第94話 呼び出し、再び

「知らなかったの?」

「知らなかったよ!」


 夕食後、コーニーを捕まえて部屋に来てもらいパジャマパーティー……という名の愚痴吐き。


「私も、去年はそうだったじゃない。見てなかった訳?」

「う……」


 忙しそうだなあとは思ったけど、コーニーだからだと思ってたのにー。


「社交界デビューって、いきなりデビュタントボールでデビューしました、よろしく、で終わるものじゃないのよ。そこまでに、ある程度の顔見せと足場固めをしておく事が重要なの。でないと、あっという間につまはじきにされるわよ」


 根回し大事って事かな。


「社交界、怖い」

「怖くても、爵位を持っている以上関わらざるを得ないの」

「伯爵は領地に籠もりきりじゃない」

「伯父様は特殊な例。まあ、小規模な家だと、王都にあまり出てこないって事もあるけれど」

「それだ!」


 そうだよ。近場に理想的な人がいたじゃない! 伯爵を見習って、領地に引っ込んでいればいいんだ。


 あの実父が当主を務めていたくらいだから、うちって伯爵家の中では下の方の家格なんだろうし。


「それだ、じゃありません。デュバル家はかなり大きな家なのよ? 実感ないかもしれないけど」

「そうなの?」

「そうなの」


 知らなかった。そういえば、派閥内でも序列は上の方だって聞いたっけ。なのに、長年派閥との付き合いをブッチしてきた訳だから、実父も度胸あるなあ。


「ともかく、レラのせいではないけれど先代がやらかした事のツケは、レラが支払わないといけないのよ。具体的には、他の家との良好なお付き合いというやつね」

「あうう……」


 今、初めて実父を恨んだよ。




 新学年、初めての総合魔法の授業に、熊はいた。


「間に合ったんだ?」

「おう。移動陣様々だな」

「遅れれば良かったのに」

「何か言ったかー?」


 熊が凄んでる。怖い顔が余計に怖くなるからやめてよ。


 総合魔法の授業も、前の学年と似たような顔ぶれ。あれ? でも、褐色姫はいないね? 選択しなかったのかな?


 きょろきょろ見回していたら、第三王子に見つかっちゃった。


「誰か、探しているのかな?」

「え? えーと、亡命していたお姫様がいないなあと思って」

「ああ……彼女達は退学したよ」

「退学!?」

「というか、自国に帰ったって言った方が正しいかな?」


 え……亡命してきたんだよね? なのに、自国に帰ったの? それ、姫と王子の命、大丈夫?


「亡命原因となっていた政変が落ち着いたようでね。彼女達の親族達からも戻るように手紙が届いたそうだよ」

「そう……なんですか……」


 そういや、あの双子の後見をしていたのって、貴族派閥の何とか子爵だよね?


 今回のあれこれが原因で、子爵から切り捨てられたとか、ないよね? 怖いから、もう考えるのやめようっと。


 選択授業の一日目は、これからどういう術式を習っていくかというざっくりした話と、気が早いけど来年の学院祭で何をやるかを考えておくように、という内容。


 まあ、三年生は社交界デビューが控えているので、忙しい学年とも言われているそうだからね。早めに考えろって事か。


 でもさあ、私らが一年の時って、一年だけが考えて発表? したよね? あの時の他の学年って、何やってたのさ。


 まあ、一年二年と連続で貢献したから、この学年は他の人に頑張ってもらおうっと。




 授業が終わって放課後、総合魔法の準備室で熊と対峙。


「森の方はどうだった?」


 一番聞きたい事を聞いてみる。


「大分変わったぜえ? 入ったら驚くかもな」

「そんなに?」


 何がどう変わったの? そこが大事なんだけど。


「まず、深度がガタガタだ。浅い場所にも手強い魔物が出てくる」

「え」

「今頃ペイロンじゃ深度の設定し直しで忙しいはずだ。お前も、戻ったら深度の計り直しになるぞ」


 マジでー!? 折角深度五まで入れるようになったのに……


「手強いのって、どれくらい?」

「初っぱなから深度六以上で出てくるようなのがうじゃうじゃいるぜ」

「むう……それはある意味ありがたいかも?」

「ああ?」

「だって、奥まで行かなくても単価の高い魔物、狩り放題なんでしょ?」

「その前に、自分の命が危なくなると考えろ」


 あた。何も頭叩く事ないじゃんよ。でも、森が大分変わったのはわかった。


「……大きな鳥を倒した影響かな」

「ん? 何か言ったか?」

「いーえ、何にも」


 森が研究所の防衛設備だとしたら、深度十に入られないようにする為、警戒レベルを引き上げたとみるべきなのかな。


「ああ、それとアスプザットからの伝言だ」

「何?」

「近いうちに、領地を任せる代官を決めろとよ」

「げ」


 そういや、そんな事もあるのか……いきなり代官決めろと言われても、伝手も何もないんですが。


 そこはアスプザットかペイロンを頼ろう。うん、自分で出来ない事は、大人に頼るに限る。


 一応成人したし襲爵もしたけど、まだまだ学生だからね。




 騎獣の授業初日。


「ゴオオオオオオオン!!」

「ゴン助! 元気だった!?」

「ゴオオン! ゴンゴン!」

「よーしよしよし。ああ、毛並みも毛艶も綺麗だね。ちゃんと面倒見てもらってて良かった」

「ゴンンンン」

「私も会えて嬉しいよ」


 約三ヶ月ぶりのゴン助は、休暇前より綺麗になってる。丁寧に手入れしてもらったんだね。


 今年も騎獣授業を選択しているメンツはあまり変わらない。教師もそれを踏まえて話をしてる。


「さて、長い休暇明けですから、自身の騎獣との対話も必要でしょう。今日の授業は自由に乗っていいですよ」


 やったー! 喜んでいるのは去年から騎獣を選択している生徒で、戸惑っているのは今年から選択した生徒達だ。


 そっちには教師が付きっきりになるらしく、慣れている私達は放置……という名の自由ライドの時間です。


「よし、ゴン助。乗り場の外周を走ろうか」

「ゴン!」


 大きく取られた乗り場には、きちんと柵が設けられている。その柵に沿って走ろうという訳。


 軽く走らせてから徐々にスピードを上げていく。うん? 速くなってる? それに、以前あった変な癖のようなものも消えてる。


 大変、乗りやすいです。そして速いので気持ちいい。


 何だか視線を感じるけど、気にせず走る事に集中。こうなったら、限界速度を試してみたいよね。


 そうして授業時間中走り続けていたら、さすがのゴン助もスタミナ切れになったらしい。ぜえぜえ言ってる。


 ごめんね、ゴン助。調子に乗ったわ。こっそり回復魔法を使っておこうっと。




 翌日の教養学科が終わり、昼食の時間になった時。女子の集団が教養の教室まで来た。


「ローレル・デュバルさん、いらっしゃる?」


 見覚えのない顔だなあ。誰だろう?


「ロ、ローレルさん……上級生が呼びに来るなんて、何かあったの?」


 ああ、上級生なんだ。寮の食堂なんかでは見かけてるかもしれないけど、さすが貴族学院、寮の食堂は広くて豪華なんだよね。


 おかげで未だに同級生でも顔を覚えられない人がいるよ。


 とりあえず、心配そうにこちらを見てくるランミーアさんと、その後ろにいるルチルスさんを安心させておこうか。


「うん、多分大丈夫」


 お守り代わりの胸元のカメラとマイクは、起動させておこう。


「ローレル嬢」


 うお、今度は第三王子が来ちゃったよ。


「彼女達――」

「大丈夫です。対処可能ですから」


 食い気味に返したら、悲しそうな顔をされちゃった。でも、女の問題に男が口を差し挟むと、後で地獄を見るからね。


 男の方が。


 どう見ても彼女達、やる気満々って感じだもんな。ここを第三王子が収めても、後で寮とか他の場所でまた同じ事繰り返すよ。


 叩ける時に、しっかり叩いておかないと。




 連れて行かれた場所は、またしても校舎裏。いつぞや、ミスメロンが待ち構えていた場所じゃない?


 今度も誰かが待ち構えているのかと思いきや……本当にいるよ。誰? あれ。


 後で映像をロクス様にでも見てもらおうかな。


「逃げずに来た事だけは、褒めて差し上げるわ、ローレル・デュバル」


 さあて、彼女の目当ては何かなー? ミスメロンの時は黒騎士だったっけ。……あれ? もしかして、また黒騎士?


「あなた、ユーイン様と婚約したとかなんとか、言いふらしているんですってね?」


 やっぱり黒騎士かよー!? そして、言いふらしてなんていないのに。


 あれか? もしかして、シーラ様達が社交の場で広めてるとか?


 そういえば、黒騎士父には婚約のご挨拶とか、まだしてなかったっけ? 狩猟祭で発表してはいるけれど、まだ正式には婚約していないって、あるのかな。


「何とか言ったらどうなの!?」

「何とか」

「! あなた! 人をバカにするのもいい加減になさい!!」


 そりゃバカにもするでしょう。名乗りもせず、一応伯爵家の当主である私をこんな場所に呼び出してるんだから。


 彼女がたとえ公爵家のご令嬢であっても、娘に過ぎない彼女より、伯爵家当主である私の方が立場的には上なんだって。ややこしいよねえ。


 私が女伯爵になったというのは、第三王子が広めてくれているので知ってる人も多いはず。


 てか、爵位が上ならそろそろ狩猟祭でのあれこれが情報として流れてても不思議はないんだが。


 ……そういえば、彼女は「言いふらしている」って言ったよね? って事は、狩猟祭で発表した事は知らないのかな?


 目の前にいる彼女や周囲にいる女子がキーキー言ってるけど、結界で全身包んでいるので聞こえなーい。


 そうそう、胸元のマイク部分だけは、少し露出させてます。録音出来ないのは困るから。


 あ、目の前の彼女が扇を振りかざした! そのまま私にぶち当てる! おお、扇が折れた! あれ、高そうな扇なのにね。


 もちろん、結界で守られている私には傷一つありません。それが気味悪く映ったのか、女子達は悲鳴を上げて逃げて行っちゃった。


 悲鳴を上げるのって、本来私の方なんじゃね?




 変な連中に絡まれたせいで食堂に来るのが遅くなっちゃったよ。


「ローレルさん!」

「大丈夫だった!?」


 あら、食堂の入り口に立っているのは、ランミーアさんとルチルスさん。もしかして、待っていてくれたの? 先に食べていれば良かったのに。


「この通り、問題ないです」


 両手を軽く広げて一周回って見せると、二人とも目に見えてほっとしている。


 二人と食堂に入ると、もう大分席が埋まってしまっている。ああ、出遅れた。


「レラ、こっち」

「お友達も、一緒にどうぞ」


 あ、コーニーとロクス様。何故か二人で、六人くらい座れる大きなテーブルに座っている。


 もしかして、二人もさっきの女子達の事、知ってるのかな?


 ちらりとランミーアさんを見ると、声も出せずに感激している。


「えーと、二人とも、あっちと一緒でいい?」

「も! もちろんよ!!」

「私も」


 興奮するランミーアさんに、呆れ混じりのルチルスさん。まあ、いいっていうのなら、同席させてもらいましょうか。


 コーニー達も待っていたのか、まだ注文してなかったみたい。五人で昼食を注文し、係の人がテーブルから離れてから、コーニーが小声で聞いてきた。


「それで? 今度は何が原因で呼び出されたの?」

「黒騎士でした」

「あらまあ」


 小声だけど、ランミーアさん達に聞こえるかなあとちらりと窺う。あ、いらん心配だったわ。


 ランミーアさんはロクス様を眺めるのに夢中で、ルチルスさんはそんなランミーアさんを押さえるのに必死。


 こっちの話なんて、耳にも入っていない様子だ。


「呼び出した連中の映像は?」

「撮った。後で見せるね」

「放課後、ここで」

「了解」


 コーニーとロクス様相手だと、話がさくさく進んでいいね。




 その日の放課後、食堂に行くとまばらな人の中にコーニーとロクス様がいた。


「お待たせ」

「それで? 彼女達はどんな言いがかりを付けてきたんだい?」


 席に座ってすぐそれですか……とりあえず温かい飲み物を頼んでから、周囲にそれとわからないよう遮音結界を張る。


「どうやら、黒騎士との婚約話を聞きつけたみたいです」

「ああ、あれね」

「お母様が、行く先々で話してるって聞いたわ」


 やっぱりシーラ様かあ。これも、根回し的なあれこれなんだろうなあ。


 あ、それはそうと。


「そういえば、黒騎士のお父さんにまだ婚約の挨拶とか、してないんだけど」

「それは、今週末に行く予定ですって」

「我が家から連絡が来たから、どのみち今日レラと昼食を一緒に、って思っていたんだ。なのに……」


 ロクス様、そこで何で笑うの? めちゃくちゃ怖いんですけど。


「フェゾガン侯爵なら、反対はしないでしょうから、本当に形式的な挨拶になると思うわよ」

「そうなの?」

「レラ、あなた侯爵の命の恩人だって自覚、ある? そんな相手を息子が連れてきたら、侯爵だって断れないわよ」


 そういえばそんな事、あったね……あの後、黒騎士のお父さんは黒騎士と一緒にお礼を言いに来てくれたんだっけ。


 その事よりも、魔力を色で目で見て感知出来るって事の方がインパクトあったもんなあ。


 息子の黒騎士の方は、匂いで感知するそうだけど。でも、魔力を感知出来るって、凄いと思う。普通は出来ないもの。


 ……今、唐突に思い出した事がある。黒騎士、目の色が大分薄くなっちゃったよね? あれ、お父さんや周囲の人に何か言われないのかな?


 バースデーパーティーに出ていた白騎士は、何も言わなかったね。黒騎士の数少ない友達だって言ってたけど


 注文した飲み物が届いたので、結界を張り直して撮影済みの動画と音声を二人に見せる。


「これ、貴族派の家の娘ね」

「確か、キーニレッツ伯爵家のアビシエラ嬢だ」


 何そのアビシニアンみたいな名前。


「彼女は以前からユーイン卿にまとわりついていた女子の一人だよ。おそらく、母上があちこちで話した婚約の件で腹を立てて、レラを呼び出して脅そうとしたんだろう」

「相手が悪かったわね」


 本当にね。扇で殴られそうになった場面からの、扇が折れて女子達が悲鳴を上げるシーンでは、二人が噴き出していた。


「た、確かに相手が悪い。くっくっく」

「これだもの。心配は無用よね」

「そーですね」


 改めて見ると、呼び出し女子達の恐怖に染まった顔が、何だかホラー映画で真っ先に死んじゃう女優さん達のようだよ。


 って事は、私は連続殺人鬼か何かの役か? 人は殺してないんだけどなあ。

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