第122話 偽苺
目の前にいるのは、ふわふわのストロベリーブロンドに緑の瞳の少女。顔立ちは、十人並み。チェリやコーニーと比べると、悪いが大分レベルが落ちる。
あ、この髪、染めてるな?
「ちょっと! 聞いてるの?」
おっといけない。このままだと、チェリに実害が及ぶ。前に出ようとしたら、ストロベリーブロンド……面倒だな、偽苺でいっか。その彼女が背後から羽交い締めにあった。
「おやめなさい! はしたない! あちらは隣国からいらした公爵令嬢と、我が国の女伯爵ですよ!!」
「えー? どういう事ー?」
「いいから! ちょっとこっちにいらっしゃい!!」
おお、職員強い。と思ったら、身体強化をかけてるじゃないですかー。そういう事も出来る人が、寮の職員に就いてるのね……
偽苺、喚きながらも抵抗仕切れずに引きずられてます。
「ちょ、何よ! 私は男爵家の娘なのよ?」
「それが何か?」
「え? ええ? えええええええ?」
いや、君を引きずってるその職員も、多分男爵家か子爵家の出身だよ。学院の職員は、その多くが下級貴族の出身者で埋められてる。これもまた、貴族用の雇用の創設なんだろうなあ。
「チェリ、大丈夫?」
「え? ええ。驚いて、何も言えなかったわ……」
「私もよ。ごめんなさい、あなたを守れなくて」
「レラのせいではないわ」
これからは、チェリにもこっそり防御用の結界を張っておこうっと。
その日の夕食時、既に寮の玄関で起こった出来事は噂となって女子寮に広まっていた。
「ハニーチェルさんと一緒に、大変な目に遭ったんですって? ローレルさん」
「災難だったわね……例の人、今は寮監の先生に怒られて、反省室行きですって」
ランミーアさんとルチルスさんから言われ、チェリと顔を見合わせる。どうりで偽苺が見えない訳だ。
それはそれとして、この寮に反省室なんてもの、あったんだ。
「反省室って、どういう場所なの?」
「主に寮で悪さをした学生を入れておく部屋よ。一度入れられると、出された課題をこなさない限り出してもらえないの」
「凄く狭い部屋で、居心地も悪いんですって。大抵の人は、一度入れられたら二度と入りたくないって、態度を改めるそうなの」
そんな部屋があったのか。……何故、ダーニルには適用されなかったんだろうね? 不思議ー。
「食事も反省室専用の、粗末なものを与えられるらしいわ」
「だから、彼女の姿が食堂にないのね」
チェリがそっと食堂内を見回している。どの席も、小声で話し合ってるようだけど、皆様表情がちょっと険しいです。特に四年生。
あそこら辺りの席は、隣のクラスの子達だな。
「ローレルさん、この後、サロンで話を聞きたいんだけど、いいかしら?」
「実は、隣の組の友達に、二人を連れてきてほしいって頼まれてるの」
再び、チェリと顔を見合わせる。
「チェリはどうしたい?」
「私も、他の方のお話しを聞いてみたいと思うわ。これを切っ掛けに、交友関係が広まるかもしれないもの」
おお、前向き。政略でこの国に来てるから、少しでも人脈を広げようって考えてるのかな? それはそれで、真面目なチェリらしい。
「わかったわ。食事の後で、いいのよね?」
「ええ、もちろん」
「皆喜ぶわ」
喜ぶ? 何故?
「私達、本当に迷惑しているんです!!」
場所をサロンに移し、何と寮内の四年生全員が集まったところ、隣のクラスの女子代表らしき子が声を上げた。
彼女の周囲には、同意して頷く女子多数。中には涙ぐんでいる子も。
「あの……四年生始まって、まだ一日目ですよね?」
「ええ、そうです。そのたった一日で、彼女……セニアン男爵の娘は、色々とやらかしたんです!」
マジでー……? ちょっと、目が遠くなりそうだよ。
サロンの中は、他の学年の女子がいない。どうも、上級生が気を遣って、他の学年の女子がサロンを使わないよう通達してくれたようだ。
こういう時、連帯感があっていいよね。
「ちなみに、何をやったのかは聞いても……」
「ええ、もちろんです。まずは編入最初の挨拶からでした」
そこからか……
「自分は男爵家の娘だけれど、将来は王族の妻になる、今から仲良くしておいた方が身の為だとか何とか」
「えええええええ」
王族って……現在独身、というか婚約者がいないのって、第三王子だけじゃん。しかも、チェリとの婚約が水面下で動いてるし。
ただなあ、それもそろそろご破算になりそうな気がする。
だからといって、あの偽苺とくっつくかと言われると、想像も出来ないんだよなあ……
それに、彼女は転生者だ。チェリに向かって「悪役令嬢」だなどと失礼な事を言ったりしていたし。
……って事は、やっぱり第三王子がターゲット?
「今日一日だけでも、男子のみ、家や爵位を聞いて回ったり」
「その結果、我が組に伯爵家の男子しかいないとわかったら、悪し様に罵ったり」
「侯爵令嬢であるヤシェリナ様に対して、貧相だのと侮辱し」
「私達の事も、その他大勢のもぶ? とか言っているんです!」
うわあ……出てくる出てくる。
「それに加え、本日寮の玄関先で起こった件。本当に、腹に据えかねております」
そう言うと、侯爵家だというヤシェリナ嬢が立ってチェリに頭を下げた。
「シェーヘアン公爵令嬢には、同じ組の者として謝罪いたします」
「私達もです」
隣のクラスの女子全員が、立ってチェリに頭を下げている。凄いなあ。
「皆様、頭を上げて下さい。あなた方が謝罪する必要は、どこにもございません」
「ですが!」
「学院に入るにあたって、王妃陛下から伺いました。学院内にあっては、多少の違反は目を瞑るように、と」
ああ、学生のうちは大目に見てねって事だよね。そうしないと、うまく学院生活が回らなくなるから。
とはいえ、今回の偽苺のやらかしは、その域を超えてる気がするけれど。
だからといって、隣のクラスの女子全員に罪がある訳ではない。あれは止められないだろう。
ヤシェリナ嬢も、チェリが言いたい事は理解出来たらしい。
「……わかりました。公爵令嬢の寛大なお心に感謝いたします。デュバル女伯爵、あなたにも、迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」
「先程、公爵令嬢が仰った通りですよ。あなた方に罪はありません。そして、罪がある者は現在反省室にいるのでしょう? ならば、今はそれでいいのでは?」
「……ですが、この先を思うと」
まあ、確実にまたやらかすよねー。でも、ここは私達の現実がある場所だ。
「……その場合は、きっと学院長様達が良いように計らってくださると、信じましょう」
学院長という、学院最高の地位にいる人の名を出した事で、ヤシェリナ嬢が顔を上げた。
うん、そういう事。やらかした子は、退学もしくは除籍になるよねー。前にもいたでしょ? リネカ・ホグターという人が。
「そう……ですね。わかりました。学院長様を信じます」
ヤシェリナ嬢が口にした事で、隣のクラスの女子達も、やっと笑顔になった。少し我慢すれば、あの無礼者は遠からずいなくなるってわかれば、ストレスも少しは軽減されるでしょう。
「私、少し女伯爵の事を誤解していたようです」
「え?」
いきなり、ヤシェリナ嬢がそんな事を言ってきた。
「今まで、ろくに寮内での付き合いをしてこなかったでしょう?」
「う……」
それを言われると、ちょっと辛い。
「以前、こちらの組にいた女子との件で、心ない噂も出回りましたし」
ああ、ダーニルですね。そういや、寮内ではしばらく、私の方が庶子だって話が、消えなかったっぽい。
別に実害ないからいいやって放っておいたのは、私だ。
「ですが、こうして話してみて、以前抱いていた印象とは違う方だとわかりました。誤解をしていて、申し訳ありません」
「謝罪は不要です。誤解を受けるような行動をしていたのは、こちらなのですから」
うん、付き合いが面倒で、部屋に引きこもってたからねー。同じクラスでも、付き合うのはランミーアさんとルチルスさんだけだったし。
「本当に、ローレル『さん』にはもう少し、寮内や組内でのお付き合いというものの大事さを、知っていただきたいわ」
あら、今までは名前で呼ばれる事はほぼなかったし、その場合でも「ローレル嬢」だったのに。
「私達だって、ローレル『さん』とお話ししたいんですよ?」
「最初から仲がいいハニーチェル嬢の事が、うらやましかったですし」
おっとー? 同じクラスの女子からもクレーム? いや、表情を見るに、この際だから言っちゃえって感じが透けてみえる。
そうだね。もうちょっと、同い年の女子との付き合い、増やさないとね。シーラ様やコーニーにも、言われたしなー。
同じクラスで見かける女子が、大変いい笑顔をしてきました。
「これからは、もう少し、私達ともお話ししましょうね?」
「はい……」
「私達も、加えてもらいたいのだけれど……いいかしら?」
「もちろんです。いいですよね? ローレルさん」
「はい……」
否やは認められないらしい。いや、言うつもりもないけれど。
結局、この日の「お話し合い」で、隣のクラスの女子からも「ローレルさん」呼びをされる事が決まりました。
いや、呼び方はこだわりないからいいんだけど。いきなりレラ呼びは困るけどね。
結局、偽苺は三日間、反省室に入れられていたらしい。課題、こなせなかったのかな?
彼女が反省室から出てくる頃には、クラスの男子にも話が回ったようだ。大抵の男子は第三王子を見て気の毒そうな顔をしている。
第三王子の側近達は、顔には出さない。そして当の本人はと言えば、朝から暗い顔だよ。何があったのやら。聞かないけど。
午前中の授業が終わり、昼休みに入った途端、教室のドアが開いた。
「こんにちはー!!」
偽苺、登場。クラス内が水を打ったようにしんと静まりかえっている。そんな空気をものともせず、偽苺はずかずかと教室内に入ってきた。
「えっとー、シイニール王子って、どこかなー?」
第三王子の顔も知らないのかよ。あ、でも人の事は言えないか。私も知らんかったわ。
ちなみに教室内の誰も、殿下を指し示したりはしない。しらーっとした顔で、偽苺を見ている。
「あれ? あのー、王子様って、どこ?」
首を傾げる偽苺を尻目に、当の第三王子は隣をすり抜け教室を出て行く。側近は、少し間を開けて後に続いた。
「え? え? え?」
「悪いけど、そこにいられると通行の邪魔なの。どいてくださる?」
「ええええ?」
混乱する偽苺を脇に寄せ、皆が教室を後にした。
「どうしてよー!!」
後に残るは、偽苺の雄叫びのみ。
私? チェリとランミーアさん、ルチルスさんを連れて、幻覚を使いとっとと教室から出ましたよ?
だって、急がないと食堂の席、いいところが埋まっちゃうから。
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