねえ……」

「世の中ってなあ、そういうもんだ」


 ちぇー。


 これ以上文章書くのが嫌になっていたので、研究所でタイプライターが出来上がるまでは本の話は保留となっている。


「口述筆記でも頼めばいいじゃねえか」

「面倒」

「あ、いっそ魔導具で作っちゃどうだ?」

「さすがに学院の授業だけで、そんな高等な道具は作れません」

「研究所に――」

「これ以上、職員の仕事増やすな!」


 いや、研究所からは喜ばれそうだけどさ。熊と散々やり合った結果、飛行機、機関車、タイプライターのいずれかが完成した時点で、口述筆記のアイデアを出す事になった。




 学院祭が終わると、あっという間に学年末試験の時期である。試験といえば?


「ローレルさん!」

「毎度で申し訳ないとは、本当に思っているのだけれど……」

「私達」

「落第する訳にはいかないの!!」


 まあ、学年が上がるにつれ、勉強内容も増えるし難しくなるからね。という訳で、またしても同学年女子による勉強会が開かれる事となりました。


 場所は、寮の食堂。ただし、私達以外の学年の生徒もいるみたい。


「下級生達も、自分達で教え合おうって事になったんですって」


 さすがに同学年ほぼ全員が揃うと、情報通も一人や二人は出てくるもんだ。彼女達によると、私達四年生のやり方を見て、自分達もやろうという話になったらしい。勤勉なのはいい事です。


 食堂は全寮生が入っても問題ない広さなので、一年生から四年生までの生徒で場所を区切って使っている。


 区切りには、食堂側が貸し出してくれた衝立を使った。何でこんなものが、寮の食堂にあるんだろうね?


「その昔、人の視線に敏感な令嬢が在学していた時に持ち込まれたものなんですって。で、卒業の際に学院側に寄付していったそうなの」


 よく見たらこの衝立、魔物素材をたっぷり使った魔導具だ。人の視線を遮るだけでなく、音も遮断してくれるよ。


 お高い品なのに、卒業して使わなくなるからって寄付していくとは。太っ腹だなあ。


 寮での合同勉強会が始まってから数日。夕食後のいつもの勉強会中に、ある生徒からちょっとした情報をもらった。


「え? 男子の方でも、皆一緒に勉強しているの?」

「そうらしいのよ。一年に四年生の兄がいる子がいるそうだけど、学院で兄から聞いたんですって」


 へー。学院の生徒が全員いる寮でやってる勉強会だから、男子側に情報が抜けても不思議はない。


 で、結果が出るなら自分達も、となるのも、当然か。


「男子側の提案者は、シイニール殿下なんですって」

「はい?」


 三男坊? また何で?


 よほど私が納得いかないって顔をしていたのか、教えてくれた令嬢……隣のクラスのヤシェリナ嬢が苦笑しながら教えてくれた。


「私達の学年の成績優秀者って、いつも同じ顔ぶれでしょう? 特に殿下は、これまでずっと学年一位を保ってらっしゃったわ。でも、前回の試験でローレルさんが二位に浮上したじゃない? 殿下も、少し焦っていらっしゃるそうなの」

「よく、ご存知で……」

「これ、ここだけの話にしておいてほしいのだけれど、実は……」


 なんと、ヤシェリナ嬢は二ヶ月前に婚約をしたそうで、その相手が三男坊の側近候補の一人なんだって。


 あれ? これ、守秘義務違反なんじゃ……だから、ここだけの話、か。


 周囲のお嬢さん方は、目の前の課題に夢中で今の小声で交わした会話は聞こえていないらしい。んじゃ、いっか。


「面白い話をありがとう、ヤシェリナさん」

「いえ……ローレルさん、今回と言わず、これから卒業までの何回かの試験、頑張りましょうね!」

「え、ええ。そうね」

「私、影ながら応援していますわ!」

「ありがとう?」


 何でこんなに熱くなっているんだろう? もしかして、三男坊出荷の話も、婚約者から聞いてる?


 だとしたら、三男坊の側近候補、ヤバいぞ?




 学年末試験は、当然ながら出題範囲が広い。今まで習ってきた一年間の総仕上げだからね。


 教養学科も選択も、どちらも出題が濃くなる傾向にある……のはいいんだけど。


「総合魔法って、何やる学科だったっけ?」

「そりゃおめえ、魔法全般に決まってんだろうが」


 目の前には、死屍累々。いや、死んでないけど。なんと総合魔法の学年末試験、人形相手の模擬戦だった。


「学院側は、よく許可したね」

「最近、貴族の義務って奴を忘れている連中が多いって、王宮で嘆かれているそうだぜ?」


 嘆いているのは、誰なんだろうね? 至尊の冠を頂く方、とか言わないよね?


 人形、こんな使い方する予定じゃなかったのに……


 今回の模擬戦、ルールは簡単。装備した魔導具にダメージ判定が入れば相手の勝ち。攻撃には魔法を使う。この二つ。


 人形には、生徒達でも捌ききれるような魔法を使える魔導具が装備されている。なので、向こうからの攻撃も魔法オンリー。


 通常の生徒は、人形の数が四体。これを制限時間内に全部倒せば合格。倒しきれなかった場合は、残念ながら落第。


「そんな……これまで頑張ってくれてきた人形を壊すなんて……」

「俺には出来ない!!」


 学院祭で二回扱ったせいか、人形に思い入れのある生徒達が出て来てるらしい。


「別に壊す必要はねえぞー。攻撃が入ったと魔導具が判定すればいいんだからなー」

「先生の鬼ー!」


 はっはっは。熊が鬼だなんて、そんなあなた。今更気付くような事ですか。この熊、最初から鬼だし悪魔だよ。


 半分仲間のように思える人形に攻撃を加えるのを躊躇していた生徒達も、人形側から容赦ない攻撃を受けてすぐに甘い考えは捨てた。


「おのれ! あれ程大事にしてやったのに!」

「裏切るなんて……裏切るなんてえええええ!」

「そうか……それがお前の考えなんだな……ならば、受けて立とう!!」


 ……総合魔法の生徒って、こんなノリだったっけ? 端から見ている分には面白いからいいけどさ。


 鬼で悪魔な熊に鍛えられてきたからか、今のところ落第の危機にある生徒はいない。合格するまで制限時間を使い切った生徒は多いけど。


「よーし、こっからは上位陣な。ちなみに、人形の数を増やすぞー」

「えええええ!?」


 上位陣から悲鳴が上がる。やっぱりね。熊ならやると思ってたんだ。


「ちなみに、上位陣には八体倒してもらう」

「二倍じゃないか!」

「先生酷い!」


 うんうん。熊は酷いんだよ。


「あと、おめえは十六体だからな」

「ええええ!?」


 ちょっと熊! 多過ぎなんじゃね?


「騒ぐな。総合魔法の上位に入ってる連中なら、その程度出来て当然と思え」


 おのれ熊。後で覚えとけよ。




 総合魔法試験の結果、無事十六体倒しました。いや、一発で沈めたけど。そうしたら熊のやつ「数が足りなかったか?」とか抜かしてるし!


 後で絶対一発入れる。


 教養学科、騎獣、弓はいつも通りに無事終了し、魔導具では学院祭の出し物の関係で既に合格点をもらい、錬金術ではしびれ薬を作った。


 ……このままでいくと、最終学年で作るのは毒薬なんじゃないの? その前に解毒薬を作っているから、問題ないかもしれないけど。


 試験休みを挟んで、試験結果が発表された。


「おお」


 学年末も、総合順位が安定の二位。いや、別に安定ではないか。私の場合は割と変動する。


 安定っていうのは、三男坊のような事を言うんだな。彼はまたしても堂々の一位だ。しかも、点数から考えるとほぼどの学科も満点に近い点数を取っている。


 私の場合、弓が合格点以上にいかないからなー。これはしょうがない。落第しないだけましと思っておこう。それに、ちゃんと的に当たるようになったし。


 騎獣はゴン助のおかげで十分な点数が取れてる。だから二位に浮上したのかな。


 魔導具、錬金術、総合魔法は常にトップの成績なので、問題なし。教養もそうだね。


 成績表を貰い、今日はこれでおしまい……と思っていたのに、廊下に出たら女子二人組に絡まれた。


「一体どんな汚い手を使ったのよ! あんたなんかが総合二位を取るなんて!!」


 どういう事? 訳がわからずぽかんとしていたら、私より遅れて教室から出て来た三男坊が、相手の女子と私の間に割って入る。


「廊下で何をやっている?」

「殿下には関係ありません! 私と彼女の問題です!!」

「そう言われて見逃せるとでも? 先程、汚い手を使って好成績を取った、と言っていたが、確証はあるのだろうな?」

「それは……」


 言いよどむって事は、言いがかりだったんだな。まっとうに試験を受けてまっとうな成績を取っただけだから、不正の証拠なんてある訳ないけど。


「君達も知っての通り、ローレル嬢は伯爵家の当主だ。その彼女を、学院内とはいえいわれのない事で糾弾するなど、後で間違いでしたでは済まされないぞ」

「……」

「再度問う。確たる証拠があっての事だろうな?」


 相手の女子二人は、真っ青な顔で震えている。学院内での事とはいえ、人の口に戸は立てられない。


 この件で社交界での私の評判が落ちるような事があれば、家の名誉にかけて、今度は私が相手を攻撃しないといけない訳だ。


 その場合、彼女だけでなくその父親も標的になる。これが、当主と子供の差。


 学院卒業、もしくは結婚するまで子は親の庇護下にあって、子の不始末の責任は全て親にいく。


 だから、学生とはいえ当主である私が責めるべきは、彼女の親になるのだ。


 学院内の不始末で親に迷惑をかけた子は、その後の進路に影を落とす。女子二人ならまずは結婚相手か。


 ん、女子二人? ……ああ、彼女達、今まで成績優秀者に名前を連ねていた二人か。


 寮での勉強会には一度も参加せず、あれを私達が始めてからは成績がふるわないって聞いたっけ。


 女子で好成績をキープしたいのは、王宮への仕官を狙っての事だ。なのに、肝心の成績がふるわなくなった。


 このままでは、目指す道が閉ざされる。そう思って、私に突っかかってきた……と。


「……バッカじゃねーの」

「え?」


 しまった。口から心の声が漏れていたらしい。三男坊が驚いた顔で振り返ってる。


「いいえ、何も。……そこの二人、先程の殿下からの質問である、確たる証拠ですが、あるのかしら? それとも」

「……ありません」

「では、何故あのような暴言を?」


 わかっていても、この場で彼女達の口から言わせないと、どこでどう話が広がって変質していくか、わからないから。


 もちろん、胸元のカメラとマイクは作動しておりますよ!


「……勘違いをしておりました。謝罪いたします」


 これ、ここで終わりにしていいのかな? ちらりと三男坊を見ると、軽く頷かれた。あ、これで見逃していいんだ。


「わかりました。今後、同様の事がないようにお願いします」

「はい……」

「失礼します……」


 とぼとぼと去って行く背中には、哀愁が漂っている。もしかして、彼女達もルチルスさんのような事情、抱えていないよね?


 そうだとしても、自ら助力を願わない限り、手は貸さないけど。


「殿下、助けてくださり、ありがとうございました」

「いや……ローレル嬢には、散々迷惑をかけたから、せめてもの詫びと思ってほしい」


 あ、迷惑かけてるって自覚、あったんだ。

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