第72話 早まった……

 よもや黒騎士が魔力を匂いで感知出来るとは。変態チックだけれど、うまく利用すれば面白いものが出来そう。


 という訳で、早速研究所で調べたいのだけれど。今はペイロンに入れないんだった……


「どうかしましたか? ローレル嬢」

「いえ、何でもないです……」


 ああ、今すぐ隅から隅まで調べたい! きっと、ニエールも賛成してくれる!


 見返りとして、黒騎士には感知能力を弱める何かを作ってあげよう。多分、魔力制御の術式を応用すればいけるはず。


 ああ、もう! 氾濫なんてとっとと終わればいいのに! つか、今すぐペイロンに行って魔物全部狩ってしまいたい!


 部屋に戻ると、何だか妙な雰囲気。でも大人は笑顔で色々隠すよね。


「お帰りなさい。お話しは弾んだかしら?」


 元日本人も、笑顔で流すのは得意さ。


「ええ、とっても」


 ポイントは、嘘は吐かない事。話が弾んだのは本当。ただまあ、男女の会話ではなかったわな……




 黒騎士親子が帰ると、シーラ様が何やら難しい顔をしている。黒騎士父と、何かあったんだろうか?


「レラ、出来る限り早く、襲爵を進めるわよ」

「へ?」


 なんで、そうなるの? 確か、成人してから……って言っても、十五歳の誕生日は来月だ。あと一ヶ月あるかないかくらいだわ。


 でもさあ、ペイロンは今森の氾濫で大変なんだよね? デュバルはその隣で影響も大きいはず。そんな中、襲爵なんてしてる余裕、あるのかな。


 でも、シーラ様は本気だ。


「とりあえず、儀式だけ済ませて、襲爵のお披露目は後でもいいわよね……まずはクイネヴァンをデュバルまで引っ張っていかなきゃ」

「サンド様、シーラ様を止める事って……」

「私には無理だね。レラ、やってみるかい?」

「無理でーす」


 チャレンジする前に白旗を揚げます。うん、絶対無理。でも、これで本当に爵位継承待ったなしかあ。


「そういえば、実父は私が家を継ぐ件、了承してるんですか?」

「どうだろうねえ? 今、彼はそれどころじゃないだろうし」

「え?」


 どういう事? 何か他の事で頭がいっぱいとか?


「うん、そのうちわかるよ、多分」


 大変曖昧な返答が来ました。サンド様がこう言うって事は、これ以上聞いても答えはもらえないね。


 まあ、あの実父の事だから、どうでもいいんだけど。




 シーラ様は本当にわずか数日で爵位継承のあれこれを決めてしまった。仕事早いなあ。


「まずはデュバル領に行かなくてはね。ああ、デュバル領へはペイロンを経由しますからね」

「え? はいれるんですか?」


 魔の森の氾濫に備えて、出入りを制限してるって話なのに。


「ヴァーチュダー城は無理よ。スワニール館を使います」

「あれ? スワニール館は、この時期まだ閉鎖中じゃあ……」


 あそこは年に一回、狩猟祭の時だけ開かれる。ちょうど私の誕生日辺りに、清掃が入るはずだ。だからまだ、閉鎖されてるはずなんだけど。


「実は、今スワニール館にクイネヴァンが滞在しているのよ」

「はい?」


 何で、実父がスワニール館に? てっきり王都にいるものだと思ってた。


 大体、狩猟祭を毛嫌いして何年も欠席してるはずだよね?


 首を傾げる私の前で、シーラ様が重い溜息を吐いた。


「少し前に、クイネヴァンが学院まであなたを訊ねた事があったでしょう?」

「ありましたねえ? 確か、勝手に決めた婚約者とかいうのを連れていたような」


 えーと、何とか子爵の何番目かの息子、だったような。いや、興味ないので覚えてないんだよ。だって、自分にとって必要な情報とは思えないし。


 そういえばあの時は、途中からシーラ様達にお任せして部屋から出ちゃったっけ。


「あの後から、我が家でクイネヴァンを預かっていたのよ」

「へ?」



 何 故 そ う な る ?



 いや、一応実父はあれでも一伯爵家の当主だ。その他家の当主を、いくら同じ派閥にいるとはいえ、侯爵家が軟禁するのはいかがなものかと。


 私の表情から言いたい事を察したのか、シーラ様が真面目な顔でこちらを見る。


「あのままクイネヴァンを放置していたら、あなたに爵位を渡す前に命を絶ってしまいかねなかったからよ。緊急措置ね」

「一体、あの後何があったんですか?」

「それは……爵位継承が終わったら、話すわ」


 うーむ。あの、怖い物知らずに見えた実父にも、自殺を考えるくらいショックな事があったのか。そっちの方にびっくりだわ。


「ともかく、明日の朝にはこちらを発ちますからね。向こうに滞在するのは数日程度だから、荷物はいらないわ。着替えはヴァーチュダー城からスワニール館に運ばせます。デュバル領に滞在するのも、正味数時間ってところでしょうね」


 何だかよくわからないけれど、まずはデュバル領に向かわないと爵位継承が出来ないらしい。


 今更だけど、うちの家の爵位継承って、何か余所と違わない? ちょっと怖くなってきたんだけど。




 翌早朝、サンド様とシーラ様、それと私の三人だけでスワニール館に向かった。もちろん、移動陣で。


 アスプザットの移動陣からは、スワニール館に直接移動する事も可能。ペイロンとの繋がりが強い家だから、色々融通利かせてるんだろうな。


「最初はうちの領で面倒を見ていたのよ」


 スワニール館の移動陣がある隠し部屋から、実父がいるという部屋への移動中。


 とりあえず、実父が何故現在スワニール館にいるかを教えてくれるらしい。


「ただ、歓迎しない客人が勝手に彼の元を訪れるようになってしまって」

「それって……」


 客人って言ってるけど、要は何かよくない事をしようとした不法侵入者?


「それもあって、匿っていた家からスワニール館に移したの。使い捨ての移動陣って、使い勝手がいいわね」


 熊が王都に来る時に使ったっていう、あれですね。


「おかげでまだクイネヴァンがアスプザット領の家にいると思い込んでる連中が、後から後から釣れるのよ。笑いが止まらないわね」


 不審者の入れ食い状態ってやつっすか。捕まった人達、哀れ……


「一応調べてはいるけれど、大体は金で雇われたならず者達ね。さすがに足が付くような事はしないみたい」


 シーラ様、残念そうに仰ってます。敵が確定したら、殴り込みにでも行きそう。


 その時は、ぜひ一言お声がけを。


 スワニール館には、秘密の部屋というのがいくつかある。襲撃された時に逃げ込むセーフルーム的な使い方をするものや、見つけられたくないものをしまっておく場所として使ってるそうな。


 移動陣が置いてある場所も、その一つ。そして、今向かっている実父が匿われている部屋も、それ。


 でかい屋敷だと、ぱっと見ただけでは隠し部屋がある場所はわかりにくいものらしいよ。わざとそれように外装を作る場合もあるとか。


 実父が匿われているのは、スワニール館の三階だった。その、部屋と部屋の間、狭い空間かと思いきや、八畳くらいの広さはあるんじゃね?


 底の置かれたベッドに、上半身を起こして座っていた。


「ご機嫌はいかがかしら? クイネヴァン」


 シーラ様の言葉に、実父はのろのろとこちらに顔を向けた。


 実父……だよね? 何か、前に見た時と顔が違うんだけど。パーツそのものは同じだよ? でも、何と言うのか、人が変わったというのか。


 それに、大分痩せた? 頬がかなりしゅっとして……あ、これ、こけたとか言った方がいい?


 ともかく、学院で会ってからだから……大体二ヶ月かそこら? なのに、こんなに変わるなんて。


「返事もなしなんてね。まあ、あなたの返事を待っている余裕はこちらにはないから、勝手に連れて行くとしましょう」


 シーラ様が手をぱんぱんと叩くと壁が扉のように開いて、そこから使用人が姿を現した。あそこ、使用人だけが使うっていう裏道か。


 彼等はあっという間に実父を車椅子に乗せ、部屋から出してしまった。どこに連れて行くんだろう?


「さあ、私達も行くわよ」

「あ、はい」


 車椅子なんて、いつの間に用意したのやら。あれも、研究所で作ったものなんだよね。


 分家の隠居の一人が足を骨折した時、移動用にって提案したもの。具合悪い人も運べるよって言ったら、研究所があっという間に作り上げたっけ。


 森で負傷した人を運ぶのに、重宝したらしい。


 私達は、再び移動陣が置かれている隠し部屋に来た。車椅子の実父は、先に来ていたらしい。


 って事は、移動陣でデュバル領まで行くのか。……向こうの陣って、誰が置いたんだろう?

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