第55話 意外とそんなものかも

 今年の冬の休暇は、忙しいらしい。


「ドレスの採寸が」

「アクセサリーはちゃんと揃っている?」

「靴はいつ頃出来上がるのか」

「バッグも忘れないでね」

「あ、扇!」


 短い冬の休暇を過ごす為にアスプザット家にお邪魔してるんだけど、上を下への大騒ぎだ。


「何の騒ぎなの? これ」


 思わず呟いたら、一緒に帰ってきたロクス様に笑われた。


「レラ、忘れたのかい? 年が明けて二月にはコーニーの社交界デビューだよ」

「あ!」


 あれの準備、今からやってるの!? まあ、確かにドレスとか作るのは時間がかかるしねえ。


 でもそうかー。来年のドレスを今から作るのかー。


「レラ、他人事のように言ってるけれど、あなたのも作るのよ?」

「え? って、成績優秀者……」

「その通り」


 コーニー、そんな満面の笑みで言わなくても、いいと思うの。




 結局私もコーニーと一緒に採寸された。気付かなかったけど、身長がかなり伸びてる。


「これは制服も仕立て直さないと駄目ね」


 測ったサイズを見て、シーラ様がそう決めた。


「そんなに伸びてたんだ……」


 制服自体、少し大きめに仕立ててあったのに。そういや肩周りとかきつくなってたし、スカートの裾も短くなってるわ。成長してるんだなあ。


 胸部装甲は一向に成長していないけど。これはあれか? ツルペタ確定か? 私は前世今世通して貧乳なのか?


 く! こんなステータス、いらないやい。


 ドレスの仕立て、私は一着で済むけど、コーニーは何着も仕立てる事になるそうな。おかげで採寸だけでもあれこれあって大変そう。


 私はとっとと終えて、ちゃっかりシーラ様の隣に座ってる。


「来年の今頃は、レラもたくさんドレスを仕立てる事になるわよ」

「嫌な予言しないでよ、コーニー」

「いっそ今年のうちに、たくさん作っちゃえばいいのに」


 さすがのコーニーも、採寸ばかりで少しお疲れ気味らしい。どうにかこの疲労の仲間に、私を引きずり込みたいようだ。


 そんなコーニーに呆れた声を上げたのはシーラ様。


「何言ってるの。一年でこれだけ身長が伸びたんだから、来年になったらまたサイズが変わってるかもしれないでしょう?」

「これ以上身長は伸びなくてもいいのに」


 いや、もう少しあってもいいと思う。スレンダーならせめて高身長が欲しい。うん、貧乳ではなくスレンダーって言えばいいんだね。一つ賢くなった。


 どうやらコーニーは私が彼女の身長を超すのがお気に召さないらしい。


「いつまでも可愛いレラのままでいてほしいわ」


 ……自分で言うのもなんだけど、私を「可愛い」と形容するのは、コーニーくらいだと思うよ。


 その証拠に、シーラ様が苦い笑いを浮かべてるから。大体ペイロン関係者による私の評価って、規格外の一言に尽きるもん。


 まあ、七歳から魔の森に入ってりゃ、そう見られても仕方ないね。最年少記録を更新したの、私だし。未だにその記録は破られていないから。


 地獄の採寸が終わり、やっと解放されたのはおやつの時間。採寸、朝からやってたんだよ? なのに終わりがこの時間って……


「そういえば、王都からペイロンへの騎士団研修、第二陣が出発したんですってね」

「え?」

「そうなのね」


 第二陣? ……そういえば、黒騎士は第一陣だったっけ? 一人だったから、個人で行ってるのかと思った。


「ユーイン卿が成果を陛下に報告して、研修の有用性が認められたそうよ。それで正式なものとして、第二陣には相当数の騎士達を送ったんだとか」


 へー。受け入れるペイロンも大変だのう。


 ただ、今は少しでも魔物を間引きたいだろうから、即戦力になる人材はありがたいかもね。


 氾濫の兆候が出ているせいで、いつもより魔物の数と種類が増えてるっていうから。


「ユーイン様、随分ペイロンが気に入ったようね」

「どうかしらねえ?」


 シーラ様、意味深にこちらを見るの、やめてもらえます?


 でもそうか。ペイロンが騎士達の鍛錬の場になるのか……


 伯爵、それにルイ兄、頑張れ。




 短い冬の休暇はあっという間に終わり、新学期が始まるから学院に戻る。アスプザット邸から学院まで、馬車で片道二十分もかからない。


 昼過ぎに出たから、まだ日が高い時間帯。寮の部屋には、何やらまた痕跡が残ってた。


 誰だよ、無理に扉をこじ開けようとしたの。録画に残ってるぞー。


「って、これダーニル?」


 モニターの中には、またフリルが増えたような気がする制服を着たダーニルの姿が。


 あのバカ、なにやってんの。日付を見るに、早めに寮に戻って開けようとしてるな?


 じゃあ、しばらくはお腹ピーピーでおとなしくしてるでしょ。


 録画された映像では、取っ手をガチャガチャやって、開かないとわかるとドアに蹴り入れてる。本当に伯爵家で育ったのかね? あれ。


 いや、私も人の事は言えないが。でも、脳筋の里とはいえドアを蹴ったらシービスにしこたま怒られるけどなあ。


 にしても、またやかましく絡んでくるようになったなあ。双子が原因? それとも黒騎士の方?


 狩猟祭で追い払ったのは私じゃないしなあ。大体、あれもルール違反をしたのはダーニルとミスメロンだ。もしかして、逆恨み?




「という事がありまして」


 当然の事ながら、すぐコーニーにご報告。食堂で話しても良かったんだけど、コーニーもお友達と話したいかと思って、部屋の方にお邪魔させてもらった。


 私から話を聞いた彼女は、綺麗な眉をひそめる。


「嫌だわ。何をしようとしていたのかしら……」

「とりあえず、部屋に侵入しようとしていた事は確かだね」

「自分で考えた事なのか、それとも父親辺りから何か吹き込まれたのか。ロクス兄様にも知らせておいた方がいいかも」


 そう言うと、コーニーはデスクに向かう。取り出したのは……通信機?


「あれ? 持ってたの?」

「お母様に貸してもらったの。兄様達と連絡を取る必要があるかもしれないからって」


 って事はヴィル様、ロクス様も持ってるんだな。


 通信機でしばらくやり取りをしていたコーニーが、こちらに通信機を差し出してきた。


「兄様が代わってくれって」

「もしもーし」

『相変わらずだね、それ』


 通信機の向こうから、ロクス様の笑う声。つい、前世の癖で言っちゃうんだよなあ。


『ダーニル・デュバルが部屋に入ろうとしたんだって?』

「ええ。前回のミスメロンの取り巻きのように、映像が残ってます」

『みすめろん? ……ああ、ナリソン伯爵家の娘か。映像が残っているのなら、一応それは消さないようにしておいて。いつか使うかもしれない』

「了解でーす」


 使うって、何に使うんだろうね? 答えが怖いから突っ込まないけど。


『そういえばレラ』

「何です?」

『例の扉の仕掛け、まだ残っているのかい?』

「仕掛け? ……もしかして、お腹が緩くなるってやつですか? もちろん有効ですよ」

『そう。なら、その術式が効いてる間は向こうもおとなしくしているだろうね』

「ですねー」


 永遠におとなしくしていてくれてもいいんだけどな。




 その日の夕食は、お友達とどんな休暇を過ごしたかで盛り上がる。


「いいなあ、ローレルさん。ウィンヴィル様やロクスサッド様とご一緒だったんでしょう?」

「どちらも割と出かけていて、あまり一緒にはいなかったよ?」

「そうなの? でも食事の時間とかは一緒よね? やっぱりうらやましい」


 相変わらず、ランミーアさんはアスプザット兄弟のファンらしい。となりで ルチルスさんが呆れてるよ。


 二人は冬の休暇を一緒に過ごしていたらしい。母親同士が仲が良く、幼い頃から行き来があったっていうからね。


「そういえば、母から聞いた話なんだけど」


 そう言い置くと、ランミーアさんが声を潜めた。


「学院を退学になった上級生がいるでしょう?」


 退学というと、リネカ・ホグターかな? それともミスメロン?


「それは男爵家の方? それとも伯爵家の方?」

「ああ、そうか。女子だけでも二人いたわね。伯爵家の方よ」


 あ、男子生徒も退学食らったの、いたっけ。少なくとも、リネカ・ホグターの惑わされたどっかの嫡男は退学になったはず。


 あれ? ニード家の長男も退学だったっけ? あっちは自主退学?


 いやいや、今はそれよりもミスメロンの方。


「で? 伯爵家のご令嬢がどうしたの?」

「王都に戻ってきてるらしいの」


 ……それが何か? 学院を退学になったからって、王都から追放された訳じゃないんだから、いても不思議はないのでは?


 首を傾げる私の反応が、思ったものではなかったのが面白くないのか、ランミーアさんは立ち上がって声を大きくした。


「退学になったのよ? なのに王都にいるなんて、おかしいでしょ?」

「ちょっとミア!」

「あ」


 我に返ったランミーアさんは、恥ずかしそうにそっと椅子に座り直す。


「と、とにかく、学院を退学になったって事は、とんでもなく不名誉な事なのよ。実際、一度は領地に引っ込んだって話だし。なのに、王都に戻ってきてるのよ? 何かあると思わない?」


 と言われてもなあ。ミスメロンが何考えているかなんて、わかんないし。


 あ。


「意外と、好きな相手が王都にいるからかもしれないわよ?」

「ええ? そんな単純な話かしら?」


 ランミーアさんは笑うけど、案外あり得るかもって思えてきた。だってミスメロン、単純そうなんだもん。

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