第115話 ま、いっか

 行ってみようかな? とは思ったけど、まさかこんな事になるなんて思ってもみなかったよ。


「今度はデュバルに行くなんてええええええ」


 バースデーパーティーの二日後、ニエールとユーインの三人で、デュバル領に赴く事になった。もちろん、調査で。


 私の! 魔の森での狩りの時間は!?


「さて、じゃあ早速山の方を見ていこうか」

「レラ、気を落とさずに」


 ニエールは我関せず、ユーインは優しい言葉をかけてくれるけど、それでも調査に行かせようとする。


 わかってるけどさー。デュバルで山越えの手段を見つけられれば、領が発展する。物流の拠点って、おいしいよね。


「しょーがない。行きますか」




 デュバル領までは、スワニール館にある隠し部屋からの移動陣を使う。何でこの移動陣、ヴァーチュダー城にないんだろうね?


「そういうのは、閣下に聞いてよ。一研究員である私に、わかる訳ないじゃない」


 そりゃそうだ。


「推測なら出来るんだが……」

「ほう」

「ヴァーチュダー城は、戦いの為の場所だ。比べてスワニール館は居住用だろう。事が起こった時、当主が逃がしたい人……家族や大事な人は、スワニール館にいると思われる」

「つまり、大事な人達をいち早く逃がす為に、スワニール館にはデュバルへの移動陣がある……と?」


 ユーインは頷きつつ、続けた。


「ただ、その場合デュバル家が安全な逃げ場所である、という確証が必要になる」

「ああ、それなら多分、あります」

「え? あるの?」


 そんな事を知ってるなんて、ニエール、あんた本当に一研究員?


「デュバルって、アスプザット同様ペイロンとの結びつきが強い家なんですよ。もっとも、ここ二、三代は離れつつありましたけど。レラの代になって、ようやく戻ったって感じかな?」

「そうだったんだ」


 知らなかった。


「だから、王家派閥の中でも、デュバルって序列は高かったはずよ。それもまあ、レラの祖父とか父とかの代で、大分落ちちゃったけど」


 ああ、そんな所にも実父と祖父の影響が……


「派閥内での序列は、変動すると聞いたから、これからレラが上げていけばいい」


 おお、たまにはいい事言うね、ユーイン君!


「そういう訳で、序列を上げる為にも、調査を頑張りましょうね」

「何で序列と調査が関わってくるのよ?」

「だって、ガルノバンとの付き合いを強化するっての、王家派閥の意向よ?」


 ……ニエール、あんたやっぱり一研究員じゃないでしょ!?




 スワニール館を経由し、無事デュバルの領主館へ。


「お? 前来た時よりも綺麗になってる?」


 移動陣のある部屋は隠し部屋だから窓はないけれど、壁紙とか床とか、綺麗に補修されてるよ。前来た時はボロボロだったのに。


「そりゃあ、新しい当主が誕生したんだから、手も入れるでしょうよ」

「そういうもん?」


 ニエールと話しながら隠し部屋の扉を開けると、ちょうど廊下の向こうから誰かが来るのが見えた。


「あ、ジルベイラ」

「レラ様。ニエールさんもユーイン卿も、お待ちしておりました」


 やっべ。そういえば、ジルベイラに領内の事、丸投げしっぱなしだった。


 怒られるかなー? と思ったけど、そんな事はないようで彼女は笑顔である。良かったー。


「ジルベイラさん、今日はよろしくお願いしますね」

「こちらこそ。デュバルに隣国との中継地点が出来れば、領内も活気づきます。期待していますよ」


 さすがジルベイラ。物流の拠点のうまみを、しっかり理解してるね。それもあって、調査に協力的という訳か。


「それとレラ様。これもいい機会です。領内の事を、少しご説明したいのですが」

「うん、よろしく」


 やっぱり、自分の目で見ておいた方がいいよね。


「それとですね。現在、この領主館には、レラ様のお父様とお兄様がいらっしゃいます」

「え? そうなの?」


 実父と実兄って、ここにいるのか。てっきり、別の場所にいるものだと思ってたわ……


「お会いに、なりますか?」

「ううん、やめておく」


 会ったところで、話す事なんてないし。何なら、実父の方には嫌味を言いそうだ。


 何せイメージ最悪だから。


 私の返答に、ジルベイラは静かに「わかりました」とだけ返した。どうやら、あの二人の面倒まで見てるらしい。お疲れ様。今度、何かで労わないとなあ。




 この時間帯、実父と実兄は庭を散歩しているそうなので、そちらを通らないように玄関まで誘導してもらう。そこからは、北の山脈まで馬車だ。


 その車内で、ジルベイラから領内の報告を聞く。


「領民の健康状況は大分向上しています。土地の方も、研究所の全面協力で開墾、耕作、改良などを経て、食料生産の体制も整ってきました」

「おお」


 人間、衣食住を整えないとね。そのうち、衣と住は力業でもなんとかなるけれど、食はなあ。


 領内で生産せず、余所から買うって形ならお金だけの問題になる。正直、そちらの方が私的には楽なんだ。


 でも、将来的には厳しくなりそうなんだよね。いつまでも、あると思うな金と……何だっけ?


 ともかく、食料を買い続ける金がいつまでもあるとは思わない方がいい。その為にも、領内の食糧自給率は上げておかないと。


「生産する作物も、穀類、野菜類を広く扱うようにしました。あと、畜産もそろそろ始める予定です」


 よしよし。これで一通りの栄養素が賄える。特に卵やミルクは栄養価が高いから、大量生産して領内に行き渡らせたい。


 本当、ジルベイラに頼んで良かった。


「それと、こちらはペイロンからの要請なのですが」

「ん? 何かあるの?」

「研究所の分所を、デュバルに設立してほしいそうです」

「へ?」


 研究所って、魔法研究所だよね? ニエールを見ると、慌てて首を横に振ってる。彼女も知らなかったらしい。


「閣下の方からの要請です。何でも、研究所が手狭になってきたので、研究部門ごとに分けたいそうですよ。このお話しは、アスプザットにも行っていて、あちらにも分所を建てる予定だそうです」


 はー。そんな話が出ていたとは。ニエールもびっくりだね。


 ちなみに、デュバルに置きたいのは主に魔物素材関連の研究。養殖も、こっちに入りそう。いや、まだ案すら出してないけれど。


 アスプザットの方は、魔法金属や魔力結晶の研究だってさ。らしいっちゃらしいな。


 研究所の要に当たる、術式研究なんかは今のままペイロンに置くつもりらしい。


「それ、設立資金はこっち持ち?」

「ペイロンからも、出資という形で出すそうです」

「そう……」


 という事は、研究所から上がる収入のうち、出資割合でペイロンに支払う必要があるって事だな。


 魔物素材に関しては、加工技術を持っているのはデュバルのみだ。だから、それに関しての研究をここでやるのは賛成。


 その結果、面白いものが出てくる可能性もあるし。


 ペイロンからの出資を受けるっていうのも、さっきの話の派閥序列って意味からは賛成。ペイロンとの繋がりが、より強固になるって事だから。


 ただ、今と次代はいいけれど、その次、さらにその後まで、ペイロンがペイロンであり続けられればいいんだけど。


 あと、うちも。私の代では、ペイロンと離れる事はまず考えられない。あそこは私の故郷だから。


 でも、私の子や孫、ひ孫の代になったらどうだろう。派閥を変える事はないと思いたいけれど、世の中絶対はない。


 んー。


「よし、その話、受ける!」


 先の事は、先の人達に任せよう。


「わかりました。では、先方にはそのように伝えます」

「お願い。でも、何で伯爵は私に直接言わなかったんだろう?」


 ヴァーチュダー城で毎日顔を合わせるんだから、その時に言えばいいのにね。


「閣下も、仕事と私事は分けてらっしゃるんじゃないの?」

「そうですね。私もそう思います」


 ニエールとジルベイラにはそう言われたけど、そうなのかなあ?


 まあ、結果は同じだから、いっか。

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