第75話 過去からの手紙
便利に安価に使えるのなら、そのままでも良くね? ってのが、ここ何代かのデュバル家当主の考えらしい。
酷すぎて反吐が出るね!
「祭壇にあった家訓には、ちゃんと領民を保護するよう書いてあったのに」
「都合の悪いところは見なかった事にしたんでしょう」
「クイネヴァンもその父親も、そういう性格だったからなあ……」
サンド様にまで言われる実父と祖父って。祖父の方は私が生まれる前に流行病で亡くなっているので知らないけど、まああの実父を見ればお察しって感じの人だったようだ。
長く続いても、継ぐ人間がこれじゃあねえ。
「それで? 手紙には何と書いてあるの?」
「……今から読みます」
シーラ様からの圧が怖い。多分、隷属魔法を解除するなって辺りに、お怒りのご様子。
さて、初代は何を書いて残したのかな?
君がこれを読んでいるという事は、無事爵位を継承し、かつあの一文を見たって事だな。おめでとう、新伯爵。これからの道のりは遠いが、頑張ってくれ。
まず、この手紙を日本語で書いたのは、俺の懺悔のようなものだからだ。知ってほしい、でも知られたくない。そんな思いから、これを書いている。
俺はこの時代の人間じゃない。いや、転生者である以上、この世界の人間でもないんだろうが、まずは時代が違う。
オーゼリアの建国より、さらに一万一千年以上前に生きた人間だ。別にずっと生きていた訳じゃない。飛ばされたんだよ、一万年以上前の時代から。
俺は、もう一人の転生者である相棒と一緒に、ずっと昔のこの大陸で魔法研究をしていた。
俺達が生きていた約一万年前ってのは、酷い時代でな。この大陸から東にずっといった所にある巨大大陸で、連日戦争をしていたんだ。
その結果、土地も人も疲弊して、いくつもの大国が潰れたよ。俺達がこの大陸に逃げてくる頃には、小国に分裂してそれでも争っていた。
それに嫌気が差し、この大陸に逃げてきたんだよ。当時のこの大陸は、火山活動で出来上がってから百年程度で、まだ溶岩の大地がむき出しの荒れ果てた場所だった。だから、巨大大陸から人が来なかったんだ。
大陸の中央に研究所を建て、その周りを囲む壁のように、大地を隆起させた。ちょっとしたクレーターのようにしたんだ。
研究所では、多くの魔法を編み出した。荒れた大地を回復させる魔法、植えた苗をあっという間に生長させる魔法。海水から雨雲を生成し、雨を降らせ、水を蓄える魔法など。この大陸で生きて行く為に、必要なものからだったな。
そんな中、問題になったのが俺達の魔力量だ。少なくはないけれど、多くもない。生活の全てを魔法頼りにするには、心許なかったんだ。
そこで、次に俺達が手を付けたのは、人間が持つ魔力を増幅させる魔法だった。
瞬間的に増やす方法は、既に確立されていた。でも、俺達は恒常的に増やす事を目指したんだ。
もっと言うと、生まれ持った魔力量を底上げする方法、だな。
何度も何度も試行錯誤をした。これまで行った研究の中でも、一番の難題だっただろう。
それでも、とうとう俺達は見つけた。それは、俺達が転生者だからこそ、見つけられたんだと思う。
答えは、遺伝子にあったんだ。
魔力の量や質は、遺伝する。親から子へと受け継がれるんだ。だから、魔力量の多い親からは、魔力量の多い子が生まれやすい。
そこに着目して、俺達は魔法で遺伝子解析を行っていった。あの時は、俺も相棒も研究に取り憑かれていたんだ。
いや、今だから冷静に振り返られるけど、当時は本当におかしかったよ。これさえ完成すれば、もう何もいらないと思った程だった。
解析の為に魔道計算機を作り出し、時間が足りないと感じれば自分達の延命まで魔法でする程だった。
そんな中、魔力の量と質を向上させる遺伝子が見つかった。次は実験だ。
知っているかもしれないが、人間と同じ魔力を持つ生物はいない。つまり、この実験を行う場合、いきなり人体でやる以外にないんだ。
俺達は、元いた巨大大陸へ戻り、奴隷を買い集めた。それも、最底辺と言われる犯罪奴隷だ。
彼等は死刑の代わりに奴隷に落とされる。己の身を売って、被害者への賠償に充てる訳だ。むこうでは、その制度を取り入れている国が多い。
だから、男女の比較的若い奴隷がいくらでも手に入った。それなり、金はかかったけれど。
買い集めた人数は男性が三十、女性が三十。全員、魔力はない奴隷達だ。元から持っている者達より、まったくない方が効果がわかりやすいから。
実験体としては少ないのかもしれないが、魔道計算機で十分シミュレーションをした後だったので、心配はしていなかった。
結果として、実験は成功したよ。遺伝子操作を行い、買い集めた奴隷全員が魔力を持った。それも、かなりの質と量の。
その後、継続の実験も行った。遺伝だからね。顕性かどうかをきちんと確かめたかったんだ。
結果は、無事顕性と出た。しかも、かなり高い確率で子孫に受け継がれるんだ。
俺と相棒は狂喜乱舞した。これで研究は成功だと。
でも、落とし穴っていうのは、あるんだな。
奴隷達に魔法の訓練を課していた時、それは起こった。魔力の暴走による、使用者の死亡だ。
最初は、ただの事故だと思っていた。でも、その十日後にまた一人、三十日後にまた一人。そこから二日後に今度は二人立て続けに、暴走を起こして死んだ。
俺達の見つけた遺伝子には、暴走を誘発する因子が含まれていたんだ。でも、どれだけ探してもその因子が見つからない。
訓練をさせなければいいのかと思って、奴隷達に魔法の使用を禁止した。でも、暴走事故は起こった。
別の方法を使わなければ、暴走は止められなかったんだ。
だから、彼等の暴走を抑える術式を開発した。一時しのぎにしかならないが、それでも事故を起こさせるよりはましだから。
犯罪奴隷は、一生隷属魔法を解除する事は出来ない。だから、彼等の隷属魔法にプラスする形で、抑える術式を組み込んだ。
この時、もっと配慮すれば良かったんだと、今は思うよ。だが、一度抑える術式をプラスした隷属魔法は、機能を加える事は出来ても削る事は出来なかった。きっと、俺達の力不足だ。
だから、もう一つ術式を加えた。俺達の作った遺伝子に反応して、暴走を抑える隷属魔法を持って生まれてくるように。
ただ、ここで隷属魔法が変質した。解除出来るようになってしまったんだ。でも、前述の理由で解除は出来ない。これは、本人達には教えられなかったよ。
そこまでやって、俺はこの時代に飛ばされた。奴隷達の一部と共に。
あの日、屋外で暴走を抑える術式を持ったまま、魔法が使えるかどうかの実験をやっていたんだ。
その時、実験場に黒い穴が出現した。あれは、穴としか言い様がない。
そこに、その場にいた全員と吸い込まれたんだ。色々見えたよ。この大陸が発展していく様子、俺達が作った研究所が森に埋もれていく様子。
そして、自分がどこでどうやって死ぬのかまで。あれは、時空の裂け目のようなものだったんだと思う。
ようやく穴から吐き出された俺達は、ちょうど近場で狼の群れに襲われていた連中を助けた。
これが、オーゼリアの建国王でな。おかげで命を救った礼として、今のデュバル領と伯爵という爵位をもらった訳だ。ついているのかいないのか。
俺はデュバル伯爵としての地位を得て、領地で研究を続けていった。だが、やはり一人で続けるのは限界があったよ。うまく進まなかった。
領民は、全て奴隷達の子孫だ。親のどちらかが奴隷ならば、子にはほぼ確実に受け継がれる。
そして、彼等の隷属魔法は解除出来る。それは確かだ。ただし、解除すれば確実に魔力が暴走し、死に至る。
それは解除した翌日かもしれないし、十年後かもしれない。だからこそ、暴走の因子を取り除くまでは、解除はしてはならないんだ。
隷属魔法で縛られる領民には、せめてもの罪滅ぼしにと保護を家訓としている。だが、世代が下ればそれが形骸化する事も、時空の裂け目で見たよ。
彼等を救う手立てがあるとすれば、それは君らが「魔の森」と呼ぶ場所の中心、俺達が作った研究所にある。
あの森は、相棒が作り出した研究所の防衛システムだ。それを突破する方法は、上空六千メートル以上の高さまで上がって、森を航行する事だ。
その高さの真上からなら、防衛システムに引っかからずに研究所に下りられるはず。それ以下の高度だと、危険だからお薦めしない。
どうか、彼等を救ってほしい。俺達がバカをやった尻拭いを君に押しつけるのは気が引けるけど、おそらく、君以外には誰もなしえないと思う。
それは、これを読んでいる君もわかっているはずだ。
タフェリナ・ローレル・レラ・デュバル。遠い未来の君に、これを託す。
「うひい!」
読まなきゃ良かった! 何これ? 怖い。呪いの手紙か何かかよ!
何で私の名前がわかるのさ! 百歩譲って、これ書いた人間が日本からの転生者なら、自分と同じような人間が後に生まれるかも、ってこれを書いたのかもしれないけど。
確実に、私宛だよね? どうなってんの?
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