第117話 幸せになってほしいなあ
諸々が終わって、やっと森に入れる! と思ったのに……
「もう狩猟祭準備とか」
狩猟祭の準備期間中は、森への立ち入りが制限される。つまり、私は今も森に入れていない。
「今年も、女子の部があるんですって。レラも出るでしょ?」
コーニーに聞かれて、即答する。
「出る。もちろん」
溜まったフラストレーションを発散する為にも、ぜひとも狩猟祭でいい獲物を仕留めたいところ。
「そう言うと思った。お母様も予想して、ちゃんと狩猟服を仕立ててくれてるそうよ」
「狩猟服って、去年の――」
「身長、また伸びたでしょ? 去年のは丈が短くなってるわ」
あれー? そうだっけ?
まったく、私の体ときたら、胸部装甲はさっぱり強化されないくせに、身長だけはにょきにょき伸びるんだから。
「あ、って事は、学院の制服もまた仕立て直し?」
「制服の方は、前の仕立て直しの際に、少し大きめ、丈長めにしてあるから、スカートの裾は伸ばせるはずよ」
おお、至れり尽くせり。
狩猟服は去年のデータで仮縫いまでを進め、最終調整をスワニール館で行う事になった。
今年は例年より早めにスワニール館が開かれている。そういや、招待客も既に来てる?
それに、いつもより館内がバタついてるね。何で?
「今年の招待客の名簿、見た?」
「見てない。コーニーは見たの?」
「ええ」
「誰か、特別な招待客がいるとか?」
「その通り」
まあ、そうでもないと、この館の様子が説明つかないもんね。いくらスワニール館は普段閉められてるとはいえ、使用人達はそれなり昔から入ってる地元の人ばかり。勝手は知ってるはずだ。
それがこうもバタつくって事は、イレギュラーな客が来ると考えていい。じゃあ、その客って誰だろう?
「王家の誰かが最初から参加とか?」
「それもあるわ」
「他にもいるの!?」
「ある意味、今年の目玉かもしれないわね」
今年の目玉……まさか。
「第三王子とハニー嬢とか、言わないよね?」
「大正解ー」
嬉しくないいいいいい!
「何でその二人が来るのー?」
「毎年王族の方がいらっしゃるでしょう? それが、今年は第三王子になったってだけ。パートナーを連れてくるのが普通だから、婚約が内定しているハニーチェル嬢と一緒に来るみたいよ」
ははは、第三王子、ご愁傷様。
にしても、ハニー嬢も来るのかー。
「ハニー嬢は、天幕社交に参加かな?」
「ほんの少しだけどね。二人はこちらには三日間滞在するそうだから」
へえ、三日もこっちにいるんだ。いつもなら、中日前に一日だけ、顔を出していたのに。
「第三王子も、狩猟に参加するの?」
「殿下も成人してるから、出るかもね。今までの王族の方も、参加だけはしたでしょ?」
一日だけね。だから、優勝には関わらない。大体、最終日までいないしさ。
名簿には、参加する日数と来る日付、帰る日付も書かれている。これによると、第三王子は中日までの前半戦に参加だな。
また愚痴とか出ないといいけど。
狩猟祭は何事もなく開幕した。今回、女子の部は前半戦最終日、つまり中日前日に組み込まれている。
それまでは、天幕社交という訳ですねー。
「で、今回はハニー嬢が特別扱い、と」
「仕方ないわよね。まだこの国での立ち位置が確立されていないもの」
第三王子との婚約話は水面下で進められているけれど、まだ表沙汰にはなっていない。一応は。
既にあちこちで話が漏れているので、水面下と言っていいのかどうかも謎だよ。どちらかというと、表沙汰にして外堀埋めてる状態じゃないのかな、これ。
ハニー嬢、デビュタントボールでは見かけたけれど、面と向かって会うのはこれが初めて。
「ガルノバン王国シェーヘアン公爵が娘、ハニーチェルと申します。以後、お見知りおきを」
「オーゼリア王国デュバル女伯爵タフェリナ・ローレル・レラにございます。どうぞ、ローレルとお呼びください」
「まあ、女伯爵! お話しは伺っておりますわ」
誰に、どういう内容で聞いているのか、ぜひとも知りたいところです、ハニー嬢。
「私とは、同じ年なのですってね。オーゼリアでも、成人年齢から間もないとか」
「去年成人いたしました。襲爵したのも、去年です」
「そうなのね。学院に通っていると聞きました。秋からのお話しは、聞いていて?」
「はい。よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくね」
ハニー嬢は、話してみた感じ鷹揚なご令嬢といったところ。ガツガツしたところがなく、使用人への接し方もそつがない。
ここまでのイメージとしては、完璧なお嬢様。
貴族婦人の目が見えないところで、使用人や平民に当たり散らすお嬢様もどきもいる昨今、人目がないところでも態度を変えないのは好感が持てる。
ええ、ペイロンは、例え庶民であっても忠実な伯爵の配下なんです。どこに目があるか、わからないよー?
ハニー嬢との話は、彼女の故国ガルノバンの話題やオーゼリアの話題、それに秋から通う貴族学院の話題など、中々和やかだ。
「まあ! では、寮では屋根裏部屋を使っているの? 伯爵家の当主が?」
「色々と手違いがございまして。いただいた屋根裏部屋はそれなりに手を入れましたから、何も問題はありません」
何せ広さが下の部屋とは段違いだからなー。それに、使い勝手がいいように、あれこれ魔導具も入れてるし。
正直、普通の寮の部屋よりも居心地はいいと思ってる。難点は、階段の上り下りが面倒だってくらいかなー?
でも、ここでそんな事までは言わない。ハニー嬢は何だか気の毒そうな顔をしてるけどね。
彼女も、秋からは寮に入るそうな。
「私、家を出るのも今回が初めてなのです。寮でうまく過ごしていけるか、少し不安で……いけませんね、今からこれでは」
そりゃ不安にもなるよなあ。ただでさえ、十五、六で実家どころか国まで出てるんだから。
しかも、今はお付きの人が側にいるけれど、寮に入ればそうも言ってられない。
この国のお嬢さん方は、家で寮に入る際に必要な生活訓練……ある程度自分で自分の事が出来るよう躾けられているけれど、彼女は違うだろうしなあ。
その辺り、王家はどうするつもりなんだろう?
初日、第三王子はそれなりの成果を上げたらしい。満面の笑みだったけれど、天幕が近づいてきたら笑顔が硬くなってる。
王子いいいい、もう少し、取り繕うって事を覚えようよ。これじゃハニー嬢が可哀想だわ。
何か腹立ってきた。もういっそ、他の高位貴族の家と縁組みして、第三王子はとっとと臣籍降下させちゃえよ。
「……ローレル嬢、何故そんな顔で私を見るんだ?」
「別に?」
にっこりと作り笑いを浮かべておく。まったく、ハニー嬢は不安でも何とか笑ってやり過ごそうと頑張っているというのに、男のあんたがしっかりしなくてどうすんだ!
「レラ、シイニール殿下が、何かしたのか?」
「私にではないけれどね」
戻ってきたユーインに聞かれたけど、さすがにハニー嬢との事をここで言う訳にはいかない。
周囲は王家派閥だから、今回の第三王子の縁組みを知っている人ばかりだけれど。
それがうまくいかないかも、なんて憶測でも言えないって。
「とはいえ、このままだと本気でこの縁組み、失敗に終わりそうじゃない!?」
その日の夜、自室にコーニーを招いて愚痴を吐く。さすがに狩猟祭のスワニール館に、ニエールを呼び出す訳にもいかないから。
内容が内容だけに、シーラ様にも言えないし。言ったが最後、第三王子がつるし上げ食らいそうだ。
それでもいいと思う面もあるけれど、あの王子は存外頑固そうだからなー。つるし上げ食らった程度じゃ、ハニー嬢への態度を変えるとも思えない。
「シイニール殿下の、ハニーチェル嬢への態度でしょう? 今日のあれはないわよねえ?」
「コーニーも、そう思う?」
「私だけでなく、お母様や周囲の夫人方も、気付いているわよ」
第三王子、終わったな……
「今日話した感じだと、ハニー嬢は凄くいい子って思うんだ」
「彼女、今王宮に滞在してるでしょう? 聞こえてきた限りじゃあ、王宮での評判もいいらしいの。口さがない夫人方ですら、絶賛してるんですって」
そんな出来のいい子を、あの第三王子は……
「いっそ想う相手から盛大にフラれてしまえ!」
「レラは、殿下の想い人を知ってるの?」
「いるってのは本人から聞いたけど、誰かまでは知らない」
「そう……私、殿下はレラが好きなのかと思ってたわ」
えー? まさかあ。
「それはないでしょ。何と言うか、珍獣見て微笑ましそうにしてる程度だよ」
最近はお友達疑惑もかけられたけどね。まあ、友達ではないわな。級友の域を出ないよ。
「だとすると、レラのお友達のどちらかかも」
「それは、ランミーアさんかルチルスさんって事?」
「ええ。三人でいるところを、殿下が見ているって光景、何度か目にした事があるの」
「いつ?」
「学院の食堂でよ」
そっか。ランミーアさん達とは、一緒に食事する事が多いから。学院内の食堂だと男女一緒だし、その場を第三王子が見ていても、不思議はないんだ。
「三人を見ている殿下の目が、恋する男子って感じだったから、もしかしてって思ったんだけど……」
「私でないのは確実だね。想う相手がいるって、私に言ってきたくらいだし」
あれは、私にどちらかと橋渡しをしてほしくて、下準備の為に言ってきたって事かな。しないけど。
ランミーアさんの家は子爵家で、ルチルスさんとこは男爵家だ。第三王子が臣籍降下したとしても、夫人として迎えるにはちょっと家格が足りない。
そのくらい、第三王子もわかってるはずなのに。
「……第三王子はともかく、ハニー嬢には幸せになってほしいな」
「我が国の王子をともかくって。レラらしいけどね」
だって、頑張ってる女の子が不幸になる未来なんて、見たくないじゃない。
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