第61話 集中ー!
学院祭の為の準備は、各所で着々と進んでいる。寮での朝食、夕食時の食堂や談話室での話題も、それ一色になってきた。
「じゃあ、今年の総合魔法は演奏をするの?」
「そうなの。連携魔法の応用って事で」
ランミーアさんとルチルスさんと三人で、談話室で食後のお茶とおしゃべりを楽しむ。
夕食後のこうした集いは、晩餐会の形式に則ったもので、これもまた勉強なのだとか。
まあ、学院にいる間に横の繋がりや同性同士の繋がりを作っておきなさいよという、大人達のありがたい教えなのでしょう。
談話室では、仲良しグループで集まってそれぞれの時間を楽しんでいる。意外な事に、ダーニルも取り巻き達と一緒にいるよ。
私達は談話室の端の方で衝立の陰にいるから、向こうからは見えないらしい。何やら大声で騒いでいる辺り、あれが異母とはいえ妹かと思うと大分恥ずかしいんだが。そろそろ監督生辺りからお叱りが来るんじゃないかなー。
こちらはこちらで、常識の範囲内の音量でおしゃべりを楽しんでおこう。
「連携って事は、去年みたいな集団でやるのとはまた違うの?」
「連携魔法の大人数版が、集団魔法だね。連携魔法は四人以下、集団魔法は五人以上って規定があるんだって」
四人以下の連携魔法はまだしも、五人以上で集団って言っていいのかね? まあ、去年も十人かそこらでやったけどさ。
「へえ。じゃあローレルさんは、誰と組むの?」
「第三王子とアイグ伯爵家の三男とマチウド子爵家の次男」
「……名前は呼ばないんだ?」
だって忘れるし。そんな本音は言えないので、曖昧な笑いで誤魔化しておく。
選択授業で一緒だし、教養でも一緒だけど、男子と女子で仲良くしているのって一部だけなんだよねー。
本当は社交とか考えると、もう少し周囲と付き合うようにした方がいいんだろうけれど、今のところペイロンからもアスプザットからもお叱りはない。
という事は、やりたくなきゃやらんでOKって事だよね!
「まあ、実際のところ、実家の評判が駄々下がりで、社交云々を考える余裕すらない訳ですが」
「レラも大変ねえ」
屋根裏部屋で、遊びに来たコーニーに同情された。明日は休日だから、寮内だけど泊まりで遊びに来てるのだ。
「まあ、でも確かに、デュバルの悪評は大分進んでるもの。払拭は大変だと思うわ」
「うへえ……」
「でも、だからこそ、現当主に家を追い出された悲劇の長女って触れ込みで、レラがデュバルを継ぐ必要があるんだと思うの」
それはあれかね? 私を可哀想な子に仕立てあげ、実父や兄を悪者として家の評判ごと切り捨てるって事だよね?
代替わりを使って、新生デュバルを作り上げるって訳か。貴族の政治だよなあ。
溜息を吐いたら、コーニーに背中をばしっと叩かれた。
「しっかりなさい。何もレラを一人で立たせる事なんて、我が家もペイロンもさせないわよ。どうあっても派閥からデュバルを切り捨てる事なんて出来ないんだから、面倒ごとは大人に任せて心を強く持ちなさい」
そっか。そうだよね。成人で家を継ぐのが決定しているとはいえ、世間から見たら成人したての小娘だ。
そんな小娘が、最初から何もかもうまくやれる訳がないってね。
「コーニーのおかげで、少し浮上した」
「良かったわ。今は目の前の学院祭に集中しておきなさいな」
「それかー……」
せっかく盛り上がった気分が、また盛り下がってしまった。いや、コーニーのせいじゃないんだ。例の連中がね……
「……また何かあったの?」
「総合魔法の授業で、学院祭用の曲の練習をしてるんだけど」
「うん」
「班分けが気に入らないってダーニルが暴れて」
「また?」
コーニーもうんざりした顔だ。そりゃそうだよねえ。入学の時の寮内でのあれこれや、狩猟祭でミスメロンと一緒に追い出されたのも知ってるし。
「もう決まった事だからって上級生にも言われてさ。これ以上問題起こすなら、学院祭から締め出すとまで言われて」
「まあ、そうでしょうね」
「一旦騒動は収まったんだけど、練習中にこっちを睨んでくるのが鬱陶しい」
「本当、懲りないわね、彼女」
多分、ダーニルの辞書に反省とか懲りるって言葉はないんだと思う。
「実害はないとはいえ、気分悪いしさあ」
「まあ、彼女は第三王子殿下狙いだったみたいだし、殿下含めてレラの班って他三人が全員男子でしょ? うらやましいんじゃない?」
「えー?」
別に色恋沙汰なんぞないよ? 正直、全員学院祭での出し物を成功させる事しか考えてないから。
第三王子はまだしも、家を継げない次男、三男は先が厳しいってのはこの前の会議でちらりと聞いたし、彼等も必死なんだと思う。
総合魔法の成績だったり学院祭での活躍って、いいアピールの場だもんね。来場者の中には役職持ちも多いから、いい意味で目立てばスカウトも夢じゃない。
だというのに。
「ダーニルって、お気楽だよね」
「本当にね。自分の立場、ちゃんと理解してるのかしら?」
「してないと思う」
私が家を継げば、実父も兄も家を出される。彼等の行き先はまだわかんないけど、多分領内に隠居用の家でも建てて暮らすんじゃないかな。
そこに、庶子のダーニルが入り込む余地はない。隠居する実父と兄は、今までのようなお金の使い方は出来ないし、ダーニルを養う余裕もなくなると思う。
本当なら、彼女こそ将来に備えて一番頑張らなきゃいけない立場なんだけどなあ。
「私が言っても聞く耳もたないだろうし、言う気もないし」
「そうね。その辺りは、彼女の両親がどうにかすべきだから」
本当なら、庶子を作った原因である実父がその辺りをきちんとしておくべきなんだよね。
個人資産でダーニルの為にお金を用意しておくとか、縁のある商人の家に養女に出すとか嫁入りを打診するとか。
まー、あれだけ甘やかされてしまっては、それも難しいだろうけど。
「彼女、秋以降、どうするつもりなのかしら?」
「実父共々、何も考えていないと思うよ。そういえば、私が家を継ぐ事が王家にも認められてるって事、向こうは知ってるのかな?」
「知らないはずよ。知っていたら抵抗されるもの」
って事は、ギリギリまで伏せておくんだな。
「ところで疑問なんだけど」
「何?」
「家を継ぐのって、書類に署名とかするだけなのかなあ?」
「どうなのかしら? 私もその辺りはわからないわ」
コーニーも知らないかあ。シーラ様に聞いたら、教えてくれるかも?
学院祭の準備が進んでいる中、教養授業は丸ごと準備に当てられる事も増えてきた。
私の班は、全員同じ教養クラスなので、連携魔法の練習に当ててるんだけど……相変わらずダーニルのじとっとした視線が飛んでくる。
気のせいか、第三王子もちょっと居心地悪そうだ。教養科目だと別クラスだけど、今は向こうも学院祭準備の時間にしてるから総合魔法の教室に来てるんだよね……
突っかかってくるのなら、物理的に叩き潰すんだけど。ただ見てるだけだからなあ。
あ。
「提案でーす」
「どうしたの? ローレル嬢」
男子を代表する形で、第三王子が答えてくれた。
「ちょっと向こうからの視線が鬱陶しいので、外が見えない結界を張ってもいいですかー?」
「向こう? ……ああ。君達、いいかな?」
ちらりとダーニルの方を見て、第三王子も理解したらしい。残る二人の男子に確認を取った。
「いいと思います」
「かえって集中出来るかもしれません」
「だそうだよ、ローレル嬢。当然、僕も賛成だ」
よし! ってか、皆あの視線、うざかったんだね。
ついでに外の音が聞こえないようにして、結界をオン!
「おお」
「これは」
「外の音や景色が見えないと、こうなるんだね」
そうだねー。何せやっているのは演奏の練習だから、外の音が聞こえないっていうのは、いい事だった。
その繭の中で練習を再開し、自分達の奏でる音を再確認出来たのは大きい。おかげで自分達のパートは大分音が良くなったと思う。
とはいっても、昔懐かしいピコピコ音なんだけどねー。
練習が終わって結界を解除したら、周囲の視線がこちらに集中した。
そんな中、取り巻き連れてずかずかこちらに来るのは、やはりダーニルだ。
「ちょっと! あんた! 何教室内であんなもの出してるのよ!?」
「あんなもの……とは?」
「さっきまであったでしょ!?」
ああ、結界の事かね? あれを出したのは、あんたが原因でしょうが。ほれ、うちの班の男子達を見てご覧よ。みんな引いてるから。
でも、ダーニルは気付かないらしい。
「男子と一緒になって、あんなものの中に籠もるなんていやらしい!」
「何故?」
「何故って……外から見えないようにして、中で何やってたんだって言ってんのよ!」
何って、練習に決まってるじゃん。他に何をすると?
「横から失礼。僕達が、練習をおろそかにして何か良からぬ事をしていたと、そう君は言いたいのかい?」
「え? いえ、わ、私は王子様にそんな事を言いたいんじゃなくて……」
「じゃあ、何が言いたいのかな? 言っておくけれど、外からの視線と音を遮断した先程の結界は、とてもいい練習環境だったよ。君達も一度試してみるといい」
第三王子の言葉に、周囲の他の班の子達は結界に興味を持ったようだ。二年生ではまだやらないけど、三年生からは簡単な結界は教えるんだって熊が言ってたっけ。
放課後、上級生と合同で練習をする子達もいるから、その時に一足早く結界を教わるのも手かもね。
何人かは、第三王子に結界の詳細を聞いている。おかげでダーニルの言い分が宙に浮いた感じだ。
まあ、最初から言いがかりだから、それでもいーや。
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