第120話 お買い物デート

 狩猟祭も無事終了し、長期休暇も残りわずか。でも、もう荷造りが終わって王都にはいつでも帰れますよ状態。


 私、この夏一度も森に入っていないのだけど。


「そういう年もあるわよ」


 コーニー、あなたは何度か森に入ったでしょ? そんなコーニーに言われても、説得力ないよ?


「これからは、森に入る回数も減ると思った方がいいわ」


 シーラ様までええええええ。


「まあ、本当は森での狩りを許したいところだけど、今年はちょっと……ねえ?」

「来年に期待しましょうよ」


 よく聞いたら、コーニーも森に入ったのは片手で数える程度の回数だったらしい。


 去年はそんな事はなかったから、確かに今年が普通じゃないのかも。調査とか、あったしな。




 婚約者(仮)であるユーインの事は、割とほったらかしだった訳ですが、本人からは苦情の一つもない。


 本日は婚約者っぽく、ヴァーチュダー城の中庭でお茶をしている。


「……怒らないの?」

「何故?」


 とぼけてる訳ではなく、本気でそう思ってる様子が窺えた。


「いや……あんまり側にいられなかったし……」


 自覚はあるのよ。婚約者らしくないなあって。デート……とかも、した覚えはないしさ。


 でも、ユーインは笑ってる。


「そうでもない。調査も一緒に行けたし、狩猟祭だって一緒に出られた。中日は一日行動を共にしていただろう?」

「他にも人が一杯いたけどね」


 ルイ兄とかアスプザット兄妹とかロイド兄ちゃんとか。


 第三王子とチェリは、中日直前に王都に帰ってしまったので、一緒に回れなかったのだ。


 本当は中日までこっちにいる予定だったそうだけど、第三王子が王都に戻る事を決めたんだって。


 当然、チェリも連れて行っちゃった。彼女だけでも残してくれれば良かったのにさ。


 おのれ第三王子。私のヘイトが溜まってるぞ。


 それはともかく、やっぱりそれなりに一緒に過ごすようにはした方がいいと思うのよ。


「こうして一緒に過ごせるだけで、満足なんだが」

「本当に? 我慢してない?」


 私の言い方のどこかが何かに触れたらしく、ユーインが笑っている。


「そんなに言うのなら、王都に戻ってから、一緒に出かける時間を取ってほしい」

「あ、うん」


 お? これって、デートっぽくない? でも、王都でどこに行くんだろう?




 そんなこんなで王都に到着。ユーインも一緒に戻ってきて、彼はこれからフェゾガンの邸に戻るそうな。


「王都に戻った報告をしておかないとならない」


 居場所報告は大事大事。


 学院の新学年が始まるまで、あと十日程。


「もうじき四年生かー」


 あっという間だったね。


「私は五年生よ。最終学年まで、あと一年だなんて」


 そうでした。コーニーは私の一つ上だから、九月から五年生だったね。


 ロクス様は六月で無事卒業している。いわゆるプロムみたいなパーティーはあったみたいだけど、あれは卒業生しか参加出来ないそうな。


 卒業したロクス様は、現在ヴィル様の下で働いている。本人曰く「兄上にこき使われてるよ」だって。


 嘘だな。だって、笑って言ってたし。本当にこき使われていて疲弊していたら、ロクス様は笑わないし絶対何かでやり返してる。そういう人だ。


「ロクス様が今やってる仕事って、領内のあれこれだっけ?」

「そう。領政というか、内政というか。ともかく、アスプザットもそこそこ大きな領地だから、領民の数も多いの。それに比例して、問題も増えてくって訳。領主はそういった問題を解決しなきゃいけないから」

「領主の仕事が増えるから、ロクス様の仕事が多くなってる、という訳ね」

「その通り」


 ロクス様も大変だなあ。でも、何故か笑顔で全て解決しているイメージしか湧かない……


 これも日頃の行いの結果だな。


「ヴィル様って、まだ王太子の側近の真似事をしてるんだっけ?」

「もう真似事の域を超えてると思うのだけどね。本人は決して認めようとしないわ」


 何でだろうねー?


「お母様は、このままヴィル兄様が王太子殿下の側近を務めて、殿下が王位を継がれた後も側にお仕えする事を望んでいるみたい」

「ヴィル様は、派閥の長になるんだもんね。そりゃ王家派閥としては、国王の側に派閥の長がいるのは望ましいわ」


 王太子とヴィル様の相性もいいみたいだし、周囲が望んでいる以上、多分そうなるんでしょう。


 ヴィル様も、何だかんだと言って王太子の側近の仕事が面白いんだろうし。でなければ、今頃愚痴の嵐が吹き荒れてるよ。


 それがないってだけでも、いい仕事場でいい仕事をしているんだと思う。




 王都に戻って二日後、約束通りユーインと王都でお出かけ。どこに行くのかなー? と思っていたら、店が建ち並ぶ商業区に来た。


「何か、買い物?」

「君の帽子を」

「はえ?」


 帽子? そういや、髪飾り系はいくつも持ってるけど、帽子はあまり買ってないなあ。


 というより、装飾品は買うより素材を自分で採ってきて作るというイメージ。あれ? よく考えたら、これはおかしい……?


「これから園遊会に出る事も多くなるだろう。帽子は必要なものだ」


 言われて思い出す。そういや、今までは屋内のお茶会くらいしか、日中の行事って行った事ないや。


 屋外での行事は、帽子が必須。といっても、がっつり被るものではなく。トーク帽のような感じ。


 装飾が多く、ピンで留めるタイプが主流。大体はドレスに合わせた生地、色にする。


 って事で、帽子を買うにはドレスに合わせる必要がありますが? ちなみに、今日の装いは外出着なので、園遊会やお茶会用のドレスではないよ?


 本当にね、外出する為だけのドレスなんて、いつ使うんだと思ってたけど、こういう時に使うんだな……


 それはともかく。


「帽子を買うなら、ドレスに合わせる必要が――」

「そちらも、店同士が連携するから問題ないよ」


 そうなの? 色々頭の上にクエスチョンマークが出まくってるけど、エスコートされるまま帽子屋に入っていった。


 結果、何故かデイドレスを三着と、それに合わせた帽子を三つ買う事になった。ドレスに合わせて、靴とバッグも。


 どれもプレゼントでーす。太っ腹な婚約者(仮)でありがたいねー。


 って、違うよ! 凄い散財させてるんだけど、いいのこれ!?


 あわあわしていたら、ユーインに笑われた。


「そんなに慌てる事もないだろうに」

「いや、慌てるよ! いくらしたと思ってるの!!」

「伯爵家の当主が、そんな事ではいけないな」

「いやいや、うちの財政大分逼迫してるし! 今年の夏は森に入れなかったから、魔物素材の売り上げもほぼないし!」


 そう、そこ大事。あれはいい収入源になってたのにー。


「そうか? だが、調査の依頼料がそれなりに入ったと思っていたけれど」

「……依頼料?」

「ああ。……もしかして、気付いていなかったのか?」


 何それ知らない。


「あの範囲を普通に調査していたら、時間も人出もかかっただろう。それを短期間で、しかもほぼ二人だけで終えたのだから、依頼した方だって料金をはずむものだ」


 ……騎士団の人間で侯爵家のお坊ちゃまなのに、よく知ってるな、そんな事。


 疑問に思って聞いてみたら、あっさりとした返事が返ってきた。


「依頼する側になる事が多いから、人を動かす為にするべき事は父から学んだ」


 つまり、金を積めば大抵の人間は動かせるって事ですね。あとは、正当な仕事には正当な報酬を、という事らしい。


 すごい、まっとうな答えだった。




 買い物だけでなく、王都で人気のカフェに入っておいしいお茶とケーキを堪能する。


 といっても、この店はペイロンの関係した店なんだけどねー。でもおいしい。


 気分良く送られて帰ってきたら、アスプザット邸が騒がしい。ちなみに、デュバルの王都邸に戻らなかったのは、単純に面倒臭いからでーす。


 いや、明日には向こうに入ります、はい。


「どうかしたの?」


 バタついている使用人の一人を捕まえて聞いたところ、何と第三王子が来ているそうな。何で?


「シイニール殿下が? 先触れはあったのか?」

「いえ、何も……」


 またか! 以前にもアポなしでいきなり来て、後でお兄ちゃん達に盛大に怒られた一件があっただろうが!


 吠える私の隣で、ユーインも静かに怒ってる。


「ほう? 臣下の家に、黙って来るとはいただけないな」


 あれ? ちょっと寒い……おおっと、ユーインから冷気が駄々漏れています! 押さえて押さえて!


 玄関ホールでわたわたしていたら、王都邸を任されているヨフスが来た。


「お帰りなさいませ、レラ様。お送りありがとうございます、ユーイン卿」

「第三王子はどこ?」

「旦那様と奥様が不在ですので、ただいまコーネシアお嬢様が対応なさってます。こちらです」


 そういえば、シーラ様達は二人で出かけてるっけ。ヴィル様は王宮、ロクス様は友達の家を訪ねているんだったかな。


 だから! 前もって連絡してから来いとあれ程!!


 応接室に向かうと、怒れるコーニーの前で小さくなっている第三王子がいた。


「あら、レラ。お帰りなさい。ユーイン様、お送りありがとうございます」

「ただいま、コーニー」

「失礼、コーネシア嬢。何やら取り込み中のようだが……」

「まあ、ほほほ。大した事はございません。ただ、目の前のこの方に、ちょーっとだけ苦情を申しただけでしてよ。殿下、お待ちかねの者が戻りましたわ」

「あ、ああ」


 待ちかねたって、私の事かね? まったく……


「お待たせして申し訳ございません、殿下。ですが、前もってお約束いただいておりましたでしょうか? 私の記憶には、ないのですけれど」

「いや……その……約束は、していない……かな?」

「まあ! いつぞやもそのような行動がおありでしたよねえ? その際に、アスプザットのウィンヴィル様から、ご忠告があったと思いましたが……お忘れでしょうか?」


 私の言葉に、第三王子の肩がびくりと上がる。覚えてるな?


「いや……その……」

「お忘れのようですから、もう一度、兄君達にお話ししていただけるよう、お手紙を――」

「その必要はない!」


 兄ちゃん達に怒られるのは、嫌なんだな? だったら、前もって連絡するって事くらい、いい加減覚えようね?


「その……少し、話があって……」

「学院では話せないような事でしょうか?」

「……その前に、そのしゃべり方を、戻してもらえないか?」


 えー? 折角よそ行き用にしてるのにー。


「それと、出来れば座ってほしい。上から睨まれると、居心地が悪いんだ……」


 失礼だな。睨んでなんていないよ。見下してはいるかもしれないけれど。




 まあ、この時期に第三王子が私のところに来るなんて、大体話の内容はわかっている。


「チェリがどうかしましたか?」

「……いつの間に、そんなに仲良くなったんだ?」

「内緒でーす」


 まあ、天幕社交が本来の機能を果たしただけのような感じだしな。あとは、チェリの本来持っている部分が、私と相性が良かったって話。


 でも、それを第三王子に教えてあげる程、私は彼に対して心を開いていない。


「……彼女が、秋から学院に入るのは、知っているだろう?」

「もちろんです。今から楽しみですよ」

「その……その際に、君の友達とも、仲良くするのだろうか?」


 ああ、なるほど。そこが一番知りたい事なのか。コーニーを見ると、軽く頷いている。彼女も、思い至ったようだ。


 やっぱり、第三王子の思い人は、ランミーアさんかルチルスさんのどちらかだね。


「チェリは私の大事なお友達ですから、学院のお友達とも交流すると思いますよ?」

「それは! ……その、止める事は出来ないだろうか?」

「何故?」

「ぐ……」


 言ってしまえ言ってしまえ。そうしたら、速攻釘を刺して息の根止めてくれる。


 隣に座っているコーニーが、こそっと耳打ちしてきた。


「レラ、これって……」

「ある意味、今で良かったんじゃない?」

「鬼がいる……」


 失礼だな。どうせ失恋するんだから、今のうちに落ち込んでおいた方がいいだろうが。


 学院が始まったら、寮でべそべそするしかないんだぞ。今なら、王宮で両親やお兄ちゃんズに慰めてもらえるかもしれないじゃない。


 そうして、チェリにはもっといい男を!




 結局、第三王子はグズグズしたまま王宮に帰っていった。結局、何しに来たのさ本当に。


 第三王子を送り出し、一緒にユーインも玄関先でお見送り。コーニーと二人で居間に入り、ほっと一息を吐く。


「……九月からの学院、荒れるかもしれないわね」

「えー? 第三王子のせいで?」

「そうね……結局、殿下の思い人はどちらなのかしら?」

「さあ?」


 知らないし、知りたくもない。でも、どっちにしても、恋愛成就は難しそうだ。

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