第116話 選べないなら決めてやろう

 到着したのは、領の北側。目の前には、ペイロンのように山並みが続いている。


「ここ……」

「レラ様は、一度いらした事があるんですよね?」


 ジルベイラの言葉に、一瞬で脳裏に光景が浮かんだ。ここ、襲爵の儀式をしたあの山か!


 あの場所は岩だらけのゴツゴツとした場所だったけど、下は緑豊かなんだねえ。


 豊かすぎて、ここも道を作らないと先に進めそうにない。


「どうする? ニエール。樹海みたいに道作る?」

「調査だけならいらないかな? もしこっちに穴を掘るとか、レラが言っていた鉄道を作るとかになったら、その時作ればいいんじゃない?」


 それもそっか。


 ニエールは早速ドローンもどきを取り出した。まずは山の一番高いところを計測。


「うーん、こっちの方が明らかに低いね。あと、奥の山の数が少ない」

「って事は、鉄道にしろトンネルにしろ、こっちの方がやりやすいって事だね?」

「そうなるかなあ」


 後は地質調査か。ちなみに、ペイロンの山脈の地質調査も、現在他の研究員が詳細に調べている最中だってさ。


 ニエールは、収納バッグから細長い針を何本も取り出し、目の前の地中に刺していく。これで魔力を流して、地質を調べるらしい。


 地質は、山の方を中心に調査する。


「うーん……」

「どんな感じ?」

「やっぱり、穴を開けるのは難しそう」


 軟弱地盤か? 崩落事故は怖いもんなあ。


「いや、かなり固い層があって、掘るのが大変だと思う」

「え? そっち?」


 なら、何とかならないかなあ。


「山の高さは約四千ってところだから、レラが提案していた鉄道の方が無難かも」

「鉄道でも、所々にトンネルは作るよ?」

「短ければ、多分平気」


 むー、山脈を貫くのは厳しいけれど、短いトンネルなら大丈夫なのか……


 なら、無理をせずに鉄道にしておくのも、手かも? どうせどっちも工事は長期間になりそうだし。


 そうなると、機関車の製造を急がないと。


「ニエール、以前話した鉄道の機関車って、いつ頃出来そう?」

「機関車は飛行機とどっちが優先度高い?」


 そこで比べられるのか……


「んー……ちなみに、どっちが進行してる?」

「どっこい」

「だったら、飛行機を優先で」

「それだと、機関車は大分遅くなりそうなんだけど……」


 飛行機、作るのはやっぱり大変なのか……


「レラ様、よろしいですか?」


 おっと、ニエールと私以外にも人がいるの、忘れてた。


「何? ジルベイラ」

「飛行機って、先程飛ばしたものを大きくしたものですよね? だったら、後は他の研究員に任せても問題ないのでは? 基礎は出来上がっているようですし、後は人が乗れるようにするだけですよね?」


 そうなの? ニエールを見ると、あからさまに視線を外した。


「……ニエール?」

「や、だって、ここまで作り上げたの、私だから。この先を他人に渡すのはちょっと……」

「機関車の開発もあるんだから、どっちかは手放せ!」

「うわあああああああん!」


 泣いてもダメ! どっちも急ぐんだから!


 ニエール本人が決められなかったので、勝手に機関車開発に振り分けました。機関車は全然進んでいない状態だって聞いたから。一から作り上げるのは、ニエールが得意とするところ。


「私の飛行機……」

「いや、ニエールのじゃないから」


 領主館に戻る馬車の中、ニエールがずっとぐずってる。これ、機関車じゃなくて飛行機を作らせた方が良かったか?


 こっちでの調査も全て終わり、後は伯爵に報告するだけ。おそらく、山岳鉄道の案が通るでしょう。


「トンネルだと、事故が起こりやすいしね。それに、景色を売りに出来れば、観光資源に出来るし」


 トンネルだと、素通りするだけだもん。本来なら、山の景色なんて登山でもしないと見られないもの。


 それを、席に座ったまま眺められるとなれば、乗車券が多少高くても乗りたがる人はいるはず。


 前世でも、鉄道ファンはそれなりにいたんだから、こっちにも潜在的なファンはきっといるだろう。


 そういう需要も、掘り起こせればいいね。目指せ! ゼメリング鉄道!!


 馬車の窓から、外を見る。山に向かう時は、景色が目に入ってなかったなあ。


 遠くに畑。おお、結構大きな畑を作って……ん?


「ジルベイラ、あれ、何?」


 大きな輪っかみたいなのが動いてるんだけど。あ、人が乗ってる?


「あれ? ああ、畑に入れた研究所の機械ですね。農業機械……でしたか? 重労働になりがちな農作業を、大分軽減してくれていますよ」


 いつの間に、あんなものを作ったの? ちらりとニエールを見ると、まだぐずついている。


 こっちの話は聞こえてるはずだから、あれを作ったのはニエールじゃないな。


「他にも、研究所で作った肥料などを使っていますよ」

「いつの間に?」

「ええと、なるべく早く農業用地を回復させたかったので」


 なんと、研究所は魔物素材の一部を使って、農作物の成長促進などの研究も行っているそうな。って事は、デュバルは実験地?


「……大丈夫なの?」

「ええ、研究所の方で何度も試験を行ったものだそうです」


 そうか……ならいいや。


 あの研究所、試すの大好きコンビがいるからね。あの粘着的な試験内容見ていたら、目眩がする程だよ。


 奴らのテストを合格しているのなら、危険性はまずない。収穫量が増えるのなら、いい事だ。




 ジルベイラをデュバル領に残し、移動陣でペイロン領都のスワニール館へ。


「とりあえず、伯爵に報告が先かな?」

「そうね……」


 ニエールがしおれている。仕方ないでしょ? 一人であれもこれもは出来ないんだから。


「だって、どっちも面白そうなのにいいいいい」

「今回は時間がないんだから、諦める」

「諦められないいいいいい」


 ……あれ? おっかしいな。どっかで聞いた覚えがある言葉だぞこれ。


 ヴァーチュダー城に到着すると、ちょうどアスプザット兄妹が森から帰ってきたところだった。くっ。


「レラ、帰ってたのね」

「うん、ちょうど今」

「……ニエールはどうしたの? 調査の結果、芳しくなかったとか?」

「違う違う。頼んでいたものが二つあって、どっちも自分で最後まで仕上げたかったみたいなんだけど、時間がないから片方他の人に譲る事になってね」

「ああ、それで拗ねてるのね」


 さすがコーニー。ニエールの事をよくわかってらっしゃる。


「レラ、デュバル領はどうだった?」

「思っていた以上に回復していましたよ。これもジルベイラと研究所のおかげですね」


 本当に、あそこまで領が持ち直したのは、ジルベイラがうまく差配してくれたおかげだ。


 そして、研究所の機械と肥料。例え実験の延長線上とはいえ、それで助かる人達がいるんだから、良しとする。


「ここに三人で来たって事は、これから伯父上に報告か?」

「そうでーす」

「なら、私も同席させてもらおう」


 ヴィル様は次代のアスプザット侯爵だから、今回の件を聞いておきたいんだろう。


 ガルノバンとの交易は、多分王家派閥にとっても大きな話なんだ。




 現在、オーゼリアが交易を行っている相手は、主に南の小王国群だ。小王国って言うだけあって、小さな国がいくつもある。


 当然、人口も少ないから、売れる物も少ない。


 ただ、南だけあって香辛料とか砂糖が生産される。オーゼリアとしては、それが欲しいんだよね。


 ただ、それ以外にも、交易の相手がほしい。我が国と対等にやり取り出来る国は、魔の森の向こう側にしか存在しなかった。


 今までは。


「伯爵、戻りました」

「ご苦労。それで、どうだった?」


 伯爵からの言葉に、ニエールと目を合わせる。ここは、彼女から報告してもらおうか。


「地質その他を調査しましたが、やはり鉄道を使うのが一番いいかと」

「そうか……レラ、デュバルはお前の領だ。いいか?」

「もちろんです。我が領が物流の拠点になれば、領も活気づくでしょう」


 これは本音。何せ、今までほったらかされていた領だからね。領民も、どうやって生活していたのか不思議なくらい飢えていたらしい。


 食糧自給率を上げるのと同時に、ガルノバンとの交易に一枚噛んで儲けられれば、というところ。


 浅ましいというなかれ。お金は大事だ。大抵の物に替えられる、万能のカードなんだから。


「伯父上、ガルノバンとのやり取り、デュバルを拠点にするんですか?」

「我が領の山は、越えられそうにないからな」


 ヴィル様の言葉に、伯爵が答える。そうなんだよねー。さすがに八千メートル超える山に、山岳鉄道を走らせる自信はないわ。


 所々トンネルを使うにしても、作業環境が過酷過ぎるし。まずは高地で動ける人材を確保するところから始まりそう。


 その点、デュバルならぎり何とかなる高さだからね。それでも高いは高いけど、頂上が四千メートルだから、そのずっと下に線路を通すし。


 ん? また何か引っかかった。何だ?


「鉄道とかいうのを通すのはいいが、いつから工事に入れそうなんだ?」


 う……それに関しては、ニエール次第かなあ。ちらりと彼女を見ると、見事に焦っている。


「それが……まだ一番重要な機関車というものが出来ていなくてですね……」

「ほう? ニエールにしては珍しい」

「うぐ」


 ごめん、ニエールのせいばかりとは言えない。というか、元凶は確実に私だわ……


 ついあれこれ頼んじゃってるからね。機関車制作、頑張れ。

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