第90話 白騎士の話

 女子の部は一日のみの、エキシビジョン的なものらしい。残念。そういえば、学院祭でゴン助と走ったあれも、エキシビジョン的なものだったな。


 とはいえ、一日だけでも天幕社交から逃れられたコーニーと私は満面の笑みです。


「そんなに嫌いなの? 社交」

「嫌いまでは言わないけど……」

「面倒なので嫌いです!」


 ぼかしたコーニーと、直球の私。どっちにもシーラ様は苦笑いでした。


「まあ、嫌いでもやらなければならない事だから、逃がしはしないわよ?」


 シーラ様、笑顔が怖いっす。そして、本当に逃がしてはもらえないらしい。ちぇー。


 でも、狩猟祭女子の部に参加したからか、折り返しの天幕社交はその話題で持ちきりだった。よかったわー。


「素晴らしい結果でしたわね。馬に乗って弓を射るなんて、大変でしょうに」

「ありがとうございます」

「そういえば、女子の部があった日、招待客が連れてきた飛び入り参加の何人かが、棄権したそうね」

「ええ。なんでも、恐ろしい目に遭ったとかで」

「馬も疲弊していたらしく、可哀想だったと主人が申しておりましたわ」

「そういえば、ご主人、馬の交配がご趣味でらしたわね。優秀な馬を何頭も所有してらっしゃると聞いたわ」

「ええ、王宮の品評会にも何度か出してますわ」

「大きな賞も取ってらっしゃるわよねえ」


 棄権……あの連中かな? そりゃあ追いかけても追いつけず、どこまでも走らされたとなれば、大変だったろうなあ、馬が。


 乗り手には同情なんぞ一切しません。己の下心が原因と心得よ。




 狩猟祭の観覧場所も、昨年に比べると非常にかしまし……元気のいい声が響いております。どこから湧いてきたんだ? と思う程。


 そして、彼等の姿が巨大スクリーンに映る度、黄色い声が上がる。


「きゃあああああ!! ウィンヴィル様ああああ!!」

「ロクスサッド様、さすがです!」

「シイヴァン様ー!! こっち見てー!!」


 ……何だろう? ここって、アイドルのコンサート会場だったっけ? こっち見てって……あれ、映像なんだからわかる訳ないじゃん。


 あ、カメラ目線してって事? 狩猟中のルイ兄に、そんな芸当出来る訳ない。目の前の獲物に夢中だよ、あの人。


 三人に交ざって、時折黒騎士白騎士の名前も挙がる。


「今年も参加されてたのね! 嬉しい! 来て良かった!!」

「ああああああ、尊い、全てがもう尊い」

「イエル様、狩りの腕もいいのね!」


 若干、君も転生者かい? と聞きたくなる声が混じっていたような気がするんだけど……気のせい?


 そして、さらにこんな声も聞こえてきた。


「あれ誰!? ほら、あそこの!」

「ああ、確かペイロンの分家筆頭の嫡男じゃなかったかな?」

「筆頭って事は、クインレット子爵家ね! よし、覚えた!」


 ああ、ロイド兄ちゃんも彼女達の標的に。まあ、頑張れー。いやあ、肉食女子達から、逃れられるかねえ。




 狩猟祭も天幕社交も大きな事故などはなく、滞りなく日程を消化した。いやまあ、大きくない、小さいあれこれはあったけどね。


 女子の部で人を追いかけ回そうとした連中はまだ可愛い方で、夜中部屋まで来ようとした連中もいたらしい。


 スワニール館とはいえ、領主の家族が過ごすエリアだよ? 警備が敷かれていない訳ないだろうに。


 その連中は、全員簀巻きにして館の玄関に放り出しておきました。剥かれていなかっただけ、ありがたいと思いなさい。


 とはいえ、いい見世物にはなってたけど。これで奴らの未来は閉じたね。ええ、複数人いましたよ、まったく。


 ただ、夜這い狙いで来た連中の狙いが、私なのかコーニーなのかは悩むところ。


「レラに決まってるじゃない」

「即答?」

「当たり前でしょ? 私は侯爵家の娘だけれど、余所に嫁ぐ身だもの。いくらなんでも、傷ものにして嫁に取ろうとはしないわよ」

「えー? 傷物にしても、嫁にもらえば侯爵家との繋がりが出来るとか……」

「そんな手段で結婚を決めた相手に、我が家が友好的な態度を取ると思う?」


 言われてみれば。友好どころか、相手の男をつるし上げに行きそうだわ。


「よしんばそんな事態になったら、世間体の為に結婚はしても即別居、二年くらい後には相手が病死する事になるわよ」


 怖。でも、それくらいアスプザットならやりそう。


「もっとも、そういう事にはならないでしょうけど。レラ程じゃないけど、私だってそれなり戦えるんですからね? それこそ、そこらの男なんか目じゃない程度には出来るんだから」


 ぷんすこ怒るコーニー、可愛い。


 言われてみればその通りだね。この見た目で忘れがちだけど、コーニーって私と一緒に魔の森に入って狩りを出来るくらいに戦闘能力はあるんだ。


 さすがペイロンの血ってところ?


 そんな彼女なら、夜這いにきた男の一人や二人、吹っ飛ばすくらい朝飯前だわ。


 まー、その前に研究所で作った試作品の警備システムが役に立ったけど。これ、スワニール館で試験運用して、問題がなければなんと王宮に導入するらしいよ。


 王都に設置した魔力センサーの出来がいいからって、王宮の方から機械警備の打診があったんだってさ。


 ええ、以前から研究所にはアイデアを出しておりましたとも。前世のご近所では入ってる家もあったんだ、機械警備。


 さすがに王宮へ導入する際には、ブラッシュアップする必要があるけれど。


 でも、多分そこにも私があれこれ言った機能が搭載される予感。どうしよう、王宮の警備の裏を知る事になっちゃったよ。




 本日は狩猟祭の最終日。昼間に最後の狩りと、今回の狩猟祭の優勝者が決定して、夜は舞踏会です。


 優勝は、派閥でも中堅どころの家の次男か誰かに決まった。今年の優勝者への月桂冠もどきを渡す役は、コーニー。


 優勝者は顔を真っ赤にしてるよ。やー、何か初々しいねえ。


「あの野郎……何やに下がってんだ」

「後でしっかり釘を刺しておこうか」

「あの程度の腕の奴に、コーニーは渡せん」


 小うるさい兄三人が何か言ってるよ。てかルイ兄、しれっと混じってるし。こりゃコーニーの嫁入りはもめそうだね。


 ちなみに、ヴィル様達や黒騎士達は、今回かなり手を抜いた……というか、他に獲物を譲ったらしい。


 黒騎士の場合、去年は加減がわからなくて優勝したみたいなんだ。その辺り、ヴィル様やルイ兄からしっかりレクチャーされたっぽい。


 男同士って、たまにうらやましいわ。




 優勝発表から昼を挟んで夜の舞踏会ざます。たっぷりお昼寝をしておいたから、体調もばっちり。


 成人したので、去年のように途中で抜けるのはダメらしいんだー。女子は早めに離脱しても良くね?


 ダメですか、そーですか……


 ファーストダンスは婚約者(仮)の黒騎士と。狩猟祭のあれこれなどを話しながら。


「そういえば、棄権した連中がおかしな事を口走っていたそうですね」

「そーなんですか? 何を言ってたのかなー?」


 若干棒になるのは、お許し願いたい。


「何でも、生きた幽霊を追っていた、と」

「んぐ……まあ、そうなんですか」


 あやうく噴くところだったわー。生きた幽霊って。幽霊なら死んでるじゃないか。


「何か、心当たりでも?」

「いいえ? 別に」


 嘘でーす。心当たりありまくりでーす。でも、黒騎士はそれ以上聞いてこなかった。興味がないのか、それともこれ以上聞く必要はないと判断したのか。


 あっという間にファーストダンスは終わり、ヴィル様、ルイ兄、ロクス様、ついでに白騎士、ロイド兄ちゃんとも踊った。


 ふいー、疲れたー。ちょっと暑くなったので、バルコニーで一息。と思ったら、背後から誰か来る。誰だ?


「やあ、先程ぶり」

「まあ」


 白騎士だ。ちょっと身構えちゃうのは、去年ロルフェド卿とワンセットでいるところを多く見ていたから。


 そういえば、白騎士団長とロルフェド卿は、その後どうなったんだろう?


「実は、アスプザット侯爵夫妻から、あなたに伝える役を仰せつかりまして」

「私に? 何を?」

「うちの団長と、ロルフェドの事ですよ」


 おおっと。いきなり直球コースだ。でも、何でシーラ様達は白騎士に伝えさせるんだろう? 夜にでも、直で話してくれれば良かったのに。


「実はですね、デュバル女伯爵の意見次第で、ロルフェドとユルヴィル家のその後が決まりそうなんですよ」

「はい?」


 どういう事?




 結局、その場では聞かず、部屋に戻ってからという事になった。場所はスワニール館三階にいくつかある居間のうちの一つ。


 これから白騎士が話す事は、シーラ様達は既に知っている内容だって。で、何故かヴィル様、ロクス様、ルイ兄とコーニー、黒騎士も一緒にいる。


 彼等を見て、白騎士が顎に手をやって大げさな仕草をした。


「おかしいなあ? 俺が話すって言った相手、デュバル女伯爵だけなんだけど」

「母上達が知っているんだから、我々も知る権利があるはずだ」

「アスプザットが知っているのなら、未来のペイロン伯である俺が知っていてもいいはずだ」


 ヴィル様とルイ兄の言い分はこんな感じ。で、黒騎士の言い分はというと。


「婚約者とお前を二人だけにする訳ないだろう」

「最後! 酷くない!? 俺、お前の数少ない友達だよ!? もうちょっと信用しようよ!」

「女性に関しては、一切信用しない事にしている」

「またしても酷い!」


 ……白騎士って、こういう性格だったっけ?


「そこ、男二人で楽しんでないで、話を進めろ」


 ヴィル様が、見るからに不機嫌。あれか、昼間のコーニーにデレデレしていた優勝者の件か。シスコンだからなあ、ヴィル様。


 白騎士は改めて、部屋にいる全員を見回した。


「知っているかもしれないけど、氾濫が起こった時に森を焼いた魔道具を作ったのは、白嶺騎士団団長のユルヴィル伯、そして、その魔道具を起動させたのは俺の同期のロルフェドだ」


 ロルフェド卿がいつ起動したのかと言えば、なんと去年。日時を正確に指定したものではなく、起動から一定時間経過したら発動するように仕組まれていたんだって。時限式発火装置という訳だ。


 装置そのものは既に研究所で解析その他が進んでいるので、同じものを再現する事は可能らしい。いや、別に森をやく訳じゃなくてね。


 時限装置ってところに、ニエールが引っかかったんだ。何か他に流用出来るんじゃないかって。


 それなら時計を仕込んだ時限式のアイデアを出すのに。


 それはともかく、王都では、この二人は内々に捕縛されて、既に国王の前で罪を自白させられたそうな。


「自白させられた?」

「そう。ここにはあるんでしょ? 自白させる魔法が」


 室内の視線が、一斉に私に集まるのは何故でしょうね? いや、わかってるよ。そういう変な魔法を作るのは私だって、知ってるって事でしょ?


 実際、私とニエールで作ったし。去年の天幕外交でも使いましたー。


「で、その魔法で大体の事はわかった。黒幕は貴族派の重鎮ビルブローザ侯爵サイヴェル卿」


 白騎士が挙げた名前に、ヴィル様達が動揺してる。


「本当にビルブローザ侯爵が黒幕なのか? いや、あり得る話ではあるが」

「こんなに簡単に侯爵に行き着くのは、罠のように感じるんだよね」


 ヴィル様とロクス様には、今回の自白魔法で得た結果が、貴族派の用意した罠に思えるらしい。


「確かに、自白だけでは証拠として弱い。でも、内部文書が物的証拠として出て来たら?」


 動かぬ証拠というやつが出て来たら、侯爵といえども言い逃れは出来まい。


「……あるのか?」

「ある。というか、出てきた」


 黒騎士の問いに即答した白騎士に、室内の空気が張り詰める。


「どうやって見つけたんだ?」

「それはまだ言えないかな。あー、でも、そろそろ王都で決着付けるって話だから、もうじき教えてもらえるよ」

「お前は知ってるのか? ネドン」

「一応、うちの団から犯人が出てるからさ」


 ヴィル様も、それ以上は突っ込めなかったみたい。白騎士団の団長と、白騎士の同期のロルフェド卿が犯人だもんなあ。


 団長が関わってる以上、白騎士団全体も疑われたっておかしくない。白騎士があれこれ動いているのって、団の潔白を証明する為なのかも。


「大体の筋はわかった。表沙汰に出来ない理由もな」


 ん? どゆこと? 周囲を見ても、わかっていないのは私だけらしい。


「レラ、何故二人が内々に捕縛されたか、わかっていないね?」

「理由を教えてください、ロクス様」

「今回、攻撃されたのはペイロンの領地で、ペイロンは王家派閥だ。そして、攻撃を仕掛けた実行犯は中立派のユルヴィル家、でもその後ろにいるのは貴族派のビルブローザ家。これを全部表沙汰にすると、王家派閥と貴族派閥の内乱になるんだ」

「え」


 そんなでかい話になるの? いや、氾濫の時期に森を焼かれたのは、すっごい痛手だけど。


「王宮内でお互い政争をしている分にはまだいい。でも、今回は危険だとわかっていて魔の森を焼いた。しかも、氾濫の時期に。悪質だよね?」

「そう……ですね」

「ある意味、これは貴族派からの宣戦布告とも取れる。というか、公表しちゃったら、そうなるんだよ」


 あー……だから、表面上は犯人不明とかでやり過ごし、裏で実行犯及び黒幕を締め上げるって訳か。


 ってなると、ユルヴィル家ってどうなるの? 私の疑問に答えてくれたのは、ヴィル様だった。


「現当主であり道具を作成したヘリダー卿は、隠居後病死ってところか?」


 うぐ。コーニーと話していたやつだ。処刑という形ではないけれど、秘密裏に「処理」しちゃうってやつだね。


「まあ、そんな感じ。ユルヴィル家を取り潰す訳にもいかないから」

「あそこは魔法の大家だからな。ロルフェドは領地で謹慎か?」

「うん……もう、二度と中央には出てこられない」

「命があるだけましだと思え。じゃあ、ユルヴィル家は、カルセインが襲爵か」


 いつぞやいきなり手紙をよこした、母方の従兄弟か。そういや、あの手紙で父親廃して自分が当主になるのを手伝って、ってあったっけ。


「ついでに、ビルブローザ侯爵家も代替わりするよ。他にも、貴族派の家では、いくつかが強制的に代替わりするね」

「それだけの家が、今回の事に関わってたって訳か」


 単純に森を焼いただけでは終わらない。危うく内乱を引き起こしかねない事態だった訳だからね。


「あと、サイヴェル卿は隠居後間を置かずに死を賜る事が決定している」

「……どういう事だ?」

「彼がもくろんだのは、王位の簒奪だ」


 簒奪……それって、王位に就く血筋じゃない人が王位に就く事だよね。じゃあ、ビルブローザ侯爵が目指したのって……


「彼は、魔の森の氾濫を拡大させて、王都まで魔物を引っ張り込むつもりだったんだよ」

「バカが。魔の森を甘く見過ぎだ」


 ヴィル様の言葉に、ペイロン関係者は全員頷く。本当に、甘く見過ぎだ。魔の森の氾濫で出た魔物が王都に向かったら、王都は壊滅状態になっただろうに。


 多分、その場にいるであろうビルブローザ侯爵本人も、魔物の餌食になったと思う。氾濫で出てくる魔物は、普段森で狩っているものより数段手強かった。


 大量に出てくるってわかってたから、大型の罠を用意して対処出来た部分もあるけれど。それでもきつかったもんなー。


「そういう訳で、サイヴェル卿だけは行く末が決定してる。他の代替わりで隠居に追い込まれる現当主達も、似たような末路になるけれど」


 大量に代替わりが起こるのは、簒奪に関わっていたからだったんだ……

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