第73話 デュバル領
スワニール館から移動した先は、何やら薄汚れた部屋だった。
「お待ちしておりました」
そこにいたのは、ヴァーチュダー城の家令、ザインじいちゃんだ。え……ここにいて、いいの? ヴァーチュダー城は、この人がいないと回らないのに。
「出迎えご苦労」
「布令は出しておきました。場には、誰も近づかせておりません」
「うむ」
サンド様とザインじいちゃんは短いやり取りをしながら、部屋を出て廊下を進む。車椅子もあるから、進む速度はちょっと遅い。
廊下に敷かれた絨毯は、大分埃が溜まっているようだ。
「手入れがなってないわね」
「長く人が来ていなかったからだろう」
シーラ様とサンド様の呟きを聞いて、ザインじいちゃんが謝罪する。
「ご不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございません。正直、私が参りました時も、我が目を疑った程の酷さでした」
「いいのよ。今回は急ぎですからね。手入れは後でやればいいわ」
三人だけで話が通じているようだけど、ここってどこよ?
まあ、ちょっと考えればわかるよね。スワニール館からの移動だもん。デュバル領の領主館だわな。
それにしても、シーラ様の言葉じゃないけど、本当に荒れてるね。窓は鎧戸が閉められていて部屋や廊下も暗いし、そこかしこにたまった埃が見える。
天井の近くには、蜘蛛の巣もあるよ。
廊下を歩いた感じから、館の大きさはそこそこといったところ。なんで実家は、この領主館を放置していたんだろう?
普通、領主館って領地の中心的存在になるはずなのに。ペイロンは違うけどね。あそこは領主館はスワニール館になってるけど、領地の中心はヴァーチュダー城だ。
魔の森がある以上、それは仕方ないんだけど……なんでデュバル領の領主館はこうなるんだ?
これも、シーラ様達が爵位継承を急ぐ理由なのかな。
てっきり屋敷を出て別の場所に行くのかと思ったら、先程の部屋と同じ階層の別の部屋へと入る。ここも、汚れてるね。
狭い部屋の中央には、見慣れた移動陣。その周囲には、ペイロンの分家跡取りが四人いる。
分家筆頭のクインレット家嫡男ロイド、序列二位のディギドロス家嫡男ナデイオス、序列三位のヴェイスト家嫡男ウィーギフ、序列四位メニル家嫡男ティルジラー。
「あなた達が来たのね」
「親父殿や爺様達は、森の方にかかりきりですので」
「役立たず呼ばわりされて、こちらに回されました」
おっちゃん達……彼等は次期当主だから、決して役立たずじゃないんだけどなあ。私にとっては、小さい頃から可愛がってくれた兄ちゃん達だ。
四人の兄ちゃん達は、軽口を叩いてる割りにピリピリとした空気を纏っている。まるで、誰かが襲撃してくるのを警戒しているように。
そういえば、実父のところにも不審者が出たってシーラ様が言っていたっけ。
何か、嫌な予感がするんだけど。
「あなた達は見届け人として、参加してもらうわ」
「承知しております」
「皆様は急ぎ移動陣へ」
「起動は我々が行います」
移動陣の起動は、普段なら私の仕事だ。でも、ここで駄々をこねる訳にいかない。
移動陣に全員が乗ると、四人で魔力を流して陣を起動させた。
移動陣は使い慣れているけれど、さすがに移動した先が高い山の上ってのは、初めてだよ。
「うわあ……」
「レラ、こっちよ」
「あ、はい」
ゴツゴツとした岩がむき出しの岩山の上、どう見ても人の手で作った祭壇のようなものがある。
どこ? ここ。
「ここでデュバル家の爵位継承が行われるわ。クイネヴァンをこちらへ」
「はい」
車椅子の実父は、今は四人の兄ちゃん達に抱えられている。祭壇の前に連れてこられた実父を見下ろし、シーラ様が冷たく言い放った。
「さあ、そこに手を」
「シ、シーラ……私は……」
「今更、当主の座が惜しくなったのではないでしょうね?」
「う……」
「あなたがここでぐずっていると、あの愛人がさらに苦しい目に遭うわよ?」
「や、やめてくれ。マエソーヤの命だけは」
「裏切った愛人が、そんなに大事?」
え? シーラ様、今なんて? 実父はうなだれて何も言い返さない。
「さあ! あの女が大事なら、とっとと当主の座を捨てて会いに行きなさい!」
「わ、わかった……」
待って。裏切った愛人が、地位も財産も失った実父を受け入れるもの? でも、場の空気が口を挟む事を許さない。
本当に、後で全部しっかり教えてくださいね! シーラ様。
実父が祭壇の一部、石に埋め込まれた透明なカットガラスのようなものに手を触れると、その部分が青く色が変わった。
おお、なんとも不思議な。
「さあ、次はレラよ」
「はい……でも、何をすればいいんですか?」
「そこの青い部分に触れなさい」
さっき実父が触れてた場所だね。そっと触れると、そこから何かが手を伝って自分の中に入ってきた! なにこれ!?
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