第121話 悪夢再び?

 ちょっとしたトラブルもありはしたけど、新学年は無事スタートした。始業式の前日には寮に戻ったんだけど、相変わらずこの時期は入寮者ラッシュが凄いね。


「チェリもいるかな?」

「どうかしら? 時期をずらしているかもしれないわよ?」


 新入生の入寮時期は決まっているけれど、編入生の入寮時期は割とルーズらしい。


 というか、そもそも編入生も留学生も、学院的には一般的ではないので特例扱いになるんだってさ。


 コーニーは部屋替えがないらしいので、寮内が落ち着くまで屋根裏部屋に来ている。


「いつ来ても、妙に落ち着くわよね、この部屋」

「まあ、悪霊もどきはとっとと退治しておいたからね」


 実は他にも、学院内で悪霊化しそうなあれこれがあったんだよなあ。熊に言われて全部対処したけど。


 あれ、ただ働きだったんじゃね? 料金取れば良かった。


 ペイロン産コーヒーと、ペイロン、アスプザットが後援している王都の店、シャーティの店で買ったケーキでまったり中。


「そういえば、シャーティの店のカフェ部門、行ったんですってね」

「うん、ユーインと一緒に」

「あらあらあらあ?」


 コーニー、いやらしい顔になってるよ? 美人が台無し。


 そうそう、コーニーの胸部装甲は順調に数値を上げている。シーラ様の娘だから、将来はああなるんだろうなあ。うらやましい。


 私は身長こそ伸びているものの、胸部装甲の数値は低いままだ。紙装備だね。こんなステータス、いらないよ本当に。


 とはいえ、貧にゅ……ではなく、スレンダーと言う事にしたから、いいんだ。幸い、仕立屋のマダム・トワモエルにもスタイルがいいと絶賛されたし。


 ……あれだよね、モデルの人達って、胸部装甲、薄いよね。つまり、そういう事なんだろうな。


「まあ、ユーイン様とは婚約者として、順調に仲を深めていると思えばいいのかしら?」

「まだ、(仮)は消えないけどね」

「何よ、それ」


 他愛のないおしゃべりに興じていたら、扉を控え目にノックする音が。誰だ?


 扉に付けたカメラのモニターを確認すると……チェリ?


「あら、もう寮に入っていたのね」

「言っておいてくれれば、声かけたのにー」


 扉を開けると、今日もとびきりの美少女なチェリが、満面の笑みでいる。


「ごきげんよう。いきなりお部屋を訪ねるなんて、無作法かと思ったのだけれど……」


 うん、どっかの第三王子はチェリを見習うといい。


「大丈夫大丈夫。それより、迷わずに来られた?」

「寮監の先生に聞いたら、親切に教えてくださったわ」


 寮監ってえと、シェノア先生か。強かな人だよなあ、あの人。でも、悪い人じゃない。現に、チェリにここまでの道順をちゃんと教えてくれている。


 前任者だったら、こうはいかなかったかもね。偏見? そうですが何か?


 ケーキ、多めに買っておいて良かった。いきなり目の前に大皿に乗ったケーキを見せたら、チェリが驚いたけど。


 そっか、収納魔法、知らなかったか。


「どれでも好きなのをどうぞ。それと、こっちはペイロンで飲まれているコーヒー。苦いけど、香りはいいの。砂糖とミルクを入れると飲みやすくなるよ」

「まあ、カフェね。こちらでも、飲めるとは思わなかったわ」


 ん? ガルノバンには、コーヒーがあるの? コーヒーの木って、寒い地方だと育たないんじゃなかったっけ。


 異世界のコーヒーは、育成環境が違うのかな?


「ガルノバンにも、コーヒーがあるの?」

「ええ、魔の森の特産品の一つよ」


 魔の森か! あそこは育成環境どころか、全てが色々とおかしいから、コーヒーの木くらいあっても不思議はない。


 ……でも、ペイロンから入る森には、なかったはず。少なくとも、私は見覚えがないよ。


「コーニー、森でコーヒーの木、見た事ある?」

「いいえ。あれは王国でも南の領地で栽培されているもの」


 そう。ペイロンやアスプザットでは古くから嗜まれていたコーヒーだけど、王国全体で見たら需要はそう多くない。


 貴族に好まれるのは、お茶の方だからね。


 コーヒーの発祥と言われているのは、実はデュバル領なんだ。そりゃご先祖様が転生者だからねー。実が手に入れば、焙煎方法を知っていても不思議はない。


 そのおかげで今おいしいコーヒーが飲めるんだから、文句はないけどさ。


「そういえば、ここに来る途中、ちょっと変わった子を見たわ」

「変わった子?」


 思わずコーニーと顔を見合わせる。そんな生徒、いたっけ? もしかして、新入生?


「チェリ、どう変わっていたか、聞いてもいいかしら?」

「ええ。何でも、その子は『自分の部屋は屋根裏部屋のはずよ』って叫んでいたの」

「はい?」


 どういう事?


「確かに、おかしいわね……」

「案内役の職員の方も、首を傾げていたわ」

「そりゃそうでしょう。職員なら、レラの時の騒動を知ってるはずだし、今現在、この部屋を使っているのがレラだってのも知っているから」

「それに、自ら屋根裏部屋を使うなんて言い出す生徒、いないと思うよ」


 私の言葉に、コーニーが「何を言ってるんだ? こいつ」って顔をしてる。


「……何?」

「学院長に部屋を変えるって言われても、ここがいいって言ったの、誰だったかしら?」

「私でーす」

「……それは、自ら屋根裏部屋を選んだ事にはならないの?」


 え? なるの? ならないよね?


 ちょっとコーニー、呆れたような顔をするのやめてよ。あ、チェリまでそんな信じられないって顔しないでええええええ!




 新学年。四年生のスタートは、当然教養学科のクラス編成を確認するところから。


 まあ、去年までと同じ、一組なんですけどね。そして、いるメンツもほぼ変わらないわ。


「ごきげんよう、ローレルさん。休みは楽しめた?」

「ごきげんよう、ランミーアさん。それが、色々と立て込んでしまって……」


 ええ、結局一度も魔の森に入れませんでしたよ。しばらく根に持ってやる。


「そういえば、私達の学年に留学生と編入生が入るって、知っていて?」

「留学生と編入生? 一人ではなくて、二人なの?」


 私の確認の言葉に、ランミーアさんとルチルスさんが頷いた。じゃあチェリ以外にもう一人、編入生がいるって事?


 そうこうしているうちに担任教師が来た。チェリも、一緒。という事は。


「はい、皆さん席についてください。今日は、留学生を紹介します」

「ガルノバン王国から参りました、ハニーチェル・セーフォジェール・シェーヘアンです。どうぞ、よしなに」


 わーい、チェリと一緒のクラスー。ちらりと見た第三王子、顔色が悪いぞ? 大丈夫かい?


 連絡事項が終わり、履修登録の方も終わると、本日はもう終了。後はクラブに勤しむもよし、放課後を友達と過ごすもよし。


 私は早速二人にチェリを紹介した。


「という訳で、学院でのお友達のランミーアさんとルチルスさんでーす」

「よろしくね」

「よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしく」


 うんうん、三人ともうまくやっていけそうで、良かった良かった。何か鬱陶しい視線を感じるけど、気にしない。


 告白する度胸もないヘタレは、隅でおとなしくしてるがよい。




 ランミーアさんとルチルスさんは、クラブ活動があるそうでそちらに。二人とも、クラブに入ってたっけ?


「新しく設立されたクラブがあるの」

「裁縫クラブよ。ミアは、私の付き合いで入ってくれたの」


 何でも、人形衣装を作ってくれた人達で立ち上げたんだとか。内容を聞いたら、なかなか本格的だ。


 二人と別れ、チェリと寮に戻る。


「あ、あの子」

「え?」


 チェリが、私の袖を引いた。寮へ続く小道の先に、見慣れない女子がいる。


「彼女よ、屋根裏部屋の」

「ああ」


 確か、自分が屋根裏部屋のはず、とか言った子だっけ。遠目だけど、制服のリボンの色は水色。同じ四年生だ。


 なら、あの子が編入生だな。


 少し間を開けて寮に入ると、入り口で先程の編入生が騒いでいる場に出くわした。


「だからあ! 屋根裏部屋は私の部屋のはずなんですよお!」

「何度も言ってますが、寮には学生全員分の部屋が用意してあります。屋根裏部屋を与えられる事など、ありませんよ」


 ありましたよ? まあ、苛めに近いものだったけど。


 職員の返答に、編入生はまだ食い下がってる。


「だからあ! それがおかしいんですってばあ! ちゃんと調べてくださいよお」

「ともかく! あなたの部屋はちゃんと割り振られていますよね? 今更変更など出来ません!」

「ええええ。そんなああ。困るうううう」


 思わず、チェリと顔を見合わせる。何がそんなに困るんだろう?


 首を傾げつつ編入生の後ろを通ると、背後から「あ!」と大きな声が響いた。


「見つけた!」

「え?」

「ねえ! あんたでしょ!? 私から屋根裏部屋を奪ったのは!! 汚い手を使って! やっぱりあなた、悪役令嬢なのね!?」


 そう言って、チェリに詰め寄る。


 待って、今この子、何て言った?

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