第87話 Win-Win?

 パーティーは盛大でした。ええ、凄く。そして、例年になく挨拶回りが大変でした。


 一応主役だからさー、奥にででんと立ってるだけでいいって言われたんだけど、両脇をサンド様とシーラ様に挟まれ、近くには伯爵もいる。そんな状態で、来客からの祝いの言葉をもらい、それに礼を言う。


 それがパーティー始まってずーっと続いてるんだよ? 大変苦痛でございます。


「レラ、笑顔が引きつってるぞ」

「勘弁してください」

「淑女にとって笑顔は、社交界での防具よ」


 マジですかー。両脇からサンド様とシーラ様に励まされ? てるけど、そろそろ本気で限界です。


 派閥の序列が高い家がご夫婦で、プラスご子息ご息女込みで来ていたり。その人達から祝いの言葉をもらってお礼の言葉を返して……


 もう、誰に会ったのか覚えていない。


 そろそろやべーとか思ってたら、どっかで聞いた声がした。


「本日はおめでとうございます」


 目の前には、見覚えのないご夫婦と、その後ろに……あ。総合魔法で学院祭に一緒に出た人だ。


 名前、何だっけ? 六年の首席だった人。


「学院祭以来ですね。本日はおめでとうございます」

「ありがとうございます。その節は、お世話になりました」

「いいえ、こちらこそ。あなたの提案であの演奏が決まったと聞いています。すばらしい体験をさせてもらいました。感謝しています」


 あれ、私が提案したんだっけ? 違うような……


 ダメだ、思い出せん。まいっか。ここは愛想笑いで乗り切っとけ。


 挨拶は招待客の中でも序列が低い方から。といっても、派閥全体から見れば、ここにいるのは上の家の人ばかりだけど。


「やあ、成人おめでとうございます」

「おめでとうございます。一年など、あっという間ですわね。今年もこうして無事にお会い出来た事を嬉しく思いますよ」


 おおっと、ラビゼイ侯爵夫妻だ。相変わらず、夫人はいろいろとゴージャスです。


 そして、挨拶に氾濫を無事に収めた事への労いの言葉が含まれている。「無事」ってのと「会えた」って辺り。


「ありがとうございます」

「ご無沙汰してますね、ラビゼイ侯爵夫人。今年も趣向を凝らしておりますので、どうぞ期待していらしてね」

「まあ、今から楽しみだわ」


 うふふおほほと笑い合う姿が、何故か大変恐ろしく感じるのは何故だろう。この二人だからかな。


 ラビゼイ侯爵夫妻の後は、もう一組しかいない。派閥の序列二位、ゾクバル侯爵夫妻。


 こちらは侯爵が大柄でペイロンにいても不思議はないような外見の人。そして夫人は華奢で可愛らしい感じの人。


 その夫妻の後ろに、侯爵によく似た年嵩の人がいる。その人の隣には、年の頃十八、九の若い女性。これは、もしかして……


「成人、おめでとうございます。これでやっとデュバルが正常化するな」

「おめでとうございます。来年二月には、社交界にもデビューですね。今からそちらでお会い出来る事を、楽しみにしておりますよ」

「ありがとうございます」

「ようこそ、ゾクバル侯爵、ユザレナ夫人。それと、ご隠居がお連れになっているのは……」

「ええ、我が家の長女でツーアキャスナです。キャス、ご挨拶を」

「ゾクバル侯爵が娘、ツーアキャスナ・エーネです。どうぞ、お見知りおきを」

「こちらこそ」


 年下の私が偉そうな言い方をするけど、年齢と肩書きは別物だからね。成人したばかりとはいえ、私は伯爵家当主。比べてツーアキャスナ嬢は侯爵令嬢。


 家格は相手が上でも、当主と子では立場がまるで違うから、こういうややこしい事も発生する訳だ。


 そして、その隣のご老体はというと……


「おお、久しいなちびっ子。まったく、この倅が儂を追いやるものだから、ちびっ子にもなかなか会えずに寂しかったぞ」

「この腐れ親父が。祝いの席で言うに事欠いてなんて事を」

「なあにが腐れ親父じゃ! このへたれ息子が! いつまで文句を垂れておる。たかがパイの一切れごときで」

「何だとう! あれはなあ! ユザレナが儂の為に作ってくれたパイなんだぞ!!」


 わあ、ガチムチ親子が一触即発ー。と思ったら、両方女性に窘められてる。


「お祖父様、いい加減になさいませ」

「あなたもですよ。子供じゃないんですから、このような場で騒がないでくださいまし」


 片や孫に、片や妻に言われて、目に見えてしょんぼりしているのが笑えるー。


 招待客への挨拶はこれで終わり。あれ? 今年はルイ兄、間に合わなかったの?


「ルイなら、もうじき来る。拗ねてるから、気を付けろよ」


 伯爵が耳打ちしてきた。ルイ兄が拗ねてる? もしかして、氾濫に呼ばなかったから?


 でもあれ、いきなり始まったよね? 期間中も、気が抜けなかったから連絡してるだけの余裕、なかったし。


 パーティーが始まって、あちこちで談笑やら何やらが始まると、ヴィル様と一緒にルイ兄が来た。黒騎士と白騎士も一緒に。


 白騎士、いつの間に来たんだ?


「いやあ、俺、招待されていないんで。こっそりユーインに入れてもらいましたー」


 軽。それでいいのかペイロン。多分だけど、調べて問題なしとなったから、入れたんだろう。


 ロルフェド卿は……もう二度とペイロンに入る事は出来ないだろうな。


 そしてルイ兄……わかりやすく拗ねてるよ。


「ルイ兄、一応私の誕生日祝いの席なんだから、ふくれっ面はやめてほしいかな」

「なんで俺を呼ばなかったんだよ」

「しょうがないでしょ? いきなり始まったし、対応してる最中は皆必死だったんだから」

「わかってるけどさ……」

「それに、ルイ兄が戻っても、氾濫対処には参加させられなかったと思うよ?」

「何でだよ?」

「詳しくはヴィル様に聞いて」


 きっとルイ兄も、ヴィル様と一緒に西に送られて、そこからデュバル領の炊き出しに使われたんじゃないかな。




 パーティーでは、私の成人と共に、デュバル伯爵を襲爵した事も発表された。根回しは済んでいるので、驚かれる事はない。


 ただ、そこかしこから注がれる視線が、なんか鬱陶しいんですけど。


「それは仕方ないんじゃない? 去年に引き続き、レラは格好の獲物ですもの」

「コーニー、言い方」

「どう言っても、結果は同じよ。それが嫌なら、さっさと相手を決めて結婚してしまいなさいな」


 なんか、今夜のコーニーは厳しい。いや、去年から言われてた事だから、対策をしなかった私が悪いのかもしれないけどさー。


 でもほら、氾濫とか襲爵とか他にもあれこれあって、爵位狙いの婿候補がわんさかいる事なんて、忘却の彼方だったよ。


「いっそ、ユーイン様と婚約だけでもしちゃったら?」

「そのまま結婚までいきそうなんですが」

「いいと思うんだけどなあ、ユーイン様。レラが森に入るのを拒むどころか、積極的に支援してくれそうじゃない?」

「ううむ……」


 もらったバースデープレゼントって、既に目録はもらってるから中身を知ってるんだよね。


 ありきたりなドレスや靴やバッグ、アクセサリーなどに紛れて、私のよく知っている人からの品がまた一ひねりされていた。


 普段使い出来る小物はアスプザット家から。普通の令嬢に送ったら冷笑されそうな内容らしいけど、使い勝手がよくて私は大好きだし、普通に普段使いする。


 ちなみに、今年もらったものはヴィル様から綺麗なペンとインクのセット、ロクス様からは帽子を三つ、コーニーからはレース生地。


 アスプザット侯爵夫妻からは連名で馬の鞍と乗馬用のブーツ。それとラビゼイ侯爵夫妻からは魔法銀のインゴットを、ゾクバル侯爵家からは魔法を封じた短剣をもらった。


 この二つの家、どうしてこの内容なのよ……去年も似た感じのラインナップだったんだよなあ。さすがは派閥の序列上位の家ってところ?


 ルイ兄からは鏃のセット、伯爵からは細工が施された弓をもらった。本当に、よくわかってらっしゃる。




 バースデーパーティーは、夜遅くまで続いた。主役が成人したので、遅くまででもOKって事になったらしい。


 そんなパーティーも終わり、翌日は昼まで寝ていました……


「あら、ようやくお目覚め?」


 お腹が空いて目を覚ましたのは、昼食の時間を少し過ぎた頃。ヴァーチュダー城の食堂に下りていったら、シーラ様とコーニーがいた。


「レラ、髪くらいまとめてきなさいよ。寝癖、酷いわよ?」

「お腹空いてそれどころじゃなかった」

「まったくもう。ちょっとこっちいらっしゃい」


 コーニーが手ぐしと魔法で簡単に髪をまとめてくれる。優しいコーニー、大好き。夕べは厳しかったけど。


「男共は飲み過ぎたみたいね。全員起きてこないわ」

「まあ、パーティーでしたし」


 あとは、氾濫が終わったって実感したからかな。珍しくヴィル様やロクス様も少し飲み過ぎていたみたい。


「そういえばレラ。ユーイン卿との約束、覚えていて?」

「約束?」


 何だっけ? 首を傾げる私に、シーラ様とコーニーが笑う。


「やっぱり、覚えていないのね」

「私が言った通りだったでしょう? お母様」

「本当に……結婚から逃げるその姿勢は、一体何が原因なのかしらね?」


 ギク。確かに逃げてます。だって、前世もお一人様だったし。今世もそれでいいやって思えるし。


 サンド様とシーラ様がいいご夫婦だってのはわかる。他にも、派閥内では夫婦仲がいい家も多い。


 でも、他の家の事も色々と耳には入ってくるもんだよ。夫婦仲が悪いどころか、最初から相手の家柄や財産目当てだったり、愛情が一方通行だったり。


 実家だってそうだ。母は父に惚れ込んで結婚したそうだけど、父は外に愛人を作ってダーニルを設けた。


 私も、そうならないとは限らない。それに、人を愛するって事がどういう事なのか、自分でよくわかっていないんだ。


 だから、結婚はしたくない。いつか誰かを恋い慕うようになるのかもしれないけれど、そうなるまでは、お預けにしておきたいんだ。


 俯く私に、シーラ様が声を掛けてきた。


「レラ、少し真面目な話をしましょうか」

「……はい」

「好むと好まざるとに関わらず、あなたの婿の立場を狙っている男性は多いの。それは、わかるわね?」


 無言で頷く。爵位は私が持っているけれど、その婿に収まれば家をいいように出来ると勘違いする男性はいるし、単純に家狙いの人もいる。


 結婚して、跡継ぎを産ませさえすれば、遊び放題だと思うらしいんだ。デュバルの実情を知ったら、遊ぶどころじゃないと思うんだけど。


「あなた相手に既成事実を作る事は不可能だろうけれど、評判を下げる事は簡単に出来るのよ。それを狙う男も、残念ながら一定数います」


 寝込みを襲うとかは絶対に無理だけど、密室に二人きりという状況を作るだけでも、女性にとっては致命的なんだとか。


 なんだそれと思うけど、そういう世の中なんだと。


「我が家もペイロンも全力で守るけれど、どうしても完璧とはいかないわ」

「自衛を頑張れって、事ですか?」

「そうじゃなくて。ユーイン卿の事は、どうしても嫌?」

「嫌という程ではないんですが、好きかと言われるとちょっと……」

「なら、婚約だけでもしてしまいなさい」


 シーラ様まで、そんな事を言うなんて。


「離婚は難しいけれど、婚約破棄なら簡単に出来ますからね」

「え」

「ユーイン卿には、婚約期間中に結婚までこぎ着けるよう、頑張ってもらいましょう。もちろん、既成事実を強要する事があれば、全力で対処して構いません」

「えーと」

「これはどちらにとっても益がある事よ? あなたは面倒な求婚者を一掃出来るし、ユーイン卿はあなたを口説く期間を延長出来る。どうかしら?」


 延長? ……あ! そういえば、今年の誕生日までに私を口説き落とすとか、そんな約束、してた!


 で、それを延長する代わりに、婚約者として私が望まない求婚者を蹴散らせと。


 えー……黒騎士は、それでいいの? 迷惑かけない?


「ちなみに、ユーイン卿にはちゃんと了承を得ていますよ。向こうからは是非に、との事です」


 それでいいのか黒騎士よ……


 本当、いくらでもお嬢様を選び放題なのに、どうしてこんな規格外に引っかかったんだか。

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