第81話 大きな鳥

 水分補給して軽く食べて、眠れないけど横になっていたら少し回復した。休憩所には、そうやって休んでる人がたくさんいる。


 隣には、剣を抱えて目を閉じる黒騎士。彼も疲れてるんだろう。


「これ、あとどんだけくるんだろう……」


 あの場を離れる時、おっちゃんは次が来るから備えろとか言っていたけど。


「記録通りなら、少なくとも五日間は続きますよ」

「ジルベイラ」


 背後から聞き慣れた声がしたと思ったら、ジルベイラだ。いつもの事務員の制服ではなく、動きやすい格好をしている。


 彼女や彼女の兄は戦闘は苦手だから、後方支援に徹してるはず。聞いたら、やっぱり補給や各種伝達などを担っていた。


「記録って?」

「前回、二回前、三回前まで記録があるのは、ご存知ですよね? そこにどれだけの規模だったか、どれだけの期間続いたか、残っているんです」


 マジかー。って事は、こんなのがこれから五日間も続くの? げんなりしていたら、ジルベイラが眉間に皺を寄せた。


「ただ、今回は我が領で森を焼いた事になってますから」

「あ」


 襲撃で、森が焼かれたんだっけ。魔道具が使われていて、制作者と使用者の割り出しは、研究所で行ってる。


「襲撃に使われた魔道具の解析、終わってる?」

「連絡は来ていませんね」


 じゃあ、まだ終わってないな。ニエール達ですら時間がかかるって事は、相当複雑な作りなのかも。


 でも、今はいっか。私がやるべきなのは魔物の討伐だ。あの量がまだ五日以上も来るなんてな……ペース配分、考えないと。


 こんな状況は初めてだったから、体力の配分が出来ていなかったし、無駄な動きも多かった。それがこの疲労の原因かな。


 次からは、もっと考えて動く。




 正直、氾濫ってものを甘く見ていた。これだけの魔物、どこに隠してたんだよ!


 休憩後に森に戻ったけど、まあ酷かった。どんどん魔物の数が増えていってる。


 何となく嫌な予感がしたから、落とし穴の深さと数を増やしたんだけど、それでも飛び越えてくるやつらがいるからね。


 しかも、前回より大型も出てきたし。森の奥って、あんなデカいのが出てくるんだ……象よりデカいってどうよ!? しかも足が速いし。


 大型は、木は踏み荒らさないけど、仲間は踏みつけて突進してくる。防御力も高いし、厄介な相手だよ、本当。


 他にも、中型で皮膜を使って滑空をするものも出た。丁度土壁の上ギリギリを通るから、攻撃が面倒。


 固まっていれば、上から圧縮空気を打ち付けて、壁や地面に激突させて倒せるんだけどね。いくつかは攻撃をすり抜けていく。


 なるべく討ち漏らさないようにしてるけど、途中からすり抜けたのは広場の人達に任せる事にした。


 あっちにはロクス様もいるし、結界発生装置もたくさん設置したから、何とかなるでしょ。


 それでも、第二陣で狩った魔物の数は、後で集計したら第一陣の倍だった。これ、第三陣はさらに増えるとか、言わないよね?


「疲れた……」


 第一陣よりはペース配分に気を付けたからか、第二陣は自力で森から帰る事が出来ました。でも、疲れたー。


 周囲の人達にも、疲労の色が見える。そりゃそうだ。自分のペースで動けないもんね。


 終わりの見えない大量湧きする魔物の相手って、思う以上に疲れる事なんだな。


 氾濫は夜まで続いている。昼間出ていた連中は、夜はよく休めと言われた。興奮して寝られない人には、研究所から軽い睡眠導入剤が配られた。


 そのものズバリの眠り草という草から作る、古くから知られた薬。研究所では、氾濫の兆候が出た去年から、多めに作って備えていたんだって。


 で、それを配ってるのが熊。デカい図体で蔓編みの籠を持ってる姿は、何となく笑いを誘う。


「こういう時にゃあ、眠れない連中が出るからな」


 おかしい、疲れのせいか熊が格好良く見える。ヤバいから、私も薬をもらって早く寝よう。




 そんな日々が続き、疲労も大概ピークにさしかかった頃、それは来た。


「ん? 何だ? あの黒い点」


 明け始めた空を見上げていた誰かが言ったその一言で、広場で森に入る準備をしていた全員が空を見上げる。私もその一人。


 あちこちで結界発生装置の棒部分の交換や、魔法結晶の交換などが行われている中での出来事だ。


 見上げた黒い点は、段々と大きくなっていく。何かわからないけど、あれ、ヤバい!


 慌てて広場を覆うように、防御結界を張る。直後、結界にもの凄い負荷がかかった。


「うぐ……」


 重い。もの凄く重い。結界を通して、何故かこちらにまで届く重圧。立ってるのがやっとって、どういう事!?


 何とか上を見上げると、もの凄く大きな鳥がいた。鳥型の、魔物? でも、魔の森ではお目に掛かった事はない。


 というか、こんだけデカいと森を飛んで移動するのは無理じゃね? だって、翼広げたら広場よりもデカいんだよ? どんだけだっての!


 しかも、私は結界を維持するのが精一杯。その結界だって、鳥は凶暴な爪でガシガシ削ってくる。


 周囲も攻撃をしてるんだけど、何せデカいのでまったく効いていなさそう。


「なんつうデカさだ」

「こっちの攻撃が効かねえ!」

「それでも構わん! どんどん矢でも槍でも撃ち込め!」


 攻撃を続けているけれど、そもそも攻撃が届いていない。広場に、絶望が広がり始めた時、聞き慣れた声が響いた。


「気を緩めるな! ここが踏ん張り時だぞ!!」


 伯爵だ! 広場の人達も、伯爵の姿を見ただけで士気が上がっていくのがわかる。


 その伯爵は、手に鉄製の大きくて太い槍……いや、あれはもう、攻城兵器かなにか? って言いたくなるようなものを持っている。


 それを両手を使って構えると、鳥に向かって投擲した。飛ばせるんだ!?


 巨大な槍は、巨大な鳥の足に突き刺さる。攻撃が通った! 鳥が奇声を上げて、大きな翼を広げる。


「おお、効いたか!」

「ん? まずい! 逃げろ!!」


 攻撃された事に腹を立てたのか、鳥が爪以外の攻撃をしてきた。大きなくちばしを開き、粘ついた粘液のようなものを吐き出す。


 この粘液、強酸性だった……しかも、伯爵に直撃!? いや、盾を担いだ連中が、何とか防御したみたい。


 でも、彼等の装備は酷い有様だ。しかも、鳥は伯爵だけでなく、広場のあちこちに粘液を吐き出した。


 粘液で、結界の端が壊される。そこから垂れ落ちた粘液が、人々を焼いた。


「うお! 何だこれ!?」

「痛ええええ!」

「腕が! 腕があああああ!」


 阿鼻叫喚。負傷者続出で、攻撃も出来ない。一応、結界の強い部分でなら阻めるけれど、端の薄い部分はダメだ。


 結界を破って落ちた粘液、地面で煙り上げてるよ……これ、後で中和する必要があるんじゃないかな……


 酸性を中和するのはアルカリ性だけど、何かあったっけ? 木灰を溶かした水も、一応アルカリ性だったはず。


 てか、こっちの結界も、いつまでもつかわからないんだけど。この鳥、どうすればいいの?


 周囲からの槍攻撃がなくなったからか、鳥がまた爪での攻撃に戻った。張る側から結界が壊されていく。


 加えて、鳥から放たれる重圧にも耐えなきゃならない。何と言うか、体が重く感じるよ。


「もしかしてこれ、重力での攻撃?」


 そうだとするなら、あの鳥は重力を制御で出来るって事? 出来たら、その能力欲しいなあ。


 重力制御が出来るようになれば、空も飛べるし移動手段を作るのももっと楽になる。


 スクーターも浮かせてはいるけど、あれ、原理はホバークラフトだから。空気の力を使って浮かせてるだけなんだよね。


 つらつら考えていたら、まるでよそ見するなと言わんばかりに爪攻撃が激しくなってきた。


「ぐぬぬ……」


 重圧も、増えてきてる気がする。朝一の攻撃で助かった。これが森で疲れた後だったら、もたなかったと思う。


「ローレル嬢! 今しばしの辛抱を!」


 黒騎士の声が聞こえる。そういえば、彼は単独で結界を張れる人だ。粘液攻撃も何とかなる……はず。


 結界が薄い部分は危ないけど、広範囲に広げなければ薄くはならないから。一人二人を覆う程度なら、薄くはならないでしょ。


「お待たせしました!!」


 広場の端から、そんな声が聞こえてきた。あっちの方角は、研究所?


 走ってきたのは、白衣を着た研究所の職員だ。手には、伯爵が投げて攻撃した巨大な槍がある。


 よく見れば、結界発生装置を担当していた連中だ。あの大槍の攻撃が通るとわかって、研究所まで走って取りに行っていたらしい。あれ、研究所で作ったものだったのか。


 職員達はよく見れば槍を結界に包んで、自分達には身体強化をかけている。君達、よくそんな事を思いついたね。あれは攻撃にしか使われてこなかった術式なのに。


 その槍を使って、黒騎士を中心に一点集中攻撃を仕掛けるようだ。え? あれを飛ばす筋力、あるの?


 と思ったら、魔法で飛ばすらしい。そっか、そうだよね。あれだけデカいものを筋肉の力だけで飛ばせるのって、多分伯爵とかくらいだわ。


「あれだけ巨大なのだ、細かい狙いはつけなくていい! 撃ち出す威力だけに集中せよ! 撃てえ!!」


 号令一下、一斉に魔法で放たれた槍が、鳥の胸元に命中する。一際大きな声を上げる鳥は、苦しがりながらも再び粘液攻撃を仕掛けてきた。


「粘液が来るぞ! 結界、用意!」


 粘液対策もばっちりらしい。だからあれだけ密集してたのか。


 結界の上では、まだ鳥が奇声を上げて暴れている。爪による攻撃も、より激しくなった。重圧も、増えてる。


 粘液もあちこちに吐き出し、被害が増えていた。


「うわああ!」


 声は、黒騎士達がいる方向からだ。真後ろだから振り返る余裕はないけど、どうやら粘液が変質したらしい。


「どうして……結界があるのに……」


 見れば、私の結界も粘液が溶かしている。させるかああ! 結界の表部分に振動を与えて、付着した粘液を弾き飛ばす。鳥がまた怒ってるよ。知るか!


 怒ってるのはこっちの方だ! 重い体を何とか動かし、上を見ると鳥と目があった。


 こちらを見下ろす、感情のない目。それを見ていたら、猛烈に腹が立ってくる。


 何で私達がこんな目に遭わないとならないのよ! 森を焼いたのは、私達じゃないのに!


 何か、私にも攻撃手段があれば!


「……あ」


 私の結界は、鳥に対して一応有効だ。壊されてる部分も多いけど、爪攻撃も何とか弾いてる。


 なら、この結界の形状を変えれば、攻撃に出来ないか? 何で今まで気付かなかったんだよ自分!!


 でも、今の疲労度だと、攻撃出来るのは多分一回だけ。さすがに、デカい結界を維持するのは、魔力消費が半端ない。


 しかも、何度も壊されて張り直してるからなあ。なので、この一回に全力を出す!


 結界をさらに強化。表面だけでもいいから、より強いものに。そこに魔力を込めていくと、体が震えて頭痛が始まった。


 これ、魔力の限界が来ている合図だ。こうなる前に、魔法を使用するのを止めろと、幼い頃から教えられたっけ。


 でも、ここで止める訳にはいかない。もう、後がどうなってもいい。なるようになれ。


 限界を超えて魔力を込めていくと、何かがぷつんと切れた音が聞こえた気がする。それと同時に、さっきまでの震えと頭痛が消えた。


 結界の形状を、広場を覆うものから縮小し、表面に棘が出るように変更する。棘の長さは、鳥を貫ける程度に。


 それをほぼ一瞬でやったせいか、槍の攻撃が響いていたのか、結界で作ったたくさんの棘は、鳥を綺麗に貫いた。


「@*#$%&☆!!」


 一際かんに障る奇声を発し、鳥は一度大きく翼を広げると、端から黒い靄となって消えていく。


 ふと、先程まで感じていた重圧がなくなり、体が軽くなった。羽が生えて空を飛べそうな程。


 その浮遊感の中、何かが体に……違う、頭に直接入ってくる。これ、術式?


 溢れそうなそれらは、とても覚えてはいられない。待って、もうちょとゆっくり、と言いたいけど、声が出ない。


 やがて、浮遊感と共に頭に入ってくるあれこれも終わった。ああ、これは、きっとこれからの私の役に立つ。


 晴れた青い空が目に入ってすぐ、私の意識は途切れた。

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