第84話 自分の分はなあー

 ……魔の森の氾濫ってさ、災害みたいなものじゃない? 日本だと、災害が起こったら何となく自粛ムードになるでしょ?


 だから、私のバースデーパーティーもなくなると思ってたのにいいいいい。


「やらない訳ないでしょう? 十五歳の誕生日なのよ? さすがに氾濫の真っ最中だったなら、日を改めてとはなるけれど、もう終わってるし」


 そーですね。十五歳はオーゼリアの成人年齢だから、庶民でもかなりきっちり誕生祝いをするって研究所で聞いた。


 貴族なら、さらに……だよねえ。


「死者が出ていたらそうもいかないけれど、レラのおかげで全員生き残れたから。それに、少し早めて襲爵したでしょう? その事もお披露目しなきゃいけないわ」

「誕生日のパーティーで、ですか?」

「しっかりしたものは王都でやるけれど、まずは内々の披露よ。だから、今年の誕生パーティーは大々的にやりますからね。何せ、レラは氾濫を収めた中心人物ですから」


 シーラ様、最後の一言に棘を感じます……


 確かにね、勝手に参加しましたよ。西に避難しておけと言われていたのに、自力で戻ってあれこれやりましたとも。


 その時に、説教は後で、みたいな話にもなったさ。そして、私に貴族としての心構えやマナーがいまいち足りていないのも知ってる。


 でも、だからといって、マナーやダンスのおさらいとか、最低限知っておけって知識のおさらいとか、やらされるとは思わなかったよ!


 しかも毎日朝から晩までみっちりと。森に逃げようにも、氾濫後の魔の森は魔物が消えるんだって。だから、しばらく閉鎖するそうな……


 研究所に逃げてもすぐに強制送還されるし、逃げ場がない……




「今まで嫌がって逃げ回っていたツケが回ってきたのよ」

「コーニーが厳しい……」

「厳しく聞こえるとしたら、レラが悪いからじゃない? 私、間違った事は言っていないわよ?」


 正論過ぎて何も言えません……


 コーニーは私と一緒に講義を受けている。貴族子女に必要な知識というやつです。


 マナーも含まれるんだけど、振る舞いなんかのやっていい事悪い事、どんな場でならいいのか悪いのか、求められる行動などなどなど。


 お茶会に始まり園遊会、舞踏会、夜会、また王家派閥で行われる狩猟祭のような特別催事などでの振る舞い方。何を目的に行動するべきかなど。


 確かに今まで知らなかった事が多いけど、その分覚える事ばかりで頭がパンクしそう。


「本当なら、幼い頃から少しずつ学んでいく内容なのだけれど、あなたときたら魔法だ魔物狩りだと逃げ回ってばかりで」


 シーラ様が、深い溜息を吐きながら仰る。本当の事なので、これも反論出来ませーん。


 午前中は座学、午後はダンスレッスンと一緒に実技での振る舞い方を学ぶ。シーラ様はスパルタだ。今にも高笑いして鞭を振るいそう。


「レラ? 今、何か良くない事を考えましたね?」

「いいえとんでもないです」


 高速で首を横に振る。どうしてこう、アスプザットの人達は勘が鋭いんだ。


「さあ、ではもう一度」

「はーい」


 現在時刻はそろそろおやつの時間。午後はダンスなので、途中でお茶の時間を挟む。もちろん、その時間もレッスンだ。


 美味しいはずのお茶菓子が、苦く感じるのは何故だろうね?


 とはいえ、そのお茶の時間を餌に、このダンスを乗り切ろう。


 正直、今までも優秀学生を招いた舞踏会には出ていたので、ダンス自体は出来るんだ。


 ただ、最低限って言葉がつく。それではダメだとの事で、ただいま猛特訓中という訳です。


 相手は、ロクス様と黒騎士、それとサンド様に伯爵が務めてくれる。おりょ? ヴィル様は?


「あの子は今、別件で動いているから。誕生日には間に合うように戻ってくるから、心配いりません」


 ヴィル様も忙しいんだな。


 さて、相手が四人いると、それぞれ男性の方にも踊る時の癖があるんだなあと気付く。


 ロクス様とサンド様は、リードの仕方がソフト。逆に伯爵は割と豪快。でも、ちゃんとこっちに合わせてくれるので、振り回される事はない。


 黒騎士も鍛えているせいか、ターンの時とかブレないから楽。それと、相手に合わせるってのは伯爵同様手慣れている。やっぱり、舞踏会でいろんなお嬢様の相手を務めてるから?


 ダンスレッスンは毎日午後みっちり入っているので、四人と代わる代わる何曲も踊ってる。だからこそ、四人の中でも相性が見えてきた。


 意外にも、この中で一番踊りやすかったのは黒騎士。そういえば、以前一度踊った事、あったね。あの時は、ペイロンへ修業しに来る許可がほしいとかなんとか、言われた覚えが。


 その後、ペイロン行きを阻んでいた黒騎士団の団長が更迭されたおかげで、黒騎士がペイロンに来られるようになったんだっけ。あれ、たった一年前の出来事だったんだね。随分前の事のように感じるよ。


 その黒騎士と一曲踊り終わったタイミングで、シーラ様から声がかかった。


「時間もいいから、お茶にしましょう」


 ダンスレッスン、小休止でーす。


 レッスンで使っている部屋の隅に、テーブルとお茶のセットが置かれている。本日の茶菓子はシュークリーム。


 これ、私が作ったものでも提案したものでもない。ドラゴンな音楽同様、私以外の転生者が広めたようだ。


 他にも覚えのある洋菓子や、なんと和菓子まであるから、きっと日本からの転生者でしょう。知らないだけで、余所の国から転生している人達もいたりして。


 そんなシュークリーム、普段なら手で掴んでがぶりといくところなんだけど、このお茶の時間もまた修業……いや、レッスン。


 小さめのナイフとフォークで切って食べる。ああ、こんなちまちまと食べずに、がぶっとやってしまいたい。それで、クリームが口の周りにつくんだ。


 そっちの方がずっとおいしいのに……


 このシュークリーム、皮は固めでクリームは濃い目。作ってるのは、ヴァーチュダー城の料理人。腕いいよなあ。


 レッスンを兼ねているとはいえ、運動した後の甘い物は格別。堪能していると、シーラ様から驚きの一言が飛んできた。


「レラ、今日はこの後、採寸が入ってますからね」

「はい?」


 採寸? 何の? ああ、ドレスですか……え? 今から採寸? これから作るの? 時間、足りる?


「誕生日とその後の狩猟祭用に、十二から十四着といったところか。間に合うか?」


 え? そんなに作るんですか? サンド様の意見に、シーラ様と伯爵も頷いてる。 


「実はもう出来てるの。少し大きめに注文しているから、採寸してきちんと合うように仕上げてもらうわ」

「何着作ったんだ?」

「この後王都でのお披露目も考えて、ギリギリの十六着よ」


 待って、シーラ様、それでギリギリラインなの!?


 貴族のドレスって、下手すると一回着ただけでもう二度と着ないんだよ? しかも、フルオーダーだからとてもお高い。


 それを、十六着? で、それがギリギリ?


 改めて、貴族ってのは……まあ、私もその一人なんだけど。というか、伯爵家を継いじゃったよ。


 それはともかく。私のバースデーパーティーの後には、一大行事である狩猟祭が控えている。


 これも、氾濫を乗り切りペイロンが健在である事を国内に知らしめる為、去年より盛大に行うそうな。


「レラの誕生祝いのパーティー、出席者はどんな具合ですか? 母上」

「招待した方達からは、ぜひにと快諾をいただいているわ」

「まずは、それらの家のお歴々に襲爵を披露するんですね」

「ええ。派閥内へのお披露目は、狩猟祭で行います。最初だから多少の失敗は大目に見てもらえるけれど、出来る限り完璧に出来るよう、頑張りなさいね、レラ」

「……努力します」


 先に待っているのは、地獄らしい。




 お茶の後は、部屋を移動して採寸へ。なんと、今回のドレスを運んで手直しをさせる為だけに、王都から仕立屋を呼んだんだって。すげー。


「まあまあまあ、いつ見てもお美しいですわあ、侯爵夫人」

「ほほほ、あなたも相変わらず口が上手いわね、トワモエル。今回は遠い所をよく来てくれたわ」

「私、世辞も嘘も苦手ですのよ。それに、ペイロンには一度来てみたいと思っておりました。狩猟祭は、さぞ華やかなのでしょうねえ」

「わかっていますよ。狩猟祭まで残るのを許します。多くの夫人や令嬢が来ますからね。いい営業の場になるでしょう」

「さすがは侯爵夫人ですわ! 心より感謝申し上げます!」


 シーラ様に狩猟祭までの滞在を許可された仕立屋トワモエル嬢は、嬉々として連れてきた助手? に採寸の指示を出す。


 この人、王都でも売れっ子のドレスメーカーらしいよ。なのに、まだ貪欲に営業するんだ……このハングリー精神があればこそ、女の身で仕立屋なんてやっていけるんだろうね。


 そしてこの採寸、ほぼすっぽんぽんでやっております。いくら室内には女性しかいないとはいえ、ちょっと恥ずかしい。


「お嬢様の背は、やはり少し伸びてらっしゃいますね。丈も長めにしてきてようございました。それに、やはり手足の伸びが抜群です。この美しさを生かすには、こちらの縦長になるシルエットのドレスで正解かと」

「そうね。今の若い令嬢の流行は、レラには合わないだろうし」

「賛同いたしますわ」


 ……何だろう。ディスられてる訳じゃないんだよね?


 なんでも、今若いお嬢さん方に流行っているのは、ふんわりスカートのプリンセスラインというのかベルラインというのか、ともかくスカートを膨らませているスタイルだそうな。


 そして、レースとフリルをふんだんに使う。……あれ? どっかで聞いた事あるようなデザインじゃね?


 ま、まあ、ともかく。私にはそういうのは似合いそうにないという事で、緩い感じのマーメイドドレスが基本になった。


「お預かりした布地がもう! とても縫いやすいし扱いやすいしで、お針子共々夢心地でしたわ!」

「一級品の蜘蛛絹ですからね。出来上がりも素晴らしいわ」

「お褒めに預かり、光栄ですわ」

「特に、この刺繍がいいわね」

「当店のお針子が心血を注いで作り上げましたのよ」


 確かに、裾に向かって刺された刺繍は素晴らしい。蔦と花がまるで絵画のよう。絵心のあるお針子さんなのかな。


 今日採寸した寸法通りに、目の前に広げられたドレスを直すらしい。んで今度は試着、と。


 トワモエル嬢は、私のドレスだけでなく、シーラ様とコーニーのドレスも注文を受けたそうで、そっちも持ってきてるんだって。


 二人のドレス姿は楽しみだけど、自分のはなあ……あー、面倒。

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