第77話 えー? 何それずるいー
まずはペイロンの研究所を巻き込んで、領民の大々的な調査をしようか、とシーラ様達に相談していたところ、分家筆頭クインレット家のロイド兄ちゃんが飛び込んできた。
とんでもない報せと共に。
「シーラ様!! 森が襲撃されました!!」
「何ですって!?」
「それに呼応するように、森の氾濫が早まったようです。記録にあるように、森から魔物が一斉に引いています!」
本式の氾濫の直前は、森から一斉に魔物が姿を消すらしい。それは、以前の氾濫の時も同じで、記録が残っているという。
どこのバカだ!? この時期の森に襲撃するなんて!
「すぐに行くわ」
「私も行きます!」
「レラはダメよ」
「何故ですか!?」
言っちゃなんだが、私の魔力量はペイロンの誰よりも多い。そりゃあ、手数って意味では他にも魔法が巧みな人はたくさんいる。物理攻撃も。
でも、いざとなったら豊富な魔力は使い物になるはずなのに!
「お披露目前でも、あなたは既にデュバル家の当主です。そして、あなたの後を継ぐ者はまだいない。意味はわかりますね?」
私に何かあれば、デュバルの領民達の隷属魔法が解除される可能性がある。隷属魔法自体、大分古いものなので、よくわかる者なんて誰もいない。
だからこそ、危険は冒せないって事か!
「デュバル家当主であるあなたを、森に近づけさせる訳にはいきません。我が家も、ヴィルは遠ざけるわ」
「そんな!」
「ロイド、あなた達もよ。父親に説明されてるわね?」
「はい……」
どういう事? ロイド兄ちゃんを見ると、苦しそうな顔だ。
「レラ……いや、デュバル女伯爵。跡継ぎがいる家はその者を、いない家は当主を森から一番遠くにやるんです。家の血が絶えないように」
「ロイド兄ちゃん? 何でそんな言い方……」
「あなたはもう、余所の伯爵家の当主です。これまでのように、気軽に声を掛け合う関係ではなくなります」
そんな……シーラ様を見ても、厳しい表情で頷くばかり。
ほんの少し前までの私の日常は、あっという間に壊れたようだ。
「レラ、これからヴィルがここに来ます。あなたは一緒にさらに西にある別館に移りなさい」
「ここにいちゃダメなんですか?」
「ダメよ。先程、ロイドの話を聞いたでしょう? スワニール館は森に近すぎるわ」
「レラ、聞き分けてくれ」
シーラ様もサンド様も、酷い。いや、本当はわかってる。襲爵前だったとしても、私は氾濫への対応には参加出来なかった。
デュバル家の、跡取りだから。そして、今は跡取りのいない伯爵家の当主だから。血を絶やさない為にも、私は森から遠ざからなきゃいけない。
……本当に?
血を継ぐだけなら、兄がいる。体が弱いとかいう話だけど、研究所の手を借りれば子供を残すくらいはなんとか出来るんじゃないか。
なら、私が出ても問題はない……はず。
「……わかりました」
「いい子ね、レラ。全部終わったら、また一緒に森で狩りをしましょう」
そう言い残すと、シーラ様達はヴァーチュダー城へ向かう為、移動陣のある部屋へと向かった。
「デュバル女伯爵、こちらへ」
「はい」
でも私、さっき「わかりました」と言っただけだよね? 「従います」なんて、一言も言ってませんよ?
曖昧に濁してその場をしのぐ。これもまた日本人の得意技なり!
シーラ様達と入れ替わりに、ヴィル様が来た。他にも、小さい子や老人なんかを連れてきている。
ヴァーチュダー城の周囲って、森の魔物目当ての宿屋や店なんかがたくさんあるからね。
「レラ!」
「ヴィル様! ロクス様やコーニーは!?」
「あの二人は氾濫対策に参加してる。まったく、長男を差し置いて酷い話だよな」
「ですよね」
苦笑いするヴィル様に合わせて、私も笑う。本当は、ヴィル様も向こうに残りたかったんだ。家族思いの弟妹思い。きっと、今のヴィル様は自分が戦う以上に辛いだろう。
彼等はここから西にある別館、ホーンダカーへ向かう。湖の側に建つ瀟洒な館で、景観がとてもいい。
まだあと三回程移動陣で運ばれてくるそうだから、全員揃ってから移動だそうだ。
送られてくる人達を待つ間、ヴィル様と一緒に別室にいる。部屋の隅にはロイド兄ちゃん。監視というよりは、護衛だな。
「レラ、お前に伝えておきたい事がある」
「なんですか?」
「フェゾガンが来た」
「え?」
それって、父親の方じゃなく、黒騎士の方だよね? 何で? 彼は侯爵家の跡継ぎでしょ!?
「あいつ、陛下からの特別許可証を持ってきやがった」
「……何です? それ」
「有事に際し、独自の判断で行動出来るっていう、陛下の許可証だ」
「えー……なにそれー」
そんなのあるんなら、私も欲しいー。
「何をどうして陛下からもぎ取ったのかは知らんがな」
そこはやはり、王家とのコネが必要という事か……
うちの場合実父が王家派閥でありながら、派閥からハブにされかかってたからなー。実父の自業自得だけど。
でも、その余波が私にまで来てる気がする。おのれ実父。
とはいえ、何か今は生きる屍になっちゃってるからなー。何かする気にもなれん。
ああ、やっぱり抜け出して森に行こう。行っちゃえば、無理に追い返そうとはしないだろうし。そこまで余裕がないとも言う。
ただ、後でしこたま怒られるだろうけど。
「レラ、お前、ここを抜け出して森に行くつもりだろう?」
ギク! 何故バレる!?
「そ、そんな事は――」
「誤魔化しても無駄だ。お前の性格はよく知ってるからな」
ヤバい……ロイド兄ちゃんからも、鋭い視線が飛んでくる。
待てよ? ここでヴィル様にバレたって事は、もう堂々と行った方がいいんじゃね?
妨害はされるだろうけれど、振り切る!
「ヴィル様、私――」
「ロクスとコーニーの事、頼む」
「え?」
いきなりヴィル様に頭を下げられちゃったよ。目の端に見えるロイド兄ちゃんも驚いてる。
「ヴィ、ヴィル様! 顔上げて!」
「俺は嫡男だから、どうしても行けない。兄なのに、情けない限りだよ」
「そんな事ないよ」
「あるんだよ。わかっちゃいるんだ。血を繋ぐって事は、貴族の家にとっては大事な事だって。でも、弟妹を見捨てるようで、どうしても辛い。だからレラ、俺の代わりに二人を頼む!」
また頭を下げられちゃったよ。てか、頼まれるまでもなく、二人の事は護るよ。大事な人達だから。
話がまとまったと思ったら、それまで部屋の端でおとなしくしていたロイド兄ちゃんが吠えた。
「ヴィル様! デュバル女伯爵を煽るような真似はやめてください! 本家ご当主様もシーラ様も、お怒りになりますよ!」
「父上や母上、伯父上の怒りはもっともだ。だが、お前もわかってるんだろう? 今回の氾濫は、通常よりも激しくなる。なのに、レラなしで勝てると思うか?」
「それは……ですが……」
「年下の、まだ成人前の女の子に頼り切るのは小っ恥ずかしいよな。自分が不甲斐なく感じるよな? でも、今俺達は動けない。動いちゃいけないんだ」
「それは、女伯爵も一緒で……」
「お前の立場もわかってるよ。でも、今そんなかしこまった言い方しかしないお前で、レラを止められるのか?」
「……」
「爺さん達や、親父さん達を助けたいだろう? 俺達が動けないのは仕方ない。総力戦だからこそ、俺達は避難しなくちゃいけないんだ」
「それなら、伯爵家を継がれたばかりの女伯爵も、避難するべきです」
「レラはヴァーチュダー城にいる誰よりも生き残る確率が高いさ。レラ、周囲を守るのはもちろん、自分の身もちゃんと守れよ?」
「アイアイサー!」
「何だそれ。お前にもしもの事があったら、俺が母上とコーニーに殺されるからな? ロイド! お前もいい加減、覚悟を決めろ!」
ヴィル様に怒鳴られて、ロイド兄ちゃんがうなだれてる。
と思ったら、その場にがばっと手を突いた。待ってええええ! 何これえええええ!?
「お願いします! 祖父を、父を助けてください!!」
「バカ! いつも通りにいけ! いつも通りに!」
ヴィル様に起こされたロイド兄ちゃんは、泣いて顔がぐしゃぐしゃだ。やっぱり、おっちゃんやじいちゃん達が心配だったんだね。
「レラ……頼む、親父達を……」
「うん、わかってる。私の出来る限りで守るよ!」
「すまない……ありがとう……」
その言葉は、無事守り切ってから聞くよ。
まずは、城まで行かないとね。
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