第132話 準備万端?

 この国には、ありがたい事に活版印刷がある。……私より前にいた転生者が、いい仕事してくれた。


 これを使えば、冊子の印刷は問題なし。


「……ワープロ欲しい」


 ただいま影絵でやる童話? の原稿作成中。長文書くの、疲れたー。


 さすがに一足飛びにワープロは難しいだろうけど、タイプライターくらいなら出来んじゃね? これは研究所を巻き込んで、開発する流れかな?


 今回には間に合わないけれど、手書き書類を作る現場では、喜ばれるかもしれないし。早速研究所に連絡だー。


「という訳で、こんな感じってのは図に書いて送るから、開発してみて」

『よくわからないけれど、受付ましたー』


 やる気ねえな。君らも書類書きから解放される可能性があるんだからね?


 図を書いて、研究所に送って少し。返事の通信がきた。


『こ、ここここここれ! 画期的じゃないですか!?』

「だから、開発してくれって言ってんの」

『わかりましたあああああ! 絶対作り上げてみせます!!』


 やっとやる気になったか。まったく……でも、これでタイプライターが出来上がれば、今後長文を書くのが楽になるでしょう。


 いやあ、オーゼリアの文字がアルファベットに近い文字で良かったよ。日本語だと、タイプライター作るのも大変だっただろうから。


 さて、今回の学院祭でやる劇? の内容は何とか出来た。赤ずきんと七匹の子ヤギを足して改編している。どっちも狼が悪役だから、いいでしょ。


 題して「赤ずきんと七人の刺客」。……何か色々違いすぎてるけど、まーいっかー。



   ◆◆◆◆



 母と祖母と街で暮らすアーデル。だが、それは世を忍ぶ仮の姿。その実態は義賊「赤ずきん」の頭領だった!


 彼女の母と祖母はそれぞれ先代、先々代の「赤ずきん」。この義賊の頭領は、代々彼女の血筋の女性に受け継がれるものなのだ。


 アーデルには、七人の仲間がいる。八百屋のミース、肉屋のロロ、魚屋のハルム、雑貨屋のヘイン、仕立屋のルト、鍛冶屋のガッダ、料理屋のザイア。


 彼等は街で表向きの仕事をしながら、常に人々の話を聞き取っていた。


 ある日、街を治める領主が代替わりするという。先代のハンテルは狩猟を好んだ心優しい人物で、己の狩猟用の森を庶民にも開放していた。


 その領主の跡継ぎウルフレアは、大柄で一見紳士のように見える。だが、七人が聞きつけた噂によると、残虐な性格で人を甚振る事に喜びを見いだす性格なのだとか。


 彼が以前いた街では、貧民街からよく人が消えていたそうだ。場所が場所だけに、誰も消えた人のその後を気にしない。


 だが、その街ではとうとう普通の暮らしをしていた者まで消えるようになったそうだ。それも、若い女性ばかり。


 さすがにおかしい、と兵士が探索に乗り出したところ、ウルフレアの館に繋がった。


 だが、証拠もなく領主の邸を捜索する事は出来ない。結局、事件はうやむやのまま、ウルフレアは今度はこの街の領主に就くという訳だ。


 義賊「赤ずきん」としては、ウルフレアの話が本当なら、放っておけない。早速彼の身の回りを調べだした。


 だが、何も出てこない。はて、では例の話はでたらめなのか?


 そんな中、何とミースが領主の私兵に逮捕された。罪状は毒入りの野菜を売った事。もちろん、ミースはそんな事はしていない。あからさまな冤罪だ。


 一時は街で新領主ウルフレアへの不満が高まったが、彼の私兵により不満を口にした者達まで牢屋に入れられてしまった。


 誰も文句を言えない中、次はロロが捕まる。これもまた冤罪。次はヘイン、その次はハルム、ガッダ、ザイアと「赤ずきん」の仲間が次々と捕まっていった。


 どう考えても、こちらの事がウルフレアにバレている。ルトは、アーデル達だけでも街から逃がそうと動くが、アーデル一家は首を横に振った。


 仲間を見捨てて、自分達だけ助かろうなんて気はない。


 既に現役を引退している祖母や母も、アーデルと同じ思いだった。彼女達は、赤い頭巾をその頭に被る。これこそが、義賊「赤ずきん」の象徴なのだ。


 まずは仲間を救いだす。そして、皆で力を合わせてウルフレアを倒そうではないか!


 宵闇の中、ウルフレアは領主館で一人酒を呷っている。前の街ではやり過ぎて、もう少しで兵士に捕まってしまうところだった。


 この街では、うまくやろう。幸い、鬱陶しい義賊どもはほぼ片付けた。都から遠いこの少領なら、好きに扱っても誰にもバレない。何て素晴らしいのだ。


 彼が己の勝利に酔いしれている隙に、母と祖母は地下の牢屋に囚われていた仲間を救いだす。


 他にも多くの人が捕まっていたので、ロロとハルムは彼等を連れて、領主館から脱走する。


 残りは、赤ずきんたるアーデルと、刺客のルト、それにアーデルの母と祖母と一緒に、ウルフレアの元へ向かった。


 私兵達を一掃したのは、ガッダの腕力だ。普段から金属を叩いている彼の腕は、私兵達を軽くのしていく。


 そこから漏れた者達は、ヘインとザイアに沈められた。その後ろをルトがアーデルを守るように歩く。


 騒ぎが耳に入ったのか、とうとうウルフレアが部屋から出て来た。彼の手には、長大な剣が一振り。


 それを軽く振ると、風がアーデルの元まで届いた。勝利を確信したウルフレア。彼はアーデルに告げる。


 自分のものになるのなら、仲間の命は助けてやる。


 当然、アーデルは拒否した。ならば、とウルフレアはまっすぐな廊下を駆けてくる。アーデルを、一刀両断にしようというのだ。


 だが、彼の巨体は廊下の途中で止まった。見えない何かに阻まれている。そこには、ルトが張り巡らせた糸があった。


 この糸は特殊な魔物から生成されるもので、専用のはさみを使わないと切る事が出来ない。


 進めないウルフレアを、さらにルトの糸が絡め取る。捕縛するだけならこれでいいが、彼をこのまま野放しには出来ない。


 身動きの取れなくなったウルフレアに、「赤ずきん」頭領達の武器が唸る。彼女達の手には、「銃」という名の武器が握られていた。


 これは「赤ずきん」頭領だけが持つ事を許される、伝説の武器。三人の「赤ずきん」の銃に撃たれたウルフレアは、轟音を上げてその場に倒れ伏した。


 翌日、領主館で倒れるウルフレアと、縄で縛り上げられた私兵達の姿が見つけられた。私兵達は、夕べの事を誰も覚えておらず、また、目を覚ましたウルフレアは、子供のようになっていたという。


 ウルフレアに領主の仕事は出来ないと判断され、新しい領主も来る。それまでは、先代領主のハンテルが一時的に戻って領主を代行するそうだ。


 かくして、街には平和が戻った。だが、その平和の裏側に、義賊「赤ずきん」の活躍がある事を知る人は、誰もいない。当の本人達以外には。



   ◆◆◆◆



「って感じでどうよ?」

「……これ、子供に見せるようなものか?」


 ぐ……熊のくせに、正論を口にするとは。


 ただいま、総合魔法でやる出し物の物語部分を熊に見せているところ。どんな内容をやるか、事前に学院側に申請しないといけないらしいから。


「……確かに、書いてる途中に変なノリが入ったのは認める」

「まあ、冊子で内容を見ながら影絵の演技? を見れば、内容はわかるだろうよ」


 問題は、この内容で受けるかどうかだよねー。そこは素人が切り貼りした話だ。甘く見てほしい。


 切り貼りっつうか、こねくり回してもはや別物になってるけど。だって、普通に赤ずきんとか七匹の子ヤギだけだとつまらなそうでさー。




 申請は無事通り、総合魔法の授業で練習が始まった。私はそれに加えて人形作りの監修や衣装の方も見なくてはならないらしい。


 仕事、多過ぎじゃね?


「だったら、周囲の上級生なりなんなり捕まえて、仕事割り振っちまえ」

「いいんだ?」

「別にいいぜ? それでちゃんと進められるならな」


 最後のにやりはいらんわい。でもそうか。相手を信用して仕事を任せるって事も、これからは考えて……いや、領の仕事、ジルベイラに丸投げしっぱなしじゃん、自分。今更今更。


「んじゃあ、人形作りは上級生にパーツごとお願いして、私は最終確認だけにする。幻影魔法を使った背景は、原案を美術教師であるデロット先生にまたお願いして、それを元に術式を組み立てるのは三男坊に丸投げしよう」

「その三男坊ってなあ、王家のか?」

「そのとーり!」

「……外でその言い方、するなよ?」


 わかってるって。


 熊とやり取りしている間は、周囲に防音の結界を張っているので、声は外に漏れない。姿は見えるけれど、向こうからはこっちの口元が見えないようにしてあるので、読唇術も無理だよー。


 軽い打ち合わせは終わったので、早速三男坊に仕事を押しつけてこよう。


「という訳で、殿下には幻影魔法での背景をお任せしたいと思います」

「……わかった」


 ルチルスさんに振られてからこっち、暗いなあ。そんなんで、この先ガルノバンでの婿生活、出来るのかね?


 側近候補達も、懸命に気分を盛り上げようと頑張ってるのにさ。そういう周囲の事をくみ取るのも、上に立つ者のやるべき事ではないんですかねえ?


 禁句だけど、だからフラれるんだよと言いたい。ものすっごく言いたい。


 チェリを蔑ろにした恨み、一生忘れんからな。




 人形の衣装は今回もルチルスさん頼み。


「お願い出来る?」

「もちろんよ! 逆に頼んでくれなかったら、拗ねてたわ」


 そういうもん?


「そうよー。これから仕える相手なのに、頼ってもらえないなんて情けないじゃない」

「えー? いやほら、ルチルスさんも学院祭で忙しいだろうし……」

「私は選択授業で作ったものをもう提出しているから、比較的暇なの」


 刺繍とかは、事前に作った作品を展示するだけって、言ってたっけ。


「絵画なんかもそうね。礼法は展示のしようもないし、発表もないし。楽器演奏があるけれど、あれも選抜された生徒だけが出演するの」


 元々、ルチルスさんは楽器演奏にはあまり興味がないそうな。じゃあ何で選択したのかというと、他に選べそうな授業がなかったからなんだって。


 そういう選び方もあるのか……


 ともかく、衣装はルチルスさんをリーダーに、前回お世話になった人達を集めて作ってくれるそうだ。ありがたや。


「下級生にも、見込みのありそうな子がいるんだけど……」

「無理のない範囲で、勧誘お願いします。報酬は出せないけど、差し入れはするから」

「本当に!? 嬉しい! 人集めも、楽になりそうだわ」

「ははは」


 今からシャーティの店に、予約しておこうかな。




 この国、簡単につまめるお菓子って、焼き菓子くらいしかないんだよね。


「さすがにポテチはなあ……フライドポテトくらいなら、いけるか?」


 さすがにジャガイモという芋はないけれど、大変近い味と食感のガラ芋って芋はある。


 ただ、油で揚げるから食べる時に指が汚れるんだよね。裁縫の子達に差し入れするには向いていない。


 それに、やっぱり女子には甘い物の方がウケがいいんだよね。 こう、ピックか何かで口に運べる、一口サイズのスイーツ……


「あ」


 あるじゃん。ドーナツ。普通サイズのそれを、一口サイズにすればいいんだ。


 よし、早速シャーティの店に連絡!


 結果、これが大ヒット。紙のカップに入れた一口ドーナツ……ロリポップドーナツをピックで食べながら歩くのが、王都の流行になったとか。


 もちろん、裁縫担当達に差し入れしたら、大変喜ばれました。良かった良かった。


 ただ、これカロリー高いからね? 食べ過ぎると太るよー?

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