第89話 女子の部
とりあえず、考えが変な方向に行き始めたニエールを寝かしつけて、起きたら野菜と肉たっぷりスープを出すように指示しておく。
「ニエールってば、いつもああなの?」
研究所を後にし、スワニール館へと帰る道すがら、コーニーがボソッと呟いた。
「うんそう。だから時折私が強制的に寝かしつけてるの」
「ご苦労様」
本当にね。あれでも優秀な研究員なんだけど。
例年以上に盛大に、という触れ込みは嘘ではないようで、移動遊園地も規模を大きくし、大道芸人や芝居小屋の数と種類も増えている。
そしてスワニール館では、中日は銘々好きに過ごす事になっているけれど、今回は誰でも参加OKな昼食会が庭園で開かれていた。
何の事はない、日本風のバーベキューパーティーなんだけど。金網や鉄板で焼かれた肉や魚、野菜など、デザートにはフルーツをたっぷりつかったケーキや焼き菓子、ゼリーにプリンなどが出ている。
研究所行きは午前中で終わったので、昼はこの昼食会に参加する事になった。デザートが目当てでもある。
「おお、凄い人だね」
「招待客なら誰でも参加していいし、客が連れてきた人もいいんですって」
つまり、観覧で来ていた他派閥の家の人も、知り合い見つけて潜り込んでるって訳か。
「レラ、潜り込むだなんて人聞きの悪い」
「えー? でも、そういう事でしょう?」
コーニーからの返事がない。本当はそう思ってるんだな?
席は自由。長いテーブルに座るもよし、各所に置かれた小さめの丸テーブルに座るもよし。
にしても、凄い人数だねえ。招待客が連れてきた人達が、相当数いるんだなあ。
私とコーニーは、中央から少し離れた丸テーブルに落ち着いた。これ、四~五人程度座れそう。
「あら、あそこで兄様達が捕まってるわ」
「どれどれ……あ、本当だ」
庭の中央付近に炉があるんだけど、その周辺に人がごちゃっと集まってるのが見えた。
女子に囲まれてキャーキャー言われてる集団の中央には、ルイ兄、ヴィル様、ロクス様、それに黒騎士と白騎士がいる。
周囲を囲む女子に阻まれて、動くに動けないみたい。
「人気高いねえ」
「あら、あっちにも。あれ、ロイドかしら?」
「あ、本当だ」
ロイド兄ちゃんも、それなりの女子に囲まれてるよ。見てくれはいいからなあ。中身脳筋ですが。
後はやっぱり、家が子爵位を持ってるからかねえ? ロイド兄ちゃんは嫡男だから、爵位を継ぐし。
にしても五人に群がる女子達、一部天幕社交で見ていない顔がいるね。観覧女子の一部かな?
「そういや、去年はミスメロンとダーニルが来て騒動になったなあ」
「何だか懐かしいわね」
本当にね。よくない記憶のはずなのに。
「ところで、ユーイン様を救い出さなくていいの?」
「コーニーは、ヴィル様とロクス様、救い出さなくていいの?」
「自力で抜け出してもらいましょう」
「そうしましょう」
うん、今日のお肉もおいしー。
「裏切り者め」
昼食の後はお部屋でまったり過ごし、あっという間に夕飯時。中日の今日は晩餐会はなく、各自で取る事になっている。
領都の店に食べに行ってもいいし、もちろんスワニール館の食堂で食べてもいい。
家族で来ている人達は、家族だけの小さめの食堂を貸し出してもらえる。中には屋台目当てに街に繰り出す強者もいたりして。ゾクバル侯爵って言うんだけど。
で、私はスワニール館の主の家族用の食堂で食べる。イブニングに着替えなくていいから楽。部屋着なので、かなりラフだ。
食堂に入って最初に、ヴィル様から睨みと一緒に先程の言葉が飛んできた。コーニーと顔を見合わせて、首を傾げる。
「あら、いつ兄様を裏切ったのかしら?」
「覚えがないよねえ?」
「お前ら、昼に私達が女子に囲まれて動けなくなっているのを、見て見ぬ振りしただろうが」
「あれは別に、裏切りじゃないわよねー?」
「そうだよねー」
ただの保身です。
「大体、あの程度の女子くらい捌けなくてどうするのよ」
「捌くとか言うな」
アスプザット兄妹は、今日も仲良しですねえ。
「ロクス様は文句言わないんですか?」
「意味がないから言わないよ。コーニーもレラも聞く気、ないでしょ?」
バレてるし。まあ、ヴィル様とコーニーのあれは、いわゆる兄妹間のコミュニケーションだ。
ルイ兄も文句言ってこないね。と思って見たら、まだふてくされてるよ。いい加減、サンド様達に笑われるよ?
そういや、黒騎士と白騎士はどうなんだろう。ちらりと見ると、黒騎士はちょっとお疲れモードだ。隣の白騎士は、にこやかにしている。
そういえば、彼だけ女子に囲まれていた時、見事な笑顔だったなあ。ヴィル様は半分引きつっていたし、ロクス様は何考えているかわからない感じで、黒騎士は無表情だった。
コミュ力お化けのルイ兄もお疲れ気味になる程パワフルな女子達だったのになあ。ある意味、白騎士ってすげー。
ちなみに、黒騎士と白騎士は諸事情によりここで夕食を取る事になったんだって。黒騎士はまあ、私の婚約者(仮)だからいいとして、なんで白騎士も?
まあ、黒騎士の友達枠かもね。
狩猟祭後半戦、今年は前年までとちょっと違う。
なんと、女子の部が作られましたー。もちろん、コーニーと私は参加だ。あと、他にもいくつかの家から令嬢が参加する。
この女子の部、馬に乗れて招待客の推薦があれば誰でも参加可能というもの。ちなみに事前申請が必要で、乗馬能力の簡単なテストも受ける。
いやー、観覧女子からの応募が凄かったらしい。ただ、大抵の女子は乗馬テストで落第したそうな。
私もコーニーも余裕で合格。さすがペイロン産の馬だけある。普段から魔物を身近に感じてるせいか、私を乗せても怯える事はない。
「楽しみね、レラ」
「本当に。もう、ずーっと出たいって言ってきたもんね」
小さい頃から、コーニーと二人で狩猟祭に出たいねって言っていたんだ。長年の夢が、ようやく叶ったよ。
「女子の部にも、優勝賞品はあるそうよ?」
「じゃあ、狙わないとね」
「負けないから」
「私だって」
女子の部、出場者はたったの十人。まあ、女子で狩猟を嗜むのは少数だから仕方ない。
狩猟で使うのは弓矢。馬に乗ったまま、矢を放つので命中率が低いらしい。流鏑馬かよ。
まあ、獲物は犬が追い立ててくれるし、疲れて弱ったところを射るそうだから、そこまで難しくないのかもね。
もっとも、魔法で命中率は上げるけどな。
魔法で獲物に攻撃をしてはダメだけど、それ以外の使い方に関しては特にルールはないってさ。事前にちゃんと調べたんだー。
狙うはキツネと鹿。キツネは尻尾、鹿は毛皮が欲しい。いや、買えばいいんだけどさ、自分で仕留めた獲物の毛皮とか尻尾って、愛着湧きそうじゃない?
なので、頑張る。
狩猟自体は男性に交じってやるんだけど、女子の部専用の狩猟犬が用意されていて、何人か手伝いの人も付く。本当、お遊びなんだね。
「私は犬はいいや」
「レラ?」
「ここからは、単独行動するね。また後で!」
後ろでコーニーが何か言ってる気がするけれど、聞こえなーい。この馬、足が速くていいなあ。
集団から離れて狩り場全体を探ってみると、男性の一群がこっちに向かってきている。この辺りには、犬は来ていない。
通常の狩猟なら、犬が見つけた獲物を追いかけるはずだ。じゃあ、あの一群は何だろう?
何となく鉢合わせはしたくなくて、木の陰に移動し気配を断つ。
「いたか?」
「いや、見当たらない。おい、本当にこっちに来たのか?」
「ああ、絶対だ」
何か、不穏な事を言ってないか?
「見つけたら、何が何でもものにしないとな」
「おい、抜け駆けするなよ?」
「早い者勝ちだろう?」
「女伯爵の婿に収まれば、贅沢し放題だ」
そういう事かよ。この狩り場には、攻撃魔法のみに反応するセンサーが設置されている。研究所特製の品だ。
とはいえ、攻撃用の術式以外でも、使い方によっちゃあ相手を倒す事も可能。
そして、私は常にカメラとマイクをオン状態にしているのだ。さっきの奴らの発言も、喋っているところをしっかり録画済みだ。
まったく、こっちは婚約者持ちだっていうのに。それ以前に、おかしな事をしようとしてきたら、返り討ちにするに決まってんでしょ。
辺りをキョロキョロしている連中を見ていて、いい手を思いついた。私を探しているのなら、体力が切れるまで追いかけてもらおうか。
幻影で私の姿を出し、そのまま駆けさせる。
「あ!」
「いたぞ!」
「追え!!」
おいおい、もう少し口には気を付けたまえよ。あからさまに不審者ですって言ってるようなものじゃない。
それにしても、婚約を発表してもああいった手合いが現れるとは。
「ん?」
げんなりしていた私の警戒網に、獲物が引っかかった。この大きさは、鹿だな。
「よっし、まずは一匹ゲットだぜ!」
弓を使わず、矢だけを魔法で浮かせて用意する。後は鹿にマーキングして、そのマーク目がけて矢を飛ばせばいい。
この術式だと、攻撃魔法ってカウントされないんだよねー。そして、無事に鹿を仕留めましたー。いや楽勝楽勝。
さて、次はぜひともキツネを見つけたいところ。その尻尾を私に捧げるがよい!
結果、鹿を二頭、キツネを三頭仕留めて女子の部優勝しました。ひゃっほー。
シーラ様には苦笑いされたし、コーニーには悔しがられたけど、ルイ兄と黒騎士は褒めてくれたよ。
さーて、この鹿で何作ろう? キツネは定番のマフラーですよー。
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