第70話 親子でやってきた
夏休み、狩りが出来ない、寂しいな。……やっぱり、川柳作る才能ないな。
せっかくの夏期休暇だというのに、ペイロンに行けなくて大変不満です。
コーニーもそうらしく、二人で愚痴を言い合っている。
「大体、私達だって少しは力になれるはずよね?」
「そーだそーだ」
「なのに行く事さえ出来ないなんて、酷いわよ」
「そーだそーだ」
「もう、こっそり行っちゃおうかしら」
「そーだそー……いやいや、それはダメでしょう」
「レラが珍しく常識的な事を言ってるー」
ちょっとコーニー、それ酷くない?
街中でフェゾガン父を助けた日から四日後。親子揃ってアスプザット家にやってきた。
来客があった事を告げられたのは、コーニーと一緒にいた家族用の居間でだ。現在客は主人夫妻がもてなしてるそうだけど、後で私は呼ばれるとか。
何故?
「そりゃあ、命を助けられたらお礼をしに来てもおかしくはないんじゃない?」
「うーむ、そうかー」
ただの人命救助だったんだけど。とはいえ、確かにあの場に私がいなかったら、黒騎士父はヤバかったかもね。
来客の報せを受けてしばし、呼び出しがあった。
「奥様がお呼びです」
「行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
案内されたのは、一番いい応接室だった。そりゃ向こうの爵位はアスプザット家と同じだもんね。いい部屋にも通すわ。
「失礼します」
開けてもらった扉から中に入ると、サンド様とシーラ様、その前に黒騎士父と黒騎士。
全員の視線がこちらに向かう中、黒騎士父がまたもやこちらを睨む。待って、睨まれるような事、した覚えないんだけど?
「レラ、こちらへ」
「はい」
シーラ様に手招きされて、隣に腰を下ろす。視線が痛いよ。
「フェゾガン侯爵、そのように睨まれては、女性は怯えてしまいますよ?」
「む? いや、睨んだつもりはなかったのだが……そう思わせた事に関しては、許してほしい」
睨んだつもりはないって……しっかり睨んでたじゃーん。心持ち、シーラ様の側に寄っておいた。
「……その、珍しい魔力だと思って、つい見てしまったのだ」
「魔力を、見る?」
何それ。初めて聞くよ? 魔力って、目で見るものだっけ?
首を傾げていたら、フェゾガン侯爵から説明が入った。
「我が家の血筋に現れる特徴でな。魔力を五感のどれかで感じ取る事が出来る。私は視覚だが、父は他者の魔力に触れられたらしい」
魔力に触れる!? 何それ面白そう。ニエールも興味持つだろうなあ。ちょっと調べてみたい。
あ、いや、別に解剖とかはしませんよ? ちょーっとセンサーとか付けさせてもらって、データ取らせてもらうだけで。
脳波とか、血流とかは見させてもらうかも。心の中であれこれ考えていたら、シーラ様が笑顔で聞いた。
「まあ、父方から? では、ユーイン卿も感じ取れるのかしら?」
あ、そっか。黒騎士も出来るんだ? 五感だから、聴覚とか、味覚とか? 味覚って、どうやって感じるんだろう? 魔力を吸うの? 聴覚の場合は、魔力の音を聴くとか? やだ、どんな音がするんだろう? 聞いてみたい!
嗅覚は……五感の中だと、一番変態チックかなー。期待を込めて黒騎士を見ていたら、何故か頬を赤らめてそっぽを向いてしまった。
「……匂いで」
変態チックな嗅覚でしたー。まあ、ある意味黒騎士らしいっちゃらしいのかもね。
変態チックとはいえ、ちょっと余所では見ない能力には大変興味がある。ちょっとあれこれ聞いてみたい!
興味のあまり、鼻息が荒くなっていたらしい。シーラ様から脇腹を小突かれた。ごめんなさい。
「ユーイン卿、この子が魔力を感じる事に興味がありそうなの。教えてやってもらえるかしら? そうね、庭の東屋でどうかしら?」
え? 本当に? 教えてくれるの? 期待を込めて黒騎士を見たら、ちょっとびっくりしてる。
おっと、興味のあまり、はしたなかったかな。ちょっと反省。
「その、私で良ければ」
「本当ですか!?」
やったー! 諸手を挙げて喜びそうなところ、またしてもシーラ様に脇を小突かれた。本当、すんません。
で、場所を移して庭の東屋へ。王都の別邸は、幅はないけど奥行きがある、うなぎの寝床タイプの建物。
で、その裏にはそれなりの広さの庭がある。お隣の建物との境には、壁がつくってあるので覗かれる心配もない。
その庭にあるのが、ちょっと小ぶりの東屋。四人も入れば一杯になるようなサイズ感は、元日本人の私にとって大変居心地がいい。
侯爵家の使用人が、飲み物と茶菓子を用意してくれた。あ、外は暑いからって、冷たい飲み物だよ。
実はこれ、麦茶。大麦って国内でも多く作られてる作物で、ペイロンでもたくさん作られている。
だから、伯爵に頼んで種子のまま手に入れて、少量を煎って麦茶にしたら、見事に伯爵や研究所の皆がはまった。
アスプザットでも夏場はよく飲まれてるよ。だからここでも出してきたんだね。
屋外は室内よりは暑いもんな。それでも東屋は屋根や周囲の木々が作る陰で大分暑さはしのげてるけど。
麦茶を一口。うん、よく冷えてる。黒騎士の前でなければ、このくらいの量なぞ一気飲みするんだけど。さすがに人前では……ね。
「これは……変わった飲み物ですね」
「麦茶と言います。夏場はよく冷やして飲んでいるんですよ」
「麦……」
「大麦の種子を煎って、煮出してます」
ミネラル豊富で汗をかいた体にはいいんだぞー。さすがにそこまでは言えないけど。ビタミンとかミネラルとか、まだ知られてないしね。
「それで、魔力を匂いで感知するとは、どういうものなんですか? もしや、魔力の匂いで個人を特定出来るとか? 人の多い場所だと、どうなるんでしょう? その中でも、個人を匂いだけで特定可能ですか?」
興味が尽きない。
「魔力の匂いは人によって様々なのですが、自分と相性のいい魔力はとてもいい香りがします。例えるなら、最上級の花の香りのようなものです。逆に、相性の悪い相手の匂いは悪臭に感じますね。おかげで人の多い場所は苦手です。魔力の匂いで個人を特定した事はありませんが、父ならば一度見た魔力で特定は可能かもしれません」
なるほどー。まあ、魔力での個人特定云々は、これから開発を考えている魔道具に組み込みたい機能だからなー。
うまく特定出来る仕組みのヒントになれば、と思った程度。これは別のアプローチを考えよう。
「相手の魔力の匂いを感じないようにする事は、出来ないんですか?」
「今のところは、手立てがありません。父も、全ての魔力を持つ相手の魔力が見えるそうですから」
その辺りは不便なんだ。いきなり悪臭を嗅いじゃったらたまらんわ。黒騎士、苦労してるんだね……
「ちなみに、ヴィル様ってどんな匂いですか?」
「アスプザットですか? 新緑の若葉のような匂いですね」
へー、それはそこそこ相性がいいって事か。ヴィル様、黒騎士の事は最初嫌ってたみたいだけど。
そういえば、このところは仲がいいまではいかないけど、悪くはないね。
「ロクス様はコーニーは?」
「アスプザットの弟は薄荷のような匂いで、妹の方は果物のような甘い匂いです」
コーニー、そんなところまで女子力高いとは! 果物ってーと、黒騎士とは相性いいんじゃないの? あ、相性って言っても、魔力の事か。
シーラ様達のも、聞いてもいいかなあ?
「あなたの魔力は……」
ん? 黒騎士の頬が赤い。気温、上がったかな?
「とても、香しい花の香りです」
……そういや、私、この人にプロポーズされてたっけ。それってあれか? 魔力の相性がいいからなのか?
いや、理由がわかって良かった……んだけど、何となく納得いかない気分。ここは、魔力を褒められたと思っておくところ?
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