第79話 脳筋共め!
結界担当達と森の前にある広場に行ったら……いました。
「どうしてあなたがここにいるのかしら? レラ」
「シーラ様……」
うひいいい。本気で怒ってるうううう。背後にいる研究員が、秒で気配を消したよ。君達、そんな技を持っていたのかね……
「私は――」
「お叱りは後で受けます! 今は、そんな暇ないと思うんです!!」
シーラ様の言葉を遮って、緊急事態である事を前面に出す。うん、これも先送りっていうよね。
でも、本当に今は時間がない。現在森は静かだけど、これって嵐の前の静けさなんだよな、多分。
しばらくこっちを睨んでいたシーラ様は、重ーい溜息を吐いた。
「……いいでしょう。後で何を言われるのも、覚悟の上という事ですね?」
「はい……」
この話し方で、シーラ様の怒りが突き抜けているのがわかる。そりゃあ、安全な場所に逃がしたはずの子供が、うろちょろと危険な場所にいたら、大人なら怒るよな。当然です。
でも、熊にも言ったように、私はもう一貴族家の当主だ。それに、中身を考えたらシーラ様と同年代かそれ以上かもしれない。
そんな私が、出来る事があるのにやりもしないで逃げるのは、耐えられんのよ。後悔に押しつぶされるのが目に見えている。
だから、ここでやれる事をやる。各方面には、後で謝罪に行きます、ごめんなさい!
森の前にある広場には、緊張した空気が漂っている。顔なじみもあちこちにいて、武器や防具の点検に余念がない。
「んじゃ、ちょっくらどいてもらおっか」
「い、いいんですか?」
「さっきシーラ様に許可はもらったからね」
話を先送りにする時、ついでだからと広場と森に入ってすぐの辺りに結界の壁を作る許可を得た。
結界発生装置は、上に出た棒の周囲二メートル四方に結界を生成する。それを等間隔に置いて、壁を作ろうって訳。
ここで使う結界は強度を増したもので、ニエールの血と汗と涙が詰まっている。例によって例のごとく、アイデア出したのは私なんだけどね。
かなりの大型が激突してもびくともしないんだけど、その分結界を張っておける範囲が狭い。
なので、装置を並べて対応しようって訳だ。
「うーん、波形に配置した方がいっか」
横一列に重なるように並べるより、でこぼこに配置して抜けてきた魔物を仕留めた方が効率良くね?
って事で、まずは広場に間隔を置いて装置を設置。
「何だ? ありゃ」
「放っておけ。ありゃレラじゃねえか。あいつが関わってるなら、魔法の何かだろうよ」
「ああ、そりゃ近づかねえ方が無難だな」
「氾濫に備えてのものなんだろうけどよ」
「俺らを巻き込まないでくれよな……」
何か、随分な言葉が聞こえてくるんですけど? おかしくね?
まあいいや。今はそれより結界設置!
「一人一つずつ担当して。無理って人は二人ないし三人で一つを担当」
設置した装置と担当者との間に、魔法的なラインを引く。それを伝って、魔力供給を行うって訳。
魔力さえ切れなければ、装置が壊される事はない……はず。耐久性も、ちゃんと計算してもらったはずだし。
ただなあ。かなり高めの耐久力にしてあるとはいえ、森の最深部……深度十の魔物は、正直データがなくて強さがわからないんだ。
でも、氾濫なら絶対出てくる。前回の記録では、深度十のものと思われる魔物は四体出て、そのどれもがヴァーチュダー城の手前まで来たんだって。
ヴァーチュダー城は、頑丈なカーテンウォールを三重に持つ堅固な城だ。その城ですら半壊したそうだから、相当だよね。
でも、城で止められて本当に良かった。そこを抜けられて領都まで攻め込まれていたら、大変だもん。
領都は、ペイロンの政治と経済の要だからね。ヴァーチュダー城は、あくまで魔の森対策の要。伯爵は、城にいる方が多いけど。
森の浅い部分へも装置を設置していく。こうしておくと、魔物の進路妨害が出来て、進行方向を誘導しやすくなるから。
設置が完了して森から出てくると、城の方からどやどやと人が来た。やべ。
「おおい! 何でお前がここにいる!? レラ!!」
ひい。ペイロンの分家筆頭クインレット家の現当主、ロイド兄ちゃんの父親アロメートのおっちゃんだ。
その後ろに続くのも、分家の当主と隠居達。誰も彼も盛り上がった筋肉を持つ、ペイロン自慢の脳筋軍団だ。
「こおら、レラ! おめえ、伯爵家継いだんだろうが! それなのにこんなところに来やがって!」
「大体、ケツの青いガキは西の端で震えてろってんだ」
「そうだぞ! 氾濫は、俺達歴戦の勇者がだなあ」
うへえ。おっちゃんじいちゃん達の話は、長くなるんだよなあ。
「シーラ様の許可は、もらったもん!」
半分嘘だけどね。問題を先送りにしただけだから。でも、おっちゃん達には大変有効な一言だった。
「そ、そうか。あの方がお許しになったなら……なあ?」
「そうだな。お嬢様が仰ったなら、俺らが口を差し挟む事じゃねえ」
「お嬢様は昔から怒らせると怖いからなあ」
「わし、魔法で木のてっぺんまで吹き飛ばされた事があるぞ……」
「わしなんぞ、湖のど真ん中に落とされてなあ」
何だか、話が変な方向へ動いてるぞ? てかシーラ様、やっぱり色々伝説持ってるなあ。
「お、おっちゃん達も、氾濫対策に参加するんだよね?」
「おお、もちろんだ!」
「俺らが出ないで、誰が出る!」
それはいいけど、力こぶは作らなくていいから。見せつけてこないで、暑苦しい。
「そういうおめえは、出るつもりじゃねえだろうな?」
じいちゃん、圧が強いって。でも、負けない!
「出るよ。当然でしょ?」
「ばっかやろう!! ひよっこがこんなでけえ祭りに参加しようなんざ、百年早えんだよ!!」
いや、百年待ってたら普通に死んでるって。それに、じいちゃん達だって百歳はいないでしょうが。いって七十くらい? それにしちゃあ、元気だけど。
でも、言い出したじいちゃん達は止まらない。
「いい若えもんが、前に出るなんざ容赦しねえぞ」
「そうだそうだ」
「前回は我慢させられたからな。やっとわしらの出番が回って来たぜえ」
やる気満々のじいちゃん達だ。さすがのおっちゃん達も、じいちゃん達の後ろでうんざりしてる。
「いいか、レラ。こういう時には、年寄りに先を譲るもんだ」
「いやいやいや、年寄り前に出してどうすんの。氾濫だよ? 魔物がたくさん出てくるんだよ? いくらじいちゃん達でも……」
「なあにほざいてやがる。たかが深度五のくせに」
ぐ……それに関しては、伯爵に色々止められてるからであって、決して実力がないって訳じゃないやい!
でも、確かにこのおっちゃんじいちゃん達は、全員が深度八まで入る猛者だ。とはいえ、高齢なのも事実だよ。
「年寄り前に出して、何かあったら後悔するでしょ!」
「ばっかやろう! 年寄りが先に行くのが筋ってもんなんだよ!!」
待って。「行く」が「逝く」に聞こえるんですけど!?
「息子や孫を守っていけるんなら、こんな幸せな事、ねえじゃねえか」
「だよなあ。いくなら、戦いの場でだ」
「おう! わし、可愛いひ孫を守る為にも、一匹でも多くの魔物を狩るぞ」
「何!? お前んとこの孫、嫁もらったんか!?」
「この氾濫が終わったら、式を挙げるんだとよ。でも、ひ孫はもう孫嫁の腹にいるんだぜえ」
「かー!! てめえ! そんな事ならひ孫の顔見てからじゃねえと、安心していけねえじゃねえか!」
口が挟めない……呆然としていたら、肩が叩かれた。あ、アロメートのおっちゃん。
「レラよ、親父達はよお、長年この森に入って狩りをしてきたんだ。ペイロンをその手で守ってきた、意地と誇りがあんだよ。それによお、さっきも言ってたが、年寄りから先に逝くのが筋だって聞かなくてな」
俺達も止めたんだがよお、とちょっと悲しそうに言うおっちゃんに、思わず泣きそうになる。
確かに、年齢的にはそうなのかもしれないけど、でもそれは寿命って話であって、決してこういう形でのものじゃないはず。
でも、あのじいちゃん達を止められないのも、よくわかるんだ。本当、脳筋共め。
「これ! 数は少ないけど、じいちゃん達優先で付けて! これ単体で魔法が使えなくても、盾のような形で結界が張れるから」
本当は、全身を覆うような結界を自動で発生させたかったんだけど、今の技術じゃ無理があるってニエールに言われた。
籠手型にまで小さくするのも、大変だったみたい。
「利き手じゃない方の腕に付けて。ここを押せば、半日盾を作るから」
「どれどれ……ほほう、こりゃいいわい。どれ、ちょっとその剣で切りつけてみい」
え? 切りつけてみろってそんな……
「おお、ほれ。……おお!」
おい! 本当に切りつけんなよ! 無事に結界が剣を弾いたけど!
「はっは。こりゃいいのう」
いいのう、じゃねえ! 危ない事すんな! もし結界がきちんと張れてなかったら、どうするつもりだったのよ!!
文句を言うと、じいちゃん達は揃って笑った。
「なあに、研究所の連中が作ったんじゃろ? なら問題ないわい」
「あの連中、薄気味悪い事ばーっかりしとるが、腕は確かだからのう」
「これで深度九……いや、十の魔物でも狩りまくれるわい」
緊張感、どこいった。本当にもう、脳筋共め!
籠手は、おっちゃん達までで品切れとなった。じいちゃん達の後ろは、おっちゃん達が続くんだって。
「こういう時の、分家だからな」
じいちゃん達が最前線に出るのに、おっちゃん達を止められるもんじゃないよね。
「レラ!」
「やっぱり来たね」
「ローレル嬢」
あ、コーニー、ロクス様、黒騎士だ。ちなみに結界については、この三人は自前で張れるというのはわかっているので、例の籠手は用意していない。
「レラ、私は後方で治療班の手伝いよ」
「僕は広場で出てきた魔物の討伐だ」
「私は、ローレル嬢をお守りします」
そっか。コーニーは熊と一緒だね。ロクス様には、結界発生装置の事を説明しておこう。
それと、黒騎士だけど……
「私は森の中に入ります。深度五よりも深い場所まで、いくかもしれません」
それでも、ついてくるのか。最後まで言わなかったけれど、黒騎士はしっかりと頷いた。
「この命がある限り、あなたについていきます」
諦めてくれなかったか……何せ、国王陛下からの特別許可証までもらってきたっていうもんね。
諦めて溜息を吐いていたら、遠くから地響きが聞こえてきた。
氾濫が、始まる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます