第127話 王宮でお茶会
冬の休みに入ってすぐ、王宮へ行く事になった。
「こんなにすぐだなんて」
「どうやら、王妃様がお待ちかねのようなのよ……」
シーラ様、それってルチルスさん関係ではなく、三男坊関係ですよね多分。
私、同じクラスってだけなのになあ。
とはいえ、チェリと学院外で会うのも楽しみなので、それはそれ。シーラ様と一緒に馬車で王宮へ。
コーニーは留守番だってさ。こういうところにも、当主と娘の差が出てくるのね……
王宮では、かなり奥まで通された。王宮でも余所の邸と同じルールが当てはまるので、奥へ行けば行く程プライベートな場所という事になる。
……大分、奥まで通されているんですが。何せ、馬車のまま、庭園をつっきってるよ?
「シーラ様?」
「今日のお茶会の場所は、一番奥にある庭園なのよ」
それって……いや、もう何も言うまい。
到着した先にあったのは、小さな建物。八角形の平屋造り。屋根とか壁の装飾に、ちょっとオリエンタルを感じる。
どこの様式なんだろう。
建物の中は一間だけで、外見から想像出来るように広くはない。中央に丸いテーブル、壁際にはいくつかの棚と、飾られた陶器類。
入り口から一番奥に当たる席に座っていたのは、王妃様ただ一人。
「いらっしゃい」
「お待たせいたしました事、お詫び申し上げます」
「いいのよ。ここでは、一時身分を忘れてちょうだい」
王妃様とシーラ様のやり取り。身分を忘れろ、はちょっと無理かな。
出された茶器も、取っ手がないタイプ。皿ではなく茶托に乗せられ、色はうっすらとした緑。
「ちょっと遠くから仕入れたお茶なの。いつものものとは違う風味なのよ」
進められて口を付ける……これ、やっぱり日本茶だ。
「レラはこのお茶、知っていたのかしら?」
王妃様の問いに、思わず肩が上がりそうになった。落ち着け。転生者だなんて、バレるはずがない。
「いえ、普段飲んでいるものとは、大分違ったので……」
「そう。実はね、このお茶、あなたの領地で作られていた事があるそうなの」
「え?」
待って。でも、そういえばうちのご先祖様って私と同じ日本からの転生者だよね?
だったら、和食やら日本茶やら日本酒くらい、作っていても不思議はない。
その割りには、隣のペイロンですら口にした事がないんだけど。何で? そっちの方が不思議だわ。
「ふふふ、知らないというのは、本当のようね」
「王妃様」
「ネミ。そう呼んでくれなければ、返事はしなくてよ」
ぷいっと横を向く王妃様の顔は、とても三兄弟を産んだ母には見えない。シーラ様も苦笑いだ。
「ネミ様」
「ネミ」
「ネミ。まったく、あなたは昔と変わらず困った人ね」
「ふふふ、お姉様も、変わらず凜々しくてよ」
……私は、一体何を見せられているんだろう?
ネミというのは、王妃様の愛称だそうな。チェレア・ネミ。それが王妃様のお名前。
シーラ様とは、学院生時代から仲が良い先輩後輩なんだって。ちなみに、シーラ様が先輩。だから「お姉様」呼びなんだ。
シーラ様、きっと学院生の頃は演劇部の男役ばりに人気があったんだろうなあ。もしかして、本当に演劇部に所属していたとか?
「レラ、何を考えているのかしら?」
「いいえ、何も」
やべ。シーラ様は勘が鋭いんだから。気を付けないと。
少し温くなったお茶を飲む。うん、やっぱり日本茶。ちょっと香りが飛んで渋みが出ているのは、淹れる温度を間違えたか?
隣では、既に王妃様の愚痴が飛び出している。
「もう私の事を名前で呼んでくれる人が少なくて……」
そりゃあ、大抵の人は「王妃様」と呼ぶわな。私もそう呼んでます。
「今日はそんな事を言いたくて、私達を呼んだの?」
「いいえ、そんな。まずは、レラにまた迷惑をかけましたね。その事を、許してほしくて」
「……それは、シイニール殿下の事ですか?」
「ええ」
やっぱりー。
「あの子、口を酸っぱくして言い聞かせたっていうのに、とうとう女子生徒に告白したそうじゃないの」
「ああ」
速攻、フラれましたが。てか、私に言われ、母君である王妃様に言われ、それでも決行したんか。
「相手は男爵家の娘さんだそうね?」
「はい」
「告白したその場で、逃げられたと聞いたわ」
「聞かなかった事にして、逃げてきたそうです」
「そう……分別のあるお嬢さんで助かったわ」
本当ですよねー。これで野心バリバリのお嬢さんなら、食いついただろうなあ。偽苺とかね。
ただ、三男坊の好みって、清楚系のお嬢さんだと思うんだ。ルチルスさんって、ばっちりそんな感じだし。
偽苺は、もう少しその辺りを考えてアタックすればいいのにな。いや、清楚なお嬢様は、異性にアタックしないか。
チェリは中身は清楚なんだけど、見た目は派手目の美少女だからね。そこら辺が、お気に召さなかったんだろう。三男坊のくせに。
「ともかく、あの子にはこれ以上好き勝手をするようなら、退学させる事も伝えました」
「え」
王子が、退学食らうんだ……
「殿下は抵抗しなかった?」
シーラ様の問いに、王妃様は興奮したのか大きな声を出した。
「しましたとも! だから、こちらも最大の武器を出しました」
最大の武器? 何だろう? 内心首を傾げていたら、王妃様がそれはそれはいい笑顔でこちらに向き直った。
「レラ。王族の男子を押し込めるのに最適な場所って、どこだか知っていて?」
「いえ……存じません……」
本気でわかりませんよ。てか、王妃様。怖いのでその笑顔、引っ込めてもらえませんかね?
「昔から、おいたをする王族男子は、修道院に送るって事が決まっているの」
「え」
「それを出したら、さすがのシイニールも青くなっていたわ。国内で一番厳しいと評判の、ラルアン修道院の名前を出したから」
……そこに入るよりは、隣国に出荷される方が三男坊としてもまだましだろうよ。
あ、そうだ。
「王妃様」
「ネミ」
あう。私もそう呼ばないといけないんだ……
「失礼しました、ネミ様。シイニール殿下が隣国へ向かわれるのは、やはり学院を卒業してからなのでしょうか?」
「そうなります」
「それと、その事を、ご本人は……」
「知らないわ。言っていないもの」
やっぱりー。
「今言ったりしたら、反動で何をしでかすか読めないのよ、あの子。本当、上二人とは違うから、やりにくいわー」
そこまでぶっちゃけるんだ……
「お姉様のところに、あの子と同学年の男の子がいてくれたら良かったのに」
「無茶を言わないで、ネミ」
「レオールもルメスも、それなりにいい子に育ったのはウィンヴィルとロクスサッドのおかげですもの」
ヴィル様とロクス様のおかげ……ねえ。あの二人も、それなりにやんちゃな性格ですが。
シーラ様を窺ったら、向こうもこちらを見た。どちらからともなく苦い笑いが浮かんだのは、二人の実情を知ってるからですよねー。
出されたのは日本茶だけど、お茶請けは普通のお菓子。いやこれ、シャーティの店のケーキだ。しかも生菓子。
店から届けさせたのかな。
「さて、愚痴はこのくらいにしておきましょう。レラ、何か私に頼みたい事があるのですって?」
おっといけない。本日の個人的メインイベントですよ。
「はい。実は、先程の王妃様」
「ネミ」
失敗失敗。
「……ネミ様のお話にも出て来ました、殿下から告白を受けた男爵令嬢の事なのです」
「何か、シイニールがやらかしましたか?」
王妃様……じゃなくてネミ様が、凄い真剣な顔で聞いてくる。
「いえ、そうではなく。彼女に、結婚話が持ち上がっているのです」
「あら、おめでたい話ね」
「それが……彼女の父親、フラカンイ男爵が勝手に決めた相手でして」
「娘の結婚を父親が決めるのは、普通の事でしょう?」
「相手が普通ではありません。フラカンイ男爵より年上の、クスバム男爵という方なんです」
「んまあ」
「当然、ルチルスさん……件の男爵令嬢は、この結婚を嫌がっています」
「それはそうでしょうね。さすがに十六かそこらお嬢さんに、四十近い男を見繕うのは、父親として間違っているわ」
「その、クスバム男爵なのですが、シーラ様に調べていただいたところ、何やら不正をしているそうで」
「詳しく、話して頂戴」
不正の一言で、ネミ様の空気ががらっと変わった。さすがは王妃様といったところか。
クスバム男爵の不正は、税金の金額操作だ。領主はどこも、領から得られる税金の一部を国に納めるんだけれど、その金額を誤魔化しているらしい。
「長年にわたる金額操作で、総額三十五億近い税金逃れをしております」
「証拠はあるのね?」
「こちらに」
シーラ様から頂いた写真を渡す。そこには、裏帳簿の全ページが写されていた。
カメラは作ったけれど、こういう使い方しているって、知りませんでしたよシーラ様。いえ、今回はそれで助かったんですけど。
鮮明に写されたそれらを見て、ネミ様の眉間に皺が寄っていく。
「確かに、クスバム領の帳簿とわかる箇所がいくつもあるわね。そしてこの金額……誤魔化している部分がはっきりわかるわ」
裏帳簿には、いつ、どれだけの誤魔化しをして、どれだけの利益を出したかまで全部記載されているんだよねー。
「これ、もらってもいいのかしら?」
「どうぞ。複製が必要な場合はご連絡ください。いくらでも出せます」
「ふふふ、ペイロンの魔法研究所って、面白いものも開発しているのね」
バレてるー。
「これを見せれば、陛下も動いてくださるでしょう。そのクスバム男爵の方は、潰していいのね?」
「お願いします」
「わかりました。あと、ルチルスさんと言ったかしら? 彼女の父親の方にも、一言言っておいた方がいいかしら?」
「出来ましたら」
ははは。考えなしに娘の結婚決めたら、いきなり相手の家が潰れて、自分は王家からお叱りを受ける訳か。ルチルスさんの父親、踏んだり蹴ったりだな。
まあ、自業自得だから、どーでもいーやー。
話が終わって、チェリも呼んで四人でお茶。新たに出されたケーキはチョコレートのもの。おいしい。
「ハニーチェルさん。学院はどうかしら?」
ネミ様からの問いに、チェリはにっこりと笑った。
「はい、とても楽しく過ごしております」
「そう、良かったわ。そうそう、近々ガルノバンが大使館を開きますから、お披露目のパーティーには出席してくださいね」
「はい。大使としていらっしゃるのは父方の叔父ですので、今から会えるのを楽しみにしているんです」
なんと、駐在大使として来るのは、チェリの叔父さんなんだ。そういう人をよこすって事は、ガルノバンでもチェリは大事にされてるんだなあ。
あとは、それだけオーゼリアとの国交正常化に力を入れているって事だろうね。
何にしても、今回やらかした三男坊の罪は深い。だから本人がガルノバンに送られるんだ。
本人はまだ知らないとはいえ、向こうでうまくやっていけるのかね?
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