第62話 やったった
結界って、規模が小さくて遮断するものが少ないもの程、簡単なんだよねえ。
何が言いたいかというと、あの日以来総合魔法の教室では、班ごとに結界を張って練習するようになったのだ。
もちろん、外から完全に見えないとまたあらぬ疑いをかけられるので、外からは見えるけど、内側から外は見えないものに変更している。
鬱陶しい視線がなければいいだけの話だから。
「この結界いい!」
「練習が捗るよ」
「自習室での勉強にもいいかも」
「結界を教わった関係で、上級生の方とお知り合いになれたのー」
なかなか好評である。一部を除いて。その一部は、教室の端で地団駄を踏んでいる。
ただでさえ制服にゴテゴテ飾りを付けているから着ぶくれて見えるのに、そんな事してるとミオークに見えるぞ? ダーニル。
ちなみに、ミオークとは小さいオークの事。大体百四十センチ前後の身長で、見た目は普通にオーク。肉がうまい魔物なのだ。
小さいせいか臆病で、ほんのちょっとの音や人の匂いで逃げ出す。そんな魔物だから狩らなくてもいいんだけど、肉がおいしいので皆目をぎらつかせて狩るんだよね。
そういえば、褐色姫の姿を見かけないなーと思っていたら、なんと学院祭が終わるまで休学するんだってさ。なんでだ?
学院祭の練習は、個別でのパート練習から全体を合わせた練習へと移ってきている。
「そこ! また音が遅れたぞ!」
指揮を務める上級生から指摘を受けたのは、やっぱりダーニル。パート練習を怠いの面倒だのと言ってサボり続けた結果、自分達のパートの音すらまともに出せない状態だ。
おかげで先程から上級生に怒られている。本人は下を向いて拳をフルフルさせている。我慢の限界は、もうすぐかなー?
演奏曲は、全ての曲のいいとこ取りで編曲されていた。やっぱり初っぱなはドラゴンのあれでしたよ。
それを昔懐かしいピコピコ音で奏でる! 一周どころか三周くらい遅れてる気がするけれど、これはこれで良し。
そして総合魔法を選択している生徒全員で奏でると、やっぱり迫力あるう。厚みが出るっていうかね。
そのうち、クリスタルなゲームの音楽も探してみようかなー? 何となく、ありそうな気がするから。
割とノリノリで全体練習に参加していたら、いきなり奥の方から何かをたたき割るような音が響いた。
何事?
「もうやめる! やってられないわよ!!」
ダーニルだ。指揮者からではなく、別の上級生から個別でダメ出しされ続けていたらしい。割と早いギブアップでしたね。
ダーニルはそのまま教室を飛び出していった。取り巻きは律儀に後を追ってるよ。ご苦労さん。
騒動で練習がストップしたけれど、指揮者が手を叩いて視線を集めた。
「邪魔が自ら消えただけだ。今は目の前の練習に集中するように! あの連中だけでなく、やる気のない奴はいつでも切り捨てるからな!」
「はい!」
……学校行事としては、それもどうなの? とは思うけど。協調性のない奴は何を言っても無駄だしね。
その日の練習が終わり、寮に帰って部屋への階段へ向かうと、背後から声がかかった。
「待ちなさい!」
聞き覚えのある声にうんざりしながら振り返れば、そこにいたのはやっぱりダーニル。と、その取り巻き達。
「……何か?」
「何か、じゃないでしょう! あんた、ちゃんと私が全体練習に戻れるよう、話をつけてきたんでしょうね?」
「はあ?」
やる訳ないじゃん、そんな事。つか、自分で「やってられない」とか言って教室出て行ったくせに。
やる気ないんだったら、やらなきゃいいんだよ。もしかして、引き留めてもらえるとか思ってたとか? どんな察してちゃんだ。
うへえと思う私の前で、ダーニルは腰に手を当ててふんぞり返っている。
「まさか、やっていないとか言わないわよねえ?」
「やってないに決まってるでしょうが」
「何ですってええええ!?」
あー、うるせー。何で私がお前の為にお膳立てしてやらにゃならんの。バカも休み休み言え。いや、本当に休み休み言われたらぶっ飛ばすけど。
「そんな事を私がしなきゃならない義理はない。練習に戻りたければ、個別パートを死に物狂いで練習して、上級生に許可をもらいなさい」
「それをやりたくないからあんたに言ってんでしょうが!!」
「近道はないよ。ズル入りもね」
まったく、正攻法しか道はないというのに。言い捨てて階段上ろうとしたら、肩を掴まれた。
あっぶな。もうちょっとでバランス崩して倒れるところだったじゃないか。
「待ちなさい! 話はまだ終わってないわよ!!」
それで、この言い草ですよ。そろそろキレていいよね?
「……いい加減にしろよこら」
私の口から漏れ出た低い声に、一瞬ダーニルが呆ける。こいつ、私は何をされても反撃しないとでも思い込んでいたのかな。
ちょうどいい事に、この階段は寮の一番奥で人目に付かないところにある。だから雑念が溢れて悪霊化一歩手前になってたんだけど。
そんな人通りの少ない場所なので、遠慮なくやってみる事にした。
まずは、ダーニルの胸ぐら掴んで壁にドン。相手の足が床から浮いてるけど、気にしない。
「う……くる……し……」
「毎度毎度何様だっての。お前、私にあれこれ言える立場だと思ってんの? 物理でも魔法でも敵わないのに。いつまでもいい気になってんじゃねえぞ」
うん、完璧悪役……というか、悪者な台詞だね。取り巻き女子達も、足が震えてるよ。
「痛い目みたくなかったら、これ以上私に関わるな。いいね?」
それだけ言うと、手を放した。さすがに女子とはいえ同じ年の子を片手で持ち上げるなんて出来ないから、身体強化を入れてみたよ。
足が床についた途端、ダーニルはその場に崩れ落ちた。腰が抜けたかな?
首元に手を当てて、ゼエゼエと荒い息をしている。そんな中、悔しそうにこちらを睨みつけてきた。
「お父様に言いつけてやる! あんたなんか、もう家に帰れないんだからね!!」
「お好きにどうぞ。あんな家、帰る気は最初からないから」
「え……」
何でそこでそんなに驚くかねえ? 十年以上も前に自分を放り出した家なんて、未練も何もないよ。
とはいえ、今年中には襲爵するって話だけど。社交界デビューの来年じゃないんだね。
へたり込むダーニルと、彼女を取り囲む取り巻きをその場に置き去りにして、居心地のいい屋根裏部屋へと階段を上った。
脅しが効果を発揮したのか、あれ以来ダーニルがウザ絡みしてこない。快適快適。
練習の方もいよいよ大詰め。全体にいい感じに仕上がってきてる。そんな中で、やっぱり何人かは「やる気なし」とみなされて出場停止を食らった。
なんかね、ダーニルを排除した事で弾みがついちゃったみたい。あのレベルなら追い出していいんだ、って感じ。
まあ、追い出された生徒は、誰が見てもやる気なしなのがわかったから、どこからも文句は出なかったよ。追い出された当人達は文句言ってたけど。
「最近、レラの周囲は静かね」
ある日の昼食時、食堂でコーニーとロクス様と一緒になった時、コーニーに言われた言葉。
「そうかな?」
「ええ。常に理由らしい理由もなく突っかかってきた子が、最近おとなしいでしょう? 何か、した?」
これは……言ってもいいのかなあ? コーニーも怒ると怖いけど、さらに怖いのがシーラ様。
襲爵前に問題起こすなって、怒られるかも?
でも、後悔してないからいいや。
「実は、総合魔法の出し物に関して、ちょっと見過ごせない事を言われたんだよねえ」
「それで?」
「ほんのちょっと本気を出して、脅してみました」
「まあ」
「おやおや」
お? これは怒られない感触?
ペイロンでは割と力は正義、みたいなところがあるから、余程無体を働かない限り何やってもOKな空気がある。もちろん、悪い事はしては駄目だけど。
今回のように、ウザ絡みしてきた相手を伸しても、どこからも文句は出ないんだよね。
でも、ここは王都で貴族学院の中。ペイロンの流儀が通る訳じゃないから心配していたんだけど……大丈夫そう?
「レラ、怒られると思ってただろう?」
「何故それを!?」
ロクス様、人の心を読む術でも持ってるの!?
慌てる私に、ロクス様は笑ってる。
「見てればわかるよ。まあ、今回は相手が相手だし、母上や父上も怒らないんじゃないかな?」
「大体、彼女はもう少し自分の立場を考えるべきよ」
おお、コーニーはダーニルに対して怒っております。
まあ、庶子が嫡出子相手に喧嘩売ったんだから、そうなるわな。普通は売らないし、売っても庶子が完全敗北する。
そのくらい、この国では庶子の身分が軽い。しかも、私は実家を継ぐ事が決定してる身だ。当主は嫡出子よりもさらに身分が上。
そんな相手に喧嘩を売って、返り討ちに遭いましたと言ったところで、誰も相手にはしないわな。
普通は。
うち、普通じゃないから。何せ実父からして、庶子を贔屓し嫡出子と入れ替えようとしてたくらいだし。
「……ダーニルは父親に泣きつくだろうし、そうなると父親は私を排除しようと動くと思うんだ」
「大人は大人で返り討ちに出来るよう、ちゃんと我が家に連絡をしておこう」
アスプザットにも、通信機を渡してあるから、後で伝言でも頼もう。都合良くシーラ様やサンド様が在宅してるとは限らないし。
実父を相手にしなくていいと思うだけで、心が軽やかだわー。苦手意識がある訳じゃないんだけど、大人って何するかわからないからさー。
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