第82話 目覚めれば……
深い水底から浮かび上がるような、不思議な感覚。次第に明るくなる視界に、目覚めが近いんだと気付いた。
「ん……」
何だか、やけに動きづらいなあ。まだ疲れが残ってんのかな?
……いや、これ、何かに拘束されてる。拘束? それも違う……
「げ」
うっすら開いた目の前には、人と思しき物体が。肌色が目の前に広がっていない理由は、包帯を巻かれているからだ。
そーっと顔を見上げると、多分、黒騎士。えええええええええ!?
いや待て。その前に、目元を覆う包帯は、何? それに、よく見ると、彼の右腕の辺りが、変。
変っていうか……
「腕が、ない……」
右の中腕の中程から先が、消えていた。もしかして、粘液を被ったの?
いかん、すぐ治さなきゃ! 起き上がったら、髪の毛が背中から滑り落ちる。
「嘘……」
髪の色が違ううううう! 前は銀髪って言い切れる色だったのに、今はホワイトブロンドって言った方がいいくらい。しかも、かなり白よりの。白髪?
待って。驚くポイントが多すぎて、どれに一番驚くべきか判断つかない。頭がぐるぐる回って、考えがまとまらないよ。
起き上がって眠っている黒騎士を見下ろしつつ、うんうん唸っていたら、寝室の扉が開いた。
「! お嬢様! お目覚めになったんですね!?」
「シービス」
「ああ、良かった。本当に良かった。これも、ユーイン様のおかげですね」
どこから突っ込めばいいんだろう。驚きポイントすら判別出来ない今の私には、ツッコミどころも把握出来ないよ。
とりあえず、着替えましょうという事で、シービスに急き立てられて着替える。ここ、城の客間だわ。私の部屋じゃないよ。今気付いた。
着替えの場所は寝室だけど、いくら目元を包帯でぐるぐる巻きにしているとはいえ、異性のいる部屋で着替えとは。
まあ、衝立の裏でしてるけど。
「部屋着でいいんだ?」
「ええ、今はまだ非常時との事ですから。それに、お嬢様は丸四日も目を覚まさなかったのですよ?」
「四日!?」
寝過ぎだろ、自分。そういえば、体がふらつくし、何となく動かしづらい。寝ている間は、治癒魔法でしのいでいたそうな。
最後の姿見で全身チェック。あ、やっぱり瞳の色も変わってる。青からものすごく薄い水色になってるよ……全体に、色味が薄くなった感じ。
着替え終わり、衝立の裏から出てくると、黒騎士が起き上がっていた。
「まあまあ、ユーイン様。お目覚めですか」
「……ローレル嬢は?」
「お嬢様も無事、お目覚めになられましたよ。さ、お嬢様」
「え? えーと、おはようございます」
「おはようございます」
挨拶は大事だよね。隣でシービスがちょっと怖い笑顔になってるけど、見ない振りしておこうっと。
「あの、怪我をされてるようですが……」
「ええ、不甲斐ない事に、粘液を被ってしまいました」
やっぱり。特に最後の粘液は、分厚い結界すら壊す威力だったからなあ。
「えーと、すぐに治療をしますから」
「いえ。私は最後で構いません」
「え?」
何で? 見たところ、黒騎士も相当重症だよ?
私の治癒魔法は熊たちが使うのとは違うから、欠損があっても元のように戻せる。実際は、魔力を使って、欠損部分の細胞を増殖させるんだけど。
治療の時間も、ほんの一、二分かかる程度だ。なのに。
「地元の者で、大怪我を負った者達も多いでしょう。彼等には領地の復興という仕事がある。先に、彼等を治療してください」
これも、騎士道精神とやらなのかなあ。シービスを見ると、軽く頷いているから黒騎士の要望通りにしていいみたい。
「では、他の者の治療をしてきますね」
「気を付けて」
「……行ってきます」
何だろう、このやり取り。首を傾げながらも、シービスと一緒に部屋を出た。
連れてこられたのは、城の奥向きにある居間だった。
「レラ! 目が覚めたのね!? どこか、具合の悪いところはない?」
部屋に入ってすぐ、シーラ様にあちこち確認されて、最後に両手で頬を覆われた。
「だ、大丈夫です。不調はないので」
「良かった……」
やっぱり、色が変わった事への心配なんだろうなあ。ここで実家のように、気味悪いとか化け物と言われないのはありがたい。
「魔力の使いすぎで倒れたと聞いていたから、心配だったのよ。倒れて二日目の朝には、その色に変わっていたし。あら、目の色も薄くなってるわね?」
そうなんですよ。見え方は変わらないんですけどねー。でもそっか。髪の色が変わったのって、二日目だったんだ。
それはそうと、部屋にいたのはシーラ様とサンド様だけ。伯爵は?
聞いた途端、シーラ様の顔が曇る。え……まさか!?
「後で、お兄様の治療をお願いしたいの」
伯爵、生きてた。良かったあああああああ。ただ、シーラ様が浮かない顔をするだけあって、相当な重症なんだとか。
「え……じゃあ、すぐに行って――」
「待ちなさい。ジアンが延命をしているから、今すぐどうこうという事はない」
「いやいやいや、それ大丈夫じゃないでしょうサンド様」
延命ってところで、緊急じゃないですか! でも、二人は首を横に振る。
「今わかっている事の、情報共有が先だ」
「森を焼いた犯人がわかったのよ」
「解析、終わったんですか!?」
凄いよニエール! 後で強制的に寝かしつけにいかなきゃ。どうせ徹夜続きの上に、寝ても二時間三時間の短時間だけだろうし。
ここは念入りに寝かしつけておこう。
「それで、犯人は誰です?」
「魔道具を作成したのはユルヴィル伯、実行犯はロルフェド・マースト・レロガット」
あのおっさん!
怒りで瞬時に目の前が真っ赤になった気がした。途端に、シーラ様の声が響く。
「レラ! 押さえなさい!!」
「え?」
気がつけば、部屋の中の花瓶やテーブルの上の茶器が割れていた。え……まさか、これ、私がやったの?
呆然としていたら、サンド様とシーラ様が深い溜息を吐く。
「魔力が一気に増えたから、制御が甘くなっているようだね」
「レラ、制御しきれないのなら、一時的に魔力を封じますよ」
「え」
それは困る。私から魔力を取ったら何も残らないのに。余程私が絶望的な顔をしていたらしく、シーラ様が残念な子を見るような目で見てくる。
「……そうされたくなかったら、きちんと制御なさい」
「はあい」
またあれをやるのかあ。まあ、今のままだと確かに危ないしね。まずは、小さい頃にお世話になった、制御道具を借りてこなきゃ。
あ、そうだ。
「目が覚めたら、隣に包帯だらけの黒騎士がいたんですけど。どういう事ですか?」
「ああ、何も聞いていないの?」
「着替えてすぐ、こっちに来たので……」
着替え終わる頃に、黒騎士が目覚めたんだよなあ。……いかんいかん、目を覚ました時の衝撃を、思い出してしまう。
一応、今の私は未婚の女子なのだけど。……前世でも未婚だったよチキショー。
「先程、あなたが魔力を使い切って倒れたと言いましたね?」
「はい」
「あのままでは、自然に魔力が回復するのも危ない状況でした」
「え?」
あ、でも確か、以前に聞いた事がある。魔力を使いすぎると手足がしびれて頭痛が起こる。それが限界のサインで、それ以上に魔力を使うなって。
その状態から使い続けると、魔力を回復させる力が急激に落ちて、命を失う事にも繋がるからだとか。
じゃあ、私はかなり危ない状態だったんだ……
でも、それと黒騎士が隣に寝ていた事と、どういう関係が?
「ユーイン卿は、自分の魔力とあなたの魔力を繋げて、回復させていたのよ」
「はい?」
何それ。聞いた事ない。そんな事、出来るの? いや、出来たから、今私は生きてるのか……
「繋げる術式そのものは、ジアンがやったよ。だが、自身の魔力を制御しつつ、レラの魔力へと流すのは並大抵の事ではない。きちんと、ユーイン卿に礼をしておきなさい」
「はい、サンド様」
どうやら、黒騎士には多大な負担をかけてしまったらしい。謝罪と、お礼をしておかないとな。
にしても、他人の魔力と自分の魔力を繋げて回復させるだなんて。後で熊に術式を聞いておこうっと。
黒騎士は……まずは傷を治してから、だね。
今回の氾濫で、幸いにも死者はゼロだったという。良かった。本当に良かったよ。
ただ、伯爵や黒騎士のように、身体欠損を伴う重傷者は多数出ている。大概の怪我なら研究所職員達でどうにかなるけれど、欠損までいくとどうにもならない。
なので、重傷者は私が一手に引き受ける事になった。
その前に……
「魔力制御用の道具貸してー」
「あら、レラ様」
「ん? ジルベイラ?」
魔力制御用の道具を借りにきたら、何故か役所の職員であるジルベイラが出てきた。
「今職員の方が次々疲労で倒れているので、役所の方から手伝いに来てるんです」
「なるほど」
事後処理なら、職員でなくとも出来る。何人かは、手伝いの人に指示を出してるけど、足下がふらついてる。今にも倒れそうだよ。
「それで、レラ様はどうしてこちらに?」
「うん、さっきも言ったけど、道具を借りに――」
「あー!! レラみーっけ!」
やたらハイテンションなこの声は、ニエールだな。見れば、満面の笑みの彼女がこちらに小走りでやってくる。
笑みはいいけど、目の下真っ黒だぞ?
「うえへへへ、解析終わったんだよー! あれ、ちょっと面白い構造してたからさあ、パクって別の道具に組み込もうと思って」
「堂々とパクるとか言うな。それと、食らえ! 睡眠光線!!」
「んぐー」
さすがに徹夜続きで警戒心が緩んでたな。すぐに寝かしつけられました。隣に立つジルベイラが驚いているけど、研究所では日常茶飯事だ。
「さて、まずはニエールを部屋まで運んでおくか。ジルベイラ、生きてる研究所の職員、どこにいる?」
「ええと、あそこで指示を出している彼が、起きている職員です……」
「ありがとう」
魔法でニエールを運びつつ、指示を出してる職員に近づく。あ、この人ニエールと言い争ってた、結界得意って言ってた人だ。
「ちわーっす。魔力制御用の腕輪を貸してほしいんだけど」
「え? あれは倉庫にありますよ。えーと、第三倉庫の五番備品棚の上から二段目です」
「ありがとー」
んじゃ、ニエールを置いたら、倉庫にゴー。
魔力の方は、魔法という形で使うのなら、今のところ制御は出来ている。ただ、上限なしタイプの術式はダメだな。
ちょっと試しに空へ向かって炎の術式を全開でやってみたら、見事な火柱が出来上がりました。当然、騒ぎになって怒られましたとも。
気を取り直して、まずは伯爵の元へ。
制御用の腕輪をつけているから、万が一の暴走は防げる。過剰な魔力を吸い取るタイプじゃなく、体内の魔力の流れを乱すタイプだから、持ってる魔力量に関係なく有効なのだよ。
伯爵は、ヴァーチュダー城の自室で寝ていた。側には熊。
「容態は?」
「大分悪い。分家の連中も酷えもんだがな。悪いが、ケンドを優先させている」
厳しい言葉だけど、仕方ない。分家は本家の為に存在する。それは、分家当主もわかっている事だ。
寝台の上の伯爵は、顔色が悪くうなされているように見える。両足は、ない。粘液による腐食が激しくて、早々に切り落としたそうだ。
「なのに、この熱?」
「どうやらあの粘液、毒も含んでいたみたいでよ」
「毒!?」
じゃあ、伯爵のこの熱は、毒によるもの?
「研究所の方で、毒の種類を特定してえんだが、知っての通り向こうも動かせねえ状態でよ」
「ああ、とりあえず、ニエールは寝かしつけてきた」
「助かる」
さて、じゃあまずは伯爵の容態をきちんと確認しないとね。魔力を薄く流して、各所の情報を得ていく。
あ、伯爵、肝臓が少し悪くなってるな? お酒飲みすぎたでしょ? ったく、飲兵衛なんだから。
ん? 血流に異物が混じってる。これが毒か。じゃあ、先に毒の除去からいこう。血管の中に魔力を通して、異物を消去していく。
結構広がってるなあ。……よし、これでいい。
「お、顔色が良くなってきたな。呼吸も安定してきている」
良かった。さて、じゃあ欠損箇所を治していこう。最初のスキャンで読み込んだ遺伝子情報に従って、両足の細胞を形成していく。
んーむ、髪の色が変わる前より、スムーズにいくなあ。おかげで、一分掛からずに終わった。
「これでよし。あと、伯爵の肝臓が弱ってるみたいだから、そこ集中的に治癒しておいて」
「わかった。それにしてもおめえ、色が変わってから前よりも治療の速度が上がってねえか?」
「あ、やっぱり? 何か、前より簡単に治癒が出来るんだよねー」
へらっと笑ったら、熊がなんとも言えない顔をしている。
「まあいいか。他の連中の治療も頼むわ」
「了解ー」
んじゃ、さくっと治していきますかね。
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