第86話 帰ってきたー!

 今日も今日とてレッスン日~。調子っぱずれで歌っちゃうぞ~。


 朝食の後はまたしても地獄の講義かと思いきや、意外な言葉をシーラ様から言われた。


「レラ、今日はちょっと用事が出来たから、一日ダンスレッスンに変更してね。ロクスと、それからヴィルが戻ってきたから、彼等と」

「あれ? サンド様と伯爵、黒騎士は?」

「こちらの用事で出かけるわ」

「そうなんですか。わかりましたー」


 ヴィル様、戻ってきたんだ。何やってたんだろうね? その辺り、ダンスの時に聞いてみようっと。


 シーラ様はサンド様、伯爵、黒騎士と一緒に移動陣で王都へ。あれ? 黒騎士を連れてこっから王都への移動陣って、使っていいのかな? 一応、ペイロンへの一方通行って事になってるはずなのに。


「……ま、いっか」


 その辺りの調整は、シーラ様達がやるでしょう。




 朝食の後、着替えてダンスレッスンの部屋に行くと、先にロクス様とヴィル様が来ていた。


 あれ? ロイド兄ちゃんも一緒だ。


「ヴィル様、お帰りなさい」

「ただいま。ロイドにはお帰りの言葉はないのか?」

「ロイド兄ちゃんも、お帰り」

「ああ……いや、はい」


 ロイド兄ちゃん……隣のヴィル様も、呆れた様子だよ。


「ロイド、態度を改めるのは公式の場だけにしておけ。でないと、レラがむくれるぞ」

「ちょっとヴィル様! そこまで子供じゃありませんよ!」

「じゃあ、こいつがずっとあの調子でいいのか?」

「よくないです」

「だろ?」


 いや、そこじゃなくてね? 子供じゃないって言ってるんですよ! ヴィル様、わかっててやってるな?


 ロイド兄ちゃんの方は、困った顔をしてる。そりゃ、身分制度をたたき込まれた分家の者としては、困るしかないよなあ。


 ヴィル様は侯爵家の跡取りだから、その辺り気にしないで済むけど、クインレット家は子爵だから。爵位の上下は厳しい。


 でも、子供の頃から行き来があるロイド兄ちゃんに、他人行儀な態度は取られたくないんだよなあ。


「ロイド、こういう場では普段通りにしておけ」

「ですが……」


 普段気安くしてると、いざという場でも出る危険性がある、って考えてるんだろうなあ。ロイド兄ちゃんは器用だから、大丈夫だと思うけど。


「人間、切り替えられるようにしておかないと、色々大変だぞ?」

「兄上が言うと、説得力がありますよねえ」

「ロクス……」


 本当、仲がいい兄弟だよねえ。




 急遽ロイド兄ちゃんも参加してのダンスレッスン。いやあ、踊った踊った。


「そういや、母上達はどうしたんだ?」

「何でも、用事が出来たとかって言ってましたよ」

「フェゾガンもいないな」

「一緒だそうです」

「……全員で、どこに行ったんだ?」

「王都です。移動陣で行きました」

「……父上と母上、それにフェゾガンの三人で?」

「伯爵も一緒ですよ」

「伯父上も?」


 ヴィル様が考え込んじゃった。そんなにおかしな……事だなあ、改めて考えてみると。


 夏のペイロンは狩猟祭の準備で目が回る程忙しい。今年は森が氾濫を終えた事でしばらくおとなしくしているから、そっちのリソースがいらないけれど。


 狩猟祭の準備だけでも結構大変だけど、今年は例年よりも盛大に、って言っていたしなあ。


 そんな忙しい合間を縫って、あのメンツで王都行き。何があったんだろう?


「まあいい、考えたところで始まらん。レラ、誕生日のプレゼント、何がいい?」

「え? えーと……」


 いきなり言われても、思いつかないよ。これで森が通常状態だったら、深度六以上の魔物素材って言うんだけど。そして怒られるんだな、わかってる。


 うーん、アクセサリーって言っても、自分の分は森で取ってくるし。今回のバースデーパーティーに使うのも、去年狩った黒真珠を使ってるし。


 うーん……あ。


「アクセサリー用の地金がほしいです!」

「地金? そこは普通、アクセサリーが欲しいと言うところじゃないのか?」

「いやあ、黒真珠は自分で取ってきましたから、それを飾る地金をください」

「まあ……それくらいならいくらでも手に入れられるだろう。でも、本当にそれでいいのか?」

「はい!」


 ロクス様とロイド兄ちゃんが笑ってる。普通の女の子は、細工済みの金とか銀を欲しがるよねー。わかってる。でも、今ちょうど欲しいものなんだ。


「去年の黒真珠、中途半端な数が残っているので、ブレスレットにでもしようかと」

「ほう?」


 デザインはもう研究所に提出してあるので、あの通りに作ってもらえば手持ちの真珠で間に合う。


 真珠をそのまま繋げるんじゃなくて、金属で土台を作ってそこに埋め込む形。金属部分が多めだから、真珠を多く使わないって訳。


「そういえば、兄上達は西で何をやっていたんですか?」


 ロクス様が、ヴィル様に聞いてる。あ、そういえば、それ私も聞きたかったんだ。シーラ様は後でわかるって言ってたけど。


「ああ、避難した人達と一緒に、デュバル領で炊き出しやってた」

「はい!?」


 炊き出し? しかも、デュバルで?


「あそこの領民、飢え死に一歩手前だったぞ」

「それで、ヴィル様と共に我々が物資と一緒に移動して、炊き出しもやったんです。調理出来るだけの体力が残っている人、少なくて……」


 マジかー……。そういや、領民は全員隷属魔法で魔力を縛っているんだっけ。で、領主の命令に逆らえないのをいい事に、祖父と実父が搾取した、と。


 そんな事も知らず、暢気にダンスレッスンとかしてたよ……いや、大変だったけど。


「レラ、領民の生活と安全は、今のところ保たれているから心配するな」

「ヴィル様……」

「今までは酷かったが、お前が継いだ以上これ以上悪くはならないだろう。そういえば、例の魔法を解除するめどは立ったのか?」

「あ」


 そっか。魔の森の中央にある研究所の話は、シーラ様とサンド様にしかしていないんだ。


 伯爵は二人から聞いてるかもしれないけど、ヴィル様はずっとデュバル領にいたのなら聞いていないんだね。


 でもこれ、どこまで話していいの?


「何だ? そんなに唸る程難しいのか?」


 悩んでいたら、ヴィル様に勘違いされた。でも、ある意味隷属魔法の解除は、確かに難しいよね。


 何せ、魔の森の中央にある研究所に行かなきゃいけないらしいから。


「確かに、難しいですね」

「そうか……いや、レラは領民を搾取するような事はしないだろうが、次世代やその先となるとわからないだろう? だから、出来るだけお前の代で解除した方がいいと思ったんだが……」

「難しいけれど、いつかは挑戦しますよ」

「そうか」


 嘘は言っていない、嘘は。手段も、何となく見えてきたし。私の言葉にほっとしているヴィル様とロイド兄ちゃんは、やっぱりいい人達だよなあ。


 そんな人達の期待に応える為にも、あのクソ大鳥が残した術式、使えるようにしないと。


 その為には研究所に行かなきゃならないのに。レッスンレッスンで行けやしない。逃げ込んだら捕まって強制送還されるし。


 おのれ熊。学院戻ったら覚えておけよ。悪戯の限りを尽くしてやる。




 シーラ様達が帰ってきたのは、王都に行って四日後だった。明後日が私の誕生日って日付。


「間に合ったわね」


 帰ってきたシーラ様、何だかもの凄く機嫌がいい。どうしたんだろう?


「母上、機嫌がいいね?」

「王都で何かいい事でもあったのか?」


 ロクス様とヴィル様が、端でこそこそと言い合っている。ここにコーニーがいないのは、最近研究所に入り浸りだから。


 彼女は一緒に受けていた午前中の講義について、シーラ様からこれでよしという言葉をもらったので、暇だったらしい。


 森は一時的に封鎖されているので狩りにも行けないし、ダンスも十分踊れる。遊び相手の私は連日レッスン漬け。この状況だから、行き先は研究所くらいしかないのだ。


 領都の方は遊ぶ場所もあるだろうけれど、何せ普段は王都にいるコーニーだ。田舎の街では物足りないみたい。


「レラ、今日は午後の時間も講義に使いますからね」

「え」

「ダンスは私達が留守の間に、しっかり習っていたでしょう?」

「そ、そうですね……」


 確かにダンスレッスンは続いていた。でも、監督する人がヴィル様にロクス様だ。ロイド兄ちゃんは二人に逆らわないので、監督業務は向いていない。


 あの二人と私がいて、普通のダンスレッスンばかりになるはずがない。いや、ちゃんとやっていた部分もあるけれどね。


 半分は魔法研究に時間を使っちゃったよ……そして、今まで講義を受けていた内容が、半分近く飛んでいる。こっちの方が厄介。


 ああ、シーラ様のご機嫌がしばらく続きますように。




 誕生日前日。部屋のテラスから空を見上げる。満天の星は、とても綺麗だ。今日は月が出ていないから余計に。


「降るような星空……か」


 前世では、林間学校のキャンプファイヤーくらいでしかお目に掛かった事がない。


 星空を見上げていると、ここもまた惑星なのだと実感する。恒星があって、月という衛星があって、そして見上げる夜空の星々。


 そこに、見知った星座は見当たらない。異世界とは、違う宇宙の事を言うのかな。


 まー、魔法なんてものがあるくらいだもんね。そりゃ別の宇宙だとしても不思議はないか。


 偶に真面目に考えても、長続きしないね。でも、こうして見上げる星空が綺麗なのはいい。


 明日はとうとう成人する。とはいえ、成人式みたいなのはこっちにはないけど。


 その代わり、十五歳になって初めて迎える二月に、社交界にデビューする訳だ。これが成人式かもね。


 今年頭のコーニーのデビューも大変だった。端で見ているだけだったけど、準備とか本人の緊張とか見て取れるからね。


 あれが、来年二月には自分に降りかかるのか……逃げたい。


 そういや、当初は森を抜けて向こう側の国に逃げようと思ってたんだっけ。森を抜けるには、深度十と呼ばれる中央を抜ける必要がある。


 結局、私はあの森の中央へ行く運命なのかね?


「……!」


 ん? したの方で、声がする。誰か、いるのかな?


「じゃあ、準備は出来てるんだな?」

「ああ」


 ヴィル様と……黒騎士? 珍しい組み合わせじゃね? ちょーっと気になるので、音声を拾ってみよう。


「それにしても、母上達も水くさい。私が戻るまで待っていてくれてもいいだろうに」

「事は急を要したからな。下手をすれば、敵に逃げられる」

「わかっている」


 てき? 的……じゃなくて、敵か。二人に共通の敵? っていうと、誰?


「全ては狩猟祭の後に片付けるそうだ」

「確かに、今は時期が悪い。今回の狩猟祭は、絶対に失敗は出来ないから」


 狩猟祭の後に、敵を倒すって事? 宮廷の話? でも、いくらヴァーチュダー城の敷地内だからって、そんな内容を盗聴防止も使わずに話してていいの? 現に私に聞かれてるし。


 いや、あの二人の邪魔はしないけどさ。


「それはそうと、お前、レラの誕生日の贈り物は用意したのか?」


 ふへ!? やっべ、声が出るところだった。


「ああ、王都に行ったついでに、買い求めてきた」


 買ったんだ!? ……ま、まあ、バースデーパーティーに呼ばれて、主役に祝いの贈り物を持ってこなかったっていうのも、外聞が悪いからね。


 ってか、黒騎士って私のバースデーパーティー、参加決定なの?


「ちなみに、何を買ったんだ?」

「少し大きめのナイフと、皮製の鞘、それらを取り付けられる皮製のベルトだ。森での狩りに使えるように」

「……そうか」


 なんと! 黒騎士、意外なプレゼントだわ。でも、森で使えそうなら嬉しいな。


 普段は魔法で仕留めるから物理武器は使わないんだけど、そうも言ってられない魔物が深い場所にはゴロゴロしているからね。


 そろそろ短剣なりナイフなり持とうかなと思ってたところなんだ。いいタイミングだ。


「……お前とレラは、案外似合いなのかもな」

「そ、そうか?」

「嬉しそうにするな! 腹立たしい」

「貴様に言われる筋合いではないぞ」

「ふん。私に言われる程度で怯んでどうする。レラを妻にしたければ、父上と伯父上を越えていく必要があるんだぞ?」


 え? そうなの? そして、黒騎士からの返答がない。


 しばらくして、絞り出すような声が聞こえてきた。


「ど、努力する……」

「まあ、せいぜい頑張れよ」


 ヴィル様の笑い混じりの声。あれは楽しんでるな。あんまり人をからかうと、自分の時に痛い目を見るよ? 因果応報因果応報。


 でも、ヴィル様の結婚って、いつ決まるんだろうね?

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