第95話 プレデビュー

 学院が始まって初めての週末。コーニーやロクス様と一緒に、アスプザット家の王都別邸に来てる。


「お帰りなさい、三人とも。新しい学年はどう?」

「去年と変わらないかしら」

「一応、最終学年なのでそれなりには緊張感があるかな?」


 居間に入ってシーラ様からの質問への、それぞれの答え。そういえば、ロクス様は六年生になったんだっけ。監督生はまだ続けてるのかな。


「ちょこまかと煩わしい事がありました」


 私の返答はこれに尽きる。


「貴族派の娘が、何やらやらかしたらしいわね。こちらから派閥の上に厳重注意を上げておくから」

「よろしくお願いします」


 もう知ってたー。さすがシーラ様です。まあ、コーニーかロクス様から連絡が行ったんでしょう。


 魔の森への襲撃の一件以来、王家派と貴族派は和解……というか、歩み寄りを行っているらしい。


 今まで対立する一方だったからね。でも、それは国の為にならない。もちろん、双方にとっても利益にならないどころか不利益になる。


 という訳で、折角上層部を一掃して頭が柔軟な人達が当主になったのだから、少しは手を取り合いましょうよ、って事になったんだって。


 ガンは困ったじいさん連中だった訳か。ちったあペイロンの脳筋じいちゃん達を見習え。あの人達の頭にあるのはいかに効率良く魔物を倒すかだけだ。


 いや、家族や家や領民達の幸せもちゃんと考えてるけどね。結局魔物倒す事が、彼等の幸福に繋がるって図式だから。


 今回の呼び出し、理由が「自分が憧れている男性と婚約したとか言いふらすな」だからなあ。なんとも間抜けな感じだわ。貴族派の上の人達も、頭が痛い事だろう。


「さて、レラを呼んだのには訳があるわ。コーニーから聞いている?」

「……デビューの前哨戦をするってやつですか?」

「その通り。本式のデビュー前に、狩猟祭には招かなかった類いの人達への顔つなぎをしていきます。一人で放り出す事はしないから、そこは安心なさいな」

「はーい」


 やりたくない、という我が儘は通らないんだろうな。シーラ様やコーニーが一緒にいてくれるだけでも、ありがたい。


 うち、母親はもう鬼籍だからね。娘の場合は、女親が中心になってデビューのお膳立てをするそうだから。


「その為のドレスも、いくつか仕立てなくてはね」

「採寸ですか?」

「いいえ。誕生日と狩猟祭用に仕立てた時のものが、そのまま使えるから」


 そういや、あの時も十六着だかそこら仕立てたんだっけ。それでも最低とか言ってたよなあ。


 つくづく、貴族ってお金がかかる。




 そこから、週末は基本アスプザット邸に通い、そこからプレデビューの場へと向かう生活が続いている。


 これ、地味に疲れるね……


「ローレルさん、お疲れのようだけど、大丈夫?」


 学院で、ランミーアさんに心配された。余程疲れた顔をしていたらしい。


「大丈夫……とは言えないけれど、なんとかなってるわ」


 教養の教室内には、あちこちで私のような状態の生徒がいる。社交って、疲れるよね。


「ランミーアさんは、週末に集まりに出たりしないの?」

「ああ……我が家は弱小貴族だから、王都に屋敷を構えるような家じゃないの。だから、社交界にデビューしたとしても、学院にいる間しか社交界には出ないと思うわ」

「そう……」

「心配しないで! その分、地方の小さな社交場には出るから。そっちは顔見知りばかりだから、前もって活動する必要はないのよ」


 地方には地方の世界があるんだね。ペイロンに、そういった集まりはあったかな……


 狩猟祭はあるけれど、あれは地方ではなく派閥の集まりだしなあ。それに一年に一回だけだし。


 ペイロンの周辺って、アスプザットとデュバルを除けば小さい領しかないんだよね。


 ペイロンは魔の森の対応があるから動けないし、アスプザットとデュバルは王都に別邸を持っているから王都の社交界に出てる。


 あの地方で、社交界を取り仕切れる家はないし、やる利益もないんだと思う。だから、伯爵やアスプザット家が移動する際には、挨拶回りをするんだな。




 プレデビューの場は、王家派閥の家ばかりではない。中立派や、新生貴族派の家にも招かれる。


「という訳で、今日は貴族派の家のお茶会よ」

「はーい」


 向かう先は、ビルブローザ侯爵家。えー……貴族派のトップの家じゃないですかー。


 先代侯爵が病気で急死した為、嫡男が継いだのかと思いきや、なんと孫が跡を継いだんだとか。若くね?


「成人する少し前に襲爵したあなたに比べれば、十分おじさんと呼べる年齢よ」


 そうだった。十五歳になる前、十四歳で爵位を継いだんだから、私がどうこう言う立場じゃないわな。


 新ビルブローザ侯爵ダイン卿は現在三十七歳だとか。そう聞くと、妥当な年齢かな? あれか、先代が長く当主に居座ったタイプか。


 とはいえ、今日の催し物はお茶会。基本女性の集まりなので、ダイン卿の奥方が主催です。


 本日の会場は、王都の北端にある庭園。元は王宮の一部だったそうだけど、数代前の国王の時に民衆に開放したらしいよ。


 そのせいで、王宮とは壁一枚隔てた場所にある。警備的にどうなんだ? と思ったら、その壁にはいろんな防御術式が使われてるそうな。さすが王宮。


 その庭園の一角に、貸し切りで今日のようなお茶会を開ける場所があるんだって。


 本日はシーラ様が付き添い。いつもはコーニーも付き合ってくれるんだけど、今回は学院の課題で手一杯なんだってさ。


 日中用の軽いドレスに帽子と日傘、手袋、小さめのハンドバッグ。全部昼間のお出かけには必須のアイテムだ。


 私の方はちょっと濃い目の青が基調。髪の色が薄くなったから、薄い色のドレスだと全体にぼやけるって言われた。なので、ちょっと濃い目。


 シーラ様は落ち着いたペールグリーン。そこに濃い緑の糸で刺繍と、ペイロン産の小さいパールがたくさん縫い付けられている。


 直径五ミリ以下の小粒パールは、基本外に出さないで領内で消費しちゃうんだよね。だから、こういうパールの使い方が出来るのはペイロンかアスプザットの家の縁者のみ。


 あ、私も使えます。てか、自分で取ってくるからね。今日のドレスには使っていないけれど、アクセサリーには黒真珠を使ってまーす。


 会場となるガゼボに到着すると、既に先客がいた。


「あら、ごきげんよう、お二人とも」

「ごきげんよう、ヘユテリア様」

「ごきげんよう」


 王家派閥の上位序列にいるラビゼイ侯爵家のヘユテリア夫人。相変わらずゴージャスな人だわ。


 大柄な体を包むのは、濃い目の紫地に薄い白地を重ねたドレス。白地の方にも紫地の方にも金糸で刺繍が入ってる。彼女も招待されていたんだ。


 そして、奥の席に座るのが、新ビルブローザ侯爵夫人か。ちょっと垂れ目で優しそうな雰囲気の女性だね。


 ただ、貴族家の夫人は見た目ではわからない。


「ようこそ、アスプザット侯爵夫人、デュバル女伯爵」

「お招きありがとうございます」

「ありがとうございます」


 簡単な挨拶しか口にしていないけれど、今のところはそれでいいんだって。下手な事を口にして嫌われるよりはましなんだってさ。


 うん……失言は怖いよね……


 今日のお茶会は本当に小規模なもので、シーラ様、ヘユテリア夫人、私。それから貴族派閥から三人程夫人が参加している。


 まずは今日の天気から王都の流行の話、最近の王宮事情。この辺りは、話していい内容だけを選んでるんだって。


 そして、場も温まった頃に、私に関する話題が出た。


「そうそう、デュバル女伯爵には、煩わしい事が起こってしまい、心からいたわしい事だと思っております」

「まあ、ビルブローザ侯爵夫人、デュバル女伯爵に、一体何があったんですの?」

「それが……我が派閥の伯爵家の令嬢が、学院でデュバル女伯爵に粗相を働いたとか」

「んまあ」


 ……何だろう、目の前で繰り広げられているのは、何かのコントですか?


 ちらりとシーラ様を窺うも、こちらを見もしない。ああ、流しておけという事ですね。大げさな反応はするな、と。


「でも、ご安心くださいね。既にキーニレッツ家の令嬢には親を通して厳重注意を申し入れておりますから」


 やっぱりあの呼び出した人ー。


「あ、ありがとうございます」

「これからは、学院で煩わされる事もなくなるでしょう。どうぞお心安く、勉学に励んでくださいね」

「お心遣い、ありがたくちょうだいします」


 怖ええええええ。これをにっこり笑って言えるんだから、やっぱり侯爵家の夫人ともなると、胆力が違うわ。


 黒騎士との婚約話でいちゃもん付けてくるのは、貴族派か中立派なんだって。


 王家派閥では既に周知徹底しているし、何よりペイロンとアスプザットを敵に回す家はないそうな。


 まあ、他の原因でまた呼び出ししそうな女子はいるかもしれないけどねー。

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