第63話 騎獣レース……ただしボッチ走

 ダーニルとやり合ってから数日。何も起こらないよー?


 来週が学院祭って日の昼、学院の食堂でコーニーとロクス様と一緒になったので、その辺りの事を話してみた。


「寮でも学院でも、向こうはこっちと顔を合わせようともしないし、今頃になって転科の届けが出てるってさ」


 ダーニルとその取り巻き達が転科願いを出してきたと、熊から聞いてる。それ自体はいいんだけどさ。なーんからしくないんだよねー?


「レラの脅しが怖かったんじゃないの?」

「失礼だな。中途半端な事しかしてないし言ってないよ」

「レラの中途半端って……完全版だったら、今頃彼女達は生きていないんじゃないか?」


 もー! コーニーもロクス様も本当、歯に衣着せないよね!


「まあでも、今までの行動を考えると、確かにちょっと変だね」

「でしょう? 周囲が何を言っても聞かない状態だったのに、ちょっと威圧かけて締め上げたくらいで音を上げるもんですかね?」


 本当、ちょっと嫌な壁ドンした程度なのに。いや、ドンしたのは本人の背中でしたが。あと、ちょっと足が浮いていたから苦しかっただろうけど。


「ところでレラ。ちょっとって、どのくらいの威圧をかけたの?」

「んー? 多分、深度一の牙ウサギを立ちすくませるくらい?」


 コーニーに聞かれて答えたら、二人の顔色が変わった。


「レラ、原因はそれじゃない?」

「え?」

「忘れてるかもしれないけど、王都の人は魔物に出くわす事なんてないんだからね? 王都は特に余所と比べても治安がいいから、怖い思いをする事もまずないんだ」

「ええ?」

「なのに、魔物相手の威圧をかけるなんて」

「ええええ?」


 そんな事言われても、人間相手の威圧のかけ方なんて、それこそ習っていないし。


 涙目で訴えたら、二人とも渋い顔で首を横に振るばかり。ええー? これ、私が悪いの? 理不尽!




 そしてあっという間に学院祭本番。去年同様、正門まで保護者をお出迎えでーす。


「そういえば、今日はユーイン卿もいらっしゃるんでしょう? 久しぶりよね」


 そういやそうだったな。学院祭のあれこれですっかり頭から抜けてたわ。今もこれからすぐに始まる騎獣レースのエキシビジョンで頭がいっぱいだよ。


 単騎で駆けるタイプは今までやった事がないらしく、ウケが良かったら来年から本採用しようかという話が持ち上がっているらしい。


 先生、私、来年も騎獣科選択するんですが。まさか来年も再来年も単独走行させられるの?


 そんな事を考えていたら、目の前に見慣れた家紋の馬車が停まった。


「コーニー! レラ!」

「ヴィル兄様!」

「お久しぶりですヴィル様」


 二月の舞踏会以来……かな? ちょっとお疲れモードのようだけど、王太子の側近って、やっぱり大変なのかな。


 次に降りてくるのはサンド様かなー? と思っていたら、何と降りてきたのは黒騎士。


「ご無沙汰しております、ローレル嬢」

「お、お久しぶりです」


 何故、アスプザット家の馬車から黒騎士が降りてくるんだ? そして、黒騎士が側にいるのにヴィル様が不機嫌でない。


 遭っていない期間に、一体何があったの?




 学院祭を案内して回るのは去年と同じだけど、ヴィル様と黒騎士がいるせいか、周囲からの視線が痛い痛い。


 そういやこの二人、人気高いんだっけ。狩猟祭でも黄色い声を受けてたもんね。ミスメロンもダーニルも、お忍びで来てたくらいだ。


 ミスメロンは派閥違い、ダーニルは実父が派閥内でやらかしているので招待なしという身だったのにね。


 そして、二人と一緒にいる家族でない女子。それが私。おかげでコーニーよりもきつい視線が飛んで来てる気がする。


 コーニーはね。いくらヴィル様と仲良かろうと妹だし。ヴィル様の妻の座を狙うのなら、ここはコーニーの機嫌とっておくのが最良の手だ。


「どうかしましたか?」

「いいえ、何にも」


 あんたのせいで視線で穴が開きそうだ、とはさすがの私でも言えないや。




 今回、一番最初に選択科目で動かなきゃいけないのは私。


「という訳で、行ってきます」

「頑張れよ」

「お気を付けて」

「うんと速いところ見せてね!」


 ヴィル様、黒騎士、コーニーの三者三様の言葉に送られながら、レース会場へ向かう。


 既に騎獣科の先生と生徒達で準備は整えられていて、後は私がゴン助に乗って走るだけ。


 おっと、その前に着替えないと。制服のままで走ったりしたら、下着が丸見えになってしまう。


 ちゃんと騎獣用の服があるので、さっさと更衣室でお着替え。その間にも、会場で司会を務める生徒の声が聞こえる。


『さあ! 今年初の試みとして、騎獣科より黒大熊の単独走が開始されます。これは騎獣同士の速さを競うものではなく、単体の騎獣の速さを見せる為のもので――』


 今回もマイクとスピーカーはいい仕事をしてるらしい。さて、着替えも終わり。ヘルメットもちゃんと着用してるよ。


「ゴン助、準備はいい?」

「ゴン!」


 胸を張って答えるゴン助。そうかそうか、コンディションは最高か。


 じゃあ、見に来た人全員に、お前の速さを見てもらおうか。


 騎獣がレース会場に入るのは、地下から持ち上がるエレベーターを使う。魔法で制御されたもので、これも観客向けの仕掛けだ。


 もちろん、作ったのは研究所。古代ローマでも、剣闘士とかの試合で、下から猛獣を持ち上げる仕掛けがあったっていうしね。


 それを伝えたら、研究所がやる気出しちゃって。最終的には生きたまま捕獲した大型魔獣を持ち上げられるようにしていたっけ。


 あそこの研究所は、たまにとんでもない方向に頑張るから怖い。


 下からせり上がる台でレース会場に姿を現した私とゴン助に、会場中からは大歓声が響く。


 おお、これは凄い。ちょっとスターになった気分。いかんいかん、今回の主役はゴン助であり、私はおまけに過ぎない。


 係の誘導に従ってスタート地点につく。係の出す合図に従って、スタート!


 助走から加速し、どんどんとトップスピードへと速度を上げていく。ゴン助は走るのがうまいから、振動は殆どない。


 ああ、私は今、ゴン助と一体になって走ってる……


 レース会場を十周して、ゴールを切る。走り抜けたので、そこからは速度を徐々に落としていった。こうしないと、ゴン助が足を悪くしちゃうから。


 走り終わって気分が良かったので、会場中がしんと静まりかえっているのに、少ししてから気付いた。


 あれ? もしかして、つまらなかった? 失敗か?


 と思った途端、会場の一箇所から拍手が。それがどんどんと広がり増えていき、あっという間に拍手の渦が巻き起こる。


 あ、やばい。これ、凄い気持ちいい。癖になりそうだわー。




 レース会場での簡単な挨拶を済ませ、またしてもエレベーターで地階に降り、制服に着替えてからレース会場の外でコーニー達と合流。


「レラ! 凄かったわ!!」

「黒大熊って、こういう場だとあんな速いんだな」

「素晴らしい走りでした!」


 三人に褒められた。えへへ。嬉しいなあ。


「それにしても、よく黒大熊なんて飼い慣らせたわね?」

「そうだな。あれは対応を間違えると厄介な魔物なのに」


 シーラ様とサンド様の疑問も当然かも。ゴン助はおとなしくなったけど、本来黒大熊は自分より強い存在へも挑戦しつづける魔物だから。


 まあ、考えなしで生存本能が壊れてるって、ニエール辺りは言うんだけどね。


「最初、魔物用の威圧を使ったんですけど、全然効果なくて。逆に襲われそうになったから、結界で縛り上げて、幻影で恐怖を与えてみました」

「え」


 あれ? 何で全員驚いた顔でこっちを見るの? あれ以来、ゴン助はとってもいい子なのに。

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