第57話 閑話 若者達の集い

 二月の優秀学生の為の舞踏会が終了した翌日、殿下に個人的に呼び出された。しかも仕事が終わった後に、だ。


 殿下のスケジュール調整を仲間と終えて、やっと一息吐いた頃に呼び出された。案内されたのは、王宮内にある殿下の私室の一つ。


 しかもここ、いわゆる身内しか入れない場所じゃないか。


「失礼します」


 中に入ると、殿下と第二王子のルメス殿下、それに白嶺騎士団のネドンと……フェゾガンだ。


 これは、もしかしなくてもレラ関連か?


「ヴィル、そううんざりした顔をするな」

「この顔ぶれを前に、無茶を言わないでください」

「本当にお前は私に対して遠慮がないよな!」

「遠慮した態度の方が良ければ、今すぐにでも態度を改めますが?」


 そこでだんまりはずるいと思いますよ、殿下。




 この部屋は、無駄なものが一切省かれている。殿下がごく親しい人との会話を楽しむ為だけに設えた場所なんだとか。


 一部の若手貴族の中では、この部屋に招かれただけで大変な名誉、とかいう話が出回っているそうだが、実態は違う。


「それで? ユーインの方はどうなったのだ?」


 身を乗り出して聞くような内容か。本当、この人ってどこか乙女な部分があるよなあ。


 いや、男同士でも色恋の話くらいはする時があるけれど、どちらかというともっと生臭い方向が多いんだが。


 しかも、聞く相手がこいつだ。


「どう……とは?」


 相変わらず何考えているのかわからん奴だよ、こいつは。


「ローレル嬢だ。うまく進んでいるのか?」


 嬉しそうな殿下とは対照的に、フェゾガンの顔が段々と曇っていく。こんな顔、出来たのか。


「え……まさか、フラれたのか?」

「いえ、そうではないのですが……」

「殿下、ユーインは魔の森の深度を進められなかった事が悔しいんですよ」


 フェゾガンの脇から、ネドンが口を挟む。お前はまたいらん事を……


「それはあれか? ヴィルが言ったという、ローレル嬢と深度を揃える云々というやつか?」

「そうなんですよ。最低でも深度五、出来れば深度六まで行きたいって言い続けてて」


 ……それをネドンが知ってるという事は、こいつユルヴィル伯爵が王都に戻った後も、ペイロンに残っていたのか?


 それはユルヴィル伯の命令だったのか、それとも……


「ヴィル、お前が余計な事を言うから」

「間違った事は言っていませんよ。少なくとも、魔の森に一度も入った事がない奴の話なぞ、レラが聞くとは思えません」


 実力を示さない者の話なぞ、ペイロンでは誰も聞かんよ。口先が達者でないと生きていけない社交界とは真逆の場所だからな。


 それもあって、母上達がフェゾガンを微妙に推してるのか……


「……ヴィル、ユーインが睨んでいるぞ?」

「何か言いたい事があるのか?」

「何故、貴様達はローレル嬢の事をレラと呼ぶのだ?」


 そこかよ! 本当にこいつとは相性が悪い。


 一つ溜息を吐いてから、口を開いた。


「愛称……というか、昔から呼んでる名だからだ。レラの正式な名はタフェリナ・ローレル・レラ・デュバル。王都では異母妹と区別する為にローレルと名乗っている」

「異母妹? 何故、区別だなどと」

「現当主であるレラの実父が、嫡出子のレラと妾腹の妹とに同じ『タフェリナ』という名を付けたからだ」


 その場の全員が、眉をひそめる。そりゃそうだ。普通、庶子を設けても嫡出子と同じ名前なぞ付けない。


 それをやったという事は、向こうの娘が生まれた時点で、いつかはレラと入れ替えるつもりだったんだろう。


 でも、その時にはまだヘピネル夫人が生きていたはずなんだが。夫人の意向はどうするつもりだったのやら。


 まあ、あのおっさんが何をどう考えていたかなんて、知る必要もないけど。


「ならば、ユーインも彼女をレラと呼べばいいではないか」


 またこの人はいらん事を!


「本人の許可もなく、呼べません」


 たまにはまともな対応をするじゃないか、フェゾガン。


「ならば、許可を取ればいいではないか。お前は少し押しが足りないぞ?」

「殿下……けしかけるような言葉は慎んでいただけますか?」

「ヴィルよ……お前はそんなにユーインが嫌いか?」

「好き嫌いの問題じゃありません。何度も申しておりますが、レラはデュバル家を継ぐ事が決まっています。婿を取る立場なんですよ」


 フェゾガンは侯爵家の一人息子だ。本人が何と言おうと、他家の婿になるなど家が許さない。


「なんだ、そんな事か」

「殿下!」

「いや、嫡子同士の結婚は、出来ない訳じゃない」

「はい?」


 え? そうなのか?


「過去にも何度かあったはずだ。確かに当たり前、とは言わないがな」


 ……母上達は、それを知っていたからフェゾガンにあんな条件を付けたのか?


「フェゾガン侯爵はまだお若いですし、ユーイン卿の子を跡継ぎにしても問題ないのでは?」

「ルメスもそう思うか?」

「ええ。ついでに、フェゾガン侯爵家が王家派に鞍替えしてくれれば、ありがたいですね」


 ルメス殿下……腹黒い発言を。


 正直、政治力という意味では王太子であるレオール殿下よりもルメス殿下の方が上だと思う。ただ、人望はレオール殿下の方が上だ。


 国王本人に政治力がなくとも、配下が実力を持って支えればいい。だが、王本人に支えたいと思わせる魅力がないと、うまくはいかないものだ。


 その点、レオール殿下は王の器がある。


「という訳だ、ユーイン。望みを果たすべく励めよ」

「恐れ入ります」


 会話が続かないのは、フェゾガンのせいだと思う。こいつは人との会話を広げようという意思がない。


 本当、ルイはよくこいつと会話が続いたよなあ。




「時にユーイン」

「はい」

「何故、ローレル嬢に惚れたのか、ぜひ聞きたいのだが」


 それは聞きたい。ろくな接点もなかったのに、どこで惚れたんだよまったく。


 殿下の問いに、フェゾガンは下を向いて何やら考え込んでいる。おい、即答出来ないような事なのか?


 しばらくそうしていた奴が、ようやく顔を上げた。


「彼女は……他の女性と違ったんです」

「は?」


 どういう意味だ? 殿下もいぶかしげにしている。


「違う……とは?」

「こちらを見ても媚びるところがなく、すり寄ってこなかったんです」

「当たり前だろ。お前が最初に見た時、レラはまだ十三歳だ」


 社交界どころか、親しい家の茶会にすら出たことがないんだぞ。媚び方なぞ知ってる訳がない。


「甘いな、アスプザット」

「何?」

「貴族の女はな、いくつからでも媚びるしすり寄ってくるぞ」


 ……何そこでうんうんと頷いているんですか殿下。ルメス殿下まで。ネドン、貴様に頷く権利はない。貴様は自ら女性達に近寄っていくだろうが。


「それに……」

「それに? 他にも理由があったのか?」


 殿下、なんでそんなに嬉しそうなんですかねえ? ちょっと問い詰めてもいいですか?


「ローレル嬢は、いい匂いがする」

「はあ!?」


 思わず声が出た。いや、出るだろう普通。


「匂いって、おま――」

「彼女は、質のいい魔力を持っている」

「……は?」


 匂いから、どうして魔力の話になるんだ? 確かに、レラの魔力は質がいいとは聞いた事があるが。本人は無頓着だけどな。


 研究所では、定期的にレラの魔力検査を行っている。何せ前例のない「色変わり」をしているからな。


 魔力の質はもちろん、量の増減も見ているそうだ。今のところどちらも安定していて、しかもかなり上質だという。


 魔力は、多すぎると体を損なうと言われている。レラは三歳の時、一晩で今の量にまで魔力が増えた。


 その結果、髪と瞳が色変わりをした訳だが。前例がない急激な魔力の増量から、体に異常が出てもおかしくないと見られているんだ。


 だから、定期的な検査をしている。本人には報せていないけれど。


 だが、何故それをフェゾガンが知っている?


「ヴィル、これから聞く内容は他言無用だぞ」

「承知いたしました」


 何を聞かされるんだ?


「フェゾガン家では、魔力に敏感な者が生まれる事がある。それらの多くは五感で感じ取るそうだ」

「は?」


 何だそれ?


「ユーインは先程本人も言ったように、匂いで相手の魔力を感知する。父親の侯爵の方は、目で見るそうだ」

「それは……見ただけで相手の魔力の量や質がわかるという事ですか?」

「厳密には違うそうだが、まあ近い。魔力量の多い相手は眩しく感じるそうだ。そして質は色として見えると聞いている」


 さすがの変人大集合なペイロンの研究所にも、そんな体質の人間はいないぞ。


 ああ、だが確かに。これは他言出来ない。というか、今までよくフェゾガン家は無事だったな。


「これを知っているのは、代々王家の人間とその周辺の者達だけだ」


 そうでしょうとも。知る人間が増えれば増える程、情報は漏れるものだ。漏らさない為には、知っている人間の数を絞るのが一番いい。


「……いいんですか? そんな大事な情報をこんな場所で言ってしまって」

「構わん。何せ当の本人が言ったのだからな」


 そういや、匂い云々はフェゾガンが言い出した事だった。


 それにしても、今夜は何て夜だ。


「疲れているようだね、ウィンヴィル卿」


 ルメス殿下が苦笑している。


「ええ、あまりにもあれこれ聞いたもので」


 ついでに、今が一日の仕事を終えた時間帯だというのも、関係しているでしょうよ。書類仕事やら何やらで疲れている上に、さらにこんな話だからな。


 だが、聞いて良かったのかもしれない。


「とりあえず、フェゾガンがレラに求婚した理由が何となくわかったので、良しとしておきます」

「え!? ユーイン、お前彼女に求婚したのか!?」


 あれ? 殿下は知らなかったのか? というか、ネドンまで驚いてるじゃないか。


「よく親父さんが許したな」

「父の許可は取ってない」

「はあ!? おま! 勝手にローレル嬢に求婚したのか!?」


 ネドンの態度が普通だよなあ。今まで軽いとか思っててすまん。


 フェゾガンの方は、ネドンに言われて微妙にふてくされている。いや、常識外れな事をしたのはお前だよ。


 貴族の求婚は、家長から家長へなされる。フェゾガンの場合、父親の侯爵からレラの実父へ申し込むのが筋だ。


 もっとも、あのおっさんの事だから、レラへの求婚なんぞ全て突っぱねるだろうけどな。


 ……まさかフェゾガンは、それを読んでたのか?


「ユーイン卿の求婚、ローレル嬢は受けたんですか?」


 ルメス殿下……それをここで聞きますか。部屋の空気が音を立てて固まった気がしたよ。


「ルメス……現在の状況を考えれば、結果はわかるだろう?」

「状況……ですか?」

「さすがに婚約したとなれば、王宮に届け出がなされる。それがないという事は……察しろ」

「ああ」


 殿下方、わかっていてやってるな。ちょっとフェゾガンが気の毒に思える程だ。


 当人はといえば、仮面のように表情をなくしている。先程からの言動を考えると、意外と本気でレラに惚れてるんだな。


 だが、手順を間違えたのは本人だ。同情はしない。


「ま、まあ。ローレル嬢はまだ未成年。社交界デビューもまだだよね? なら、余地はまだあるんじゃないかな?」

「デビューしてしまっては、遅すぎます」

「え?」

「社交界に出られては、敵が増えてしまう」


 フェゾガンのやつ、拳を握りしめてるよ。本気でレラに求婚する他の男が出てくると思っているらしい。


 まあ、伯爵家を継げば、地位目当ての男は群がるだろうな。とはいえ、そんな連中にレラが目を向けるとはとても思えん。


 かといって、フェゾガンに目を向ける事もないと思うけどな!




 この日の集まりは、結局かなり深い時間にまで及んだ。疲れた……


 そういえば、ネドンといつも一緒にいるレロガットの姿はなかったな。まあ、レオール殿下がレロガットの事はあまり好きではないようだから、呼ばれていなくとも仕方ないか。


 こっちとしては、周囲のあれこれよりも妹の社交界デビューの事で頭がいっぱいだよ。


 無事、成功してくれる事を祈っておこう。

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