第124話 びっくり三連発
恐怖のお茶会のあった週末が終わり、週明けの学院。教室入るの、ちょっと憂鬱だなあ。
と思ったら、目の端にピンク。あ、偽苺だ。性懲りもなく、うちの教室を覗き込もうと……してたら、通りがかりの教師に見つかり、咳払い一つで追われてた。何やってんだ?
教室には、既に何人かの生徒がいた。三男坊もいるよ。しかも、普段と変わらない様子。
いや、ちょっと浮かれてる?
「やあ、おはようローレル嬢」
「おはようございます?」
「……何故、疑問系なんだ?」
いや、そりゃ疑問にも思うでしょ。週末、あなたの母親から隣国へ行かせる、なんて話を聞いたばかりなんだから。
なのに、この様子。ルチルスさんの事はすっぱり諦めて、新しい出会いに胸躍らせているとか?
首を傾げる私が余程奇異に見えたのか、三男坊が眉をひそめた。
「本当に、何かあったのか?」
「……いえ、何も」
何となく、三男坊自身は週末の話、知らないように感じる。だったら、私が言っちゃダメだわ。
「何かあるようにしか、見えないのだが」
「報われない思いを抱えているとある方が、ちょっと哀れに思えただけです」
「ぐ……そ、それは、その……」
よし、いい感じに話を逸らせたぞ。報われないのは、本当の事だもんね。ルチルスさん、告白されても聞かなかった事にするってよ。
偽苺はタフな性格らしい。朝、休み時間、昼休み、放課後とこちらの教室を覗き込むようになった。
ただし、初日のように乗り込んではこない。少しは学習したのかしら?
「それ、退学がかかってるからだと思うわ」
「退学……」
本日の夕食は、コーニーから誘われて上級生のお姉様方と一緒。もちろん、チェリ、ランミーアさん、ルチルスさんも同席している。
その席で、上級生の一人、キージャロス伯爵家のセイリーン様が教えてくれた。
どうやら、反省室送りにばかりなる偽苺に学院側も業を煮やし、実家であるセニアン男爵家に苦情を入れたらしい。
結果、両者の手紙による話し合いで、これ以上反省室送りになるようなら、退学もやむなし、という結果になったそうな。
「実家から注意を受けても奇行が収まらないなら、学院としても退学が妥当と考えたのでしょう」
「それで、本人がやっと自覚した……と?」
「おそらくね」
まあ、家から「これ以上やるなら、退学覚悟しろや!」と言われてたら、さすがにやべえと思うのか。
その前に、教師に説教された時点で思えよと言いたくなるけど、それはそれ。鬱陶しい行動が少しでもましになるなら、いっかー。
「それはそうと、ローレルさんはシイニール殿下と仲がいいのですって?」
ぐふ。何と言う事を言うんですか、イエセア様。彼女の実家はゴーセル男爵家で、魔物素材の取り扱い量が近年増えている商会を持っている。
さすがに最大手のニード家程ではないけれど、ペイロンとしては無視出来ない家だ。
「……どうやら、殿下には同い年で気楽に話せる同性のお友達が少ないようで」
「あら」
「まあ」
さすがは社交界でも先輩に当たるお嬢様方。これだけの言葉で全てを悟ってくださった様子。
そーなのよー、あの三男坊、お友達と呼べる男子、まったくいなくってさー。おかげでこっちにその役が回ってきちゃって、もうたいへーん。
まあ、本音はこんなところ。
「殿下も、もう少し周囲を見るようにならなくてはね」
「そうよねえ」
「まあ、上二人の兄君が優秀でいらっしゃるから。甘えもあるのではないかしら」
三男坊の評価、
本来、三男坊の嫁になる為にはるばるこの国まで来たのに、相手はまったく振り向かず、他の女子学生とばかり親密そうに見せている。
そりゃチェリだって、思うところはあるよね。家の為国の為、見知った者のいない隣国までほぼ単身で来たっていうのに、その相手がやる気をまったく見せないんだから。
ただ、チェリにはもう他の縁談が用意されている。心の切り替えは大変だろうけれど、ヴィル様相手ならきっと幸せになれるよ。
ちょっと脳筋なところはあるけれど、貴公子として申し分のない人だし。何より「家族」を大事にする人だ。
たとえ政略の相手であっても、一生守ってくれるって。
九月はバタバタしている間にあっという間に過ぎていき、十月も似たようなもの。
このまま年末まで変化なしかと思いきや、十一月に入って特大の変化がやってきた。
「え? 結婚?」
教養学科の教室で、いつもの席につき、いつものようにこれから受ける授業の支度をしていたら、ランミーアさんに爆弾を落とされたんですけど。
「ええ、まだ、お相手が決まったってだけなんだけどね……」
頬を染めてそう告げるのは、ランミーアさん。なんと、親の伝手で結婚相手が決まったそうな。
同じ子爵家の四男で、当然家は継げないから騎士団に入ったんだって。しかも、黒耀。おっと、ユーインの後輩ですか?
「騎士団に入った関係で、既に騎士爵には叙されているから、王都で生活する事になるわ」
騎士団に入ると、自動的に騎士爵に叙される。で、下級貴族とはいえ騎士爵になれば年金が支給される訳だ。
それとは別に、騎士団から給料が出る。前世の感覚で言えば、公務員か? とも思うけれど、給与の水準的には大手企業のそれよりいいかもしれない。
「騎士団だと、宿舎住まいになるの?」
「近いかなー? 騎士団で所帯を持った人用に、家を斡旋してくれるんだって」
この家、庭付き一戸建ての賃貸になるそうな。騎士団本部への通勤がしやすい場所に並んで建てられていて、大抵の騎士達はそこに入るんだとか。
福利厚生、しっかりしてるなあ。
「ミア、炊事や洗濯とか、出来るの?」
「その辺りは、通いの家政婦を雇うつもり。その辺りの斡旋もしてくれるんですって」
本当に至れり尽くせりだな。まあ、放っておいて家がぐちゃぐちゃになったら、仕事どころじゃないもんね。
ランミーアさんの仕事は、家政婦をしっかり監督し、隣近所の同寮や先輩騎士の奥様と交流し、家庭を守る事、なんだって。
「こんなに早く、ミアがお嫁に行くなんて……」
「結婚するのは、学院を卒業してからよ、ルル。それまでは、今まで通りだから」
浮かれるランミーアさんとは対照的に、落ち込むルチルスさん。二人は親同士に交流があって、幼い頃から行き来をしていた幼馴染みだと聞いてる。
長く親しんだ相手が、いきなり違う場所に行ってしまうようで、寂しいんだろう。
わかる、わかるよルチルスさん。私もコーニーが結婚しちゃったら、きっと寂しくて泣く自信、あるもん。
そして、もう一つの事件はその日の昼に起こった。
「ルチルス嬢、少し、お話しが……」
昼食を食べに食堂に行こうとしていた私達に、三男坊の側近候補の一人が声を掛けてきた。しかも、ルチルスさんに。
「え……私ですか?」
「ええ、お手間を取らせて申し訳ないが」
これは「断るはずねえよなあ? いいからついてこいや」って事か? 首突っ込んで、いいですかね?
「ルル!」
私より先に、ランミーアさんが動いた。でも、ルチルスさんが手で制する。
「……私は大丈夫。ミア、皆と一緒に先に行っていて」
「でも……」
「いいから。ね?」
ルチルスさん、そんな悲壮な顔をして言っても、効果ないよ。でも、これ以上口を差し挟む訳にもいかない。
仕方なく、私達は三人で食堂へ来た。
「どうして、殿下がルルに……」
あら、ランミーアさんも、三男坊に呼び出されたって気がついてるんだ。という事は、教室内に残っていた他のクラスメイトにも、バレてるって事かな。
昼食の後、三男坊はどんな顔をして戻ってくるのやら。
「殿下は……ルチルスさんに告白するおつもりかしら?」
う……まさかチェリからこの言葉が出てくるとは。
「お立場を考えたら、彼女にそのような事を言うべきではないと思うのだけれど。ルチルスさんがお気の毒だわ」
チェリが心配しているのは、ルチルスさんの方か。まあ、三男坊は振られても自業自得だしな。
昼休み一杯、戻ってこないかと思ったけれど、ルチルスさんは案外早くこちらに合流してきた。
「遅くなって、ごめんなさい」
「それはいいけれど……」
「ルル、大丈夫?」
「ん? 何が?」
ルチルスさん、満面の笑みです。これは……触れるなって事かな?
なら、私達に出来るのは、全力で「なかった事」にするだけ。
「デザート、栗のものが今日で終わりなんですって。だから、皆で頼もうかって話してるの」
「まあ、早いわね。私も頼みたいわ」
「じゃあそれで」
まだ注文もしていなかったから、通りがかった給仕に注文し、無事今年最後の栗のデザートも楽しめました。
午後からは選択授業。このまま総合魔法のクラスに向かおうっと。さて、三男坊はどんな顔をしているのかなー?
と思ったら、三男坊は急病で欠席ですって。へたれめ。
その日の夜、夕食後に自室でまったりしていたら、訪問客があった。モニターに映し出されたのは、ルチルスさん?
「はーい」
「夜分にごめんなさいね」
「いいえ。どうぞ」
招き入れたルチルスさんは、何やら思い詰めている様子。もしや、昼間の三男坊からの告白が原因か?
コーヒーと、お茶請けにマドレーヌを出す。腰を下ろした途端、ルチルスさんから怒濤のお願いがきた。
「ローレルさん! いきなりで本当に不躾だとわかっているけれど、卒業したら私を侍女として雇ってもらえないかしら!?」
「はい?」
何がどうしてそうなった?
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