第56話 舞踏会は大変

 寮での私の部屋を勝手に開けようとしたダーニルは、しっかり十二日間程苦しんだらしい。いや、調子が悪いって噂くらいなら耳に入るのよ。


 これで懲りればいいけど、ピーピーになったのは屋根裏部屋のドアをこじ開けようとしたからだって、理解出来てるかな。


 ……出来てなさそうだなー。まあ、ダーニルに開けられるとは思わないし、その度にピーピーになってりゃ嫌でも突撃しなくなるでしょう。


 双子の方は、姫が遠巻きにしていたところから徐々に近づくようになった。最初はルチルスさんと仲良くなったらしい。どういう経緯?


「それが、冬の休暇を過ごした遠縁の家に彼女達が招かれてね……」


 なるほど。ルチルスさんの家は中立派だけど、どちらかというと貴族派よりの家なんだって。


 で、貴族派の家とも付き合いが多いから、その関係で双子との繋がりが出来たそうな。


 双子も、最初からこういうルートを辿っていれば、私に警戒されなかったかもしれないのになー


 とりあえず、ルチルスさんの顔を立てて、姫とは偶に夕飯を一緒のテーブルで食べるようにしている。


 王子の方は教養クラスが一緒だけど、まだ要警戒中。何となくだけど、王子の方が食わせ物な気がするんだよねー。姫は単純そうなんだけど。




 新学期もこなれてきた頃、とうとうやってきました舞踏会。国王主催で、優秀学生が招かれるやつです。


 今月はコーニーが社交界デビューをする、いわゆるデビュタントボールもあるんだけど、それは月末なんだって。


 まずは優秀学生を褒め称えましょう、という舞踏会が先に来るそうな。どっちにも出席する学生もいるもんねー。コーニーとかねー。


 ついでに、ヴィル様もロクス様もそうだったんだってさ。さすが優秀兄妹は違うね。


 今年もアスプザット家で支度を終えると、馬車で会場まで行く。ロクス様とコーニー、それに今年はヴィル様も既に支度を終えてるようだ。


「ロクスは来年が最後か?」

「そう。ここまで来たら、六年全て参加したいね」


 おお、さすがロクス様。


「全学年で参加したところで、いい事はそんなにないがな」


 そう言えるヴィル様も、全学年で成績優秀者に選ばれてた訳かー。


「出来る兄がいると、妹は苦労するわ」

「そうだね」


 コーニーとこそっとそんな事を言い合う。彼女も十分、優秀な人なのにね。


 私の場合は実の妹じゃないってのもあって、ちょっと気楽……とはいかない。何せシーラ様から成績落とすなって言われてるから。


 こんな事なら、一年の時にもうちょい手を抜いておくんだった。




 今宵の王立歌劇場は、また艶やかな姿の紳士淑女で溢れている。……いや、普段から溢れてるのかもしれないけど。ここに来るのって、去年以来だし。


 本日の私のドレスは銀灰の地に濃い青で刺繍を施したもの。色味としては地味に見えるけど、刺繍の柄が大きな花柄なので結果的には派手になってる。


 コーニーは藍色の地に銀糸で刺繍。こちらの刺繍も大きな花柄なので、割と見栄えする。


 今回もドレスは揃えました。何が揃っているかといえば、刺繍の花の種類。さすがに花の向きとかは変えてあるけどね。


 そしてアクセサリーはペイロンで仕立てた真珠。コーニーが金真珠で私が黒真珠。


 髪飾り、ネックレス、イヤリング、ブレスレット、指輪、全部真珠。しかも粒が揃っているというね。


 さすがにこれだけのものを持っている女性は、そういない。私達の真珠づくしのアクセサリーを見たシーラ様も、ちょっと欲しがってたし。


 氾濫が収まったら、シーラ様用の真珠を狩りにいこうか。それとも、養殖が始まるかな?


「レラ、そろそろ呼ばれるぞ」

「はあい」


 現実逃避をしても、現実は消えてくれないよね……


 名前を呼ばれて会場に入ると、去年同様人が多い。招待客を厳選しても、この人数なんだとか。すげー。


「ヴィル様、とりあえず一曲踊ったら義理は果たしたと思っていいですよね?」

「相変わらずだなあ」


 そりゃそうですよ。逃げ出さないだけましだと思ってほしいですね。もっとも、本当に逃げたら後でシーラ様の雷が落ちるけど。




 一曲踊った後は、壁際に用意されているソファを陣取ってもう動かない。


「来年はこうは行かないぞ、レラ」

「えー」

「お前……来年は社交界デビューだろうが」


 ぐ……面倒だから逃げたいけど、そういう訳にもいかないんだろうなあ。家を継ぐ以上は、お付き合いってのも考えないと。


 何せ我が家、その辺りを実父が怠っているものだから、ただいま家の評判がかなり悪いそうな。


 せめて派閥内の付き合いだけでもきちんとしておけばいいものを。何考えてんだろうねー。


「あら、ねえ、見て」

「どうしたの? コーニー」


 ちょっとこれからの事を考えていたら、隣に座ったコーニーに声をかけられた。


「向こうの柱の陰から、こっちを見ている人、わかる?」


 淑女の必須アイテム、扇で視線を隠しながら言われた方を見ると、確かにこっちを見ている……睨んでる? 人がいる。


 なかなかなイケオジ。ただ、眉間に皺を寄せてこっちを睨んでいるのはいただけないな。


 てか、誰?


「フェゾガン侯爵よ」


 聞いた事がある名前……あ、黒騎士の家の名前か! って事は、あの人は黒騎士のお父さん?


 ……睨んでいるのは、やっぱり「息子に近づく馬の骨め」とか思ってるからとか?


 私からは近づいていないんだけどな。


 黒騎士父は、その後もしばらくこちらを睨んだ後、会場を後にしたらしい。




 新学期からは、総合魔法の授業で連携魔法がいよいよ本格化していく。


「つっても、お前らは個人でやってろ」

「酷くね?」

「いや、お前らに合わせられる生徒、他にいねえだろ?」

「じゃあ、成績上位の者同士で組むのは?」

「術式がデカくなりすぎて学院から待ったがかかった」


 ちぇー。残念に思っているのは私だけでなく、他の上位陣生徒達も同様だった。


 そりゃそうだよねー。総合魔法を選択する生徒なんて、大なり小なり魔法が好きだし得意な子ばかりだ。


 なのに、成績がいいからしばらく見学、なんて言われたら文句も出ようというもの。


「なら、いっそ上位陣だけは別の術式やっていい?」

「……でかい連携じゃなければな」


 熊め、警戒してるな? でも、危なくなければいいと思うんだ。


「デカくても、攻撃じゃなければ良くね?」

「何やんだよ?」

「学院祭でやったやつ」


 幻影ですよ、幻影。やっと熊も理解したらしい。


 という訳で、見学組に回された上位陣十二名で、幻影の集団魔法をやる。連携魔法をやってる連中からの視線が痛いけど、気にしない。


 褐色姫が縋るような目を向けてくるのも、無視。ダーニルがもの凄い顔で睨んでくるけど、これも無視だ無視。


 いや、私に教わると転科したあの三人みたいになるよ? ゴン助に追われながら走りたいなら、止めないけど。


 幻影魔法は、素材に適当なものが見つからないので、学院の庭に咲いている花を空中に描きだしてみた。


 職員室からも見えたそうで、あれならこの先やってもいいって言われたそうな。


 んじゃあ、次は何を映すかなー?




 コーニーのデビュタントボールは着々と近づいてきている。寮でも緊張した面持ちの彼女を見かける事が増えた。


 慣れてるように見えるけど、やっぱりデビュタントボールは特別なのかな。


「そりゃそうよ。人生に一度きりなんだもの」


 学院の食堂で今年のデビューの話題になったから、つい呟いたらランミーアさんに呆れられてしまった。


「男子はわからないけど、女子にとってはそれはもう大事なんだから」

「デビューの出来如何で、その後の社交界人生が決まるといっても過言じゃないから」


 ルチルスさんも、デビューの重要性を語る。そっか。侯爵家の娘であるコーニーにとっては、確かに一大事なんだ。


 ……いや、他人事じゃないのはわかってるけど、私の場合は、ねえ。


「それに、社交界は結婚相手を見つける場でもあるでしょ?」


 なるほど、男女の出会いの場な訳か。


「コーネシア様って、婚約者はいらっしゃらないの?」

「いないわね、そういえば」


 何せヴィル様にもいないくらいだからね。候補者くらいはいるんだろうけど、調整に手間取っているのかもしれない。


 コーニーはお嫁に行く娘だから、また違う大変さがあるんだろうなあ。サンド様もシーラ様も、コーニーの事を大事にしてるし。


 嫁いだ先で幸せになれるよう、相手を吟味してるのかも。


「ローレルさんも、いないわよね?」


 おう、こっちに飛び火した。


「私の場合は、実家がちょっと複雑だから」

「ああ」

「そういえば……」


 ランミーアさんもルチルスさんも、それだけで理解してくれたらしい。さすがにここまで来て、私とダーニルがどういう関係か、知らない人は少ない。


 何せ一年生ですら知ってるらしいから。


「ローレルさんも大変よねえ」


 ランミーアさんの同情心溢れる言葉に、苦笑いを返す他ない。

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