第129話 大使館

 二月に入り、舞踏会シーズンの開幕。そういえば、成績優秀者の為の舞踏会も、この時期だったっけね。


 今のところ、順調に毎年参加しております。


 本日の舞踏会の会場は、王都内にあるコレドンホール。五十年ほど前に、当時のコレドン伯爵が私財を投じて建てたもの。


 何でも、コレドン伯爵家の王都邸があった場所で、余所に移る際、どうせならと誰もが利用出来るホールを建てたんだって。


 そして、本日の舞踏会の主催は貴族派筆頭ビルブローザ侯爵。何でそんなところから、私に招待状が来るんだろうね?


 まあ、今の貴族派は王家派と和解しているから、問題ない……のか?


「疲れたか?」


 あれこれ考えていたら、眉間に皺が寄っていたらしい。エスコート役のユーインから、指摘が入った。いかんいかん、こういう場では、笑顔でいないと。


「大丈夫。ちょっと、考え事をしていただけだから」

「ならいいが。今は学生と社交の両立をしなくてはいけないから、無理だけはしないように」

「はーい」


 その両立をしなくてはならないのは、同学年と上級生は皆同じだからね。私の場合当主の仕事もあるけれど、それはジルベイラに丸投げしてるから。


「そういえば、来週のガルノバン大使館のお披露目パーティー、参加するのか?」

「ええ、チェリが参加するっていうから」


 それに、チェリ本人からも「叔父を紹介したいの」と嬉しそうに言われちゃったしね。


 遠い異国で孤独に頑張っていたところ、身内が来るんだからそりゃ嬉しいだろう。聞いた感じでは、関係も良好そうだし。


 にしても、チェリの叔父さんがガルノバンの在オーゼリア大使かあ。三男坊、針のむしろかもね。




 あっという間に日は過ぎて、ガルノバン大使館のお披露目の日。場所は王都の目抜き通り沿いにある、以前は侯爵家の王都邸があった場所。


 調度品もそのままで、大使館として使うんだって。居抜き物件かー。


 招待客は揃いはじめていて、会場はかなりの人、人、人。


「チェリに会えるかしら?」

「おそらく、大使の近くにいるだろうから、挨拶に向かえば会えるんじゃないか?」


 本日は、王都デュバル邸から来ている。隣にいるユーインが迎えに来てくれた馬車で、一緒に。


 なので、アスプザット家の人達とも、チェリともまだ会えていない。


 ガルノバンとの国交正常化は王家派が主導していたそうで、その関係から招待客も殆どが王家派の貴族。


 ただ、一部豪商とか船主とか、あと貴族派からも序列が高い家は招かれていた。ここでも顔を見るのかビルブローザ侯爵……いや、あの家派閥の筆頭だから、当然か。


 狩猟祭などで見る顔ぶれが多いせいで、人数の割りには緊張しないで済むのは助かるね。


「おお、これはタフェリナ嬢ではありませんか」


 ん? いきなり、普段使わない名前で呼んでくるのは、誰?


 声の主を見ても、誰だかわからない。紹介された事、ある?


 内心首を傾げていたら、私の目の前が暗くなった。あ、ユーインが前に立ったんだね。背中にかばわれるとか、ついぞない経験だわー。


「人の婚約者に勝手に声をかけるとは、礼儀に反するのではないか? カルセイン卿」


 カルセイン!? じゃあ、目の前にいるこの人が、白団長の息子!? あれ? そういや、私の襲爵お披露目に呼んだよね……会ってた?


 改めてみるカルセイン卿は、顔色の悪いひょろっとした人だ。ただ、その目は、あの白団長に似ていてじとっとしたものを感じる。親子だなあ。


 あ、そっか。確かお披露目の時も、不健康そうな見た目だなあと思ったような……会ってたね、はい。


「いやだなあ、フェゾガン。今はユルヴィル伯爵家を継いだから、ユルヴィル伯爵と呼んでくれたまえ。それと、タフェリナ嬢は私の従姉妹だ。仲介などという、面倒なものがなくとも、声くらいかけても構わないだろう?」

「構う」


 ユーイン、即答ですか。相手もびっくりしているよ。


 と思ったら、いきなりくつくつと笑い出した。


「いや、驚いたよ。『あの』フェゾガンがこんな態度を取るなんて。私の従姉妹殿は、大したものだ」


 なーんか、言葉の端々にこちらを見下す感があるんですけどー。さすがはあの白団長の息子って、言った方がいい?


 あ、でもそれを言うと、私も少しは同じ血が流れているんだっけ……血縁って、いやあね。


「時にタフェリナ嬢。ターエイドは元気にしていますか?」


 ……何でこの場で、実兄の名前が出てくるの?


「いい加減にしろ」

「君は黙っていてくれないか? これは、親族の話なんだよ」


 返答しようかどうしようか迷っていたら、脇から救いの手がきた。


「誰かと思ったら、ユルヴィルのカルセインか。こんなところで、何をしている?」


 ヴィル様だ。珍しい事に、今日はコーニーのエスコートをしている。彼女はヴィル様の腕から離れて、私に小声で囁いた。


「レラ、何もなかった?」

「うん、今のところは。兄は元気にしているかって、聞かれただけ」

「兄?」


 コーニーも、怪訝な顔だ。実兄の事は、社交界ではいない者として扱われているからね。


 なにせ我が家は、嫡男の兄を飛び越えて、妹の私が跡を継いだ家だから。兄の話題は、私の前である意味タブーとなっている。


 そのタブーを持ち出したカルセイン卿、今度はヴィル様と対峙してるよ。


「やあ、アスプザット。卒業以来だねえ」

「お前はろくに社交行事に出てこないからな」

「ほら、我が家はしばらくごたごたしていたから」

「ああ、そういえば、お前の父親が色々やらかしてくれたからな。ペイロンの関係者としては、結果には大変不満足だ」


 ヴィ、ヴィル様……カルセイン卿も、そんな返答が来るとは思わなかったのか、驚いているよ。


「ま、まあ、父の罰を決めたのは王家の方々だから、苦情はあちらに申し上げてほしいな」


カルセイン卿の言葉に、ヴィル様の眉がぴくっと上がる。


 確か、白団長ってユルヴィル家の当主から下ろされ、領地で蟄居中だって聞いた。確かに、森を焼いた結果があれなら、不満足だよね。


 白団長達の企みのせいで、氾濫が大きくなったんだから。あの巨大な鳥が出たのって、森を焼いた結果だと思うし。


 でも、そのおかげで重力制御の術式が手に入ったと思うと……いや、やっぱり白団長はもっと重い罰を受けるべきだ、うん。


「父親のやった事だとはいえ、他家に迷惑をかけた以上、家として反省の姿勢を見せるべきでは?」

「というと?」

「こういう場では、端に控えていろと言っている。少なくとも、レ……彼女に関わるな」


 カルセイン卿の前で、「レラ」の名前は呼びたくないのかな。まあ、いきなり「タフェリナ嬢」とか呼んじゃうくらい、色々と情報収集が足りていない人みたいだし。


 ……あれ? もしかして、あのタフェリナ呼びはわざと?


「……アスプザット、タフェリナ嬢は私の従姉妹だ。血縁なんだよ」

「それがどうした?」

「え」


 おっと、カルセイン卿が怯んでる。想定外の返答に、対処仕切れていないっぽい。


「血のつながりなどというものが信用に値しない事など、お前の父親が証明しているだろうが。それに、前デュバル伯爵もだな」


 白団長が目の前のカルセイン卿とだけでなく、自分の父親や妹である私の実母との仲が悪かったのは、割と知られている話だそうな。


 そして、実父が幼い私を家から放り出した事も。血が繋がっているというだけの「他人」なんて、この世界にいくらでもいる。


 さすがのカルセイン卿も、反論出来なかったらしい。悔しげな顔を一瞬見せた後、すぐに愛想笑いを貼り付けた。


「だからこそ、失われた絆を取り戻そうと――」

「必要ない」

「……君が決める事ではないだろう?」

「では、当人に確認してみようか。どうだ? こいつと今後、付き合うつもりはあるか?」


 ヴィル様に問われて、思いっきり首を横に振る。冗談じゃない。ユルヴィル家は、私にとっては鬼門扱いだよ。近寄りたくないわい。


「だ、そうだ。本人にその気がないのだから、諦めろ」

「……今日のところは、これで失礼しますよ」

「二度と関わるな」


 ヴィル様の言葉が、どこまでカルセイン卿に届いたやら。


「まったく、相変わらず口ばかり達者な奴だ」

「彼は……元々ああいった性格だったか?」

「学院生時代からそうだ。お前は人との関わりを断っていたから知らないんだよ」

「……」


 ヴィル様の勝ち。悔しそうなユーインに、ちょっと自分もこれからの学院生活を考えなきゃなって思わされたわ。




 本日のメイン、ガルノバンの在オーゼリア大使となったヒュース伯爵テオバル卿へのご挨拶。


 ヴィル様は既に挨拶を終えていたようで、どこにいるか知っていたから先導してもらった。


「今日はヴィル様がコーニーのエスコート役なんだね」

「ええ、これからは、ヴィル兄様にエスコートしてもらう機会が増えると思うわ」

「何で?」

「見ればわかるわよ」


 コーニーに謎の言葉をもらいながら、会場を歩く。大使夫妻はホールの一番奥にいたようで、やっと姿見えた。


 大使夫妻の隣には、チェリと……ロクス様?


 あれ? 何でロクス様がチェリのエスコート?


「ああいう訳だから、ロクス兄様にエスコートしてもらうのは、今後無理って訳」

「え? あれ? ……いつの間に?」


 いや本当。いつの間に?


「その辺りは、チェリ本人に聞きなさいな」


 お、おう。


「まあ、レラ。待っていたわ。叔父様、彼女が私のお友達のデュバル女伯爵ですわ。お隣は婚約者であるフェゾガン侯爵家のユーイン卿です」

「おお、姪のハニーチェルが世話になっているそうですね。お会いするのを楽しみにしていましたよ。在オーゼリア大使を任されました、ヒュース伯テオバルと申します。今後とも、よしなに願います」

「お初にお目にかかります。デュバル女伯爵タフェリナ・ローレル・レラ・デュバルと申します。こちらこそ、よしなに」

「フェゾガン侯爵家のユーインです。本日は、父も招待を受けていると聞いております。もう、挨拶には伺ったでしょうか?」

「ええ、先程。そうか、フェゾガン侯爵家の方なのですね」


 ユーインの実家、何かあるのか? いや、それよりも。ちらっとチェリの隣に立つロクス様を見る。あ、こちらに気付いた。


 そっと人差し指を唇に当てる。今は黙ってろって事か。


 あー、でも早く聞きたいいいいいいい! いつの間に、そんな関係になったのよおおおお!

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