第69話 暑い日は危険

 試験結果、シーラ様にも満足してもらえました。良かったー。


「今までで一番高い順位ね」

「頑張りました! 主にゴン助が」

「ごんすけ? ……ああ、あの黒大熊。そういえば、今まで騎獣の点数は筆記試験と口頭試問だけで取ったと言っていたわね」


 そーなんですよー。でも、ゴン助が来てくれたおかげで、ちゃんと実技で点数取れるようになりました! 特に今回は、学院祭での加点が大きかったしね。


「これで、今年もペイロンに行ってもいいですよね?」

「……」


 あれ? シーラ様の笑顔が固まったよ? え……あれ?


「その事なんだけど……」

「え……まさか、ダメなんですか!?」

「森の氾濫の予兆が出ているのは、知っているわよね?」

「ええ、もちろん」


 何せ、その予兆を持ち帰ったの、私ですから。


「それもあって、今領内……特に森に近づく人間を制限しているのよ」


 マジかああああああ!




 とりあえず、長期休暇中は学院そのものが閉まるので、アスプザット家の王都別邸にお邪魔している。


 本当なら、このままペイロンに行くはずだったのにい……


「お母様、今年は一度も向こうへ行けないの?」

「全ては向こう次第ね」


 コーニーもペイロンに行けないのは寂しいらしい。だよね!? 行きたいよね!?


 大体、入る人を制限してるって言うけど、私もコーニーも森に入って狩りが出来る腕前なのだけど。


 氾濫が起きそうだっていうなら、少しは役に立てるんだけどなあ。それでもダメなのかね?


 とはいえ、アスプザットからはサンド様が行ってるだけで、ヴィル様もロクス様も王都にいるんだよね。


 なので、コーニーもあまり文句は言えない様子。その分、ストレスが溜まってるみたい。


 少しは出かけてもいいかなー? とは思うんだけど、王都ってペイロンより暑いんだよね……下手したら熱中症になりそう。


 んー……あ! 周囲の温度を下げる術式を作ればいいのか。温度を上げる術式ならもうあるから、あれを応用すればいけるはず。


 日差しは帽子で避けるかなー。帽子に熱線反射の効果でも付与してみっか。でないと、頭が蒸れそう。


 自室であれこれやっていたら、コーニーが来た。


「レラー? あら、何か作ってたの?」

「うん、暑い日でも快適に外出出来るようにね」

「それ本当?」


 お、コーニーが嬉しそう。やっぱり、お出かけくらいはしたいよねー。それを阻むのがこの暑さ。


 前世の日本のような湿気はないから日陰に入ると大分楽なんだけど、でも暑い。日差しも強いし。


「よし、出来た」

「それ、帽子? それで快適になるの?」

「なるよ。ちょっと被ってみて」


 出来上がったばかりの帽子を、コーニーに被せてみる。


「あ、ちょっとひんやりする」

「これ被って外に出れば、暑い中でも涼しく過ごせるよ」

「いいわね、これ」

「でしょ? という訳で、この帽子を被ってお出かけしよう!」




 支度して出かける事をシーラ様に伝えに行ったら、何故かシーラ様とヴィル様とロクス様も一緒に出る事になった。


「団体様……」

「レラの帽子、本当にひんやりするわね」

「でしょう? これなら暑い中でも歩けそうだわ」


 出かける直前に、シーラ様の帽子にも付与をしておいた。ついでに、全身ひんやり効果は帽子を起点にするようにしてある。


「レラ、男用のはないのか?」

「帽子をくれたらその場で魔改造しますよ」

「じゃあ、まずは帽子を買おうか」


 ヴィル様とロクス様も、ひんやり帽子が欲しいらしい。王都、暑いもんね。


 王都の商業区までは馬車で移動。さすが侯爵家。そういえば、去年の買い物の時も、こんな感じだったっけ。


 まずはヴィル様とロクス様の帽子を買おうという事で、専門店に。ここは男性の帽子専門店。それだけで商売が成り立つんだなー。


 店頭で二人が帽子を選んでいる間、私達はちょっと離れたカフェで一息。


「暑いのに、結構人が出てるんですねえ」

「だから、あちこちの店先にこうして日陰を作った席が設けられているのよ」

「なるほど」


 シーラ様が言うように、あちこちの飲食店の前には、大きく張り出した布製の屋根の下、席がいくつも作られている。


 暑さをしのごうという客を当て込んでる訳か。


 現在私が飲んでいるのは、アイスティー。氷の音も軽やかでいいねえ。シーラ様とコーニーは二人ともオレンジに似た果物のジュース。これも、夏場はさっぱりしていておいしいんだ。


 ただね、帽子の効果で私達の周囲はかなりひんやりしている。そこで冷たいものを飲むとだね……


「ちょっと、寒くなってきたわね」

「私も」

「そういう時は、一度帽子を取るといいですよー」


 とはいえ、淑女は日中人前で帽子を取ってはいかんそうだが。という訳で、二人とも渋い顔をしている。


 温かい飲み物でも、頼む?




 夏の強い日差しの中、涼しく快適に過ごす贅沢よ。しみじみ感じていたら、遠くからロクス様の声が聞こえた。


「レラ! ちょっと来て!!」


 何だろう? シーラ様達と顔を見合わせてすぐに席を立った。


 声は、専門店の方からだ。そちらに駆けていくと、店の前にロクス様がいる。


「こっち!」

「どうしたんですか?」

「フェゾガン侯爵がいきなり倒れた!」


 はい? フェゾガンって……黒騎士の家? 侯爵だから、父親かな?


 で、その侯爵様が倒れたと? 何で?


 頭の中に「?」が一杯飛び交っているけれど、とりあえずロクス様の誘導に従って店に入る。


 店の中は、さすが貴族やお金持ち相手の商売、商品は品良く並べられ、座り心地の良さそうな椅子がいくつか配置されている。


 その一つに、ぐったりしたイケオジが。あ、そういえばいつぞやの舞踏会で、こっちを睨んできてる人がいたっけ。この人だ。


 きちんとなでつけられていたであろう前髪が数本落ちて、苦しそうにしている顔にかかっている。髭も手入れが行き届いているねえ。


 いや、そうじゃなくて。


「どうして倒れたんですか?」

「わからない。いきなり目の前で――」

「父上!」


 店の入り口から、聞き慣れた声が。黒騎士だわ。振り返ると、そこにはイケオジと同じようにきっちり着込んだ黒騎士の姿。


 もう一回、イケオジを見る。うん、多分これが原因。


「ちょっと失礼」


 魔力で探ってみると、やっぱり体温……というか、内部の温度が高め。熱中症だな。


 意識はある。ただ、応答は厳しそうだな。水分補給は、自力で出来そう。なら、体を冷やさないとね。

あ、その前に服を緩めないと。


「ヴィル様、侯爵様の服、上着を脱がせて首元とか緩めてもらえますか?」

「わかった」


 大体、こんな暑い日に夏仕様とはいえジャケット着てるとか、あほかと。まあ、それが貴族の意地だと言われればそれまでだけどさー。


 こっちには、まだ熱中症の怖さとか広まってないもんね。


 首元、ウエストあたりを緩めてもらい、服の内側に届くよう冷風を入れていく。いきなり冷たくすると体がびっくりするだろうから、少しずつ温度を下げて。


「水に塩と砂糖を溶かしたもの、用意出来ます? 大きい瓶に砂糖大さじ二、塩一つまみから二つまみ、あと柑橘系の果汁を少し入れて」

「すぐに」


 答えた声は黒騎士だった。近場にカフェとかいくつもあるから、飲み水は簡単に手に入るでしょ。


 体内温度を探りつつ、冷風より少しだけ温度が高い水分を体にまとわりつかせた。魔法でコントロールしているので、服も椅子も濡れない。


 便利だよねえ、本当に。


 水の温度も少しずつ下げて、体温で温くなった水は外に出して魔法で冷却。人間を水冷してる感じだね、これ。


「こ……れは……」


 お、声が出るようになったかな? 後は黒騎士が持ってくるであろう、経口補水液で水分補給をして、もう少し休めば大丈夫でしょう。


 そうこうしているうちに、黒騎士が瓶を手に戻ってきた。ただ、水が温いね。魔法で冷たくしておこう。


 店でグラスを借りて、瓶から移した経口補水液を侯爵様に渡した。


「全部飲んでください。まだ瓶に残ってますから、あちらの分もです」

「わかった……」


 大分体の熱が引いたせいか、受け答えも出来るね。ちょっと手がぷるぷるしてるから、補助しておく。


 無事、一瓶分飲み終わった。


「後は安静にしていれば大丈夫ですよ」

「助かったよ。この礼は、必ず」


 別にいいんだけどなあ。大した事してないし。でも、相手が大人で貴族家の当主の場合、ヘタに断ると後が大変なんだって。プライド高いのも考え物だ。


 明言は避けて、曖昧に笑って濁す。元日本人だからね、こういうのは得意さ!




 侯爵様はもう少し店で休ませておくとして、帽子を購入したヴィル様とロクス様と一緒に私は店を出た。


 シーラ様達を放ってきちゃったから、早く戻らないと。


「ローレル嬢、父を救っていただいた事、感謝します」

「いえいえ。次にこういう暑い日に外出する時は、もう少し軽装で、日傘などを使う事をお薦めします」


 ヴィル様もロクス様も、貴族男性という意味では軽すぎる服装なんだよね。それなり仕立てのいい服ではあるから、富裕層の装いではあるんだけど。


 何せトラウザーズとシャツのみ。しかもシャツは半袖だ。黒騎士の父侯爵様は、シャツにベスト、ジャケットまで着込んで首元もしっかりクラバットが巻かれていた。あれじゃあ暑いって。


 まあ当然、黒騎士の反応はいまいち。貴族って、プライド食って生きてんのかって言いたくなる時、あるもんね。


 外で軽装するくらいなら、暑さで倒れる方がましってか? ただし、倒れるだけじゃなく、その先には死が待ってるんですけど。


「もしくは、暑い日は外出を控えて、涼しい屋内で過ごしてください。でないと、死にますよ」


 今回は重症ではなかったからまだ良かったけど、でも割と危険な状態ではあったからね。


 さすがに「死」という言葉に、黒騎士だけでなくヴィル様達もギョッとしていたけど、嘘は言っていないよ。


「……気を付けます」

「お願いします」


 まー、縁もゆかりもない小娘からあれこれ言われるより、実子に叱られた方が効果あるでしょ。


 ただ、暑い中あの格好でいると死ぬと言われても、信じるかどうかは謎だけど。




 あ、ヴィル様達の帽子の方は、カフェでちゃちゃっと魔改造しておきました。


 ついでに、カフェに置き去り状態にしていたシーラ様達は、ちょっとご機嫌斜めだったよ。


 でも、侯爵様の命に関わる事だったって言ったら、何とかなったから良かったわー。


 余談だけど、シーラ様に頼まれてサンド様の帽子も魔改造しました。そっか、サンド様にも必要だよね。

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