第88話 無事開幕

 誕生日が終わってちょっと気を抜いていると、もう狩猟祭。早いなあ。


 私のバースデーパーティーに招待した人達は、全員そのまま残って狩猟祭に参加する。まあ、派閥内でのあれこれだからねー。


 ちなみに、アスプザット家や伯爵、ルイ兄の誕生日は何故か冬に集まっている。


 なので、全部王都で済ませるんだって。舞踏会シーズンだから、ちょうどいいそうだよ。納得いかん。


 あ、でも来年からは自領でのバースデーパーティーになるのかなあ? 一応、当主になった訳だし。今年はまあ、まだなりたてだからあれだけど。


「来年も、ペイロンでやればいいんじゃないの?」

「いいのかね?」


 スワニール館へ移動し、狩猟祭の為に朝からコーニーと二人で支度中。狩りは早い時間から始まるからなあ。


「狩猟祭の開始宣言の時に、レラとユーイン卿の婚約の件、発表ですって」

「うおう……」


 結局、形だけでも婚約という事になり、それを狩猟祭で発表と……


 私の場合、バースデーパーティーに招待しなかった派閥の人達へデュバル家を継いだ事も伝えなきゃならないから、大変。


 まあ、自分で「継ぎました、よろしくー」と言う訳じゃないけどさ。婚約も、伝えてくれる人はいるけどさ。


 でも、壇上に上がってさらし者にはなる訳だよ。あああああ、いっそ大嵐でもおきて、今からでも狩猟祭、中止にならないかなあ。




 そんな都合良く嵐なんて来るものじゃないね。支度も済んで、狩猟場に移動し、舞台? の端で呼ばれるのを待つ。胃が痛い。


「ローレル嬢、大丈夫ですか?」


 黒騎士が心配そうにこちらを見てくる。何だか、彼も巻き込んだ形で申し訳ないっす……


「レラ、背筋を伸ばしなさい。それと、笑顔」

「はい……」


 今にも眉が八の字になりそう。この後、私は天幕社交の方に参加だから、そこでも質問責めにあうんだろうなあ。


 それは覚悟しておけと言われてるし。嘘はダメだけどぼかすのはOKとも言われてる。


 ただ、貴族のご婦人方は、恋バナは大好物らしいので、食いつかれるそうな。恋バナって……


「それでは、本日まことにおめでたい話題が二つございます。一つは、つい先日、デュバル伯爵家が新しい当主を迎えました。タフェリナ・ローレル・レラ・デュバル女伯爵様です」


 ああ、名前呼ばれたから行ってこなきゃ。そして、笑顔。引きつりそうになるけれど、頑張れ自分。


 拍手で迎えられ、なるべく人の顔を見なくて済むよう少し上を向いて笑う。


「また、デュバル女伯爵様はこの程ご婚約も成立いたしました。お相手は、フェゾガン侯爵ご子息ユーイン卿です」


 名を呼ばれて、黒騎士もこちらに来て私の隣に立つ。


 この場は本来、狩猟に参加する男性のみの場なんだけど、今回に限り天幕社交に入る前の女性もいる。


 その女性陣から、悲鳴が上がった。なんか、ブーイングされてね?


「嘘……嘘よ! ユーイン様が、あんな子供と!」

「いくら成人しているとはいえ、なりたてでしょう? ああ、きっと政略で嫌々娶せられたんだわ……お可哀想なユーイン様」

「悔しいいいいい! なんであんなペタと!」


 おい、最後の一人、顔覚えたからな? 後で覚えとけよ? 笑顔のまま、ペタ発言をした女性を見た。呪ってやる。全力で呪ってやんよ。


「怖い顔するのはやめなさい」


 舞台から下りたら、いつの間にか来ていたコーニーに両頬を手で挟まれた。


「えー?」

「えーじゃありません。ヤジが飛んだようだけど、あの程度、社交界に出たらいくらでもあるわよ?」

「やっぱ社交界なんて出たくない……」


 なんて嫌な場所なんだ、社交界。呪う相手が増えてしまうじゃないか。


「出たくなくても出なきゃダメ。領民の為と思いなさい」


 領民の為を思うなら、さっさと森の中央に行かなきゃじゃないかなあ? まあ、行ったところで解決法が確実にあるとは限らないのが問題だけど。


 だってあの手紙の内容を考えれば、確実な答えがあるとは思えないよね。一万年前から五百年前くらいにタイムスリップしてるんだもん。


 その間、本当にうちの初代の片割れが、同じ研究してたか怪しい。でも、破棄されていなければ、研究の記録が残ってるはずなんだよね。


 それを持ち帰って、ペイロンの研究所で調べてもらえば何とかなるかも。




 狩猟祭は無事開幕。そして、天幕社交も開幕しましたー。


「まあまあまあ、あのユーイン卿を落とすだなんて、女伯爵はやり手ねえ」


 やめてくださいよラビゼイ侯爵夫人。そんな好奇心に目をギラギラさせてこっち見ないで。


「ぜひ、お二人のなれそめを伺いたいわ」


 私としては、そちらのなれそめを是非聞いてみたいですよゾクバル侯爵夫人。何をどうすれば、こんな可憐な人があの筋肉に嫁ぐの?


 でも、今回私はもてなし側ではなく、もてなされる側。おかげで席移動がないから、しばらくこの天幕にいなくてはいけない。


 おかしくね? ペイロンの身内扱いなんだから、私も去年同様シーラ様にくっついていればいいんじゃないの?


 そんな私の疑問も、「伯爵家当主だから」の一言で解消させられてしまいましたよ。


 そして私がいる天幕は、メンツからもわかるように派閥内序列が上の家の女性ばかり。本来なら、デュバル家って序列が高い家なんだって。びっくりだ。


 そして、座っている席はラビゼイ侯爵夫人とゾクバル侯爵夫人に挟まれている。狙ってますね、シーラ様。


 とはいえ、この二人がいればシーラ様が天幕を移ったとしても、厄介な女性に絡まれる事はない。そんなところも計算しての席決めですよ。


「さあさあ、若い人の話を聞かせてちょうだい」

「ええと……王都に初めて行った時、街中で迷いまして。その時、送り届けてくれたのがくろ……彼です」

「んまああ!」

「物語みたいねえ」


 嘘は言っていません、嘘は。出会いはあれだからね。でも、自分で言ってても作り話めいてるよなあって思う。


 あの時、黒騎士はヴィル様に縁がある人間だってわかったから、私を送っていっただけなんだろうしね。


 両侯爵夫人がはしゃぐものだから、同じテーブルにいる他の夫人方も笑うより他ない。


 一部からは、鋭い視線が飛んできてるけどねー。物質化したら突き刺さるぞこれ。


 なんだかんだで狩猟祭一日目は無事終了。これ、この先もずっと同じような事が続くんだろうか。精神、保つかなあ?




 相変わらず天幕社交は苦手だけれど、それをわかっているシーラ様の采配により、何とか切り抜けた感じ。


 いやあ、困る事も多いけど、頼りになりますラビゼイ侯爵夫人。ゾクバル侯爵夫人も。


 無事中日のフリー日まで辿り着けたので、今回は研究所へ行く予定。移動遊園地じゃないのかって? 今はそれより優先する事があるから。


 黒騎士が同行するって言ってたけど、ルイ兄やヴィル様に捕まってるから、無理だねー。男同士の付き合いを優先してください。


 研究所へは、コーニーが一緒に来てくれた。


「ニエールいるー?」

「あらレラ、氾濫以来かしら?」

「そうだね……って、あんたまた寝ていないね?」


 目の下真っ黒だよ。指摘した途端、身構えやがった。


「催眠光線はなしよ!?」

「とりあえず、話があるから聞いてほしいんだあ」


 ……なんでそんなに身構えるんだよ。こっちだって話を聞かせる前に寝かしつけようとは思わないから。




 氾濫最後に出た大きな鳥、あれが消滅する前に私の頭に刻み込んでいった術式がある。


 いくつかある中で、これからどうしても実用化させたいものが重力操作。これを利用して、高度六千メートル上空まで上がれる乗り物を作ろうと思う。


 その為には、研究所の……もっと言っちゃうとニエールの協力は不可欠なのだ。


 ただなあ、この術式、かなり古いものらしく、現在の術式に置き換えるのが大変。その辺りも、ニエールに頑張ってもらおうかと。


 術式の構成要素はわかっているから、ニエールに話しながらホワイトボードに書き出していく。


 ニエールはもちろん、コーニーも無言でボードを見つめたままだ。


「……と、こんな感じかな」

「これが……ああ、そういう……ああ、でもこっちは……」


 ニエールはボードに見入ってブツブツ言ってる。目がらんらんとしてるから、かなり集中してるな。


「レラ、これでその……じゅうりょく? というものを操れる訳?」

「そう。これが使えるようになれば、もの凄ーく高い場所へも簡単に行けるようになるんだよ」

「……つまり、レラはその高い場所へ行きたいのね?」


 コーニーは鋭いなあ。高い場所へ行くのは手段の一つであって、目的地は普通に地上だけど。


 曖昧に笑う私に、自分の言葉が間違っていると気付いたコーニーは、何やら考え込んでる。


 ってか、森の中央の話、シーラ様から聞いていないんだね。さすがはアスプザット夫妻。デュバル領の醜聞になる内容だから、他に話さなかったんだ。


 でも、コーニーは頭がいいから、自力で答えに辿り着いちゃいそう。別の答えに辿り着きそうなニエール共々、寝かしつけちゃおうかな。

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