第128話 冬も忙しい
冬の休みは意外と忙しかった。
ユーインとのデートにチェリやコーニーとの外出、それにあちこちの茶会だ園遊会だのの社交。マジで、体がいくつあっても足りない感じ。
「疲れた……」
「学生は、休みの時に社交がたくさん入るものね……」
同じ立場のコーニーもぐったりだ。とはいえ、楽しい社交もあった。狩猟祭で仲良くなったリナ様とのものだ。いや、他にも夫人方がいたけれど。
「久しぶりだな」
相変わらず凜々しいリナ様は、本日も大変麗しゅうございます。きっと、シーラ様もこんなだったに違いない。
シーラ様の場合は、色気も半端ないので異性もばったばったと落としてそうだけど。リナ様は同性限定かな?
「ご無沙汰しております」
「狩猟祭以来ですね」
コーニーと二人でご挨拶。チェリがいないのが、残念だね。これは一応、派閥の行事だから。まだ結婚相手が決まっていない彼女は、出席出来ないんだって。
凜々しいリナ様は、年が近い夫人方から今でも熱い視線を送られている。今日の行事は園遊会で、派閥の中でも特に若い人を選んで招待されたらしい。
ちなみに、主催はシーラ様です。開催場所は、音楽堂にある庭園。もちろん、音楽堂の演奏者達による生演奏付きだ。ゴージャスだねえ。
「二人とも、元気そうで何よりだ」
「丈夫さだけは自信があります」
「やだ、レラったら」
コーニーが笑うけど、本当にそこだけは自信があるよ? 私達のやり取りが微笑ましかったのか、リナ様も笑っている。
でも、その笑顔は一瞬で曇ってしまった。
「それはそうと、無派閥の男爵家が取り潰しになるという話は、聞いているか?」
「……それは、もしやクスバム男爵家では?」
ルチルスさんの縁談相手だ。とはいえ、ルチルスさんの父親が勝手に決めたんだけど。
「やはり、知っていたか」
「その男爵家が、どうかしたんですか?」
「いや、一応、旦那様と取引があったそうでね。今回の噂で、旦那様が少し落ち込んでいるんだ」
おおっと、シャウマー伯爵と取引があったのか。そういや、クスバム領ではシャウマー領で作れない作物も、作ってるって資料にあったっけ。
クスバム男爵という人物は、長年領地から上がる税金に関して不正をしていた。今回、取り潰しに遭うのはそれが原因である。
一応、建前としてはね。
学院時代の先輩後輩の立場を利用して、自分の娘ほどの若い子に手を出そうとするヒヒ爺など、滅してしまえばいいのだ。
男爵家くらいなら、軽い爵位だから簡単に潰せるそうだし。潰した後は、平民落ちなので問題なし。
逆恨みして攻撃を仕掛けてくる、なんて危険性も、財産は全て没収になるからまずない。暗殺なんかには、金がかかると相場が決まっているのだ。
私に攻撃を仕掛けてきた場合、高確率で反撃するけど。でも、自分の家が不正で取り潰される切っ掛けを私が作ったとは、相手も知らないだろうし、調べようもないよね。おとなしく、没落しておけって感じ。
「不正が原因の取り潰しですもの、シャウマー伯爵が気にする必要は、ないと思いますよ?」
「私もそう思うのだが、自分との取引も領民の苦労に繋がったかもしれないと、仰っていてな……」
シャウマー伯爵って、繊細なんだな。
「ならばなおのこと、今回の一件でクスバム領が王領となれば、今までのような苦労はしなくて済むかもしれませんよ?」
ってか、そうなってくれ。不正のしわ寄せは、領民に行っていたんだから。
まあ、デュバル領の事がある以上、私があれこれ言うのも変な話だけどねー。
そのデュバル領、着実に研究所の実験場としての成果を上げているそうな。いいのか、それで……
『ですが、農作地の回復もめざましいものがありますし、領民の健康状態も改善傾向にあります』
「それはいいんだけどねえ」
『それと、近々ニエールさんから連絡がいくと思いますが、機関車のモデルが出来上がったそうです』
「本当に!? さすがニエール!」
うっすらした説明しか出来なかったのに、そこから機関車を作り上げるなんて、そうそう出来る事じゃないよ。
『まだ小型の試作機に過ぎないそうですが、もうじき走行実験を行うそうです』
「って事は、線路も作ったんだね?」
『はい。かなり短い区間ですが』
これで機関車が完成して鉄道が出来れば、領内の物流も変わる。それを伸ばせば、国内の物流も変わるだろう。
それと、山を越える山岳鉄道が出来て、ガルノバンとの陸路が開通されれば、貿易の量も増えるはず。
デュバルが一大物流拠点になり得る訳だ。
正直、うちの領って特産品がある訳じゃないからねー。魔物素材の加工を一手に引き受けているけれど、それだってペイロン頼みだ。自分達で魔物を狩る訳じゃなし、領内にも魔物はいないしね。いや、いい事なんだけど。
そう考えると、やっぱりもう一つ二つ産業……というか、稼げる何かは必要だと思うんだ。
研究所のおかげで食糧自給率は上がりそうだけど、他にも色々余所の領から輸入しないといけないものもあるし、付き合いから買わなきゃいけないって品もあるっていうしな。
その為にも、まずは領の現金収入を増やす。先は長いけど、焦らずにいこうっと。
冬の休みは一時中断していたチェリのお見合い大作戦。休みが明けて学院が始まったら、また週末に再開するそうな。
「皆様もお忙しいでしょうに。お時間をちょうだいする事になって、心苦しいですわ……」
チェリとしては、早く相手を決めて彼等を解放したいそうな。でも、これはと思う相手にまだ巡り会っていないのかな?
「堅苦しく考える事はないよ。気楽に、楽しめばいいんじゃないかな?」
「そう……なのかしら?」
「そうそう。男性陣も、美人の相手をするのは気分が上がるだろうし」
「まあ」
うん、やっぱりチェリは笑っている方がいいよ。美少女の笑顔、いただきました。
冬の休みで色々と変わったのは、他にもいる。ルチルスさんは、朝から満面の笑みだ。
「ローレルさん! 本当にありがとう!!」
「うまくいったんだね?」
「ええ!」
まあ、あの不正の証拠を出されては、クスバム男爵とやらもぐうの音も出まいて。
実際の取り潰しは年が明けてから手続き等が始まるって話だから、今頃王宮は忙しく動いているんだろうなあ。
あ、クスバム男爵本人は、王都の監獄に入れられてるってさ。これから裁判を経て、刑が確定するらしい。
まあ、身分剥奪は決定しているから、後は財産没収後平民落ち程度で収まるのか、それとも懲役刑が科されるのか、そのくらいの差だってよ。
ともかく、ルチルスさんは自由の身になった訳だ。しかも、元凶の一人である父親の方には、王家から直接苦言を呈したらしい。
「冬の休みの間、お父様はお母様に怒られていたわ。すっかり小さくなってしまってね。このまま修道院に入ってしまいたいって言ってたの」
「本当に入るの?」
「まさか! あのお父様に、そんな度胸はないわ。お母様のお尻に敷かれて、一生を終える程度じゃないかしら」
ルチルスさん……キャラ変わってない? もっとおとなしい人だと思っていたんだけど。いや、今のあなたも素敵ですよ? でも、そうじゃなくてね……
まあ、今までいつか親の決めた相手のところに嫁に行かなきゃならないって思っていたのが、一挙に自由になって弾けてるってところなのかな。
ルチルスさんのお母様は、結婚するもしないも本人の自由、相手も好きに選びなさいって方針らしい。
「それでね、お母様には『デュバル伯爵の侍女になりたい』って伝えたの」
おっふ。そういえば、そんな話もあったね。でも、結婚が流れたんだから、私の侍女にならなくてもいいのでは?
あ、希望するんですかそうですか。いや、拒絶はしないけどさ。ここでダメって言ったら、ルチルスさんに泣かれそう。
そのルチルスさんは、実家でのやり取りが面白かったそうで、笑いながら教えてくれた。
「お母様ったら、ローレルさんの事を男性と勘違いしたのよ?」
「普通、当主は男性だからね」
しかも、学院に在学中に襲爵するなんて、そういないからなー。
「同じ組の女子だって話したら、すっごく驚いていたの。でね、最初は信じてくれなかったのよ。何度言っても『そんな事、ある訳ない』って」
そこまで否定する事ー? 何だか、存在そのものを拒絶された気分ー。
「ルルのお母様、ルルと一緒で頑固だものねー」
「私はお母様ほど頑固じゃないわよ。訂正するまで、そんな人の侍女になって大丈夫なのかって、散々心配されちゃった」
「それは、そうでしょうねえ」
同い年の男子の侍女になるなんて娘が言い出したら、大抵の母親は反対するって。まあ、男子じゃなくて、女子なんですが。
「ともかく、お母様はちゃんと説き伏せたので、ローレルさん、よろしくね!」
「こ、こちらこそ?」
ルチルスさんが私の侍女になるの、確定なんだー。
私達が教養学科の教室でキャッキャウフフしている脇で、暗い顔を隠さないのが三男坊だ。
王妃様……ネミ様が、怖ーい修道院の話を切り札にしたって仰ってたから、暗いのかな?
まだ、ガルノバンへ出される話は、聞いていないよね? ちょっと確かめたい気持ちもあるけれど、やぶ蛇になると困るので突かない。
そんな我がクラスに、またしても特攻かましているのが偽苺。ただし、今度は入り口で三男坊を見つめてぐふぐふ言ってる。普通に不気味。
ただ、気持ち悪いけれど、それだけで実害がないからなー。隣のクラスの女子達は、偽苺に関してもうさじを投げてるし。それでいいと思う。
そういや、偽苺が屋根裏部屋にこだわる理由、知らないや。これも、突っ込むとやぶ蛇になりそうだから、放っておこうっと。
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