第66話 襲来?
場所と日時だけの伝言を受け取ってから二日後、学院に面会人が来た。
本日のカリキュラムが全て終了し、後は寮に戻るだけだなあと思っていたところに、学院の職員さんが呼びにきたんだ。
「ローレル・デュバルさん。学院の面会室に、面会人が来ています」
「はい?」
面会室とはなんぞや? と思ったら、預かっている貴族令嬢の、学院外にいる婚約者との面会用に用意されている部屋なんだって。
使用頻度は低いらしいけど、年に四、五回くらいは使われるそうな。
で、その面会室に、私に会いに人が来てるという。誰?
「男性が二人ですね……えーと、お父君と婚約者だそうです」
実父!? しかも、婚約者って誰よ!?
教養学科の教室には、まだ人が残っていたから職員さんの言葉に、興味の視線がこちらに集まった。
皆……噂とか、本当好きだな。
「ローレルさん、いつの間に婚約なんてしたの!?」
一番に聞いて来たのは、ランミーアさんだ。
「いや、してないから」
「でも、さっき職員の人が……」
「多分、実家の父が勝手に決めた事だと思う」
「え……でも、お父様がお決めになったのなら、それで決定なんじゃ……」
そうなの? でも、殆ど縁切れかけてる実家だよ?
「ローレル嬢、今、婚約者がどうとか聞こえたんだけど」
おっと、第三王子が来ちゃった。彼は秀麗な眉間に皺を寄せている。
「えーと、実父が勝手に言ってるだけの相手かと。会った事もありませんし」
「デュバル伯が? ……それ、アスプザット家とペイロン家は知っているの?」
「ええ、報せてありますから」
シーラ様が釘刺してくれたと思ったけど、実父を止められなかったのかなあ? あのシーラ様が? 自分で考えておいてなんだけど、あり得ないわ。 まあ、とりあえず行ってみっか。あ、その前に。
「すみません、学院内で魔法って使っても大丈夫なんでしょうか?」
「え? それはまあ……授業でも使いますし……ねえ?」
職員さんに、確認したらこんなお答えが。よし、使っていいんだな? ちらりと第三王子の顔を見たら、ちょっと緊張しているのが見える。
大丈夫! 学院を壊したりはしないから!
職員さんの案内で来た面会室は、職員室なんかがある棟の一階奥にあった。こっちの方って、来た事なかったなあ。
開けられた扉から中に入った途端、怒鳴り声がした。
「遅い! どれだけ待たせる気だ!!」
あ? こっちの都合も聞かずに勝手に来ておいて、何言ってんだこら。危うく顔面に火魔法ぶち込むところ……ん?
「ミオーク?」
面会室のソファに座っていたのは、ミオークのような小太りのおっさんと、つり目で底意地の悪そうな顔をした二十代半ばくらいの男。
……もしかしなくても、このミオークに似た男が、実父? そういや、十年以上ろくに顔を見ていないから、どんな外見だったか忘れてた。
最後に見たのって、実母の葬儀の時かな? でも、あの時は「会った」というよりまさしく「見た」が正しいくらいの距離感だったから、どんな姿をしているかよく覚えてなかったわ。
「みおーく……とは、何だ?」
え? 一応ペイロンの遠縁で、しかも領が隣り合ってるっていうのに、ミオーク程度の魔物も知らないの?
「ミオークとは、小型に分類される魔物であり、オークの小型種と推定される。非常に臆病かつ音や臭いに敏感で、人が近寄るとすぐに逃げる。その為、狩りには遠距離からの攻撃を推奨。ちなみに、肉質がよく、美味であり――」
「こ、この私を、魔物だとう!?」
ソファのミオークは、怒り心頭だ。いや、ミオークなら美味しいお肉になるけど、あんたは駄目でしょう。役にも立たん。
「はっはっは、伯爵。お嬢さんは久しぶりに会う父君に対して、緊張でもしているのでしょう」
つり目が笑ったけど、何だか人を見下したような笑い方だなあ。
「まあ、まずは座りましょうか?」
そう言って、手で彼等の前の席を提示する。腰を下ろす前に、部屋を出ちゃ駄目かなあ? って、よく見たらもう職員の人、消えてるし!
念の為、壁とか家具とか傷つかないよう、結界を張ってみる。二人は気付くかな? ……気付かないみたいだね。よしよし。
向こうのソファは保護出来ないけど、いざとなったら魔法で持ち上げて座ってる人間振り落としてから保護すればOK。
渋々ながらソファに腰を下ろすと、ミオークが口を開く。
「おいお前」
「あ?」
ミオークとつり目がぎょっとした顔をしてる。ミオークに「お前」とか言われる筋合い、ないぞ?
復帰が早かったつり目が、咳払いをした。
「あー、我々が本日こちらに来たのは、先日の約束の件なんですよ」
「約束? しておりませんが?」
「え?」
ええ、してませんよ? ここは子供らしく、首を傾げておこうか。
「しただろうが! 私はちゃんと、伝言を残すようにと命令したはずだ。お前――」
「あ?」
だから、お前って呼ぶな。頭の悪いミオークだな。そんなんじゃ、魔の森で生き残れないぞ?
「と、とにかく、伯爵が使用人にあなたへの伝言を寮に持って行かせたはずですが?」
「ああ、あのよくわからない暗号のような伝言ですね。日時と場所しかなかったので、何かの悪戯かと思いました」
嘘だけど。アスプザットに報せた後は放置しておいた。一応、伝言メモ自体は残しておいたけどねー。
「伯爵……どういう事ですか?」
「い、いや、私はちゃんと、娘に結婚が決まったと報せておいたぞ!」
「ああ、そちらもよくわからない相手から、いきなり結婚が決まったと一文書かれた手紙が届きましたよ? そちらも悪戯かと思って、保護者に連絡しておいたんですけれど」
「保護者?」
つり目とミオークの声が重なった。本来なら、そこのミオークが保護者だもんねー。そりゃ不思議に思うよねー。
「王都での保護者は、アスプザット侯爵家ですね」
名前を出した途端、二人の顔が真っ青になった。はっはっは、そりゃ怖いよなあ? 何せ、王家派閥のトップにいる侯爵家だもの。
目の前の二人がガタガタと震え出した頃、扉の向こうから見知った気配が。あれ? 来てくれたんだ。
「失礼。お話し中のところ、申し訳ないけれど、邪魔するわよ」
入ってきたのはシーラ様……と、サンド様もだ。
「ひい!」
ミオークが情けない声を出して飛び上がってる。我が実父ながら、情けないなあ。本当、実母はこんな男のどこが良かったんだ?
確か、押しかけ女房のように結婚したって聞いた気がしたけど。
入ってきたシーラ様達は、一瞬怪訝な顔をしたかと思ったら、こちらを向いた。
「レラ、『これ』はいらないわ。消してちょうだい」
「はーい」
シーラ様達は、結界に気付いたね。って事は、気付かないミオークとつり目って……
シーラ様とサンド様は、私を挟むような感じで腰を下ろす。
「久しぶりねえ? クイネヴァン。奥方の葬儀以来かしら?」
「そ、そそそそそうかも、知れんな」
「あ?」
「も、申し訳ございません! その通りでございます!!」
今にも床で土下座しそうな勢いだ。実父が小物って知るの、地味に辛いね。
「で? そのあなたが、こんなところにレラを呼び出して、何をしているの?」
「そ……それは、その……」
「ああ、そうそう。あなた、おかしな手紙をこの子に送ったんですってね? 何でも、勝手にこの子の結婚を決めたとか何とか」
「そ、そそそそそれは……」
「それは、何? はっきり仰い!」
「子、子の結婚を決めるのは、親の仕事だからです!」
「普通ならね。でも、あなた、普通の父親だったかしら?」
シーラ様の問いに、実父は答えられず。そりゃそうだよねー。怖いからってだけでまだ三歳の娘を家から放り出して、遠縁の家に送っちゃったんだから、普通の親とは言えないよねー。
「ちなみに、あなたも良おおおおおく知っていると思うけれど、貴族の結婚には王家の承認が必要よ? あなた、ちゃんとその承認、取ってる?」
これにも、答えられず。
「伯爵? どういう事ですか? まさか、未承認のまま――」
「だ、大丈夫だ! 承認なら、必ず取れる!」
根拠はなんだよ根拠は。実父の言い分に、隣のシーラ様から漏れてくる怒気が凄い。
おかしい、いい陽気なのに、寒気がしてきた……
「という事は、まだ取っていないのよね? なのに、これ?」
「ひい!」
「ああ、そこのあなた。確か、ブット子爵家のクアロス卿よね? クイネヴァンから何を持ちかけられたのか知らないけれど、ここにいる令嬢に関して、クイネヴァンは何の権限も持たないの」
艶然と笑うシーラ様からは、「察しろ」という雰囲気がガンガン出てる。
つり目も、それはわかったらしい。無言でガクガクと首を縦に振ってる。
「わ、私はこれで失礼する。伯爵、あの話はなかった事に」
「え!?」
つり目退場。残されたミオークは、もう瀕死状態に見える。
「さて、ではお話ししましょうか? ああ、レラはもう寮に戻っていいわよ」
「はーい。では、失礼します」
ミオークの処理は、大人に任せましょう。
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