第93話 もう始まってるらしい……

 王都に到着したのは、新学年が始まる三日前。余裕を持って帰ってきたのはいい事だ。


 長期休暇明けは、学院に戻るのも荷物が多くて大変ねー。


「レラ様、一度、制服をご確認ください」

「えー? 確認?」


 虫食ってないかとか、そういうの? 違いました。サイズだそうです。


 たかが三ヶ月弱でサイズなんてそうそう……変わってた。


「え……きつい……?」

「丈も短くなってしまってますね。これはもう、仕立て直しをした方が……」


 待って。学院始まるの三日後よ? そんな短い時間で、制服って仕立て直し出来るもの?


 でも、肩幅もきついし動きづらい。決して太った訳ではない……はず。腕周りはきつくないもんなあ。


 結局、仕立て直しと相成りました。ただ、やはり時間はかかるそうなので、それまでは手持ちのものを何とか手直しして着ててー、だって。


 ちょっと激しく動いた時に、ビリッといきませんように。




 長期休暇明けは、新学年になっている。とうとう三年生かー。周囲も全員成人しているので、今までとはまたちょっと雰囲気が違う。


 それはいいんだけど……周囲の視線がやたら飛んで来るのは何故? あれか? 手直し制服がみすぼらしく見えるとか?


 学院に戻って最初に向かう場所は寮。荷物、置いてこなきゃ。入ってすぐ、寮監とすれ違った。


「……ローレル・デュバルさん……で、いいのよね?」

「そうですが?」


 何故、寮監にそんな事を言われなくては……って、ああ!


 ペイロンではあまり気にされなかったから忘れてたけど、髪と瞳の色が変わったんだった!


 そりゃ遠巻きに見られるわな。


「あの、実は魔力が増えた事で、髪と瞳の色が薄くなりまして……」

「ああ、色変わりだったのね。そういえば、あなたは魔法の成績が優秀だったわ。……それに、ペイロンではこの夏、大変だったそうね」


 氾濫の事か。学校にまで情報が届いているなんて。ここが貴族学院だからかなー?


「幸い、死者は出ませんでしたから……」

「そう……何かあったら、いつでも相談してちょうだい。髪と瞳の色に関しては、こちらから生徒達に通達しておきます」

「よろしくお願いします」


 どうやって通達するのかは知らないけれど、これ以上好奇の目で見られるよりはいいかも。


 その日の夕食、食堂は妙な雰囲気だった。見たいけど見たらよくない、って感じの空気が充満してる感じ。


 同席してるランミーアさんやルチルスさんも、帰省していた時の話題を出してるけれど、意識は別のところにあるような。


 聞いてくれれば素直に答えるんだけどなあ。単純に、魔力を使いすぎた反動で量が増え、色変わりをしたってだけなんだから。


 まー、聞きづらいのもわからんでもないけどさー。だからといって、こうもあからさまに「気にしてるけど、気にしないふりをしておきますよ」って態度を取られるのも、地味にきつい。


 これ、ダーニルがいたら絶対突っ込んできて注意されただろうなあ。……そういえば、あいつはもう学校に来ないんだっけ?


 実父が隠居したから、愛人とも別れたのかなあ? ……ま、いっか。




 翌日の学院も、何だか妙な空気感。夕べの寮の食堂が拡大したような状態。これはもう、慣れる以外にないね。


 教養学科の教室に入ると、視線がこちらに突き刺さってくる。ちなみに、今年も一組ざます。


 顔ぶれはあまり変わらないけれど、褐色王子の姿がないね。姫共々二組にいるのかな?


 第三王子もまた一緒だよ。そういえば、今年の狩猟祭、来た王族は王太子殿下でしたよ。婚約者のシェーナヴァロア嬢と共に。去年は第二王子とベーチェアリナ嬢の組み合わせだったのにねー。


 多分、氾濫のすぐ後の狩猟祭だから、見舞うのと一緒に箔を付ける為の参加だったんだろうね。例年以上に盛大に、って散々言ってたし。


 新学年、最初の教養授業では、これからの一年学ぶ内容と選択授業を選ぶ事、まあ例年通りの内容だったな。


 三年になると、新たに教養学科で社交界関連の授業が入る。ダンスとか、夜会や舞踏会のマナーの講義とか。


 それぞれ家で教わる事でもあるんだけど、学院では模擬パーティーを開いて実地で学ぶ授業があるそうな。


 その際は、着用するのも夜会や舞踏会に沿ったものになるそうで、その支度なんかをしておくようにという通達でした。


 学院で、ドレス着てダンスするのかー。さすが貴族学院ってところ? しかも三年生からってのがまた。


 来年二月には、この学年の生徒全員が社交界デビューする。中にはしない人もいるかもしれないけど、少数だね。


 私の場合、デビューに加えて襲爵のお披露目もしないといけないから、大変そう。


 休み時間、何故か第三王子がこちらにやってきた。


「やあ、久しぶり」

「お久しぶりです、殿下」

「今年も一緒の教室だね。一年よろしく」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「ローレル嬢は、早々に襲爵したから大変そうだね」

「そうですね」


 第三王子の一言に、教室内がざわめく。あれ? 私の襲爵って、学生には広まっていないの?


「ど、どどどどどどういう事!? ローレルさん!!」

「落ち着いて! ミア。確か、デュバル家って嫡男がいらっしゃったわよね?」


 ランミーアさんとルチルスさんも知らなかったのか。


「長男は病弱から家を継ぐのは無理だろうって判断されたの。それで、私が」

「それにしたって、まだ卒業前でしょう? 普通は卒業後に襲爵するものじゃない?」


 その通り。何の問題もない家ならね。うちは問題があったからなあ。


 一応、こういう時用の言い訳は、シーラ様に教えられている。


「実父の体調も思わしくなくて。それで、襲爵が早まったの」

「そうだったのね」

「じゃあ、お父様は隠居なさって、領地の方かしら?」

「ええ……」


 そういや、実父って今どこにいるんだっけ? 最後に見たのはスワニール館だったけど、狩猟祭の前には移動させたってシーラ様達が言っていたような……


「でも、それだとローレルさんは忙しいわね」

「そう……ね?」


 忙しいのって、来年になってからだよね?


「ローレルさん、わかってないわね?」


 ランミーアさんが人差し指を立てて横に振った。今にも「チッチッチ」とか言いそうだよ。


「デビュタントボールから忙しくなるのは当然だけど、その前段階でお茶会だったり小規模の昼食会なんかは招待されるからね?」

「……そうなの?」

「そうよ。多分、アスプザット侯爵家の方々が、その辺りは取り仕切られるんじゃないかしら……確か、後見役よね?」

「そう……ね?」


 本来の後見役はペイロンの伯爵だと思うけど、基本あの人は領地から出てこないから。


 王都での保護者的立場はサンド様とシーラ様だな。


「多分、今頃ローレルさんの襲爵を聞いたあちこちの家から、侯爵家に招待状が届いているわよ」

「え」


 マジで? じゃあ、年内から面倒な社交は始まると? 背中に嫌な汗が流れた気がする……


「その辺りは、きっとお休みの時とかに侯爵家から報せが来るんじゃないかしら」

「そう……なのね……」


 満面の笑みのランミーアさんとは対照的に、私の顔色は大分悪くなったらしい。いや、こんなの聞いたら、悪くもなるでしょうよ。


「ローレルさん、顔色が悪いわよ? 大丈夫?」

「コーネシア様、呼ぶ?」


 ルチルスさんとランミーアさんが心配してくれるけど、こんな事でコーニーを煩わせる訳にもいかない。


「だ、大丈夫。ちょっと、驚いただけだから」


 うん、確かに驚きました。てか、そうならそうと先に言っておいてよシーラ様ー。

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