第126話 やっちゃえ

 週末ごとにアスプザット家で開催されているチェリのお見合いパーティーに同席していたら、あっという間に学期末試験期間が目前に。


「ローレルさん!」

「今回も、お願いできないかしら!?」


 ああ、集団勉強会ですね。サロンは借りられるのかな?


 と思ったら、既に試験期間前までびっしり埋まってた。何で?


「く! お姉様方に先を越されたわ」

「他に場所はあるかしら……」

「また、食堂を開けてもらう?」

「私、聞いてきます!」


 あーあ、そんなに走って。淑女にあるまじき行為として、寮監の先生に怒られるよー。


「時に、お姉様方に先を越されたって、どういう事?」

「前回の学年末試験の時、私達最初サロンで勉強会をしていたでしょう? それを見ていた一部の上級生のお姉様方が、自分達も合同で勉強してはどうかって提案したらしいの」

「それ自体は知っていたんだけど、まさか先にサロンを予約されるなんて……」


 てか、いつのまにサロンは予約制になったんですかね? ああ、試験期間前だけの、特例なんだ。寮側も、勉強会の事は把握してるんだね。




 前回と同じ条件で開けてもらった食堂で、またしても同学年のみでの勉強会。前回出席していた人達は、全員いるねえ。


 ただ、私以外の上位に入ってる女子二人は、今回も出席していないらしい。あと、扉の外には下級生。


 どうやら、上級生に当たる私達に、勉強を見て欲しいらしいんだ。


「甘いわね。下の子達の面倒を見ている余裕、私達にはないわ」

「自分達も、同学年の成績がいい子に指導してもらえばいいのにね」

「それが、下の学年には、上位十人に入るような女子生徒、いないんですって」

「ああ……」


 うん、頑張れ、一年二年三年生。


 皆の勉強を見ると言っても、やっている内容はほぼ教養学科のもの。さすがに選択授業のものまでは、教えられないからね。実技が多いし。


 普通に国語、数学、歴史、地理。これに加えて、何故か教養学科にはダンスやマナー、外国語も加わってくる。


「わかんないわよ! ガルノバンの言葉なんて!」

「授業でやったでしょう? 私は小王国群の言葉の方が難解よ……」

「待って、皆。ガルノバンと言えば……」


 食堂にいる皆の目が、一斉にチェリに向かう。


「……あの、私に出来る事があれば」

「ありがとうございます! ハニーチェル様!」

「異国の公爵令嬢であるハニーチェル様に、こんな事をお願いするのは恐縮なのですけれど」

「学期末とはいえ、落とすと冬の休みが全てなくなるんです!」

「お願いします!!」


 最後の言葉だけ、全員で揃っていたね。


 仕方がないので、ガルノバンの言語に関してはチェリが、その他に関しては一応ざっとまとめて私が見る事になった。


 そういえば、この場にあの目立つ髪色がいない。偽苺、トラップ解除まで、まだ少しあるかなー?




 学期末試験は、いつもの通り始まりいつもの通りに終わった。毎回感じるけど、一番試験を落としそうなのって、弓だよなあ。


 ただ、本当に指導してくれる先生の腕がいいのか、生徒達全員が着実にレベルアップしてるんだよね。私もそう。


 おかげで、弓の試験で落第点を取る生徒は未だに一人もいない。先生、凄い。


 総合魔法と魔導具は、相も変わらず楽勝です。今年の総合魔法は攻撃魔法が始まっているので、それを披露。


 遠くの的に炎弾を当てる試験なんだけど、総合魔法の成績が上位の十人に関しては、的の数が多くなって、制限時間が短くなってる。熊め。


 そして、何故か私は的当てではなく、空中に向かってどれだけ長い火炎を上げられるかが試験になった。何でだよー。


「おめえにあれをやらせても、一瞬で終わってつまらねえからだよ」

「失礼だな。だったら的の数を増やせばいいじゃない」

「的もただじゃねえって、しってっか?」


 予算の都合らしいです。何かむかつく。


 魔導具は、前回のオルゴールが好評だったそうなので、今回はちょっと考えた。


 オルゴールはオルゴールでも、人形型ってのも、ありじゃね?


 仕込む曲は昔懐かしい童謡で。もちろん、前世のやつ。森で迷ったら熊に出会ったってあれだ。


 なので、人形も熊。あれ、これルチルスさんに持っていかれそうじゃね?


 熊のぬいぐるみって、こっちじゃメジャーじゃないんだよね。ぬいぐるみ自体、あまりない。


 なので、ここはふわもこ素材を開発し、それで熊のぬいぐるみを作ろうという事になった。


 動物の毛皮を素材にしてもいいんだけど、すぐにへたりそうだしなあ。あの、ふわもこをどうやって作ればいいのか。


「……ダメだ、思いつかん」


 ふわもこへの道は、遠いらしい。仕方ないので、なるべく手触りのいい糸を買ってきて、布地に植毛? していく事にした。


 魔法万歳。糸をほぐして細い繊維に戻し、それを毛に見立てて布地へと植毛していく。


 お、なかなかうまくいった。でも、まだ毛が長い状態なので、熊というよりイエティだなこりゃ。色が白だし。


 それを綺麗にカット。毛の流れを整えて、目には魔力結晶を入れる。よしよし、熊のぬいぐるみになったぞ。


 外側が出来たので、中身を作る。ここには魔の森産の羊毛をたっぷり入れて、オルゴールの本体を包む。


 熊の目として入れた魔力結晶から動力を得られるよう、内部配線をして、背中側を縫い付けた。そこにスイッチも作る。よし、完成!


 色は、このままでもいいかな。シロクマのぬいぐるみだ。作成期間中から、周囲の目を引いていたけれど、出来上がって提出したら「欲しい」の嵐。


 いや、売り物じゃないから。


「では、どこで売り出すのかしら?」


 魔導具を担当している先生まで……いや、売り出すとしたら、ペイロンの研究所経由ですって。


 結局、周囲の熱意に押されて、熊経由で研究所の方に打診。手が空いてる研究員で制作が開始される事になったそうだよ。ははは。


 錬金術では、眠り薬を制作。軽いものだから、ちょっと寝付きが悪い時に使うと便利らしい。


 実はこれ、似たようなものでもっときついものを研究所で作った事がある。ええ、ニエール用ですよ。


 結局それにも耐性を付けちゃったから、今じゃあ催眠光線で眠らせてるからね。耐性付けるのも、善し悪しだわ。


 騎獣はゴン助のおかげで一発合格。


「ありがとう、ゴン助。ゴン助のおかげだよ」

「ゴン!」


 誇らしげに胸を張るゴン助、可愛いよ。当初は毛並みもよくなかったけれど、ちゃんとお手入れされているせいか、ふっさふさのふわっふわ。手触りいいんだこれが。


 熊のぬいぐるみオルゴール、モデルはゴン助ってのは内緒だ。




 全ての試験が終了し、試験休みに入ってすぐ。シーラ様から連絡がきた。


『例の件、調べがついたわよ』

「本当ですか!?」


 さすがシーラ様。仕事が早いわー。


『まず、ルチルス嬢の実家から。フラカンイ男爵家は、少領ながらそつなく経営しているわ。ただ、当主であるエヨス卿は少し気弱で、強く出られると否とは言えない性格のようね』

「それで、よく領地経営出来てますね」

『夫人の腕前ね。表には出てこないけれど、相当頭の切れる女性のようだわ』


 なるほど。ルチルスさんの家は、お母さんでもっている訳か。


『ルチルス嬢の相手とされる男、クスバム男爵の方だけど、現在三十九歳、独身、結婚歴なし。縁談も一度も組まれた事がないわ。エヨス卿とは学院時代の先輩後輩の仲みたい。クスバム男爵が先輩で、エヨス卿が後輩ね』

「まさか……」

『今回の縁談は、その伝手で持ち込まれたもののようだわ』


 マジかー。後輩の娘を嫁によこせとか、そのクスバム男爵ってどんだけ腐ってるのよ。


 で、そんな奴に娘をよこせと言われて、黙って従う父親もどうなのよ? そっちの方が罪深い気がするわ。


『現在、フラカンイ男爵領は夏の長雨のせいで不作でね。その件で夫人が忙殺されている状況よ。その隙をついて、クスバム男爵が持ちかけた話らしいわ』


 あー。有能なお母さんが忙しいから、娘の事まで気が回せないと踏んでの事か。悪知恵だけは働くのなー。


「ちなみに、フラカンイ男爵家とクスバム男爵家って、派閥的にはどうですか?」

『小物よ、どちらも。無派閥だし、言ってはなんだけど、地方の少領の領主だから、中央にも影響はまるっきりないし』

「という事は?」

『好きにやっていいわよ。向こうも、王家派閥を敵には回したくないだろうし』

「ルチルスさんの結婚話って、正式に進んでいる話なんでしょうか?」

『王宮に届けが出されていないそうだから、まだ親同士の話の段階ね。ただ、ルチルス嬢の父親が同意しているのが難かしら』


 貴族……だけじゃなく、娘の結婚は父親が決める。例え娘が泣いて嫌がっても、父親が応じてしまえば、結婚せざるを得ない。


 おかげで不幸な結婚が量産された時代もあったそうな。今はまあ、大分改善されてきてはいるそうだけど。


 でもやっぱり、貴族の結婚には父親の同意がどうしても必要だ。


「ルチルスさんを私の侍女にしたとして、父親に連れ戻されるって事はありますか?」

『家の力の差を考えれば、あり得ないわ。娘一人の結婚が流れたところで、男爵家には傷はつかないけれど、デュバル家と対峙したとなれば、フラカンイ男爵家は大きな痛手を負う事になるの。普通は、そんな危ない道を選んだりしないわ。よっぽど、その娘を嫁がせなければ男爵家が滅びるとかでもない限り』


 うーん……


『とはいえ、手っ取り早い手もあるわよ?』

「え? どんな手ですか?」

『相手のクスバム男爵家を潰せば、結婚話自体、なくなるんじゃないかしら? あとは、フラカンイ男爵夫人を抱き込む事ね』


 ああ、なるほど。クスバム男爵家を潰しても、父親は先輩後輩の繋がりを保とうとして、相手に娘を献上しかねない。 


 でも、まっとうで有能な母親が父親をしっかり見張っていれば、ルチルスさんが望まない結婚をしないで済むという訳か。


 ガンは二匹。どっちも別の形で潰しちゃえ。


「シーラ様、情報ありがとうございました」

『どういたしまして。クスバムは潰す?』

「そのつもりです。何かいい手はありますか?」

『いくつか不正の情報も手に入れたから、それを使うといいわ。そうそう、冬の休みの間に王宮へ行く事になるでしょうから、その時、王妃様を頼りなさい』


 おおっと、いきなり大物の名前が出て来てしまいましたよ。てか、王宮に行くって、どうして?


『ハニーチェル嬢が休暇を過ごすのは、どこかしら?』


 王宮ですね、はい。つまり、チェリのご機嫌伺いをかねて、王宮へ顔を出しておけって事か。


 いやあ、伯爵家当主って大変ね。




 シーラ様から連絡が来たのが、試験休みに入った日の午前中。その日の昼には、寮の食堂でルチルスさんに結果を話した。


「実はね、アスプザット侯爵夫人の伝手を頼って、ルチルスさんのお父様と結婚相手の事を調べてもらったの」


 家を調べたなんて聞いたら、気を悪くするかと思ったんだけど、そんな事はなかったわ。


「それで? 何かわかったかしら?」

「ええ。ルチルスさんも気付いていると思うけれど、お母様が大変な時の隙を突いて、今回の結婚話が出て来たようよ」

「やっぱり!! おかしいと思ったのよ。普段のお母様なら、あんな話、絶対に断ってくださるはずだもの! きっとお父様が暴走しているんだと思ってたわ!」


 娘のルチルスさんも、そう考えるのかー。


「実は例の男爵には、一度夏の間に会った事があるの。こちらをなめ回すような目で見てきて、本当に気持ち悪かったわ! お父様にも苦情を申し上げたのに、のらりくらりと躱すばかり! 本当にもう!!」

「お、落ち着いて。でね? ここからは大きな声では言えないのだけれど、今回の結婚話、潰せそうよ」

「……本当に?」

「ええ。だから、私の侍女にならなくても大丈夫」

「え……それは、嬉しくないのだけれど」


 あれー? 思っていたような反応じゃないよー?


「……私の侍女に、なりたかったの?」

「ええ! だって、ローレルさんの側にいたら、絶対に退屈しないもの! 常に新しいものに囲まれていて、刺激的な毎日を送れること、間違いなしだわ!」


 ええええええええ。そんな風に見られたのー? ちょっとチェリ、そこで笑っていないで。


「わかるわ、ルル。私も結婚が決まってなかったら、一緒に侍女の道を選んだもの」


 ランミーアさんまでー。




 試験休みが終わると、結果が発表される。廊下に張り出されるのは、上位十人まで。その他の結果は、手元に詳細が書かれた成績表として配られる。


 結果、今回も二位ざますー。でも、前回と違うのは一位の三男坊との差が僅差ってとこ。


 失恋のショックで、成績落としたか? それでも学年トップを取れるのは、かなり優秀な証拠だよね。


 本当、お勉強は出来るのになー。


 成績発表の後は、もう休みに入るのでその注意事項等を聞いてその日は終了。冬は特に荷造りの必要もないので、手ぶらでアスプザット邸へ直行だ。


 ……王都のデュバル邸には、休みの半分くらいは滞在するよ。でないと、使用人達ががっかりするから。


 あそこで雇っている人達って、未だに大半はペイロンとアスプザット出身だからね。


 さて、その成績、上位十人の中に常連の女子二人がいなかったそうな。その代わり、今まで入れなかった女子が三人も入ったって。


 そして、意外な事に偽苺は成績が良かったらしい。あと一歩で上位十人に入るところだったんだとか。


 どうもね、選択授業の点数より教養学科の点数で稼いだらしいんだ。あー、前世の記憶で乗り切ったんだな。


 おかげで隣のクラスの女子が「不正をしたに違いない」って騒いでるらしいよ。大変ねー。

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